八月 体験(2)
ディアナさんのホームステイという名の現地調査は、最初こそ地球と連合の違いに色々と戸惑って失敗していたものの。流石はエリート調査員を名乗るだけのことはあり、何事も器用にこなしてしまう性質なのか、彼女は驚くべき速さで綾小路家の環境に順応していった。
そして我が家に来てからの彼女は、地球の娯楽を調査することにとても熱心だった。
お風呂場の一件は言うに及ばず、連合から見たら、骨董品でも存在しないような、一部ではピコピコと呼ばれ、ヒゲのおじさんを操作して障害を乗り越えたり、竜を退治したり、最後の物語の一作目といった、古いドット絵のゲームにしても、はじめて触れるソレにたちまち夢中になってしまい、目の下にクマを作りながらも連日連夜遊び倒した結果。二作目、三作目も絶対クリアーします! と力強く宣言したのだった。
そしてディアナさんから送られた情報を見て、母艦の技術職員は狂喜乱舞したらしく。
色々なクローンゲームを作り出すの言うに及ばず、綾小路家でβテスト時に使用された特殊ゴーグルの3Dゲーム技術を解析し、それらを参考にして母艦内の一部スペースにゲーム世界を完全再現し、歩兵部隊の仮想訓練所として利用しているらしい。
連合の武器の引き金を引けば仮想の弾が出て、それでゲーム世界のモンスターをバッタバッタとなぎ倒すのだ。訓練にもなるし、何より楽しい。ドラゴンスレイヤーも夢ではないだろう。
なお、ゲーム世界の訓練所の評価は確かに好評だったけど、ある問題が起きた。それは、歩兵隊以外の兵科の訓練所がなかったのだ。
もちろん現実の訓練所はあるのだけど、毎日のように歩兵部隊が面白おかしく仮想訓練の自慢話を行うので、他の兵科はもはや気が気ではない。
そのようなこともあり、一刻も早く他のジャンルのゲーム情報を送ってください! と、ディアナさんに多くの懇願書が届くことになったのだ。
我が家のアニメや漫画、ラノベや映画や特撮についても、一通りの情報を母艦に送っており、その日の内に大画面のシアタールームが開場するのはもちろんだけど、技術職員のゲームの技術を応用して、本物の3D映画が見られる最新技術の映画館に変貌を遂げた。
なお、綾小路家からの情報発信のため、母艦ではプイキュアシリーズが異例の大ヒットを飛ばしており、休息時間中の艦内放送では、プイッキュア! プイッキュア! と歌う軽快なBGMが、シリーズごとに違いはあるものの、連日大音量で流れている。
連合の人たちは地球の映像や音楽にも大いに興味を持ってくれたようで、現在の規約上、主に綾小路家を通しての受信限定ではあるものの、テレビやラジオやネットコンテンツも連合職員の人たちの間で少しずつ広まりつつあった。
しかし最初にプイキュアで土壌を育んだためか、それともリアルはもう飽きてしまい、二次元の娯楽に飢えているためか、とにかくアニメや漫画、ラノベや映画や特撮が根強い人気のようだった。
主な男性職員の声としては、プイキュアがんばえー! 俺はピンクちゃん派! かーめーはーめー…! 九頭竜閃が再現出来ねえ! 俺のこの手が真っ赤に燃える…! 僕が一番コンバットフレームを上手く使えるんだ! 考えるのではない。感じるのだ! この変身ベルトのデータを技術部に回せ。最優先だ! 母艦で飲む地球産のコーヒーは苦い…などという楽しげな声が聞こえてくるらしい。
それとは別の女性職員でも、やはりプイキュアの土壌が強いためか、可愛らしい衣装で戦う少女漫画の世界にハマり、アーマーフレームの外装を細部まで変更を加えることにより、リアル美女コスプレイヤーへと変貌を遂げた。
誰が一番原作コスチュームを再現出来ているのかと、連日連夜熱く議論や情報のやり取りを行い、技術の発展に余念がない。
そのため現在は、多数の連合美人コスプレイヤーの自撮り映像が、艦内ネットワークを縦横無尽に飛び回り、綾小路家のネットコンテンツ情報を参考にした結果、ちょっとした呟きと互いのイイネボタンを押し合うという、熱い戦いが起こっている。
ボク個人としては我が家のプイキュアや二次元ブームではなく、ホームステイが本格的にはじまったあとには、地球人と宇宙人の真面目な友情映画とか、そういった硬派な路線に切り替えて欲しいと思う。
綾小路家で収集した二次元コンテンツが、これはいいものだ! とばかりに、全宇宙に無条件で拡散されていくのは、何となくだけど恥ずかしく感じる。小市民的な心境なのかもしれない。
