3-3 芙雪の正体
「わー、すげえパソコン」
通された芙雪くんの部屋には、ベッドや本棚、勉強机といったものの他に、窓際に設置された二台の黒いパソコンが存在感を放っていた。
一台はノートパソコンで、もう一台はデスクトップ型だ。
「これ、ゲーミングPC？」
ハルの質問に芙雪くんがうなずいた。
確かに言われてみれば、パソコンはゲーム用で有名なブランドのものだし、周辺機器もそれ用のものが揃っている。ヒロともよくゲームしてるみたいだし、好きなんだろうな。
「待って待って、これは？」
パソコンの隣に飾られているプラスチック製のトロフィーをハルが指差した。
「あ、それは、中学生のときにFPSゲームのアマチュア大会で優勝したときのやつ、です」
恥ずかしそうにそう言う芙雪くんに、ハルが「すっごいじゃんっ」と飛びつくのを横目に、私はそのトロフィーに刻まれている字を読んでみる。
Winner Fuyuki Tokugawa：User name[Tono]
ゲーム内でのハンドルネームらしいTonoという名前に聞き覚えがあって、私はもやもやと記憶を探る。確かネットで見たような。なんだったっけ……。
「あ、」
思い当たる内容を思い出し、私は芙雪くんを見た。
「ねえ、芙雪くん」
私に話しかけられて、ハルと話していた芙雪くんが振り返る。
「もしかして、Tonoって、あの、正体不明の最強アマチュアゲーマーって言われてる、Tono？ 芙雪くんだったの？」
「何それ？」
きょとんとしているハルの隣で、芙雪くんはおずおずとうなずいた。
「あの、周りには誰にも言ってないんですけど……」
「マジで！」
すごい。すごい人と知り合ってたんだ、私。ゲームはあまりやらない自分でも少し胸が高鳴っている。ヒロ多分、このことは知らないよね。知ったら私よりも驚くだろうな。
「え？ どういうこと？ 芙雪、実は有名人なの？」
不思議そうにしているハルに私は大きくうなずいた。
「芙雪くんがネットゲームで使っているハンドルネーム、Tonoっていうんだけど。Tonoはね、いろんなゲームのアマチュア大会で優勝してるのに取材NG、顔出しNGで学生なのか社会人なのか、男か女かもわからない正体不明のプレイヤーとして有名なの。ていうかそうか！ 芙雪くん、名字が徳川だから徳川家康とかの殿様から取ってTonoなんだ！ そっかそっか！」
「あ、はい。まあ。たまたま家康と同じ徳川ってだけで、子孫でも何でもないんですけどね……。でも、このハンドルネームならあんまりいないし他の人と被らないかなあって思って」
芙雪くんが私の興奮具合に困惑しつつ説明してくれる。いけない、一度落ち着こう。
踊ってみたの活動を始めてから、私はダンスの動画だけではなくてゲーム実況や大会の中継動画を見たり、ネットサーフィンも趣味になっていた。自分が踊るのをやめてからは動画を見ることとは疎遠になっていたものの、それ以外のサイトやSNSでもTonoの名前は幾度となく見かけている。確か彼が話題に上り始めたのは三年くらい前だったから、芙雪くんはその頃、中一だったわけだ。FPSや格闘ゲーム、レーシングゲームとなんでも強いのに取材のオファーは断るし、顔出ししなくていいオンライン大会しか出場しないとあって、ネット上では正体は不細工なオジサンだとか、芸能人かもしれないとか、実はAIで実在しないんじゃないかとか好き勝手に噂されていた。けれど、まさか中学生の男の子だったなんて。
「へえ。ゲーム実況者の動画はたまに見るけど、ガチの大会とかは見たことないから知らなかったよ。お前すごいやつだったんだな」
ハルの感心した声に、芙雪くんがひらひらと手を振った。
「あくまでもアマチュアでの実績なので、プロに比べたら下手くそです。それで、相談なんですけど、僕、今まで喋ったり目立ったりするのが嫌で顔出しも取材も避けてきたんですけど、みんなでYouTubeやってるうちに少しずつ慣れてきた感じがして。だから、あの……自分のチャンネルを作ってゲーム実況してみたいなって思って……」
「おおー、いいじゃんいいじゃん」
「それで、えっと、YouTubeでの放送のやり方、教えてもらえませんか……？」
お願いします、と頭を下げる芙雪くんに私とハルは目を見合わせた。
断る理由はない。それはハルも同じみたいで、目を見れば面白いことを思いついた子どものように輝いていた。
「もちろん、俺らに教えられることなら何でも教えるよ。あー、でも、ゲーム実況とか俺は詳しくないんだけど、普段俺らが撮ってる動画と違うのかなあ。さっちゃん、どう？」
私はうーん、と首を傾げた。私もゲーム動画の配信にはそこまで詳しくはない。
「とりあえず、チャンネルの作り方は同じだから今から教えるよ。普段の私たちがやってるみたいに録画したものを編集して動画を作るほかに、生放送する方法もあるけど……」
