2-6 弟分のピンチ
そんなこんなで勉強も大事だなと思いつつも、私は新しく始めたこと、つまりハルちゃんねるの活動に夢中になっていった。
YouTubeを始めてから、撮影だとか編集だとか、そうじゃなくてもなんとなく暇だからとかでハルちゃんねるのメンバーと一緒にいることが多くなった。土曜日の今日も例に漏れず、ハルとヒロが私の家に来ている。別に今から撮影をする予定というわけでもないんだけど、なんとなく家のリビングでみんなくつろいでいる。あとで芙雪くんも来るらしい。
ハルはこのあいだ私がいないときに一人で撮ったらしい動画の編集を黙々としていて、その隣りでヒロが「もっとBGMを明るいやつにしたほうが」だとか何とか口を出している。私はスマホの育成アプリをいじりながら飲んでいたコーラのグラスが空になったことに気付き、席を立った。
リビングの隣りのキッチンに顔を出すと、お母さんがクッキーを焼いている。良い匂い。
「ねえねえ、亜紀羅。芙雪くんは何時くらいに来るの?」
私たち三人と同じく、弟もしくは小動物キャラな芙雪くんを可愛がってるお母さんは、ご機嫌な様子で私にそう言いながら、オーブンの中をのぞいている。
「午後の二時過ぎくらいには来るってスマホにメッセージ来てたけど……」
壁の時計を確認すると、午後二時十五分。
「もう二時過ぎてるから、そろそろ来るんじゃないかなあ」
「そうなの? 楽しみねえ。クッキーたくさん焼いてるから、出来上がったらみんなで食べてね」
「うん。ありがとう」
お母さんはヒロが甘党なのを知っているし男子高校生の食欲も理解しているみたいだから、たくさんというのは本当にたくさんなのだろう。ありがたい。暇だしコーラを少し飲んだら手伝おうかな。
私は冷蔵庫から取り出したペットボトルの蓋を開けて、勢いよくグラスに注いだ。
ふとリビングの時計を見ると、三時を少し過ぎていた。お母さんが焼いてくれたクッキーは三人で食べて半分ほどに減っていた。
ヒロはテーブルに突っ伏してうとうとしている。ハルは編集も終わり、スマホを触っている。私は自分のパソコンで、ついさっきハルが編集し終わって明日には投稿される予定の動画を見ていた。ハルが自宅で氷水のお風呂に入ってかき氷を食べるという、見ているだけで寒くなりそうな動画だ。ハルの騒ぎっぷりや編集で面白いのは認めるけど、真夏にやってほしかったような……。
「なあ、芙雪大丈夫かな」
スマホから顔を上げたハルが、不安そうに私を見た。私はなんて返事をすればよいのか悩みながら、うーんと首を傾げた。
「どうしたんだろね。何かあったのかなあ」
「ていうか絶対何かあったよな」
芙雪くんは、来ると言っていた二時をとっくに過ぎてもまだ来ていない。特に連絡もなかったから心配してメッセージを送ってみたけど、返信はない。既読もついていない状態だ。
「全員揃ったら俺、次にみんなで撮る動画の相談したかったんだけどなあ……」
「家の事情とかだったらいいけど、交通事故に遭って大けがしたりしてたらどうしよう」
「んー、そんなこと滅多にないだろうけど、万が一もあるもんなあ」
嫌な想像に心細くなって二人でひそひそと小声で話していると、突然ブーっと音が鳴った。私もハルも肩を飛び上がらせる。
テーブルの端に置かれたヒロのスマホが光っていた。
「ヒロ、スマホ鳴ってるよ」
ハルが肩を揺すると、ヒロは大あくびをしながら体を起こしてスマホを手に取った。
「芙雪くん?」
「や、違う。高校の友だち……あ?」
目をこすりながら眠そうに画面を見るヒロの顔がみるみるうちにこわばっていく。
「……ヒロ?」
怪訝な顔をするハルと私に返事もせず、ヒロはダンッと勢いよく立ち上がった。
