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六月 体育祭(3)

 バレーの試合は、麗華さんの活躍により順調に勝ち上がったが、決勝戦で三年生チームと当たり、お互い譲らない接戦の中で、一年一組は惜しくも敗退したものの、二位という結果になった。体育祭は全学年が入り混じるので、一年で総合二位とかすごい快挙である。

 麗華さんは全ての試合を終えたので、タオルを片手にボクたちに向かい、ゆっくり歩いてきた。

 到着する頃には、いつの間にかパイプ椅子がボクの隣に一つ増えており、合計で三つになっていたが、気にしないことにした。


「麗華さんお疲れ様です。もう少しで優勝だったのに、惜しかったですね」

「本当だよ。でも流石は三年生だね。的確に麗華ちゃんのカバー範囲の外を狙ってくるんだもん」

「二人とも応援ありがとう。とても助けになったわ。そうね、一年と三年だとやはり経験の差は大きかったわね。チームメンバーの皆がよく頑張ってくれたからこその、二位よ。私は誇りに思っています」


 そのあとも、三人で試合結果について色々と話していたが、次第にお昼の休憩まではもう少しだけ時間あるので、これからどうしようか?という話題に移っていく。すると、いつの間に近くに来たのか、クラスメイトの葉月君が見学者の隙間からひょっこりと顔を出し、気さくに声をかけてきた。


「だったら、バスケの試合を応援をしてくれよ。見た目麗しい美少女三人の声援となれば、俺も含めてチームメンバーもやる気になるしな。それに、午前中最後の試合だしちょうどいいだろう?」


 葉月君の話を聞くと、優勝は三年生のチームに既に決まっており、一年一組は三位決定戦を二年チームと行い、それが午前の最後の試合ということらしい。

 今終わった女子バレーのコートを片付けたらすぐに、バスケの最終試合を行うらしい。


「ボクは構わないよ。まだちょっと足腰に力が入らないし…」

「私も大丈夫だよ。元々幸子ちゃんに付き合う予定だしね」

「私も構いません。自分の試合が終わったので、一休みするにはちょうどいいです」


 見事な満場一致である。ということで、このあとはパイプ椅子に腰かけたまま、男子バスケットボールの応援をすることに決定した。


「何だとっ! 幸子ちゃん! 何処か怪我したのか!」

「えっ…えっと…疲労でちょっとね…あはっあははっ」


 心配そうな顔な葉月君に、ボクは曖昧な笑みを浮かべて適当に誤魔化しておく。別に怪我はしてないので、その点は大丈夫だけど、理由が理由なので流石に口にしにくい。

 なおも何か聞きたそうな顔をしていたが、もうすぐ試合がはじまるぞと、呼びに来たチームメンバーと一緒に、渋々ながら諦めて自分のポジションに歩いていった。








 まずは一年一組チームと二年の何組かのチームが向かい合って整列するため、移動を開始する。よく見ると葉月君だけでなく、神無月君も試合に出ていることに今ごろ気づくが、彼のほうはパイプ椅子に座るボクたち三人に最初から気づいていたのか、横目でこちらの様子をチラチラと伺っている。

 視線が集まるのは元男として理解できる。美咲さんも麗華さんもとっても可愛いから、健全な男性としてついつい盗み見ちゃうのも仕方ないよねと一人納得していると、隣の美咲さんも彼の視線に気づいたのか、何やらボクに耳打ちしてくる。


「幸子ちゃん、神無月君に手を振ってあげたら?」


 本当はボクのような発育不全の小娘よりも、隣の美少女二人のほうが嬉しいだろうに、心の中でそう思ったが、別に応援するのに反対する理由もないので、軽く微笑みながら小さく手を振ってあげた。

 すると、神無月君は瞬く間に顔を真っ赤にして、恥ずかしそうにプイッと目をそらしてしまう。…照れ屋さんなのかな? それを見た葉月君が、ボクと神無月君を交互に見て、心底驚いた顔をしていたのが印象的だった。

 やがて選手が一同に並んで向かい合い、試合開始直前となったとき、見学している大勢の生徒ざわめきが走った。


「なあ、あんな選手いたか?」「誰? あの人かっこいい!」「すごいイケメンじゃん!」「あれ…ひょっとして、葉月様?」「嘘! 目が悪いからって、いつもメガネつけてたんじゃないの?」


 そういえば、今の葉月君は伊達メガネを外しているのに気づく。皆も今知ったってことは、この試合まではずっとつけてたのかな? でも何で、今回の試合では外したんだろう。…謎である。そんなことを考えていたら、試合が開始のホイッスルが吹かれた。

