九月 特区(2)
昼食を食べ終わったボクたちは、特区食堂のお姉さんにお弁当の食器を返して、会議室から出て、役場をあとにする。
今回は区長さんが、裏の駐車場に停めてある自分の車を出してくれるようだ。
見た目は普通のホワイトカラーの王冠とかそんな感じだけど、これも普通じゃないんだろうな。
センコさんが区長さんの車を見て、ん? 此奴はもしや…とか言っていたし。
ちなみに役場から少し離れると、思考スキャンは行えなくなるとのことで、今度からは口に出さないとね。
「外装は地球産に似せてありますが、材質や強度が全然違います。重力推進での飛行が可能で、海中や大気圏。それと宇宙にも行けますよ? どうです? 試してみますか?」
「「いいえ、結構です」」
生粋の地球人であるボクと麗華さんが即座に断りを入れる。他の二人は色々と慣れているのか、興味なさそうである。
区長さんは断られたことを心底残念そうに、それでは飛行機能のお披露目はまたの機会に、と会話を切り上げる。またの機会なんて来ないからね。期待するだけ無駄だよ。
「まずは特区の皆さんがよく使う量販店です。地球の田舎だとAがつくアレですね。普通は特区食堂というように、元の名前を変更するのですが。今回はお店の名前をそのまま使うことにしました」
ボクたちの乗った車は、区長さんの説明するスーパーの駐車場へとスムーズに入っていく。既に他の車も何台か停まっていた中、比較的入り口に近い停車スペースへと寄せる。
正面を見ると、確かにAのマークが、目立つように大きく設置されていた。
この量販店は都会から離れたところでよく見かけるので、外観は田舎の特区にあっても不思議ではない。
本当の過疎地にはないんだろうけど、でも何故店名はそのままなのだろうか。店舗理念にでも感銘を受けたのかな?
「その理由は、幸子ちゃんのおかげで、我々連合と地球は互いに手を取り合う、協力関係になれました。つまりAとは、綾小路幸子ちゃんのA、綾小路協同組合! 素晴らしい店名ではありませんか! 私たち連合は彼女の功績を未来永劫忘れないように、綾小路コープの店名に誇りを…」
「うわああああああん!!! 駄目! 止めて! 恥ずかしいから、その店名止めてえぇ!!!」
力の限り反対の意思を明確にする。何を言ってもこの店名だけは駄目だからね! 断固反対! あまりの気恥ずかしさで、狭い車内を器用にゴロゴロとのたうち回る。
やがてボクが心の底から嫌がっていることが通じたのか。
区長さんは、連盟の皆さんには大反対されるだろうけど、本人の強い希望ということで、店名にボクの名前を使うことは禁止すると約束してもらった。大勢の人に拝まれながら入店されるのは、恥ずかしいので嫌です。
「幸子ちゃん本人が嫌がるなら、仕方ありませんね。ここはは気を取り直して。えー…この量販店は、特区で一番多くの物を販売するお店となっています」
ボクたちは区長さんの案内で車から降りて、自動ドアを通って量販店の中に入る。本当に地球のスーパーそっくりである。ここも見た感じは別に変わった様子はない。賞品棚やレジまであり、ちゃんと店員さんもいる。
「私たちは貨幣は持ちませんので、レジで支払いをする場合は、着ている服の一部をかざします。それ自体が地球で言うクレジットカードの変わりですね。連合ではポイントで払うんですよ」
区長さんに詳しい話を聞くと、連合は給料の代わりにポイント制で、それを使って好きなものを購入したりするらしい。しかし最低賃金は働かなくても毎月自動的に振り込まれるし、衣食住は完全に保証されている。
つまり仕事はやる必要はなく、趣味なのだ。しかし連合では、もはや無理に働く必要がないので、働き口そのものが殆どなかった。
それなら余った時間は面白おかしく遊んで暮らそうという考えになったけど、そうはいかなかった。
連合はその長い歴史の中で、化学技術は大きく発達したものの、それ以外の文化は規制に次ぐ規制で、殆ど壊滅してしまっていたのだ。
ちょうど今のボクの国内のように、規制の声を高々にあげる人たちがやりたい放題やった結果、要求が全て通ってしまった末路だと思えばわかりやすい。
規制派の人たちが次から次へと標的を変えた結果、連合の娯楽や様々な文化関係は、修復不可能なレベルにまで破壊し尽くされてしまった。
睡眠はまだわかるけど、三大欲求である食事ですら健康に悪いという理由で、カプセルとドリンクのみになってしまったのだ。その惨状は筆舌に尽くしがたい。
