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七月 未知(2)

 公園で白い光に包まれたボクたちは、次の瞬間、視界の白色が急激に薄れて、見知らぬ場所に立っていることに気づいた。

 いつの間にかディアナさんの服も、最初に出会ったときの会社員っぽいスーツ姿と、メガネに戻っていた。どうやらあの状態は、戦闘行為などの非常時のみの特殊スーツらしい。


「ここは月の裏側じゃな。これなら地球人にも、そうそう居場所はわかるまい」

「だから、何でわかるんですか!?」


 ディアナさんがセンコさんにツッコミを入れているけど、確かに周囲には窓はなく、ここが地球なのか宇宙なのかすら全くの不明である。

 それでもわかることと言ったら、転送されて来た部屋は全方位が色々な、未知の金属っぽい何かで作られているということぐらいだ。本当に何でわかるのだろうか。この銀狐っ娘は。


「ディアナ調査員、ダース艦長が今すぐ艦長室に来るようにと」

「あっ、はい…今行きます」


 突然空中に半透明の女性のオペレーターさんが出現して、命令を伝える。それをディアナさんは疲れたような顔で返答する。


「何じゃ、若いのにだらしがないのう」

「誰のせいだと思ってるんですか…はぁ」

「あの、ディアナさん。大丈夫ですか? 病み上がりですし、あんまり無理しないでくださいね」

「うう…、幸子ありがとう。やっぱり癒やされるわぁ」


 その言葉が終わる前に物凄く素早い動きで、ディアナさんが突然ボクに抱きついて来たので、全く反応出来なかった。

 相変わらずのすごいパワーで、ガッチリと拘束されてしまい、ふくよかなお胸の感触を強制的に味わわされながら、お互いの頬もスリスリと擦られてしまう。

 何とか脱出しようと頑張るけど、相手の力が強すぎて全く動きが取れない。

 しかし、今回はセンコさんが引き剥がしてくれたので、比較的早く逃げられた。

 彼女の魅惑の果実は貧乳のボクには猛毒なので、長時間この状態が続くと、死んだ魚の目になることは確実である。


「小娘、主はやらぬぞ」

「そんなぁ! 私の癒やしがぁ!」


 見た目二十歳前後のディアナさんは、職場などで色々あるのかもしれない。今度それとなくお菓子でも送ってあげようか。でも、そもそも住所知らないし、宇宙船に密林は届くのだろうかという、意味不明なことを考えてしまう。

 そんな中、ディアナさんは艦内を迷いなく歩いて行き、途中何人もの他の宇宙人さんとすれ違い、やがて、他の場所よりも豪華な装飾がされた部屋の前で止まった。


「ダース艦長。ディアナ調査員です。地球の友人、二名を連れて来ました。報告に入ってもよろしいでしょうか?」


 扉に向けて話しかけるディアナさんだったけど、やがて小さく、入ってよろしいと、渋い男性の声で許可が下り、自動的に扉がスライドする。


「失礼します」


 ボクもディアナさんに続いて艦長室に入る。最後にセンコさんが続くけど、彼女はあまり興味がないのか暇そうにしている。

 目の前には立派なおヒゲをはやした、渋い艦長さんが立派な椅子に腰かけていた。

 地球の人と同じ姿の人間だったことと、戦闘用のぴっちりスーツではなく、わりと普通の軍服姿だったことに、ボクは少しだけ気が楽になった。


「ディアナ調査員、よく戻って来てくれた。疲れているところを早速で悪いが、調査報告を聞かせてもらいたい」

「はい、ディアナ調査員、報告します!」

「おい、貴様たちは、呼び出した客に茶も出せんのか?」


 自重を知らないセンコさんに、ボクは慣れているからいいけど、宇宙人二人があからさまに硬直してしまう。しかし流石は大人の男性、すぐに調子を取り戻す。


「地球のご友人に、気が利かずに申し訳なかった。今すぐ飲み物を用意しよう。先に席に座っておいて欲しい。それと、ディアナ調査員も楽にして構わん」


 はっ…はぁ、と困惑気味なディアナさんを放置して、センコさんは適当な席に腰かけると、自分の隣の椅子をポンポンと手で叩き、ボクにそこに座るようにと指示する。別に断る理由もないので、そのまま隣に腰を下ろす。