 高く投げられたボールを葉月君と二年の選手がジャンプし、僅かに早く葉月君の手が弾く。

 こぼれ球をフォローに入っていた神無月君が見事にキャッチし、そのままドリブルで相手チームのディフェンスを次々と抜き去っていく。ある程度近づいたところで流れるような動きでゴールポストに投げ、スリーポイントが綺麗に決まった。

 あまりの電光石火ぶりに、ボクは興奮のあまり思わず立ち上がり、神無月君すごい! かっこいい!と、そのときばかりは年ごろの女性のようにキャーキャー叫びながら、無邪気な笑顔を向けて褒め称える。

 もちろんボク以外の女子生徒からも黄色い声援の大喝采状態だ。一瞬だけこちらに視線を向けた神無月君は、やはりすぐ目を逸らして大いに照れていた。アイドルといっても色々あるだろうし、彼はきっとこのような場での大勢からの賞賛には、慣れていないのだろうなと、納得する。

 試合の流れは始終一年一組が二年チームを圧倒していた。神無月君が素早い動きで相手を撹乱し、隙を突いて得点を奪えば、葉月君は強引に正面からディフェンスをこじ開けてゴールポストに叩き込む。

 一方的な試合展開は、相手チームが可哀想になるぐらいだ。応援も完全にアウェー状態なので、きっと彼らは一分一秒でも早く、この試合が終わって欲しいと考えているに違いない。あまりにも可哀想に感じたボクは、自分たち一年一組だけでなく、敵側の二年チームも応援してしまう。


「にっ…二年チームの皆も頑張れー!」


 その瞬間、試合中にも関わらず敵チームの選手は次々と崩れ落ち、同じ一組チームも皆もまるで石像になったかのように一斉に動きを止め、手から離れて役目を失ったバスケットボールのポン…ポン…と跳ねる音が、静まり返った体育館にやけに大きく響いた。

 隣りに座っている美咲さんが、ボクの肩にそっと手を置いて、諭すように語りかけてきた。


「いやいや、幸子ちゃん。それトドメだからね。ほら見てよ。二年の皆泣いちゃってるよ?」

「どうやら葉月は、今までの試合では手加減していたようですね。せめて決勝戦なら、いい勝負ができたかもしれないのに…」


 困った人ね…と、ため息をつきながら麗華さんが呟いた。

 何とか硬直からは立ち直ったものの、ボクが応援すると、また何かおかしなことになってしまいそうなので、ひたすら口をつぐんで、試合の成り行きを見守ることに努めた。

 結局そのあとは、味方も敵も何となくギクシャクとした動きのまま一組が始終リードした状態で試合終了となり、そのままお昼休みに入り解散となった。

 神無月君と葉月君は試合が終わってからすぐに、ボクたち三人のほうに来ようとしていたけど、タオルやスポーツドリンクを持った女子生徒の集団に囲まれてしまい、瞬く間に身動きが取れなくなったため、手を出さずに放置することにし、美咲さんと麗華さんと一緒に、どこか人が少ない場所でお昼のお弁当を食べようという流れになった。







 人気を避けてグラウンドの隅にシートを広げて三人で腰かけ、今日のためにと、真央さんが作ってくれたお弁当の蓋を開ける。

 卵焼き、タコさんウインナー、プチトマトやアスパラガス、シュウマイなど、色々と詰め込まれていてとても美味しそうだ。ボクはいただきますと手を合わせて、どれから食べようかと迷いながらも箸でつまみ、一つ一つのおかずをしっかり味わう。

 ニコニコしながら小さな口の中に、おかずが一つずつ消えていく。何となく周りの様子を伺うと、美咲さんと麗華さんが自分のお弁当を片手に、何処となくソワソワしながら話しかけてきた。


「あっ…あのね。幸子ちゃん、もしよかったらだけど、私のお弁当も食べる?」

「わっ、私のお弁当もいかがですか?」


 ボクは目の前の二人のお弁当をじっと観察める。美咲さんは煮物と生姜焼きを中心とした家庭的なお弁当、麗華さんはハンバーグやミニオムライス、小分けにしたスパゲッティや野菜のサラダを中心とした洋食屋さんのお弁当。どちらもとても美味しそうである。でも、そんな二人のお弁当をボクがいただくのは、何だか悪い気がする。


