九月 特区(1)
夏休みが終わり、九月の上旬の今日、ボクとディアナさんと子供センコさんと麗華さんの四人は、とある山奥の集落に向かっていた。
そこに続く唯一の道路であり、ライフラインでもある整備された山道を、如月家の黒塗りの高級車がゆっくりと進んでいく。
周囲は山が深くて自然豊かで渓流も流れおり、緑がとても綺麗である。
と言うかパッと見て、何処を見回しても自然以外に特徴がなかった。あとは、夏が終わったばかりで都会ではまだまだ蒸し暑いのに、高い木が生い茂って木陰になっているおかげか、山道はかなり涼しく感じる。
「この先の限界集落…というか、もう無人になってる廃村区画を、私たち如月グループがまとめて買ったのよ」
麗華さんが山道のカーブを車に揺られながら、事の成り行きを説明してくれる。
「そこに連合の人たちに移り住んでもらったのよ。もちろん、情報規制は万全を期しているわ」
「理屈はわかりましたけど、よく行政とか親族や、その他色々な関係者に文句を言われませんでしたね」
「幸子ちゃん知ってる? 人はね。…札束で殴れば従順になるのよ」
そういうことになった。麗華さんはもうこの若さで、如月家のトップになれる才能に溢れていると感じてしまった。
「まあともかく、計画当初は少数のホームステイのみ交代で受け入れて、如月の信用出来る住居で面倒を見るつもりだったけど。参加希望者が殺到しすぎて、すぐに生活場所が足りないことが判明したのよ」
確かに連合からの地球行きの便は、たとえ降下せずに宇宙から眺めるだけでも、今では大人気スポットで予約も一年以上は空きがないと聞いている。
「なるほどのう。それで徳川統治下の、出島のような特区を作ろうとしたわけか。確かに一箇所にまとめてしまえば、管理も楽じゃからのう」
隣で聞いていたセンコさんが、ウンウンと感心しながら口を挟んでくる。ひょっとして江戸時代には実際に出島を観光に行ったのかもしれない。
「そう言うことよ。流石に全て使うことはないと思うけど、取りあえずは無人の集落の中心にある一つだけを、如月グループが色々と補修、または改装して、最低限人が住めるようにしたというわけなの」
何だか田舎暮らし体験ツアーみたいになってきた。連合の人はそれでいいのだろうか?
「連合の方は問題ないわ。むしろ同居人に気を使わずに、のびのびと地球で暮らせると聞いて、大喜びみたいよ」
と言うことはボクも知らず知らずのうちに、ディアナさんに色々と負担をかけてきたのだろうか。
「ちっ違うわ! むしろ、同居生活が気楽過ぎて、幸子に負担をかけてないか! こっちが心配…コホン! ともかく、そんなことは全くないから、気にしないでいいわよ」
どうやら今まで通りで構わないらしいので、一先ず安心する。そんなことを話していると、やがて山沿いの道には似つかわしくない、厳重に警備された検問所のような場所が見えてきた。
「あそこが連合特区の入り口よ。事実上あの場所からしか、私たち地球人は入ることが出来ないのよ。何故かはわからないけど、他のルートから入ろうとしても、方向感覚や計器が不安定になって、いつの間にか来た道に戻っていると聞いたわ」
「なるほど、特区周辺に高密度の障壁を張っているようね。これでは空からだろうと、侵入も撮影も不可能だわ。たとえ撮影出来たとしても、せいぜい偽装情報を掴まされるだけでしょうね」
ディアナさんがメガネに指先をそっと触れて、何やら納得したかのようにフムフムと何度か頷く。
公園で見た人が近寄れなくなるアレみたいなものだろうか? でも黒服やセンコさんは、普通に入って来たような気がするけど。
「あっアレは! アーマーフレームのエネルギーが、足りなかっただけだから! それにセンコさんは、明らかに規格外だから参考にしないでよね!」
「ふむ、確かに広範囲の結界にしては、何処にも穴は開いておらぬようじゃな。これなら地球人が侵入することは、万が一にもありえまいて」
「だから! 何でセンコさんはわかるのか、疑問なんですけど!」
