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四月 父

 次の日、佐々木食堂の入り口で、ボクが来るのを待っていた美咲さんに会うと、予想していたとはいえ開口一番で言われてしまった。


「幸子ちゃん! その傷どうしたの!? 大丈夫!?」

「ああうん、実は転んでおでこをぶつけちゃってね。今は血も止まってガーゼをつけてるし、もう全然痛くないし平気だよ」


 美咲さんにはなるべく心配はかけたくし、根掘り葉掘り聞かれるのも面倒なので、秘技、笑って誤魔化すを使わせてもらった。

 まだ何か聞きたそうだったが、これ以上は学園に遅れるからと、戦略的撤退を図る。同じクラスなので、もし追求されたらボクに逃げ場はないんだけど。








 いつも通り、二人で仲良く話しながら電車に揺られて学園へ向かう。すれ違うたびにおでこの傷跡を隠したガーゼに視線が集まるのもいい加減慣れてきた頃、ようやく一組の教室に到着した。


「まあ! 幸子ちゃん! その傷はどうしたの! 誰にやられたの! 私が今すぐ仇を討ってあげます! それこそ地の果てまで追い詰めて…」

「麗華さん落ち着いて、これはボクが転んだからできた傷だよ。だから全部ボクのせいなんだ。それに見た目ほど大した傷じゃないよ。何よりもう治りかけてるから平気だよ」


 なおも何かいいたげな麗華さんだったが、タイミングよく始業のチャイムが鳴ったため、この場は何とか収まった。そのままお昼休みまで、何事もなく時間は進んだが、ボクは拾った老猫のことで一人悩んでいた。

 今このクラスで友達と言える人は、美咲さんと麗華さんの二人だけしかおらず、麗華さんはお金持ちだから、老猫の一匹ぐらい心よく引き取ってくれるかもしれない。

 でもそれは、友達という立場を利用した、善意に付け入る姑息な手段かもしれないと、ボクは一人で腕を組んで考え、ウンウン唸り声をあげていた。

 その様子が余程心配だったのか、美咲さんと麗華さんに何を悩んでいるのかと聞かれた。

 このまま一人で悩んでいても、いい答えなんてでないかもしれない。ならばと割り切り、二人に昨日拾った猫の飼い主を探していることを打ち明けた。


「確かに幸子ちゃんの頼みであれば、私は喜んで引き受けるでしょうね。でもそれは、私が、したいからしているのです。幸子ちゃんが気に病むことありません。何よりも私、人を見る目には自信があります。幸子ちゃんが悪い子でないことは、ちゃんとわかっていますよ」


 そう言って、麗華さんはボクを見て、ニッコリと笑いかけてくれた。裏表のない友達の優しさを受けて、嬉しさのあまり少しだけ涙ぐんでしまったのは内緒だ。気持ちが落ち着いたのを見計らって、今度は美咲さんが話しかけてくる。


「でも、猫ちゃんだっけ? 家は料理店だからペットを飼うのは難しいよ。何より、かなりの歳で、しかも後ろ足を引きずってるんでしょう? 今から新しい飼い主を探すのは難しいんじゃないかな。 まあ首輪がついてるなら、元の飼い主が見つかれば一番だけど」


 確かに、子猫ならまだしも、余命いくばくもない怪我をした老猫を引き取ってくれる新しい飼い主だと、見つかるのは稀だろう。

 やはりここは麗華さんの力を借りるしかないかなと考えていたとき、思わぬところから声がかかった。


「ねえ、その綾小路さんが拾った猫って、こんな猫じゃなかった?」


 っと、昨日拾った老猫と瓜二つの写真を見せてきたのは、クラス内のイケメン筆頭である神無月直人くんだった。しかも彼は今をときめく大人気アイドルでもある。

 ボクは至近距離から突然話しかけられたため、少し動揺したが、何とか言葉に詰まらずに答えを返す。


「うん、確かに首輪も後ろ足の怪我も、ボクが拾った猫と全く同じだよ。でも何で神無月君がこの猫のこと知ってるの?」

「それは自分が飼ってた猫だからだよ。でも、数日前に僕が家を留守にしてたとき、両親が知り合いを家に招いて、そのときにタマが入ったゲージを誤って開けてしまったんだ」


 そうしてタマちゃんは、いつの間にか外に逃げ出したらしい。

 でも後ろ足を怪我して引きずっている猫が、そんな長距離を歩けるはずがない。


「両親は、次はもっと高級な猫を買ってやるから、タマのことは諦めろって言うんだ。でも僕、今までずっと一緒に暮らしてきたし、諦めきれなくて…。それに新しい猫を買うって言っても、使うのは僕が稼いだお金なのに」