「それも教えてほしいです」
「了解。あとは、えーっと……何のゲームの実況をしたいの？ PCゲームとか据え置き型ゲーム機のとか、スマホゲームとか……」
「とりあえず、PCゲームをやりたいです。あと、今月プレステの新作ソフトが発売されるからそれもやりたいなあって」
なるほど。プレステってことは据え置き型だから、録画するには機材必要なんだっけ。
「まず、ゲーム画面の録画と編集についてね。PCゲームをやるなら、動画を録画するためのキャプチャソフトっていうソフトをインストールしなきゃいけないと思う。プレステのゲームを録画するためには、本体とパソコンを繋げないといけないから、そのためのキャプチャボードっていう機材を使うんだったかなあ。キャプチャソフトは無料のものもあったと思う。キャプチャボードは買わなきゃいけないしお金かかるけど……」
「大丈夫です、買います」
さすが、お金持ちの即決だ。あともう一つ、お金がかかるかもしれないことがあるんだけど。
「次に、芙雪くんの声を録音するためのマイクも必要なんだけど……」
言いながら、芙雪くんのパソコンの周囲を観察する。ゲーミングキーボードの隣に置いてあった目的のものを見つけて、私は少しほっとしてそれに近づいた。
「これ、ヘッドセットだよね。マイクついてる？」
「あ、はい。オンラインで対戦するときとかに使ってます」
「じゃあ、これでマイクは代用できるかな……たぶん」
私も自分が実況をしたことがあるわけではないから、よくわからない。でも最悪、いつもハルちゃんねるで必要なときに使っているピンマイクとかで代用できるんじゃないだろうか。とりあえずマイクの件はクリアということでいいだろう。
「動画を録画したあとの編集についてはいつもやってることだから、私やハルに相談してくれたら答えられるよ。ね？」
確認のつもりでハルを見ると、彼は任せろというふうに芙雪くんの背中を叩いた。
「そこは俺たちの得意分野だもんな。力になれるように頑張るよ。……てかさ、そのさっちゃんが言ってたキャプチャボードってやつ、いくらすんの？」
「えー……私もよくわかんないんだよね」
返事に困って私は軽く顎に手を当てた。ピンからキリまであるだろうけど、それなりに良いものを買うべきだよね。検索してみようと思ってスカートのポケットからスマホを取り出す。
「どれを買うべきかは私も素人だから、芙雪くん自身がネットでのレビューとか選び方を書いてくれてるページを参考にしたり、お店で聞くなりしたほうがいいと思うけど、おすすめになってるやつは……」
通販サイトで検索してオススメとして表示されたページを二人に見せてみる。すると、ハルが「げっ」と顔をしかめた。
「二万円前後か～。東高ってアルバイト禁止だっけ？ バイトしてない高校生にはきついな」
「とりあえず、お小遣いの範囲でなんとかなります」
そう言う芙雪くんのお小遣いが毎月いくらなのかはもう聞かないでおく。顔色を変えずなんとかなると言い切るあたり、本当になんとかなるのだろう。
それに、芙雪くんの場合はYouTubeの収益化プログラムである程度稼ぐことも可能だろう。Tonoのファンはそれなりに多いはずだから、彼が実況配信を始めたとわかれば視聴する人も多いはず。いわゆる職業YouTuberの収入源になっている「広告をつけて再生数に応じて収入が入る」という設定にすれば、キャプチャボード分のお金くらいは手に入れられるだろう。
ハルちゃんねるは今のところ広告はつけていない。設定すれば少しはお金も入ってくるとは思うけど、元々ハルが一人でやっていたときに収益化していなかったからそのままっていうのと、四人で活動しているからお金の分配となるとややこしくなるというのが理由で収益化はしていないのだ。
なんだかんだ言ってまだ高校生だし、お金のことはみんなよくわかってないからて手を出さないほうがいいかも、という話し合いの結果からだ。収入があればできそうなお金のかかる企画の撮影はできないけど、今のところまあなんとかなっている。そのうちやっぱり収益化しようという話になるかもしれないけど。
「あの、じゃあ、ひとまず必要な機器を買って……」
確認するように私を見る芙雪くんにうなずき返す。
「うん。あとは私にもわかんないことが多いから、申し訳ないけどネットで調べたりとかしながらやってみたほうがいいかも……。もちろん困ったら手伝うからね。編集でBGMつけたりするときには著作権のこととかもあるから、おすすめのフリー素材のサイト教える、とかするし」
「はい。ありがとうございます。とりあえず必要なものを揃えて実際に録画してみたらまた相談させてください」
芙雪くんの実況、楽しみだな。
ゲーム実況等については自分なりに調べて書きましたが色々と間違っているかもしれません……。大目に見ていただければと……（汗）