食事にしても、ディアナさんは毎食おかわりをして、お腹いっぱい美味しそうに食べていた。ボクも美味しく食べるけど少食なので、大抵の場合は腹八分目でごちそうさまである。
ちなみに彼女の母艦では、空前の綾小路家の食卓料理ブームが起きているらしく、母艦内に急遽作られた地球のレストラン風のスペースに、我が家の料理が並ぶという有様だ。
最近の人気メニューはやはりというべきか、カレーだった。毎食注文する職員も珍しくはなく、トッピングも定番のカツやチーズだけでなく、何故か納豆や豆腐といったコアな物まで揃える充実ぶりである。
食の魅力に取り憑かれた連合の人たちだけど、自分たちも早くホームステイさせて欲しいと、抗議が殺到しているらしく、ダース艦長は頭を悩ませていた。
しかしボクはディアナさんから聞いているのだ。たまに地球の如月家に降りては、当主さんとこっそり宅飲みしていることに。そして艦長室には、地球の酒類とツマミを隠しているのもだ。
最近の彼女の立場上、何かと艦長と仕事を行う機会が多かったらしく、秘密もそのときに知ったと言う。黙っていることを条件に、ディアナさんはホームステイのテストケースとして、綾小路家の同居人の権利を得たらしい。
ボクも我が家に来たのが、連合の中でもっとも親しい間柄である、彼女でよかったと思っている。
しかし大人のトップ二人が仲がいいのは構わないけど、もしバレたら母艦の皆に吊るし上げられて、隠している酒とツマミを全て没収されそうなので、気をつけて欲しい。
睡眠にしても、連合の人は今までは長方形のカプセルで横になるか、専用の薬品を使用すれば、一瞬で眠りに落ちて翌朝すっきりと目が覚める。
しかし温かな布団で寝ることを知って以来、柔らかな布にくるまり、安らぎを得るという行為の虜になる職員が続出してしまい、二度寝、三度寝によって母艦内の出勤時間が大幅に遅れるという事件が起こってしまった。
いくらアラームを設定したところで、お布団の誘惑には無力だったのだ。連合が地球の文化に完全敗北した瞬間であった。
お風呂に関してもカルチャーショックを与えており、今までは洗浄装置を使い、体外の老廃物等を瞬間的に処理していらしい。
しかし、自分の体を柔らかなスポンジで擦って汚れを取り、温かなお湯に浸かって体の芯まで温まり、明日への活力を得るという行為に深く感動し、主に一日の疲れを取る目的で、母艦の一部に集団浴場のスペースを、新たに作る程の大人気となった。
さらには入浴後のマッサージチェアや、瓶詰めのコーヒー牛乳やフルーツ牛乳といった、ドリンクコーナーまで設置する充実ぶりである。
とは言え、結局入浴後には汚れを落とすために、洗浄部屋には入るらしい。連合の人のお風呂に入る目的は、体と心の疲れを取ることなのだろう。
それだけではなく、何故か娯楽に関係のないボク自身も、流行対象となっていた。
何でも、我々連合と地球人の同盟(?)を締結させる鍵になった女の子でもあり、地球の娯楽や文化の代弁者でもあるという触れ込みで、母艦の地位が連日爆上がり中で、このままでは遠からず天井を突破してしまい、生き神様に祭り上げられるようだ。
はっきり言って、こんな一般人を担ぎ上げても意味ないので、早く止めてもらいたい。
ただセンコさんは、ほう、連合もなかなかわかっておるようじゃな! 少しだけ見直したぞ! と、しきりに喜んでいた。
そして、その流行は母艦だけには留まらずに、地球から遥か遠くにあるという、連合本星にもジワジワと浸透しており、いずれ火がついて燃え広がるのは、もはや時間の問題らしい。
それ以前に現在の連合では、地球行きの便を作っても、ホームステイ先がないために保留しているだけの状況であり、受け入れ先さえ整えば、直接現地へ飛ぶ気満々である。
そのため先に順番を待っている、ディアナさんの母艦の人たちと揉めるのは想像に難しくない。
連合に地球ブームが到来すれば、将来的には遠い星々の地球風レストランで、これが我が店の一番人気、綾小路家の幸子カレーでございます…。ほう! 雑で不揃いな野菜の切り方といい、火の通りのバラつき具合といい、それに市販のルーのみの簡単な味付けまでも! 全てが完全に再現されておるな! 素晴らしい幸子カレーだ! 素晴らしい! ありがとうございます…というような変な食レポのような会話が繰り広げられるのだろうか。嫌すぎる。