 大人気アイドルも色々と大変らしい。だがそれよりも、今は神無月君の背後送られてくる、女子生徒の視線が痛い。現在昼休みということで、他のクラスからやって来た大勢の女子生徒が彼に話しかける機会を虎視眈々を伺っているのだ。

 しかし問題の彼は、今ボクの前の前で真剣な顔をして、すごく近い距離で何やら必死に話しかけているのだから、他の女子生徒の嫉妬や羨望の視線が痛いのなんの。


「とっ…とにかく、タマちゃんだっけ? 今はボクの家で保護してるから安心していいよ。ちゃんとご飯も食べてお水も飲んだしね。今日家に帰ったら、猫を連れて来るから学園で待って…」

「本当! ありがとう綾小路さん! 家は何処? 連れて来なくても、今すぐ迎えに行くから大丈夫だよ!」


 えっちょっと待って!と言葉をかける間なく、ボクは突然立ち上がった神無月君に、強引に手を引かれ、あれよあれよという間に一組の教室から出て、廊下へと連れ出される。

 その間にも彼は携帯を片手にタクシー会社に連絡したりと忙しそうだ。今すぐ繋いだ手を離してもらいたいが、学園一の大人気アイドル君は話を聞いてくれる気配が全くない。

 廊下から靴箱まで、他の生徒の注目を否応なしに集めながら、ボクは引きづられるように為す術もなく連行され、もはやこれまでと念仏でも唱えようかと思ったとき、あまりの展開に混乱して動きを止めていた美咲さんと麗華さんがようやく追いつき、大声でまくし立てる。


「ちょっと待ちなさい! 私の幸子ちゃんを何処へ連れて行く気ですか! いくら神無月家といっても、やっていいことと悪いことがあります! 男子生徒が女生徒の家にあがりこもうなんて! 何よりも! この私でさえ、幸子ちゃんのお家には、まだ招待されていないのに!」


 そうか。ボクはいつの間にか、麗華さんのモノになっていたのか。知らなかった。靴を履き終えたため、校舎から外へ出た神無月君は、興味なさげに口を開く。


「ええと、僕は別に綾小路さんをどうこうするつもりはないんだけど。今は飼い猫のタマを、一秒でも早く引き取りたいだけだし。何なら二人、…いや、三人かな? 一緒に来てもいいよ?」


 神無月君に引きずられて、すっかりドナドナ状態のボクは、三人という言葉に首を傾げ、校舎の奥に視線を向けた。

 すると、いつの間にいたのか、伊達メガネをつけた葉月君が、美咲さんと麗華さんのすぐ後ろに、ニヤニヤと意地の悪い笑みを浮かべながら立っていた。


「俺も、幸子ちゃんが昨日保護した猫の安否が気になるからな。悪いが同行させてもらうぜ」


たった今気づいたのか、麗華さんはびっくりしたように後ろを向き、葉月君の言葉に大きくため息を吐きながら、口を開く。


「はぁ…貴方が自分から興味を持って動くのは珍しいですね。しかし、私も昨日何があったのか知りたいので、同行を許しましょう。

けれど、この人数でタクシーは少々窮屈です。如月家に連絡して車を用意してもらいますから、しばらくお待ちを」


 そんなことを喋りながらも、麗華さんは手早く携帯電話を取り出すと、慣れた手つきで電話をかける。


「十分程で私専属の執事が車に乗って到着するはずです。校舎前は目立ち過ぎますし、場所を変えましょうか」


 拒否権のないボク以外は異論はないようで、皆はどうせこの後はそのまま帰るからと、教室から各自荷物を回収し、揃って正門へと移動する。

 ボクは右を神無月君、左を麗華さんに逃げられないよう両手をガッチリと掴まれ、麗華さんが呼んだ運転手さんが到着するまで、特殊機関に連行される宇宙人のような格好を強要され続け、全校生徒の物珍しげな視線を集めるのだった。