性欲に関してはボクは気づかなかったけど、はじめてディアナさんが家に来た時に、センコさんは何かを察していたようだった。
結果的に全てが壊れてから、規制を叫んでいた人たちは、ようやく自分たちのしでかした過ちに気づいたけれど、時すでに遅しだった。
破壊し尽くされた多種多様な連合の文化は、その後二度と息を吹き返すことはなかったのだ。
そして、内から生み出すのが不可能ならば、外に求めるしかないと考え、様々な宙域に調査艦隊を派遣し、やがて長い宇宙の旅の末に見つけたのが、ボクたちの住む地球であった。
「かなり説明が長くなりましたが、そのような事情で我々連合では、地球の娯楽を貪欲に求めることとなったわけです」
量販店のカフェスペースで、それぞれ好きな飲み物を奢ってもらいながら、適当な席に腰かけて、四人は区長さんのお話を聞いていた。
ボクと麗華さんはフムフムと真面目に聞いていたけれど、相変わらずセンコさんとディアナさんは右から左のようだ。美味しそうにジュースを飲んでいる。
「そうそう、特区に来る前に通過したゲートは覚えていますか? アレは我々連合が頼んで、地球の皆さんに作ってもらったものですよ」
ボクは山道には似つかわしくない、物々しい検問所を思い出す。
「あのゲートは、外部からの干渉を弾くのはもちろん、内部からの流出を阻止する役目もあるのですよ。むしろそちらが本命と言ってもいいでしょう。特区の周囲を囲む防壁も、そのために張られていますしね」
そこで区長さんは真面目な顔を崩さずに、言葉を続ける。
「私たちは地球方面からの干渉は、問題にしていません。今の彼らの力では、たとえ百年頑張ったところで、障壁は小揺るぎもしないでしょう」
「ふむ、外部からの干渉が一割、内部からの干渉が九割の比率で張られておったのは、本命の危険性を恐れておるからじゃな」
ジュースを飲み終わったのか、それとも気が向いたのか。会話に加わって来たセンコさんに、驚いたような顔をする区長さん。
「驚きましたね。障壁の存在に気づくだけでなく、力場の配分まで正確に言い当てるとは…。ええ、センコさんの言う通りです」
そして気を取り直し、区長さんはじっとボクたちを見つめたまま、重い口を開く。
「私たち連合は、自らの過ちから、一度は全ての文化を失いました。それはどれだけ嘆き悲しみ。また、どれだけ万能に近い技術であろうとも、二度と元には戻りませんでした」
区長さんは沈痛そうな表情になり、しばらく口が止まるけど、やがてポツポツと話しはじめた。
「その経験のためかはわかりませんが、文化が破壊されることを恐れています。特に自らの手で幕を引くことを、病的な程に恐怖していると言ってもいい。今の連合は、貴女たちの住む地球を、第二の故郷と認定している言っても過言ではありませんしね」
なるほど、だから特区から外に出る可能性を、極力排除しようとしているのだろう。
「私たちは特区の外に出る気はありませんが、万が一の事故もある以上は、それの守りを万全にしておくべきです。唯一のゲートを警戒している地球の皆さんも、何か異変が置きたらその場から動かずに、我々に連絡するようにと伝えてあります。まあ、二十四時間態勢で、壁の周囲の監視と巡回は行っているのですがね」
その後区長さんは、監視体制の大まかな技術と、ゲートや防壁に何らかの異常を発見した場合、地上からの連絡を待たずに、転送による歩兵隊の投入はもちろん、場合によっては連合宙軍の派遣も行う。
いかなる犠牲を払おうとも、我々には地球の文化には直接干渉せずに、これを守る決意があると、はっきりと伝えてきた。
何だか某国の軍事外交を思い出してしまう。守るのは地球の文化であり、攻めるのは特区から無理やり外に出ようとした場合らしいけどね。
「と…断固とした決意を演じてみましたが、実は整備が間に合っていないだけで、正式な手順で外出許可さえ取れば、時間厳守ですが特区の外には出られるのです。なのでそんなに頑張る必要はないんですけどね」
緩い。とても緩い決意を見た。さっきまで、特区の外には何人たりとも出すつもりはないと聞いたんだけど。
「私たちが出られないのは、あくまでも今だけです。来月には地球観光用の外出許可が発行されるはずですよ。まあ、最初は近くの町限定で日帰り、そして出られても数人ずつになると思いますが」
それでも今から外に出るのが楽しみで仕方がないという表情で、区長さんはウキウキと続きを話す。
「それ以降に壁に引っかかるのは、地球からのお客さんか、せいぜい野生動物ぐらいでしょうか」
