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画面の向こうで僕らは笑う【旧版】  作者: 中村ゆい
第二章 四人のチャンネル
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2-8 放課後会議「議題:芙雪くんの件について」

「なー? そんな大事にならずに済んだだろー」


 マンションに戻ってきて部屋の前でのんびりそう言うヒロに苦笑を向けると、彼のお母さんがぺしっとヒロの背中を叩いた。


「どこがですか。十分に大事です。どうして志大はいつもいつもこんななのかしら。お兄ちゃんと同じ東高に進学すれば周りの環境に感化されて真面目に勉強してくれると思ったのに……」

「母さん、うっさい。兄貴と同じ高校受かったら何も言わないって言ったじゃん。それに俺、ちゃんと勉強してるし。こないだのテスト赤点なかったっしょ?」

「警察のお世話になって何も言わないわけないでしょう! これで何度目だと思ってるの? 私に恥をかかせないでちょうだい」


 がみがみと怒るヒロのお母さんと、それにも関わらずけろりとしているヒロ。相変わらずだなあ、なんて思って眺めていると、私の隣りに立っていた私のお母さんも同じことを思ったのか、くすりと笑った。


「まあまあ、奈津田さん。今回は志大くんも後輩の子を助けるためにやったことですし、ね。お説教はほどほどにしましょう。ご近所にも聞こえますから」


 ヒロのお母さんが、はっと驚いたように声をひそめた。


「そ、そうですね。こんなところで騒いでいたら迷惑だわ……。そろそろ中に入りますね。澤さん、今日は亜紀羅ちゃんも巻き込んでしまって申し訳ありません」

「いえいえ~、大丈夫ですよ。それでは」


 お互いにそれぞれの家に入る。玄関のドアを閉めたところで、お母さんがやれやれと苦笑した。


「みんなして慌てて出ていったと思ったら突然警察から電話がかかってくるしびっくりしたわあ」

「……ごめんなさい」


 私はさっさとリビングに歩いていくお母さんの背中を追いかけながら、小さく謝った。

 結局、警察官たちに全員話を聞くからと言われ、連絡がつく人は親も呼び出されたのだ。私は殴っても殴られてもいないから、その場の状況について質問されただけだったとはいえ、こんな展開になることまでは考えていなかったから、お母さんには申し訳なかった。せめて家を出る前に声をかけておくとか、もう少し慎重になったほうがよかったよね。

 けれど、お母さんはくるりと振り向いて、にっこりと笑った。


「別にあんたは何もしてないから謝ることないじゃない。芙雪くんが心配だったんでしょ。私も外に出ていい運動になったわー」

「お母さん……」

「でも、今度こそ芙雪くんにちゃんと遊びに来てもらってね。お菓子作るから」

「……お母さん」


 この人、ほんと芙雪くん好きだよねまったく! いいよ、予定が合う一番近い日に遊びに来てもらうよ……。

 けれど、芙雪くんはこの日を境に、私たちハルちゃんねるのメンバーと距離を取るようになり、家にも来なくなった。




「芙雪くん、なんて?」

「一応誘ってみたけど、行かないって。てゆーか、最近は学校で話しかけてもなんかよそよそしいし、いつもべったり一緒にいるわけじゃないんだよなあ」


 テーブルの向かいに座るヒロが、腑に落ちない様子でつまんだポテトをぶらぶらと揺らす。

 平日の夕方のハンバーガーチェーン店は、最寄りの高校の制服姿の学生たちが多く、私たちと同じように楽しくお喋りしている。

 ただ、彼らと違って私もヒロもハルも、表情は暗い。理由は、どうやら芙雪くんに避けられているみたいだからだ。


「ヒロ、芙雪くんになんかしたんじゃないの?」


 私がじとっと睨むと、ヒロはとんでもないと大きく首を横に振った。


「別に何もしてないし。でも……さあ、やっぱりきっかけはこないだのことじゃないかなあって」

「ああー」


 三人で顔を見合わせてため息をつく。こないだのことというのは、つい先週あった、不良に絡まれた芙雪くんを助けるためにヒロが不良たちを殴り倒した件。まだ記憶に新しい。だけどそれ以降、芙雪くんが私たちと会おうとも撮影に誘っても来ないのも確かだ。


「自分のせいで私たちを巻き込んだと思ってるのかな。うちらそんなに気にしてないのにね」

「うん……あのさ」


 ハルが暗い表情に加えて言いにくそうに私とヒロを順に見る。


「何?」

「どした?」


 ハルは食べかけのハンバーガーをトレイの上に置き、座っていた姿勢を正して私たちに向き直った。


「今、芙雪がこんな状態だから言いだしづらかったんだけど。俺、芙雪に正式なメンバーになってもらいたいと思ってるんだ、ハルちゃんねるの。……どうかな?」

「……賛成」


 私も心の底で、そうなればいいなとちょっと思っていた。彼が私たちと動画に出ている様子は客観的に見て違和感なく馴染んでいる。コメントを見る限り、視聴者さんたちもそれを受け入れてくれている。それに、何よりも……私自身が彼と一緒にいて居心地が良いのだ。四人でいると、楽しいし落ち着く。


「ヒロはどう思う?」

「ハルとさっちゃんがいいなら、俺はいいよ。あいつ、可愛いしいいヤツだし」


 ふふっと笑うヒロにつられて、私とハルも笑みが浮かぶ。


「芙雪くん、可愛いよねー」

「な。本人に言ったら怒りそうだけど。……じゃあ、そのことも含めて、一回ちゃんと芙雪と話そう。大事な話があるって連絡したら、さすがに芙雪も来てくれるよね」


 私たちはお互いの顔を見合わせてうなずいた。

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