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画面の向こうで僕らは笑う【旧版】  作者: 中村ゆい
第五章 アッキだった頃~小学生・中学生編~
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5-4 かりんとう

「へえ~。よく一緒にいるなあとは思ってたけど、アッキちゃんって志紋のお隣さんだったんだ」


 会いたくないと思っていたけれど、結局私は夏休みには、目の前に座る女の人、花林糖さんと顔を合わせていた。

 彼女の隣には志紋くんもいる。別にこんな志紋くんの大学近くのカフェで三人で座っていたくなんかなかったけれど、志紋くんに誘われてなぜか来てしまった。断れなかった自分が憎い。

 花林糖さんは、ピンクブロンドのボブヘアに絵の具をぶちまけたような模様のカラフルなシャツ、サロペットというちょっと奇抜な見た目だけれど、それがしっくり来る不思議な人だ。まあ、今から志紋くんと撮影ということもあっての服装かもしれないけれど。志紋くんも彼女に合わせて少し派手目の出で立ちをしている。


「そうそう。うちの弟と同級生なの」

「あ、そっか。弟さんいるって言ってたもんね。そっちは踊ってないの?」

「まあね。興味ないみたいでさ。代わりにゲームやったり地元の不良たちと遊び回って怒られたりしてる」


 志紋くんが困ったように笑うと、花林糖さんはあはは、そうなんだと明るい笑い声を上げた。私もとりあえず笑みを浮かべる。


「ちょっと俺、トイレ行ってくる」

「はーい。アッキちゃんとお喋りして待ってるね」


 志紋くんが席を立ったおかげで花林糖さんと二人きりになってしまい、気まずい。

 少し俯くと、半分ほど飲んだ私のコーラフロートが目に入る。

 向かいに座る志紋くんと花林糖さんのアイスコーヒーのグラスも同じく半分ほど減っていた。


「アッキちゃんって、名前何なの? あきちゃん? あき子ちゃん?」


 話しかけられて顔を上げる。そういえばこの人には本名を教えたことがないし、この人の本名も知らない。


「えっと……あきら、です」

「ちょっと予想してたのと違ったかあ。珍しい名前だよね。私はかりん。だからそのまんま花林糖。志紋もカタカナでシモンにしただけだし超単純だよね~」

「そうですね」

「……」

「……」


 こういうとき、にこにこと愛想笑いはできるけれど自分で会話を繋げられないのが私のダメなところだ。何か……何を話せばいいんだろう。焦って冷や汗が出そうだ。


「……アッキちゃんって、けっこう人見知り、だよね?」


 とりあえず私の様子に気づいてくれたらしい花林糖さんが、困ったように口を開いてくれた。


「そ、そうですね……」

「私のこと、苦手だったりする?」

「え、あ、いや……そんなことないです!」


 勢いよく否定すると、彼女の困ったような笑みはさらに深くなった。本音はどこまでばれているのだろう。

 たかが田舎の中学生である私の周りにこんな変わった髪色の人もいないし、こんなメイクがばっちりの美人もいない。

 苦手だ。というよりも気後れしてしまうのだ。きっとそれが、人見知りの原因。別に花林糖さんが悪い人だというわけではないとは思うんだけど。


「そういえばさー、このあとの撮影、アッキちゃんがカメラ係と編集してくれるんだよね? ありがとー」

「あ、はい。頑張ります」


 小さな声とともにうなずく。

 一度、志紋くんと二人で踊った動画の編集を経験してから、私は今まで志紋くんにやってもらっていた自分一人の動画も編集するようになった。それから、今回みたいに志紋くんが踊る動画作りを手伝うことも。

 志紋くんを通して圭くんから編集を頼まれることもたまにある。

 最近は自分が踊ることよりもその後の編集のことや、他の人が踊っている動画の編集のことについて考えている時間のほうが多いような気がする。こんな風にしてみたい、こんな風に歌詞を入れるのはどうか、なんて。まあ、あくまでも主役は踊り手だからそんなに凝りすぎると逆に見づらい動画になってしまうけれど。


「アッキちゃん、踊るよりも編集のほうが楽しいでしょ、今」

「……え、なんでそれ……」


 心の底でうっすらと思っていたことを花林糖さんに言い当てられて、瞬きをする。

 花林糖さんの瞳がほの暗く光り、私を射貫く。さっきまでの優しそうな雰囲気から一変した態度に、私は硬直した。


「だってアッキちゃんの踊ってる動画、全然楽しそうじゃないから。見てるほうも気が滅入るような感じ」

「……」


 突然のきつい言葉に何も返事ができなかった。

 目を見開いたまま黙り込んでいると、花林糖さんはさらに言葉を続ける。


「自分で自分の動画って見る? アッキちゃん、踊ってるときは顔が笑ってないの。うつむきがちで、ずっとこわばってる。コメントは見てる? 踊り自体は上手だから、それを褒めてくれる人はいるよね。でも、見てて辛気くさいだとか書かれてるでしょ。そういうの、アッキちゃんが楽しそうじゃないのが原因だと思う。踊ってると体力使うししんどいところもあると思うけど、みんな、楽しいから笑ってる。人によっては演技でカメラに向かって笑ってるだけかもしれないけど、それでもとにかく見る人を楽しませようとしてる。でも今のアッキちゃんはどっちでもない。おかげで志紋くんとアッキちゃんがコラボした動画も、志紋の他の動画と比べるとあんまり評価が良くない。だれもアッキちゃんと一緒に踊りたがらない」