連合は、それでも万が一の危険性がある以上は、防壁の比率を変えるつもりはないということだ。でも宇宙からのお客さんである、連合の人たちが普通に町中を歩くような日が来るとは。
「それにしても楽しみですね。ディアナさんから送られて映像の打ち上げ花火を、早く見てみたいものです」
「あのー…区長さん、打ち上げ花火は殆どが夏のお祭り限定だから。十月以降に、すぐ近くの町で見るのは難しいと思うんだけど」
楽しそうに外出許可後の計画を語る区長さんに、ボクは残酷な事実を突きつけてしまう。でも、外出が近くなって知るよりも、先に告げておいたほうが、受ける心の傷は浅いはずなのだ。
「そっ…そうなんですか。いえ…私も何となく、そうなんじゃないかなーって、気はしてたんですがね。ははっ…はははっ」
区長さんは明らかに落ち込んでしまい、うつむきながら自分の頼んだアイスコーヒーに、ストローから直接空気をブクブクと送り込んでいた。
ちなみにセンコさんとディアナさんは、ジュースの追加注文で二杯目を満期中である。
「だって、羨ましいじゃないですか! ディアナさんだけ、あんなに楽しそうに地球を観光出来て……ずるいですよ!」
ずるい! ずるい!と、子供のようにわがままを言う区長さんに、ボクと麗華さんは思わず憐れみの視線を向けてしまう。
「だっ…大丈夫よ。今は近場だけでも、そのうち遠くの町にも行けるようになるし、外出日数も伸びるわ。そうすれば、国内の有名な観光名所にも気軽に行けるようになるわ」
麗華さんのフォローに、区長さんに少し元気が戻る。しかし、微妙に気まずい雰囲気は払拭出来なかったので、量販店のカフェスペースからは早々に切り上げて、次の施設を案内してもらうことにする。
そしてボクたち五人は、お勘定を区長さんのポイントで払ってもらい、駐車場まで歩いて戻ろうとすると、自動ドアから出た直後。
乗ってきた車が、つまり無人のホワイトカラーの王冠がこちらに走ってきて、ちょうど目の前で停まり、勝手に扉が開いた。
しかも、どうぞお乗りくださいとその車自身が喋り出したのだ。
「あっ、機械生命体だったのね。私はディアナと言います。挨拶が遅くなったけど、よろしくお願いしますね」
「こちらこそよろしくお願いします。なるべく地球の皆さんを驚かせないようにと、気を利かせて黙っていたのですが、やはり少しでも幸子ちゃんのお役に立ちたいと思い、居ても立ってもいられなくなってしまいました。それに何だか、彼も元気がなさそうですし…」
ディアナさんが珍しくもないように平然と挨拶を行い、センコさんも最初から気づいていたのか動じない。そしてボクと麗華さんだけは、言葉もなく立ち竦んでいる。
連合に所属しているのは人間だけではなかったようだ。もしかしたら、この車はロボットに変形するのかもしれない。
そしてボクを乗せて空を飛んだり水中に潜ったり出来るのを、彼(?)は楽しみにしていたに違いない。
でも何で特区に来てから会う人は皆、ボク限定なのだろうか。そこは今回のお客さんである、地球の人のために、でもいい気がするんだけど。
「ああ、紹介が遅くなってすまないね。彼は私の相棒であり、機械生命体のクラウンだ」
「もしかして、人形に変形したりなんて…しませんよね?」
「ええ、確かに我々機械生命体は、自らの機体の範疇ならば変化は可能です。しかし、人形には最初は変形出来ませんでした」
おずおずと聞いてみるボクだけど、クラウンさんの返答に嫌な汗が止まらない。最初は出来なかったということは、今は違うのだろうか。
「しかし、綾小路家から送られてくる情報は、どれもとても面白く、勉強になります。おかげで我々機械生命体は重要なヒントに気づき、貴方たち地球人が人型ロボットと呼ぶ姿に、変形出来るようになったのです」
薄々感じてはいたけど、ボクの家の二次元コンテンツで、連合が想像以上にやばいことになっていた。
「そして、我々は自らの持つ善の心にも気づくことが出来たのです。しかし、そこで一つだけ問題が起きました」
クラウンさんは真っ白いボディー以外の顔色は、車の姿なので全くわからないけど、何処となく沈んだ声で続きを聞かせてくれた。
「実は我々機械生命体には、悪の心を持つ個体が一切存在しなかったのです。せっかく人形に変身出来るようにしていただいたのに、これでは幸子ちゃんのお役に立てません」
いやいや、そういうのいいからね! 宇宙規模の光と闇の果てしないバトルに巻き込まれるのは絶対にごめんだからね!