 麗華さんの家の黒塗りのリムジンは、ボクたち皆が座ってもまだ余裕があるぐらい、広々としていた。さらには音も静かで全然揺れていない。しかしあまりにも高級感溢れる内装に、ボクも美咲さんも落ち着かず、始終視線を彷徨わせていた。

 さらに車内での麗華さんの追求を誤魔化しきれず、老猫を助けようとして子供たちから石を投げられて怪我をしたこと、そのときに葉月君が助けてくれたことなどを、洗いざらい白状させられてしまった。


「本当にありがとう! 今まで女性は怖いイメージしかなかったけど、綾小路さんのような人もいるんだってわかってよかったよ! しかも、そんな素晴らしい女の子とこうして友達になれたし、とても嬉しいよ!」

「私の幸子ちゃんに傷を負わせるなんて、その子供たちには、教育が必要なようですね」


 二人とも笑顔なのに、その意味が全く違っている。しかも彼の中で、ボクはもう友達認定されているらしい。普通の女の子なら有名アイドルの友達認定は泣いて喜ぶだろうが、元男のボクとしては、そんなことで大多数の女性の恨みを買いたくないので、心の底から遠慮願いたい。

 そうしたボクたちの姿を、美咲さんはオロオロしながら、葉月君はニヤニヤしながら、家に着くまで傍観者に徹していたのだった。

 結局麗華さんがボクの髪を自宅に着くまで撫で続けることで、何とか怒りを静めてもらいました。






 自宅から少し離れた大通りはともかく、家の前は道路の道幅があまり広くないため、途中で全員が降りたあと、運転手さんは駐車可能なスペースに移動させるために、一人車に残った。常に鍵を持ち歩いているため玄関から入ることに不都合はないが、鍵はかかっていなかった。取りあえず皆の先頭に立ち、手早く扉を開ける。


「タマちゃんはボクの部屋にいるよ。あと家には父さんがいるかもしれないけど、大抵お酒飲んで寝てるから。大きな音をたてなければ大丈夫だよ」


 ただいまと小さく声を出して足下を見ると、父の靴が転がっていた。自分の靴と父の靴をきちんと揃えながら、今の時間には家に帰っているなんて珍しいなと考えていた。

 その後、ボクは皆を連れて自室へ向かうべく、先頭を歩いて案内する。途中で居間の扉が開いていたので、中をこっそりと覗くと、父はまた横になっていた。


「はぁ…またそんな所で横になって、上に何かかけないと風邪引くよ」


 ボクは皆にしばらく待つように言って、父に毛布をかけるべく近寄っていく。

すると頭の周囲の床に広がる、赤い水たまりに気がついた。


「えっ…父さん…あ…あっ! 起きてっ! 起きてよっ!」


 床に広がっている水たまりは血だと理解した瞬間、必死に声をかけるものの、足がすくんでへたり込み、その場から一歩も動けなくなってしまう。

 すると廊下から父とボクの様子がおかしいことに気づいた皆が、急いで駆け寄ってくる。


「これは…頭部からの出血が見られます。素人が下手に動かすと危ないですね。今すぐ救急車を呼びますので、到着するまで落ち着いて待っていてください。美咲ちゃんは幸子ちゃんについていてあげてください」

「家の住所は前のポストを写メしておいたから、これを見て呼び出してくれ」

「この辺りの道幅は狭いから、僕は大通りに行って誘導してくるよ」


 テキパキと指示を出す麗華さんとは逆に、目の前の光景から視線を逸らせずに、ボクの頭の中は真っ白になり何も考えられなくなってしまう。


「幸子ちゃん、一先ずこの部屋を出よう? ここに居ても皆の邪魔になるだけで、今は何もできないよ。…ね?」


 美咲さんが後ろからボクの肩にそっと手を置いて、居間から連れ出してくれた。そのまま震えて動くことさえできず、廊下で体育座りしているボクの隣で、ずっと励ましてもらい、やがて表が騒がしくなり救急車が到着したのか、救護隊員の人たちが父さんをタンカに乗せて運び出していく。