「わっ……な、なに?」
「ど、どうした?」
驚く私たちに、ヒロは厳しい目付きといつになく早口でまくし立てた。
「俺の友だちが芙雪を見たらしい、駅の裏側の駐車場で南校のヤツらに集団で囲まれてたけど大丈夫なのかって大丈夫じゃねえだろ俺ちょっと行ってくる」
言いたいことだけ言って玄関に走りだそうとするヒロの腕を、ちょっと待ったとハルが慌てて捕まえる。
「芙雪がやばいのはなんかわかったけど、それ以外はよくわかんないよ! もう少し落ち着いて。何? その南校のヤツらってのは?」
落ち着けと言われて我に返ったのか、剣呑な色を帯びていたヒロの目が少し元に戻った。
「えーと、なんていうかな……うちの高校、東校のいつも芙雪をパシってたヤツらは、南校のグループに属してて……あ、グループっていうのは不良のそういう派閥みたいなのがあって、そのグループなんだけど」
「じゃあ、南校の人たちと芙雪くんが一緒にいたってことは、またパシられてるかもってこと?」
私の質問にヒロがうなずく。
「俺はどこのグループにも入ってないけど、知り合いのグループに頼まれて一時的に喧嘩したことがあるから南校のそのグループにはたぶん嫌われてる。そういう事情も俺と芙雪が仲いいことも知ってる友だちが芙雪を見かけたから、大丈夫なのかって連絡くれたみたいだけど、絶対大丈夫じゃない。助けに行かなきゃ」
グループがどうのとかいうのはよくわからないけど、芙雪くんが大丈夫じゃなさそうというのと助けに行かなきゃという点には同意だ。
「どこって言ったっけ? 駅裏の駐車場?」
確かここから一番近い駅の裏側には、コインパーキングがあったはず。たぶんそこのことなんだろうけど。
「さっちゃんとハルは来なくていいから。俺だけちゃちゃっと言って芙雪連れて戻って来る」
私たちを安心させるつもりか不自然に明るい口調でそう言って、ヒロは素早く部屋を出て行ってしまった。けど、顔が全然明るくなかった。
「来なくていいって言われてもなあ……」
ハルが共犯者めいた視線で私を捉えた。考えていることはおそらく同じ。
「心配でこんなとこで待ってられないよ。ヒロの言うことなんか無視して行こう?」
「だよね、行くか」
ハルが半分不安そうに、残りの半分はどこかわくわくした様子で椅子から立ち上がった。……たぶん、ヒロがあんなに素早く動くことなんて滅多にないから面白がってるんじゃないかな……。
ヒロに数分ほど遅れて自転車を走らせ、駅前に止めてから、裏側に回ってみる。
確かに私が予想していたとおり、人通りの少ないコインパーキングの端っこに男子が何人もたまっている。そこにヒロも芙雪くんもいるんだろうけど、この距離からはちょっと誰が誰だかよくわからない。ただ、何か言い合っているような声はこっちまで届いている。
何も考えずに駆け寄ろうとするハルの背中に続こうとして、私はふと足がすくんだ。
ヒロは慣れてるのかもしれないけど、私は誰かをパシりに使うような男子と関わったこともないし、そういう人たちが集まっている殺伐としているだろう場に突っ込んでいくのは、ぶっちゃけると……
「怖い……」
無意識に出たつぶやきに、ハルが振り向く。
目が合うと、彼は数歩戻って私の前に立った。そして、とん、と強めに私の肩を叩いた。
「俺も怖いけど、大丈夫だよ。だって見てみ?」
そう言って私の腕を引っ張って歩き出す。半分引きずられるようにして男子たちのかたまりに近づいていくと、予想外のものが目に映った。
「え……うえぇっ? 何あれっ?」
ヒロが一人で何人ものいかついヤンキーたちをボッコボコに殴って叩きのめしていたのだ。