「へっ…変形とか! そこまでてしていただかなくても、気持ちだけで結構ですので!」
「そうですか、幸子ちゃんがそう言われるのでしたら、ならば先程は断られましたが、空中散歩はいかがですか? 次の目的地までですが、上から見る特区の景色は格別ですよ?」
うぐぐ、最初に無理難題な条件を突きつけて、少しずつ緩めるのは、交渉の常套手段と聞いたことがあるけど。
少し話しただけでも、クラウンさんは紳士的な人物(?)だとわかったので、彼にはこちらを嵌める気が全くなく、ただ純粋な親切心だというのも伝わっている。
「わっ…わかりました。次の目的地までなら…はい」
「いやあ嬉しいですね! これでようやく幸子ちゃんのお役に立てた気がします! 他の機械生命体の皆にも、いい土産話が出来ますよ!」
そして嬉しそうに動力が不明のエンジン回転率をあげるクラウンさん。彼の善意を断ることには、ボクには出来なかった。
このメンバーの中では唯一のボクの味方である、同じ地球人の麗華さんのほうに顔を向けると、渋々という感じに小さく頷いた。
そして区長さんの後に続いて、彼のボディの中に全員で乗り込む。
ボクはこれから起こる未知の体験に、気持ちだけでも備えようと、しっかりシートベルトを着用する。
するといつの間にか、クラウンさんの運転席の計器がメカニカルな表示に変化しており、音もせずにフワリと空中に浮かび上がる。
「先程はお見苦しい姿をお見せしてしまい、申し訳ありませんでした。次の見学は消防と警察署です。あそこに見えるのがそうですよ」
区長さんが真上に上昇し続けるクラウンさんの窓を開けて、地上に見える建物の一部に指を指して教えてくれる。
すると、消防署と警察署が隣り合うように建っているのわかった。都会にあるものよりも、かなり小さいように見える。田舎の消防団と自警団が一緒になった感じだろうか。
「そこまで大きな施設は、まだ必要ありませんからね。住人が少ないので、元々建っていた設備を修理してもらっただけで、十分でしたよ」
まだということは、特区に連合の人が増えたら、建物を大きくするのかな。
「では、クラウンさん。あとはよろしく頼みます。幸子ちゃんたちに、今の特区の姿を、空から見せてあげてください」
「わかりました。皆さん、人工重力が働いていますので揺れませんが、あまり窓から身を乗り出さないように、気をつけてくださいね」
区長さんの言葉のあとに、クラウンさんが注意を促す。そして少しだけ前方に進むような感覚を受け、ボクたちは特区の青空を飛びはじめた。
空中移動なので次の目的地を直線コースで結べばあっという間に着くけど、機械生命体の紳士さんは、ゆっくりと外周を飛ぶように、ボクたちに連合の人たちが生活する集落の風景を見せてくれる。
「幸子ちゃん、あれが小中高一貫の学校になります。学ぶ内容は主に地球の文化についてです。まだ学びたい生徒はいても、教師が育っていないので、本格的に開けるのはもう少し先になる予定です」
クラウンさんの案内により、フロントガラスに所々補修されたばかりのような、木造校舎の拡大図が映り、続いて運動場、体育館、プールなどの施設も次々と表示されていく。
そして色々な角度に切り替わっていく木造校舎の全体図を、何となく眺めていたボクだったけど、ある疑問が生まれた。
「あの、クラウンさん。この緊急事態マニュアルというのは?」
木造校舎、体育館、プール施設の表示名の下に、小さく緊急事態マニュアルと追加で書かれていたのが気になった。避難訓練でもするのかな。
「それは、我々機械生命体、もしくは連合の兵器保管所です。これも綾小路家の情報にヒントを得たのですよ」
