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画面の向こうで僕らは笑う【旧版】  作者: 中村ゆい
第一章 ハルとの出会い
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1-1 同級生からの呼び出し

 リュックを背負って教室を出ると、前触れもなしに突然軽快な音楽が廊下に響き渡り、私は思わず肩を跳ね上がらせた


「うーわ、びっくりしたー。何これ?」


 隣にいたクラスメイトで放送委員会副委員長の紗綾さあやが、何てことない風に教えてくれる。


「下校を促す音楽。今まで毎日おんなじ曲だったでしょ? なんだっけ、ほら、モーツァルトだか誰だかのクラシックのさ。もう飽きたって苦情が来たから放送委員が交代で好きな曲を選んで流すことになったの。それにしても、ボカロが流れるとはね。今日の当番誰なんだろ」

「へー。苦情って委員会も大変なんだね。副委員長、お疲れ様です」


 紗綾におどけて敬礼してみせると、「いやいや、そんじゃ、部活行ってくるね」と彼女は颯爽とテニスラケットの入ったケースをかついで行ってしまった。

 委員会に部活に、紗綾は大忙しだ。

 それに比べて私は何にも所属していない暇人。


「よーし、帰るかー」


 放送されている音楽に合わせて鼻歌を歌いながら校舎を出て、自転車に乗って家に帰る。

 夕方の空はオレンジ色で、なんだか少し寂しい。私の前には、同じく自転車通学らしい女の子二人がお喋りしながらペダルを漕いでいる。どことなくまだ会話に慣れていない感じがするが、一年生だろうか。四月だもんね、入学したてでお友達も作りたてなのだろう。

 さっき放送で流れていたメロディーが頭から離れず、私は彼女たちに聞こえないくらい小さく歌いながらペダルを漕ぐ。

 きっちりゴムで縛ったポニーテールが風に吹かれて後ろに引っ張られるのを感じる。


 ボーカロイド、通称ボカロ。歌詞とメロディーを入力すると、人の声に近い合成音声で楽曲を作成できる音楽ソフトだ。

 このボカロを使用して多くの人が作曲をし、中にはネット上に発表して人気になったボカロ作曲者も少なくない。

 私自身は作曲したことはないけれど、聴くだけならば嫌というほど聴いてきた。

 そして、たくさんのボカロ曲を踊ってきた。

 ボカロの音楽に合わせて踊った動画をネットに挙げる動画投稿者たちは、世の中では踊り手と呼ばれている。こっちもボカロ作曲者たちと同じように、動画の再生回数が多く、人気で有名な踊り手というのがいて、知名度が上がればイベントが開催されたり事務所に所属してメディアに出たりと芸能人めいた活動をする人もいる。

 私は少し前まで、イベントとかに出たことはないけれどそこそこの再生回数を叩き出す踊り手だった。でも、もうやめた。


 踊らなくなった毎日は気楽で自由で、とても暇だ。

 やりたいことも特になく、こうして高校の授業が終われば家に帰り、自分の部屋で授業の予習復習をしたり家族と晩ご飯を食べたりテレビを見たりごろごろしたりしているうちに夜になって、寝る。それだけの繰り返し。

 不満があるわけではないけど、なんかつまんない。私も何か部活でもやろうか。でももう二年生だし入りづらいなあ。


「あーっ、なんだかなあーっ」


 気晴らしに大声でそう言ってみながら、住んでいるマンションの駐輪場に自転車を乱暴に止めた。

 少しだけすっきりした気分で顔を上げると、見られていた。通行人に、アパートの前の道路から。ぎょっとした表情で。

 数秒目を合わすと自転車を手で押しながら歩いていたその通行人は慌てたように自転車にまたがって行ってしまった。ごめんなさい、大声出しちゃって。

 ……ってあれ?、今の。

 思わず二度見すると、その後ろ姿はうちの制服。ていうか、同じ学年の男子じゃなかった? 名前は覚えてないけど。

 見られたのやだなあ、恥ずかしい。

 彼を見送っていても仕方がないから、私は軽く今の行動を後悔しつつマンションの中に入った。



 翌日、私はその「同じ学年の男子」と予想外な形で対面する羽目になった。

さわ亜紀羅あきらさん、」

「え……はい」


 私があくびをかみ殺しながら登校し、自分の机にスクールバッグを置いたところで、私を待ち構えていたかのように彼は私のクラス、二年三組の教室に入ってきて私に声をかけた。

 顔は見たことがあるけど話したことはない。思わず不審そうな表情で返事をしてしまう。


「話があるから今日の放課後、屋上に来てくれないかな」

「……はい?」


 何を言われているのかわからず、私は彼をまじまじと見た。

 短めの黒髪に、少し茶色がかった瞳がきらきらと輝いている。人が良さそうな笑顔の似合う顔立ち。爽やかボーイって感じの男子だ。そういや、一年の頃から女子にそこそこモテて人気があったはず。確か名前は……。


「いいかな? 用事があるなら昼休みでもいいけど」

「あっ、はい。放課後、ね。いいですよ……」


 勢いに流されて頷くと、彼は満面の笑みで「ありがとー!」と言い、転がるようにして教室を出ていった。なんだったんだ、あれ。


「ねえ、亜紀羅!」


 紗綾に肩を叩かれて、教室にいるクラスメイトたちがちらちらと私に注目していることに気づいた。


「おはよ、紗綾。あのさ今の男子ってさ……」

大垣おおがきくんだよね? 屋上来てってそれ告白? 亜紀羅告られちゃうの?」

「あー、大垣くんだ。二年一組の大垣 はるくん。紗綾のおかげで名前思い出せたよ、ありがとう」


 昨日から出てこなかった名前が頭に浮かび、すっきりした思いで紗綾を見る。と、彼女は呆れたような目で私を見ていた。

「思い出せたって……あの大垣くんだよ? 女子に人気の。誰が告白してもオーケーしてくれないって有名なのに、今、朝イチであんたのとこに来て屋上に来てなんて言ったからみんなびっくりしてるってのに」


 だからみんな私を見ていたのか。といっても、もう誰も私や紗綾のほうなんて見ていない。すっかりいつも通りの朝の教室風景だ。


「告白なんてされるかなあ。一回も喋ったことないのに?」


 私は向こうのことを一応知っているけど、私はモテもしないし彼に知られる機会もそうそうないというのに。


「そりゃあね、恋には一目惚れとかいろいろあるじゃん。行くんでしょ? 何言われたか明日教えてね」


 紗綾は真面目だし勉強できるし部活でも委員会でも大活躍で他のことには興味がなさそうなくせに、恋愛話は大好物だ。今も自分が告白されるのかってくらい目を輝かせている。


「はいはい。言うから落ち着いて。それよりも英単語の確認しなきゃ。今日小テストあるらしいし」

「あっ、忘れてた小テスト! 亜紀羅、問題出し合いっこしよ」

「いいよー」


 紗綾が英語の参考書を取りに席に一旦戻ろうとするのを横目に、私もバッグから単語帳を取り出した。

 まあ、紗綾は口が固いから何を言っても黙ってくれているだろう。もし私が本当に告白されたとしても。何かもっとすごいことを言われたとしても。

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