 ボクは唯一の家族なので、父さんと一緒に救急車に乗って病院についていくことになった。そのときに、一人では心配だということで、美咲さんも付き合ってくれた。








 病院について、父さんが運ばれていった手術室の前で、ボクは何も喋らずにじっと座り込む。それでも、家にいたときより多少は落ち着いてきたので、美咲さんに一緒にいてくれて助かったよ。ありがとうと告げる。


「ううん、そんなの気にしなくていいよ。私は幸子ちゃんの友達だからね」


 そうやって笑顔で胸を張る美咲さんは、本当にいい子だと思う。ボクが本物の男性ならこんな女性が近くにいたら放っておかないのに。今の自分は男か女のどちらなのだろうか。

 かっこいい男の人を見ても、ドキドキしないし、美しい女の人を見ても、綺麗だなとしか思わない。

 そんなことを考えていると、ふいにボクのお腹から可愛らしいクーっという音が鳴った。気持ちが落ち着いてきたので、今度はお腹が空いたらしい。

 色々あってご飯食べてなかったな、今何時だろうと考えはじめたそのとき、手術室のランプが消えて、先生と補佐の看護師の人たちが出てきた。

 その瞬間を待ち望んでいたボクは、緊張のあまり転びそうになりながらも、目の前の先生に必死に駆け寄る。


「先生! 父さんは!? 無事なんですか!?」

「安心してください。幸いにも措置が早かったおかげで、命に別状はありませんよ。ただ、お酒の飲み過ぎと不衛生な生活で、体全体、特に肝臓にかなりの負担がかかっています。アルコールが抜けるまでは、全面的に飲酒を禁止しないと危険な状態と言わざるを得ません」


 父の無事が確認でき、肩の力が一気に抜けたボクは、先生たちに何度もお礼を言い、ようやく緊張の糸が切れたのか、ヘナヘナと床にへたり込んでしまう。

 その後、面会の許可がでたので、美咲さんに手を引かれながら、父の病室前へと移動して扉を開けたら、そこには父の他にも、もう一人ビジネススーツを着こなした知らないおじさんがいた。


「まったく、心配をかけてくれる。お前がこんな状態だとわかっていれば、もっと早く様子を見に来るべきだったよ」


 清潔なベッドで横に寝かされ、バツの悪そうな顔をしている父を叱りつけているビジネススーツのおじさんは、廊下からボクが覗いていることに気づくと、大切な話があるので入ってくるようにと、手招きしてきた。

 ボクはここまで連れ添ってくれた美咲さんに、廊下でしばらく待っていてもらうように伝えると、一人で見知らぬおじさんの前まで、トテトテと近寄っていく。


「キミが幸子ちゃんだね。私は葛吉の弟の綾小路善次郎だ。ああ、葛吉というのはキミのお父さんの下の名前だよ。それで、今は彼の代わりに綾小路グループの代表をしているんだ。小さい頃に何度か会ったことがあるけど、覚えているかな?」


 少し腰をかがめて微笑みかけながら自己紹介してくれた。今さらながら父の名前は、そういえば葛吉だったなと思い出せたが、目の前の善次郎おじさんのことは、全然覚えていなかったので、左右に首を振る。


「そうか。まあ幸子ちゃんが二、三歳の頃にたった数度だから、覚えていなくても仕方ないな。それでここからが重要だけど、葛吉は家の系列の病院で、アルコールが抜けきるまで、これからすぐに隔離入院させることに決定した」


 突然のことにびっくりしたが、善次郎おじさんが、続けてもいいかな?と先を促してきたので、とにかく最後まで聞いてから判断しようと考えて、ボクは深く頷く。


「今の彼に少しでも自由を与えると、また酒に逃げようとするからね。これは必要な措置だと思ってもらいたい。家族の幸子ちゃんだろうと、しばらくの間は会うことはできない。