そんなことをディアナさんから聞きながら、割りとのんびりとした夏休みを過ごしていた。
そして綾小路家にホームステイで来てから、ちょうど一週間後の朝、彼女は真剣な表情でボクに告白してきた。
「幸子、私…そろそろ外に出てみようと思うの」
まるで引き篭もりのディアナさんが、悲壮な覚悟を持って両親から外出許可を取ろうとするような、そんな重い言葉だった。
「いやいや、そんな悲壮な決意はいらないからね。ディアナさんは家のことも上手くやってくれてるし。外に出ても問題ないと思うよ。そもそもホームステイ初日に、ちゃんと我が家まで来られたから、別に心配してないよ」
その瞬間、露骨に目をそらすディアナさん。何か変なことを言ったのだろうか? すると、彼女は小さくモゾモゾと両手を擦りながら、恥ずかしそうに言葉を濁した。
「その…あの時は綾小路家の一番近くの駅に転送してもらって、そこからナビゲーションの通りに歩いて来たの。毎度の調査員の仕事も、目標にピンポイントに転送して、調べ終わったらすぐ撤収してたから…その」
確かに隠密性重視なら、わざわざ地球の常識に合わせることもなく、転送を使いパパっとヤッて、はい撤収! で事足りるだろう。調査中に運悪く感知された場合のみ、組織に襲撃されたということなのだろうか。
思えば彼女とはじめて出会ったときも、何もない道端で熱中症で倒れていたような気がする。そう考えると、急に不安になってきた。
「大体わかりました。じゃあ、念のためにボクも一緒に行きますね。ディアナさんがわからないことや、疑問があれば、そのつど答えていく感じで、いいですか?」
「幸子、一緒に来てくれるの? ありがとう!」
ディアナさんが両手を目の前で握り、ボクのことをまるで救いの女神のような表情で見ている。今にも賽銭を投げて拝みそうだ。止めてください。そんな大したことはしてないからね。
「それで、外に出るのはいいけど、何処か行きたい場所とかあるの?」
「あっ…うん。実はプールに行ってみたいの」
確かにプールや水辺で遊ぶのは夏の風物詩だ。テレビでも流れない日はないぐらい、毎日大勢の人が、水辺で冷たくて楽しそうに遊んでいる姿が映っていた。
「うーん、この辺りなら市営プールが一番近いかな。バス停も近所にあるし、すぐに行ける距離だよ」
「本当? じゃあ私、市営プールに行きたいわ! 今から行きましょう!」
えっ? 今から? 行ってもいいけどボクには学園の指定水着か、去年のお忍び旅行の水着かの二択しかない。
流石に学園指定は市営プールでは目立つから、出来ればお忍び旅行の水着がいいけど、去年より色んな部分が育っていたら、最悪着られないかもしれない。
しかし、学園での今年の身体測定の数値を思い出して、それは無用な心配だと理解させられてしまう。
「そうだね。今から行こうか」
「幸子、どうしてそんなに悲しそうなの?」
心配そうな表情で、屈んでボクを見つめるディアナさんに釣られて、二つの大きな果実も、至近距離でプルルンと大きく揺れる。持たざる者の哀しみは、彼女にはわからないだろう。
「気にしなくていいよ。それより、ディアナさんのほうは準備出来てるの?」
「ええ、本来はアーマーフレームの外見を変化させるだけでいいけど、万が一もあるしね。地球の水着を複製させてもらったわ。もっとも、防壁も張れるし材質や強度も地球の物とはかなり違うけどね」
国民的RPGの後半に登場する水着型防具のような感じだろうか。地球人からすれば無駄に高レベルなために、思いっきり技術の無駄使いだと抗議しそうだ。
もっとも、連合から見ればほんの片手間で、大したことはないのかもしれないけど。
「それじゃ、ボクは家の戸締まりをして、自分の着替えとタオルを取ってくるから、先に玄関で待っててよ」
「わかったわ。幸子、先に待ってるわね」
ルンルン気分でスキップしながら、ディアナさんは自室に向かう。そんなにプールに行きたかったんだね。
「あれ? センコさんが居ない? てっきり一緒に行くかと思ったんだけど、何処かに出かけてるのかな?」
珍しいこともあるものだと、居間を調べるだけなく、センコさんの部屋もノックをするけど、しばらく待っても返事がないので、本当にお出かけしているようだ。
「鍵の隠し場所は教えてるし、書き置きを残しておけば問題ないよね」
ディアナさんと一緒に市営プールに出かけて来ます。と、書き置きを残し、家の窓に中から鍵をかけ、ガスの元栓もしっかりと閉める。最後に電気を消して、玄関の扉に外から鍵がかかっていることを確認する。