「くれるのは嬉しいけど、…本当にいいの?」

「いいよ。私のことは気にしないで食べてね」

「私も構いません。少しお弁当の量が多いなと思っていましたので」


 許可をもらったので、二人のお弁当に箸を伸ばそうとして、ふと思った。


「ボクが自分の箸で摘むのはちょっと行儀が悪いかも。それに二人の食べたい物を、ボクが取っちゃうかもしれないし、どうしようか?」


 うーんと首を傾げて質問を投げかける。すると二人はお互いに顔を見合わせると、何かを思いついたのか、とびっきりの笑顔で美咲さんが答えた。


「なら、私と麗華ちゃんに幸子ちゃんが食べたい物を教えてよ。予備の箸で摘んで、口の中まで直接運んであげるからね」


 なるほど、予備の箸を持っていたのか。何はともあれ、二人がそれでいいというならボクから言うことはない。ここはお言葉に甘えることにする。


「幸子ちゃん、どれが食べたいの?」

「えーと…じゃあ…」


 それからは、雛鳥の餌付けのように、二人のお弁当から交互に食べたい具を選び、あーんと小さな口をめいいっぱい大きく開けて、運ばれてくるのを今か今かと待ちわびながら、放り込まれた好物をモグモグと噛みしめ、至福の笑顔で美味しい! …美味しい!と、お腹がいっぱいになるまで堪能させてもらった。

 ただ、ボクたちが座っているのは、人気の少ないグラウンドの隅のはずなのだが、お弁当を食べ終わる頃には、大勢の生徒に遠巻きながらじっと見られていたことに気づいた。ただ普通にお弁当を食べてただけのはずなのに、不思議だ。

 やがてお昼の休憩時間も残り少なくなり、お腹も膨れたので、シートを畳んで午後の部がはじまる前にクラスの皆の所に戻ることにする。





 クラスメイトの集合場所に戻ると、不満げな顔をしている葉月君が声をかけてきた。


「何で俺を見捨てるんだよ。助けてくれたっていいだろ?」

「葉月を助ける義理はありません。あの人だかりに突っ込んで、万が一にでも幸子ちゃんが怪我したらどうするのですか」


 やれやれという顔で麗華さんがバッサリと切り捨てる。そこに葉月君の肩に手を置いて、神無月君が言葉を続ける。


「そもそも、何でメガネを取って本気を出したの? いつも通りに手加減してれば、被害は僕だけで済んだのに、これは自業自得でしょう? まあ、女子生徒が分散してくれたから、ありがたかったけどね」


 思わぬ反撃に、葉月君の言葉が詰まる。確かに、突然現れた謎のイケメンが、試合であれだけ無双すれば嫌でも目立つ。振り返ってみれば得点の八割は彼ら二人だけで入れていたので、試合後すぐに女子生徒に囲まれるのも無理のない話だ。


「それは…まあ…そうだがよ。たまにはメガネを外して、全力出してみようかと思ったんだよ。そう、体育祭ぐらい、たっ…たまにはな。それよりも、試合中の俺の活躍はどうだった?」


 こちらの様子を横目で伺いながらの言い訳に、いつもハキハキとした葉月君らしくない狼狽ぶりが少し気になるけど、そろそろ午後の部がはじまる時間だ。取りあえず適当な席に座りながら、無難に答えておく。


「うん、ディフェンダーを強引に突破していく姿とか、とってもかっこよかったよ!」

「流石は男子バスケだと思うぐらいの、すごい動きだったね。直接ゴールを決めたときは、ちょっと震えたよ」

「葉月が本気を出せばあんなものでしょう。確かに大活躍でしたが、少し相手チームの皆さんが可哀想でしたね」


 三者三様の答えに、葉月君はぐっと拳を握りしめ心なしか嬉しそうだった。

 二人の美少女に好意的に褒められると嬉しいよね。ボクも元男としてその気持ちはよくわかるよと、心の中でウンウンと頷く。


「そういえば、そろそろ午後の部だね。綾小路さんは何に出場するんだっけ?」

「ええとボクは、応援合戦とリレーの二種目だったかな?」


 ちなみに両種目ともボクの意見は完全に無視され、クラス全員の推薦により決定された。 そしていつの間にか隣に座っていた麗華さんが、美咲さんのほうを向いて質問を投げかける。


「美咲ちゃんは何に出るのです?」

「私は借り物競走とリレーだよ。運動は得意だと思うけどちょっと不安だね」


 それ以降は、何故かボクを囲んで席についた、美咲さん、麗華さん、神無月君、葉月君と一組を応援しながら、大人しく自分の出番を待つ。


「それじゃボク、そろそろ応援合戦に出るから、ちょっと行ってくるね」


 そう断りを入れて一人席を立ち、体育祭の応援合戦用女子更衣室に向かう。他の皆はもう準備が終わっているらしく外に出ており、ボクは扉を開けて中に入り、ロッカーを開けて一人で応援団服に着替えて、頭に鉢巻をギュッと結ぶ。


(予想はしていたけど、何故に黒の学ラン? しかもサイズが合ってなくてブカブカ…こんなのでまともに応援できるかな? それ以前に歩けるの?)