 その間に艦長さんは、壁際のコンソールに言葉短く何かを命令すると、すぐにボクたちの前にそれぞれ、液体の入った容器が現れた。


「さて、話を戻そう。では、今度こそディアナ調査員、報告を頼む」

「はっはい! では…」


 テイク2である。今度はきちんと報告を行うディアナさん。ボクの隣ではセンコさんが、なんじゃこの茶は、やはり妾が入れるべきじゃな。こんな物を主に飲ませるとは…と、一人でブツブツと呟いていた。

 確かに連合の人が用意してくれた飲み物は、見た目は緑で、薄い青汁のような味がして少し飲みにくい感じだった。宇宙人的な味覚では美味なのだろうか。それとも、見た目通りの薄めた青汁のようなもので、健康に気を使っているのかな?


「報告ご苦労だった。調査中にエージェントと戦闘となり、アーマーフレームのエネルギーを使い果たしたものの、脱出は成功。しかし、体温保持機能を使えない状態での長時間の補給なしの逃亡により、体調不良を起こす」


ここまではボクの知らないディアナさんだ。そしてその後の展開はきっと、ボクと出会ってからの彼女なのだろう。

 途中でアーマーフレームという聞き覚えのない言葉が気になったけど、それは地球言語に自動翻訳された結果で、正式名称はもっと違う名前の防護服の一種だということを、小声でディアナさんが教えてくれた。


「そのときに地球人一名と接触、まだジャミング圏内だったため、残りのエネルギーを使い一時的な障壁を展開。侵入してきたエージェントと再び戦闘、接触した地球人が敵の攻撃を無効化。さらに別の地球人一名が、強引に障壁を破壊して戦闘に介入、結果、敵対したエージェント全てを彼女一人で殲滅、そして現在に至る…か」


 報告を受けながらも、何度もこちらをチラチラと盗み見てくるダース艦長。うん、ボクたちが気になるよね。自分でもとても怪しい人物だと思う。これで怪しむなというのが不可能だ。


「最初に断っておくが、報告を受ける前に、君たちのことは簡単にだが調べさせてもらっている。そこの綾小路さんは、普通…とはいい難いが普通の地球人だろう。…多分」


 そこははっきりと断言して欲しかった。最近は自分でも普通の人間なのかと不安になっているのだ。身体能力や知能やスタイルは普通の地球人の範疇に収まっているけど。

 でも、色んなモノをシッチャカメッチャカに引き寄せる謎の体質が、地球人離れしているのだ。もしお祓いで何とかなるのなら、是が非でも何とかしたい。無理だろうけど。


「そしてもう一人の、センコさん。貴女は、戸籍上は地球人で間違いないでしょう。しかし、それ以外の全てが地球人を凌駕している。かと言って、我々連合の人間でもない。貴女は一体何者なのですか?」

「ふむ、妾の正体が気になるのか? 止めておけ。過ぎた好奇心は身を滅ぼすぞ」


 妖艶な笑みを浮かべるセンコさんを見て、ダース艦長はゴクリとツバを飲み込む。それが性的興奮か、それとも恐怖心が原因なのかは、ボクにはわからなかった。


「そうですね。貴女の正体など、我々には関係ないことです。現にセンコさんはディアナ調査員を助けてくれました。それで十分です」

「妾が小娘を助けたのは、主がそれを望んでおったためじゃ。貴様たち連合の人命や目的には、何の興味も沸かぬ」


 またダース艦長が固まってしまう。主至上主義の銀狐っ娘さんの言動を止めることは、ボクでも難しいので、ディアナさんが何かにすがるように視線を送って来るけど、諦めてもらいたい。


「しかしじゃ、わざわざ長い時間と大量の資材を投入して、こんな辺鄙な惑星を調査とは、貴様たち連合は暇なのか? 何にせよご苦労なことじゃな」


 それ以上の興味が沸かないのか、青汁っぽい飲み物をすすりながら、無表情でセンコさんが口に出すと、ダース艦長は真面目な顔に答えてくれた。


「確かにセンコさんの言う通りです。我々は暇を持て余している。娯楽に飢えているのです」


 え? 何? それは…普通宇宙人が地球に来る目的は侵略か、それとも種族を越えた星々の友好かだけど、あとは資源目的もあったと思うんだけど。少なくとも大抵の宇宙人が登場する物語は、そうなっているはずだ。それが、…娯楽が欲しかったの?