スピードを緩める車の窓から、外を眺めて何やら納得するセンコさん。
そして規格外と言っても、ついつい張本人に突っ込んでしまうディアナさん。
しかしボクには何処を見ても普通の山林にしか見えないので、そこに何があるのかはまるでわからない。
「確認しました。どうぞ、お通りください」
国内にしてはやけに物々しい警戒態勢の中を、少しだけ警備員さんに止められたものの、ほぼ顔パスでゲートを抜けて、高木が生い茂る山林の直線コースをしばらく走ると、やがて視界が完全に開けた。
「何というか…その、普通の田舎だね」
ボクがざっと見た感じだけど、手前には山や谷を人の手で切り開いた、のどかな田園風景が広がっており、少し奥には、小さな集落が顔を覗かせている。
「今の所、正面に見えるあの集落にしか、連合の人は住んでいないわ。周辺の区域は順次改修中よ。使うことはないと思うけど一応ね…ええ、ないといいわね。本気でそう思うわ」
冷や汗をかきながら視線をそらした麗華さんは、多分この連合の集落はそのうち村になって、やがて町に変わるのではないかと。認めたくないのだろうけど予感をヒシヒシと感じているのだろう。かくいうボクもそう思う。怖いです。
そのまま正面に見える集落の中では比較的大きな建物である、田舎の役場に向けて車をゆっくりと走らせていく。辺りの田んぼや畑は、第一陣を受け入れて日が浅いからか、雑草だらけの荒れ地が殆どだ。
しかしその中に、ちらほらと今の時期からでも育てられるボクでも知っているような野菜の芽と、よく知らない植物の芽が、畑のウネに規則正しく植わっていた。
見た感じは何処にでもある普通の植物っぽく感じるんだけど、何故だかわからないけど、嫌な予感がした。
「あの…麗華さん? アレは?」
「幸子ちゃん、私に聞かないで。頼むから私に聞かないで」
「アレは宇宙芋ね。連合のカプセル剤の材料で、栄養価も高くて繁殖力もとても強いのよ。基本は母艦の植物プラントで育てるけど、地球の土壌でも育つのかしら?」
ディアナさんの恐ろしい答えに、思わず震えるボクと麗華さん。外来植物にならないことを祈りたい。地球全土が宇宙芋畑になるのはごめんである。
「大丈夫…ええ、大丈夫よ。特区の物は外には持ち出さないこと。それはここに住む上での絶対の規則だから」
小刻みに震えながら冷静さを取り戻そうと、繰り返し大丈夫…大丈夫と呟く麗華さんに、ディアナさんが声をかける。
「宇宙芋だけじゃなくて、あの耕運機は見た目こそ完全に地球産だけど、機体出力が桁違いよ。そうね。五倍以上のエネルギーゲインがあるわね。 それ以外にも…」
震えている麗華さんに次々と残酷な真実を告げていくディアナさんだけど、彼女が倒れる前に、役場の前に着いたようで、車がゆっくりと停車した。
ドアが開くと、役場の職員らしき人が、少し離れた場所に並んでおり、ボクたちを出迎えてくれた。
「連合特区へようこそ。地球の皆さん、我々一同、歓迎致します」
そして施設の案内をするからと、役場の代表らしい男性の職員さんが、自分のあとに付いてくるように言い含める。
「今回は私が、栄えある連合移民団の第一陣の代表となりました。そうですね。私のことは町長…村長…いえ、区長とお呼びください」
町まで発展させる気満々だよこの人! あと移民言っちゃってるし帰る気ないの? もしかして居座って、特区を前線基地にして地球侵略するんじゃないの?
「いえいえ、連合に地球を侵略する気なんて毛頭ありませんよ。我々がその気になれば一日もかからずに……ね?」
…ね?という言葉を可愛らしく言われても、かえって恐ろしく感じるけど。そんな会話をしながら区長に付いていくボクたち四人は、やがて役場のガラス扉を開けて、中に入る。
「ともかくです。我々はこの地球が気に入りました。愛していると言ってもいいでしょう。それに対して支配や破壊を行うのは、愚かな行為とは思いませんか?」
愛するものを力ずくで従わせたいという欲望もあると思うんだけど、違うのかな?