「……」


 わかっている。踊っている私はとにかく上手に踊ろうと必死で、笑えていない。昔はそんなことなかったのに。ちゃんと笑えていたのに。だけどそれには気づかないふりをして、踊って撮影して編集して公開して。それでコメントを見て、「面白くない」なんて書かれて傷付いて。それでもまた次の曲を踊らなくちゃ、と踊って。

 そんなの自分でもわかっている。こんなろくに話したこともない人に指摘されたくない。

 偉そうに私にお説教しないで。年上ぶらないで。

 鋭い目をにらみ返すと一瞬、彼女の眉間にしわが寄る。けれどすぐに、申し訳なさそうな笑みに変わった。


「赤の他人なのに言い過ぎだよね、ごめんね。でも、志紋も悩んでたよ。踊ってるとき、アッキちゃんが元気ないって。編集は勧めてみたら楽しそうにしてるって喜んでたけど。それから……私が、前みたいに明るく笑いながら踊ってるアッキちゃんの動画、またみたいなって思って。ずっと、志紋と羨ましいくらい、いいコンビだなって、思ってたから。私だとあんなに息ぴったりに志紋とは踊れないもん。……踊るの、嫌いになった?」

「……そんなこと、ないです」


 消えそうなくらい小さく呟く。花林糖さんが何を言おうか迷ってか、口を何度か開けては閉めるのをが目の端に見えた。


「じゃあ、何か嫌なこととか?」

「わからない……です」


 どうして自分がそんな暗い表情で踊っているのか。嫌なことがあるからなのか。

 うつむいて黙り込んでいると、花林糖さんが静かに息を吐いた。


「そっか。色々言ってごめん。あと、質問もしてごめん。でも、踊ってるアッキちゃんなんだか辛そうだから、そんなに無理して踊らなくてもいいと思う。少し休憩するとか、編集が好きならそっちを頑張るとか。お節介になるかもしれないし上手く言えないけど……うーん、なんだろ、とにかく、無理しないでね?」

「……はい」


 小さくうなずくと、「よし!」と花林糖さんの声音が明るく響いた。


「変な空気にしちゃったお詫び! なんか奢るよ。飲み物しか頼んでないでしょ? 何か食べる? ケーキとかパフェとか」

「……え、いいんですか?」


 断るのが礼儀かもしれないが、実はメニューの中のマンゴーパフェが非常に気になっていたのだ。ちらりとそのメニュー表にプリントされているパフェを見やると、花林糖さんの目がきらんと光った。


「パフェにする? 私も頼もっかなー。どれにしよ?」

「ただいまー」


 彼女が手にとって開けてくれたメニュー表を二人で覗きこんでいると、志紋くんが戻ってきた。


「あれ、なに? また何か注文するの?」

「うん。志紋もコーヒーだけだったし何か食べる?」

「マジで? えーとじゃあ、カレーライス大盛り」

「はあ? 踊る前にがっつりすぎない!? ……まあいっか。すみませーん」


 花林糖さんがよく通る声で店員さんを呼ぶ。

 きつい言葉で指摘されたことへの重みと気遣ってくれた不安そうな表情の暖かさを同時に吸収してしまい、私の頭の中はほんの少し混乱している。

 けれど、苦手ではあっても嫌いではない。たぶん優しい人だと思う。

 この人が、志紋くんの彼女なんだ。花林糖という踊り手なんだ。





 借りていたカメラのピントを合わせてスタンバイが完了すると、志紋くんと花林糖さんは私によろしくねと言って踊り始めた。

 明るい音楽が辺りに流れ、パステルカラー調なスタジオの内装と軽快な志紋くんたちの動きに溶け込んでいった。

 二人とも、笑顔だった。カメラを挟んで見ている私まで一緒に動きたくなる。歌詞を口ずさみたくなる。

 タイミングを合わせて二人がくるりと一周回って向かい合わせになる振り付けのとき、目が合った志紋くんと花林糖さんはその笑みを深めた。心の底から楽しそうに、嬉しそうに。

 それを見てしまった私は、急に胸のあたりが重苦しくなった。

 私が忘れてしまった笑い方だ。小学生の頃はあんな風に笑って踊っていたはず。いつから彼女が指摘するように、笑わなくなったっけ。うつむきがちになったっけ。見ていると気が滅入るなんて言われるような踊り方をするようになったんだっけ。

 どうしたらあんな風に笑えるんだっけ。次は……次の撮影のときには私だって、意地でも笑う。楽しそうにする。

 言い聞かせるほど苦しい気分は増えていくけれど気づかないふりをして、二人の踊りを見つめた。

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