「地球には我々が長い歴史の中で捨ててしまった娯楽や、これから生まれてくる、まだ見ぬ娯楽がたくさん眠っているのです」


 うん…うん? どういうことなのだろうか。連合の人の発想がぶっ飛びすぎて、早くもボクの低容量の脳内キャパシティを越えてしまった。


「主よ。もし主が妾の体を手に入れたら、何かしたいことはあるかのう?」


 センコさんの体、それはもう出来ないことが何もなくなるだろう。世界中の全てがボクの思い通りと言ってもいい。


「うーん、色々出来ることは確かなんだけど、逆に何も思い浮かばないというか」

「主ならば、そうなるじゃろうな。つまりは、その考えに至ったのが此奴等らということじゃ。まあそれ以外にも、別の理由も絡んでおるじゃろうがな」


 ええと、ダース艦長やディアナさんは、望めば大抵のことは瞬時に叶っちゃうから、逆にやりたいことが見つからない。達成感も何も残らない。過程がないから想像も出来ない。思考の袋小路だ。これでは便利なのか不便なのかもわからない。


「都会の便利生活に飽きた人が、田舎の不便な暮らしに憧れるようなものなのかな?」

「それに近いじゃろうな。此奴等が地球に技術を渡さぬことや、人を殺さずに隠れながら調査しておるのも。その辺りの考えがあるからじゃろう」


 予想外の事実、宇宙人は暇人だった。彼らがあてもなく宇宙をさすらうのも、壮大な自分探しの旅なのかもしれない。ボクの脳内で、連合の人たちがニート予備軍として、宇宙船の中で一日中ゴロゴロしている、のどかな風景が思い浮かぶ。


「はい、その考えで合っています。我々は地球の娯楽を調査するために、現地に職員を派遣しているのです。そのたびに色々な国と組織から妨害を受けて、思うように成果が上がらず、困っているのです」


 そうなのかな? 連合の人たちが地球の情報をくださいと言えば、どの国も喜んで差し出すような気がするんだけど。


「綾小路さんが考えているように、地球の皆さんは最初は我々の要求をこころよく受け入れてくれました。しかし…」

「まあ普通は、無償の施しなどはありえぬじゃろうな。相手もこちらも打算あってのことじゃ。約一名を除くがな」


 何故かセンコさんがこちらを横目で見てくる。失礼な。無償で人に与えることはないよ。

 と言うか、他人に物品を施した覚えがないので、何かの間違いである。せいぜい旅行のお土産をご近所に配るぐらいだ。


「そうです。センコさんは他人の思考を読めるらしいですけど、実は我々もなのです。スキャンには特殊な機材が必要ですが、一先ずそれを置いておきましょう」

「やはりのう。そうでなければ、記憶の消去など出来ぬからのう。大方、交渉役として派遣された地球人の汚さでも、垣間見たのじゃろう?」


 ダース艦長が渋い顔をして言葉に詰まる。どうやらその通りのようだ。


「ええ、どの国や組織も、我々の技術や資材が目的なのを隠しながらも、友好を結ぼうと。ちなみに思考スキャンが出来ることは、地球側には秘匿しています。こちらも裏をかかれるわけにはいきませんので」

「まあ、人間など一皮むけば、皆そのようなものじゃ。聖人と呼ばれた奴等も、心の内ではな。じゃから妾は、人に手を貸すのは止めたのじゃ」


 どうやらセンコさんは、南の島の社に自分から引き篭もっていたらしい。今明らかになる驚愕の事実である。


「しかし、今の貴女は綾小路さんを守っているように思えますが?」

「そうじゃ。妾はこれからの長き生の中で、目の前のたった一人の人間を、主だけを守ることに決めたのじゃ。詳しい理由は聞くな」


 センコさんが珍しく照れている。ボクも思わず赤面してしまう。本当に大した理由ではないはずなのだ。ただ島の社で身の上話をしたら、付いてきてくれただけの関係なのだ。

 でも、そこまで堂々と好意を向けてくれると、やはり嬉しく感じてしまう。重い愛ではなく好意なら、ボクも真面目に受け止められるからね。


「わかりました。この件は聞きませんし、思考を探ることもしないことを誓いましょう」

「うむ、それで構わぬ。それで調査員のことじゃったな」

「はい、今の所は交渉も断念し、現地調査も妨害により手詰まり状態。例え打算のない地球人と友好的な関係を築いていても、しばらくすると外部から圧力を受け、途端に関係性が崩れてしまうのです」