「何と言えばいいのでしょうか。私たちは、今の地球が好きなのです。我々の都合で大きく変化した地球は、それはもう愛した地球ではありません」
そう言えば少し前に、文化や娯楽を調査するのが目的と聞いたような気がする。何だかロリコンの理屈を聞いている気がしてきた。イエスロリータノータッチを貫き、ある一定の歳を越えたら愛情が消えるのだ。
「主の考えておることで、大体合っておるぞ。彼奴らは特区から地球の調査を行い、毎日を面白おかしく暮らすだけじゃ。それでもし、主の身に危険が降りかかるようなら、妾が潰そう。こう…羽虫を指先でちぎるように容易くのう。じゃから、何も心配せずともよい」
センコさんがそう言ってくれるなら大丈夫かな? それよりも、さっきからボク、一言も口に出してない気がするんだけど。
「役場の周囲にいる限り、我々職員はお客様に対して表面的ですが、思考の自動スキャンが行われているのです。地球では馴染みがないでしょうが、お役所仕事は特に、そちらのほうが断然便利なので」
確かに、大勢の人たちの役場に来た目的が瞬時にわかれば、色々と便利だろう。必要書類もすぐに用意出来る。見た目は普通の施設なのに、思った以上に連合の技術が組み込まれているようだ。
「とはいえ、普段はこのような行政機関に助力を求めることもないため、我々も実際の仕事の経験はないので、まだまだ試行錯誤の連続です。まあ、それが楽しいのですけど」
確かに連合の超技術さえあれば自分一人で大抵のことは出来てしまうだろう。他人の協力は必要なさそうだしね。一生一人だけで完結してしまうかもしれない。
「はい、おかげさまで毎日いい刺激を受けていますよ。例えるなら、生きる実感…でしょうか。ああ、大丈夫ですよ。仕事の時間はちゃんとホワイトです」
自分が仕事をしたいときだけする。趣味が仕事、仕事が趣味、本当に連合の人たちは自由人である。地球人とは何もかもが違うね。
「…っと、すみませんね。さっきから私が一方的に話してしまって。どうぞ、入ってください」
いつの間にやら、奥の会議室らしき扉の前まで案内されたボクたち四人は、区長さんが開けた部屋の中に入らせてもらう。
ここも見た目は長机とパイプ椅子を口の字のように並べて、その上にペットボトルのお茶も配置済みの、簡易会議室に見える。
「どうにも、連合と地球との橋渡し役である、幸子ちゃんとお話することが楽しくてですね。いやはや、本当に噂通りの女の子ですね」
噂? ボクの噂、連合に流れてるの? すごく恥ずかしいんだけど。変なこと言われてなければいいけど。
空いている席に適当に座っていいようなので、皆が思い思いの場所のパイプ椅子に腰かける。
「大丈夫ですよ。酷い噂ではありません…むしろ…いや、これは止めておきましょうか」
すごく気になるんだけど、でも区長さんがわざわざ話さなかった以上は、ボクが無理に聞くべきことではないだろう。
「ここまで来てもらいありがとうございます。それでは、本題に入らせてもらいます」
身なりを正した区長さんけど、真面目な顔をして言葉を続ける。
「と言いましても、私から申し上げることは大したことではありません」
そう言い、軽く肩をすくめておどけて見せる。麗華さんは真面目に聞いているようだけど、ボクには難しいことはわからないし、ディアナさんは心配している気配がなくて、センコさんは聞いてるのか聞いてないのかすらわからない状態だ。
「まずは、これを御覧ください」
区長さんがそう言うと、会議室の中央に一つの惑星の3D映像が現れた。これは地球なのかな? よく見ると月も浮かんでいる。
「そうです。貴女たちと、そして私たちが住んでいる地球になります」
これがどうしたのだろうか? 見た感じ、雲の動きとか、とても細かいところまで再現されているようだけど。そのとき、麗華さんが何かに気づいたのか。あっと驚いたような声を漏らした。
「私たちの技術さえあれば、このぐらいの情報をリアルタイムで手に入れるぐらい、簡単なことです」
「そのわりには、調査隊の派遣は上手く行かなかったようだけど?」
確か無用な混乱及び影響を軽減するために、連合の技術レベルを可能な限り落としてたんだっけ?