 振り付けだけは皆と一緒に何度か練習したため、間違える心配はないのが唯一の救いだった。ボクは女子更衣室から外に出て、一年生から三年生の一組チームの応援団に、お待たせしましたと声をかけて、一緒に会場へと向かう。

 途中何度か転びそうになったものの、何とか無事に到着した。


「それでは、ただ今より、応援合戦を行います」


 かなり緊張しながらも、他の団員を一緒に指定の位置に移動し、一生懸命音頭を取る。途中サイズの合っていない学ランがあちこちに引っかかって、何度かふらつきながらも、必死に立て直しては応援を続ける。そのたびに敵味方関係なく、温かい言葉がかけられる。


「ちっちゃくてお人形さんみたい!」「あの子可愛いねー!」「あっ! また転びそうになって! 不安でもう見てられないよ!」「もう少しだよ! 最後まで頑張って!」


 色んな意味ですごく疲れたものの、何とか自分の役目を果たせたことに満足しつつ、ボクの応援合戦は終わった。一組の集合場所に戻ると、何故か、応援合戦見てたよ。よく頑張ったねなどと、声をかけては頭を撫でてくる大勢のクラスメイトに揉みくちゃにされてしまった。

 ようやく解放されて疲れ果てた顔をしたまま自分の席に戻ると、ボクが応援合戦に行く前には、隣りに座っていたはずの美咲さんの姿が見えないことに気づいた。


「美咲ちゃんなら、次の種目の借り物競走に行きましたよ」


 麗華さんがそう言い、目線をグラウンドのほうに向ける。すると、手を組んでグイーッと伸ばしたり深呼吸を行う、美咲さんの姿が見えた。どうやらもうすぐ出番のようで、呼ばれた順にスタートラインに並んでいく。

 やがて、よーい…という声に続いて、パンッと空砲の音が響き、出場選手が一斉に走り出した。

 運動が得意と言っていただけはあり、美咲さんは瞬く間にトッブに躍り出て、後続をどんどん引き離していく。そしてレースは続き、小麦粉の中に隠された飴を口に加えて、借り物の書かれた紙の入った箱に手を入れ、その中の一枚を取り出す。中

 身を確認した美咲さんは次にボクをじっと見たあとに、一目散に駆け寄ってきた。


「幸子ちゃん、ちょっと一緒に来て!」

「えっ? …えっ?」


 なかなか混乱状態から立ち直れないため、オタオタと狼狽しているボクに埒が明かないと思ったのか、美咲さんは突然両手をボクの腰に回して、強引に下から抱えあげた。それはいわゆるお姫様抱っこというものだ。


「ちょっ…まっ…待って…何? 何これ…!?」

「幸子ちゃん、私の首に手を回して。それと、ちょっと揺れるから、あまり喋られないほうがいいよ」


 ますます混乱の深みに嵌まるボクを置き去りにして、美咲さんがゴールに向かって猛然と走り出す。結局ボクをお姫様抱っこしたままゴールテープを切り、後続を引き離したままの堂々の一番に、何処となく満足げに見える。そこに司会者さんが、借り物の確認に現れた。


「さて、それでは確認しますね。借り物は兄弟か姉妹、または親しい友人ですね。間違いありませんか?」


 司会者さんがボクの口元にマイクを持ってくる。


「はい、間違いありません。美咲さんはボクの「妹です!」」


 美咲さんによる突然の大声での妹宣言に、一瞬会場が静まり返る。流石にこのままではマズイと感じ、ボクは必死に弁明する。


「違います! 妹ではありません! 友達です! 友達!」

「はっ…はぁ…なるほど、随分と仲がいいお友達のようですね。はっ…はははっ」


 司会者さんは若干顔を引きつらせながらも、何とか軌道修正し、借り物競走は通常通りに終了した。一組の集合場所戻った美咲さんが小声で、妹でよかったのに…と不満顔で呟いていた。本当に勘弁してください。

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