「お待たせ。それじゃ行こうか。ディアナさん」
「ええ、こちらこそよろしくね。幸子」
二人してプール用着替えの入ったビニールバッグを背負って、真夏の大通りを歩く。
近くを通りがかる人たちから、当然のように注目を浴びる。主にディアナさんの容姿と、大きなメロンに視線が集まっているようだ。
隣を歩くボクの小山にも多少集まるけど、それは憐れみの視線である。君たち、ボクが一体何をしたというのかね。
そんなことを考えているうちに、バス停に到着する。どうやら、あと数分で市営プール行きのバスが到着するらしいので、その場で待つことにする。
「それにしても暑いわね。地球の夏は、いつもこんなに暑くなるの?」
「地域によって違うけど、この国の夏は湿度が高いから、余計にそう感じるんだと思うよ」
ディアナさんは暑いのに慣れていないのか、早くも汗で服が透けはじめており、色んな意味で危ない状態だ。家にもっとも近いバス停が歩いて行ける距離で、本当によかったと思う。
「アーマーフレームを展開すれば、この程度の暑さぐらい何ともないんだけど」
「すみません。それは勘弁してください」
こんなところで連合の技術をお披露目されたら困る。
だが今はそれよりも、あんな肉感的なボディースーツは健全な男子には目の毒である。
特に今日のような炎天下の道端で興奮して倒れたら、命に関わる。ボクは今、健全な男性の命を守っているのである。
やがて市営プール行きのバスが到着し、プシューという音と共に扉が開いた。
ボクはディアナさんより前を歩き、バスの乗り方を簡単に説明しながら辺りを見回して空いている席を探すと、やはり猛暑の中で、暑い外を歩きたくないのか、乗客でほぼ満員状態だった。
しかし、ちょうど二人分のスペースが後ろの窓際の席に空いていたので、そこに座ることにした。
「ディアナさん、ここにしましょうか」
「ええ、それにしても、幸子。バスの中って涼しいのね」
止めてください。ディアナさん。いくら暑かったからって、生き返るわねーと口に出しながらリラックスして、胸元のシャツを引っ張って涼しい風を入れないでください。ここはバスの中で綾小路家じゃないんだからね。
「エアコンが効いてますしね。それより、小銭は持ってますか? 市民プール前で降りるなら、二百円必要ですよ」
「大丈夫よ。ちゃんと用意してあるわ。もうっ、幸子は心配しすぎよ! 私はそこまで子供じゃないんだからね!」
恥ずかしそうに頬を膨らませて、プリプリと可愛く怒りながら、ボクの頬を指先でツンツンしてくるディアナさんに、乗車当初からずっと、全乗客からの好奇の視線が集中しっぱなしである。
あと、どうでもいいけどこの人やっぱり力が強い。指で押されるたびにオウッ! オウッ! と、オットセイ語を漏らしながらも、倒れないようにバランスを取るのが精一杯である。
「あっ、次が市営プールですから、そこの停車ボタンを押してください。くれぐれも、力を入れ過ぎて壊さないように、気をつけてくださいね」
「わかってるわ。慎重に…慎重に…!」
指先をプルプルと震わせながら、ボタンに少しずつ指を近づけていくディアナさん。しかしそのとき、次は市営プール前ー。市営プール前でございます。という放送が流れ、彼女がボタンを押す直前に、何故か停車ライトが点灯してしまう。
「「「「……あっ」」」」
あまりにもショックだったのか、ディアナさんがボタンを押す寸前の姿で固まってしまい、全く動かなくなった。
そしてやはり他の乗客の興味が集中していたのか、明らかに同情的な視線がこちらに送られてくる。
そんな車内が重く沈黙するなかで、小さな子供けど、ママー! 僕、ちゃんとボタン押せたよー! と、キャッキャと無邪気に喜んでいる。
しかしその子の母親は顔を引きつらせて、そっ…そう、えっ偉いわね…と褒め言葉を返すのが精一杯のようだ。子供に罪はない。ないのだ。
「…幸子」
「はい」
「私、次は絶対、バスの停車ボタンを押すわ!」
「はい」
ただただ脊髄反射的に答えるボクとは違い、ディアナさんは自らの拳を、血が滲むのではないかというほど、力強く握り、固い決意を秘めた瞳でこちらを真っ直ぐに見つめてくる。
それから市営プール前でバスから降りるまで、ボクたちはお互い何も喋らず、彼女の決意の炎は静かに燃え続けて、決して消えることはなかったのだった。