「そうです。少し前までは地球に影響が出ないギリギリまで技術レベルを落とし。苦労して調査していました。しかし、今はもうその必要はなくなりました」
「なるほど、如月家のような現地の協力者が出来たからかしら?」
何やら大人の話の予感。こういう難しい話題に、ボクは必要ないと思うんだけど。
「ああ、すぐ終わりますので、幸子ちゃんはそのまま座っていてください。もうすぐお弁当も届きますから」
お弁当に釣られてパイプ椅子に腰かけたまま、区長さんのお話を聞くことにする。
今回も完全にマスコットにしかなっていない気がするけど、そのうち届くであろうお弁当を心待ちにして、両足をプラプラさせながら会議の邪魔にならないように大人しくしている。
「コホン、とにかく如月家の協力を得て、地球の調査効率は飛躍的に上昇しました。ありがとうございます」
「それはどういたしまして。でも私たちは、貴方たち連合のために協力したわけじゃないわよ」
「ええ、わかっています。この場において、私も同じ気持ちです」
その言葉が終わったあとの二人は、何やら真面目な顔で視線だけのやり取りをして、次の瞬間お互いに席を立ってゆっくりと歩み寄ると、互いの右手を差し出して、ガッチリと固い握手を行う。
「これが地球式の友情の確認の仕方だと、存じています」
「そう。私も貴方たちと友情を結べて嬉しいわ。それが連合の総意で間違いないのね?」
「ええ、そう受け取ってもらって構いません」
どうやらお互いの意思の疎通が終わったのか、今度は握手をしたまま互いの背中をポンポンと叩いている。何だか知らないけど、すごく友情が深まった気がする。
「なるほど連合か。記憶に留める価値はありそうじゃな」
「幸子を大切に思う者同士、手を取り合えてよかったわ」
センコさんが当然の結果だとばかりに、腕を組んで何やら頷いている。それに釣られたのか、何故か嬉しそうな顔をしているディアナさん。今の会議室での会話の何処に、ボクの名前が出てきたのかな? 全くわからないんだけど。
そんなことを考えていると、遠くから人の歩く足音が聞こえてきた。
「失礼します! 頼まれていたお弁当を、お届けに来ました!」
挨拶と一緒にコンコンというノックと共に扉が開き、割烹着を来た年若い女性の店員さんが、五人分の四角いお弁当箱を持って入室してきた。
エプロンもつけていて、正面に特区食堂と可愛く刺繍がされていた。
「ああ、待っていたよ。どうぞ、皆さんに配ってあげてください」
「はい。この日のために腕によりをかけて料理しました。どうぞ召し上がってください!」
割烹着を着たお姉さんが、入り口に近い席から順番にお弁当と割り箸、お手拭きを配っていく。それにしても何だかボクたち、物凄く歓迎されているような気がするんだけど。
目の前に並べられる四角い箱を見て、ふと疑問に思ったことをこの機会に聞いてみることにする。
「あの、何となく気になったんですけど、特区の食糧事情とかはどうなっているんですか?」
「お弁当の野菜は、私が愛情込めて育てました! 料理も私がやりました! と言っても、まだ移り住んだばかりで収穫出来る種類が少ないので。今回は殆ど地球から仕入れた物で…恥ずかしいんですけど」
お弁当を配り終わった割烹着の女の人が、頬を染めて恥ずかしそうにうつむいてしまった。そんなつもりじゃなかったんだけど。
「いやいや、そんなの気にしないでよ。心を込めてお弁当を作ってくれたんでしょう? だったら、どんな素材を使おうと、それだけでも十分嬉しいよ。ありがとうね」
「はい! ありがとうございます! えへへ! 幸子ちゃんに食べてもらえるように、頑張って作ったんですよ!」
あっ…そうなんだ。目の前の割烹着のお姉さんにかけた言葉は本心だけど、少しばかり愛が重過ぎる気がするんだけど。これおかしくない?
「先程の疑問ですが、今は輸入に頼っていますが、そう遠くないうちに、食料自給率は百%以上になる予定です。その道筋も見えています」
やはり連合は、地球の遙か先を行っているようだ。ボクの国が自給自足出来るようになるのは、一体いつになることやら。
ついでなので、今思いついたもう一つの疑問も聞いてみようかな。
「さっきお姉さんは普通に歩いて来たみたいだけど、転送装置は使わないの?」
「私たちは地球の暮らしに憧れ、特区に移住した者です。地球人のように自らの足で歩き、汗水垂らして働く充実感に、喜びを感じている。つまりはそういうことです。この考えは今の連合にいる殆どの人が抱いていると言っておきましょうか」
これはアレですね。完全に田舎暮らしに憧れる都会の人みたいになってる。しかもそれが大多数派とは、地球やばくない?