何だか続きを聞くのが怖くなってきたけど、黙ってクラウンさんの言葉を待つことにする。
「地球人は皆、校舎やプールの下に巨大兵器を隠しているのでしょう? アレは素晴らしいアイデアだと思いました。なので我々連合も緊急事態が起きた場合、それに習うことにしたのですよ」
まるで子供のように興奮気味に話すクラウンさんは、表情がわからないため声だけで判断すると、とても嬉しそうに感じる。
「いざという時が来たら、私たち機械生命体が学校の敷地で変形合体を行い、巨大機械生命体となって迫りくる悪と戦うのが、自分たちに与えられた本当の役目なのです!」
それは違うからね? 悪とかお呼びじゃないからね。連合のオーバーテクノロジーでそんなことをされたら、文化の保護以前に地球の寿命がマッハである。
クラウンさんはあくまで特区のみで活動することを考えているけど、はっきり言ってそんな強大な悪の出現を期待されても困る。
その他にも自分たちのような機械生命体ではない、連合の技術者さんが地球のアニメを参考にして、新規で建造された巨大人形決戦兵器も学校の地下に配備済みである。
挙げ句に校舎の裏山には、これまた地球の娯楽映像を参考にして地下基地を建造しつつ、多種多様な宇宙戦艦や、無人ではなく、わざわざ人間が搭乗して操作する兵器を、連日連夜熱い議論が飛び交いながらも、皆嬉々として研究開発中とのことだ。
辺りの広大な山々も全て買い取っているため、特区が自由に使える土地は広い。この先どうなってしまうのかを想像すると、今からとても怖いです。
ちなみに校内の全施設の地下では、巨大ロボットが今すぐにでも出撃出来る状態でスタンバイ済みだと説明してくれたけど、もはやボクの精神は色々と限界で、クラウンさんの説明は聞こえていても、頭に入れるのを拒絶していた。
そんなボクに気を利かせたのか、麗華さんが窓から地上を指をさして別の質問をしてくれた。
「クラウンさん、あの建物は何ですか?」
「あれは連合食堂ですね。私たち機械生命体は基本、飲食は必要ありませんが、特区の人たちがよく利用しています」
お昼にお弁当を持ってきてくれたお姉さんのお店だろうか。確かに地球の料理をよく再現していて、とても美味しかったことを思い出す。心温まる話題でようやく人心地ついた気がする。
続けて麗華さんが別の建物を指差す。
「では、あちらの建物は何ですか?」
「あれはカラオケボックスですね。ちょっとしたお酒と食事、あとは歌という娯楽を行う場所です。このサイズでは入店は出来ませんが、私は地球の音楽は好きですよ」
とてもいい雰囲気だ。特区の摩訶不思議アドベンチャーから、ようやく地球に戻ってきた感じがする。
「地球では選曲に合わせて映像が流れるようですので、連合では各部屋に歌ごとの3D映像を流しています。現在は綾小路家からの情報を元にしたプイキュアのテーマ曲を、コスプレしながら歌って踊るのが人気なようですよ」
何だか急に気分が悪くなってきた。宇宙規模のプイキュアブームはまだまだ終わる気配がないようだ。地球でも毎年新シリーズが放送されている以上、連合でも今後の根強い人気は保証されているのかもしれない。
ボク的には、連合よ。これが地球だとばかりに、二次元アニメが拡散していくのは、ちょっと…かなりアレな心境なのです。
「ではそろそろ、次の目的地に到着しますので、皆さんは降りる準備をしてください。お忘れ物のないように」
クラウンさんの説明が終わると、真下の警察と消防署の駐車所にゆっくりと降下し、白線の内側にピタリと着地する。
メカニカルな計器も、いつの間にか元の地球の国内車の表示に戻っており、エンジン音が静かになると、車の扉が自動的に開いた。