葛吉の代わりにはならないかもしれないが、完全に回復するまでの間、キミの身の回りの世話をさせるため、専属の家政婦を雇った。もう家についているはずだ」


 それからしばらく待ったが、善次郎おじさんが話を続ける様子はないので、今度はボクから色々質問させてもらうことにする。


「葛吉…ええと、父さんは治りますか? 本当にまた元気になるんですか?」

「ああ、家の系列の医者の腕は確かだ。かなりの時間がかかるが、必ず完治させた後、また幸子ちゃんと一緒に暮らせるさ」

「それじゃ、直接会えなくてもいいですから、父さんにときどき手紙ぐらいは送ってもいいですか? 今まで付きっきりでお世話してきましたし、ボクから離れて、ちゃんとご飯食べてるのかどうかや、体調を崩してないか心配ですし…」


 たとえまともに子育てしてくれなくても、今までずっと一緒に暮らしてきた父と子だ。肉親の情は強い。ただし物心がついた頃から、親が子ではなく、幸子が葛吉を一方的に介護していた苦労の日々を思い出しかけたが、今は考えないようにした。

 ボクの言葉を聞いた善次郎おじさんは、ものすごく驚いた顔をし、その次に目尻に薄っすらと涙をにじませながらも真剣な表情で、話しかけてきた。


「ああ、構わないよ。ただし葛吉本人が、手紙の返事を返すとは思えないけどね。はぁ…本当に何で天使のような子が、こんな最低の親の元に…幸子ちゃん! 今からでも遅くない! 葛吉と縁を切って、おじさんの養子になる気はないかい!」

「さっきから黙って聞いてれば! 人の娘を取るんじゃねえ!」


 突然聞こえた大声にびっくりしたボクとは対象的に、善次郎おじさんはベッドに横たわる父さんと向かい合い、これからしばらく二人だけで、色々と話すことがあるから、幸子ちゃんは一足先に家に戻っているようにと伝える。

 ボクはこれ以上病室に居ても邪魔になると考えて、廊下で待たせている美咲さんや、泊まりのための荷物を運んできてくれた皆と合流し、これまでの事情を説明し、今日のところは家に帰って一人で色々考えを整理したいからと、今まで同行してくれた皆に礼をいい、家の前で手を振って別れたあと、玄関の扉を開ける。


「おかえりなさい。私はこの度、綾小路善次郎様に雇われた、家政婦の加藤真央と言います。どうぞ真央と呼んでください。これからしばらくの間、この家に寝泊まりし、貴女様のお世話をさせてもらいますので、よろしくお願いします」


 そう言って深々と頭を下げる。まるでお金持ちの屋敷に使えるメイドのような服装をした、二十代前半ほどの黒く短い髪でスタイルのいい女性が目の前に立っていた。

 確かに家政婦さんを雇うと説明されたけど、これは明らかにやり過ぎだろう…と、ぼんやりと考えつつも、慌ててボクも姿勢を正し、こちらこそよろしくお願いしますと頭を下げる。


「えっええと、それでは真央さんと呼ばせてもらいますね。ボクのこと幸子で構いません」

「はい、わかりました。幸子様。本日は色々とお疲れだったでしょう? 食事の用意はできています。それとも、先に入浴されますか?」


 ボク専属のベテラン家政婦を惜しげもなくつけてくれた善次郎おじさんに、若干引きつつも、取りあえずじゃあ、しょっ…食事をと震えながら答えると、真央さんはかしこまりましたと、優雅に一礼し、居間へと案内する。

 結論から言えば、とても食事はおいしかった。お風呂場もしっかりと掃除されていて、風呂上がりも、真央さんがゆっくり休めるようにと、寝る前のハーブティーを入れてくれた。至れり尽くせりである。


「幸子様はお疲れでしょうし、今日は早めに休まれたらどうですか?」


 彼女にそう言われて、ボクははじめて体全体がずっしり重いことに気がついたので、真央さんにおやすみなさいと声をかけて、自分の部屋の布団に潜り込んだ。

 ボクのせんべい布団は、いつの間にか外で干されていたのか、ふんわりとしていて微かに太陽の匂いがした。


 ちなみに預かっていたタマちゃんは、病院に泊まりのための荷物を準備してもらっていときに、ボクの部屋で神無月君と感動の再会を果たし、そのまま引き取らせてもらったと、次の日学園で報告してくれた。

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