連合がどのぐらい大きいかは知らないけど、そのうち大挙して押し寄せて来そうな気がするんだけど。
「ああもちろん、面倒なところは我々の技術で解決することには、何の躊躇もありませんよ。仕事の全てを自分の手足のみで行うのは不可能ですから。ですが、ある程度の不便さを心地よく感じるのも、また事実です」
連合は思った以上に融通がきくようだ。これは農業体験で一番楽しい収穫だけを手を変え品を変え、延々とやり続けるタイプだね。
そこまで話したときに、割烹着のお姉さんがボクをじっと見つめたまま、その場から動いていないことに気づいた。
「幸子ちゃん、私のお弁当はどうですか?」
「え? あっ…はい、いただきますね」
どうやらお弁当の感想が聞きたいのだと気づいて、慌てて蓋を開ける。
内容は白米に梅干しをのせてあるのが半分、残り半分はハンバーグと、芋や人参、その他の野菜の煮っころがし、きんぴらごぼう、白身魚のフライ、ケチャップを絡めたスパゲッティと、地球の何処にでもあるお弁当そのものだ。
どれも珍しいものではないけど、それはこのお姉さんが地球の文化をよく研究しているということだろう。この短期間で惣菜弁当の基本を、よくここまで再現したと思う。きっと努力家なのだろう。
そう言えばこの組み合わせは、ボクが佐々木食堂でお世話になったときにいただいた食事と似ているなと感じて、何だか懐かしいような嬉しいような気持ちになった。
「…いただきます」
お手拭きでしっかり手を拭いてから、割り箸を割って、いただこうとする。その前に入室前から置いてあった、ペットボトルのお茶で口の中を一度洗い流しておく。
最初は白身魚のフライからいただく。うん、作りたてのようで外はカリカリで、中はフワッとしていてまだ温かい。
一つ一つが手作りなのか、最初からソースがかけてあった。はっきり言って、とても美味しい。気づくとボクは自分でも気づかないうちに、自然と笑顔が溢れていた。
島の旅行で麗華さんも言っていたけど、ひょっとしたらボクの一番の好物は、白身魚フライかもしれない。
「はい、とても美味しいです」
「……!? あっ…ありがとうございます! 幸子ちゃんに喜んでもらえて、とても嬉しいです!」
何だかこのお姉さん、ボクが口に出す前に驚いていたような。もしかして思考を読んだのかな? でも役場の職員限定じゃないの? 目の前の割烹着のお姉さんは、どう見ても食堂の店員だし。
とにかく今は、わからないことを気にしても仕方ないので、このままどんどんいただこう。
きんぴらゴボウは甘辛い味が染みていて、ハンバーグはひき肉の肉汁も閉じ込めてあり、かかっているデミグラスソースも市販の物とは微妙に違うようだ。スパゲッティはケチャップの味がやや薄く、スルスルと抵抗なしに食べられるサラダスパに近い。芋の煮っころがしも、じゃが芋がホクホクで、口の中ですぐ崩れてしまう。その合間合間にご飯をいただく。
気づけば始終笑顔のまま、特区食堂のお弁当は、あっという間に食べ終わってしまった。
「ごちそうさまでした」
「はい! お粗末さまでした!」
元気よく返事をするお姉さんは、物凄く嬉しそうな微笑みを浮かべていた。作った料理を美味しく食べてもらえると嬉しいからね。その気持ちはわかるよ。
かなり早く食べ終わったと思っていたのはボクだけで、他の四人はとっくに蓋を閉じて箸を置いて、最後に残ったボクの食事風景をじっと観察していたのだ。
「ボクの食べてる姿とか見ても、面白いことは何もないと思うんだけど」
「そうじゃな。主には一生わからぬじゃろうな」
センコさんが眩しいものを見るように微笑んでいる。と思ったら、この会議室にいる人は、皆似たり寄ったりの笑顔でボクを観察している。
だからそんなに面白いものじゃないと思うんだよ。本当に何なのこれ?