 それは本当に困った。どれだけ宇宙人と友好関係を結びたくても、色んな団体から横槍が入れば、態度を変えざるをえない場合もある。ボクも美味しい食べ物を目の前にぶら下げられれば、態度を変えて飛びついてしまうだろう。


「ふむ、その外部の圧力は、見当がついておるのか?」

「はい、何処も国や企業の裏の組織であることは、はっきりしているのですが。我々連合の目的は、あくまでも地球に根づいた娯楽の調査ですので、あまり堂々と介入して文明を混乱させるわけには」


 人を殺さないのも、この辺りが絡んでいるのだろう。調査員さんたちも大変そうだ。ボクはコップに注がれた青汁をチビチビと飲みながら、おもむろに提案してみた。


「じゃあ如月家に頼んでみます? 遠い国からのホームステイで、正体を隠してこの国の文化や娯楽を学びに来たとか言って。世界的な大企業ですから、そういった娯楽情報もバンバン入ってきますよ」

「いやいや、綾小路さん、そんな単純な話では…」

「妾は、悪くない案じゃと思うぞ」


 うん、口に出したボクも無理があると思ってるけど、何故かセンコさんは賛成してくれた。


「相手がどの国、どの企業の裏の組織でも問題なく対処出来る。如月家は裏の仕事も得意じゃからな。むしろ喧嘩を売ってきた他の組織を潰す口実が出来たと。当主は喜ぶじゃろうな。なあに、相手もこちらも表向きは存在しない宇宙人と裏組織だ。いくらでもやりようがある」


 センコさんは暗黒微笑を浮かべながら計略を巡らせている。相変わらず好戦的である。そして彼女の口から、知りたくはなかった裏の情報がポロポロ漏れている。


「しかし、本当に大丈夫なのか? もし如月家が我々の技術を欲したら…」

「それは絶対にない。末端までは面倒を見きれぬが、企業の頭連中はそこまで先が見える集まりではない。それに、中枢はとっくに掌握済みじゃからのう」


 またもボクを横目で見るセンコさんは、さっきから何なの言うのか。


「ともかくじゃ、試しということで、交渉役を派遣してみたらどうじゃ? 本格的にやるかやらぬかは、その結果次第でいいじゃろう」

「そう…ですね。こういう言い方は何ですが、地球人に裏切られるのは慣れています。わかりました。やりましょう」


 よかった。どうやら話がまとまったようだ。ボクは殆ど青汁を飲んでいただけだけど、二人とも満足そうに頷いている。


「では主、如月家の当主か娘に頼んでくれぬか? 此奴等を助けたいのじゃろう?」

「えっ? ボクが頼むの? 確かにそう言ったけど、だっ…大丈夫かな」

「安心するがよい。主の望みならば、二つ返事で引き受けてくれるぞ」


 本当にそうなのだろうか。一応如月家の養子ではあるものの、一般人のボクが大企業のトップに頼み事をして、素直に聞いてくれるのだろうか。

 取りあえず携帯電話を取り出して画面を開くものの、ここが宇宙だということを思い出す。


「あれ? 電波立ってる?」

「幸子、私たちは地球の調査をしているから、母艦に電波塔を設置しているの。地球文明に影響を与えないレベルでの情報のやり取りなら、問題なく行えるわ。もっとも、ある程度の偽装はされるけどね」


 そういうものらしい。せっかくなのでありがたく使わせてもらおう。如月家の当主さんとはいきなり話すのはハードルが高いので、麗華さんの番号を電話帳から探して、外部に音声が聞こえるようにスピーカーモードに設定を変更してから、通話ボタンを押す。

 数コール鳴ったあと、麗華さんが電話に出てくれた。


「もしもし? 幸子ちゃん? 携帯の通話は珍しいわね。どうしたの? 体調が悪いなら、これからお見舞いに行くけど?」


 いつも通りの麗華さんの声に何となく安心する。皆は少し体調が悪いので学園を欠席しますと、転送前にメールで伝えてあるのだ。



「ええと、そうじゃなくて…うーん。あのね麗華さん、詳しくは話せないけど、体調不良というのは嘘なんだ」

「え? どういうことなの?」


 そこから先は、センコさんとダース艦長、そしてディアナさんのアドリブだ。

 三人で相談した条件や会話内容をその場で端末に打ち込み、ボクの目線の先に表示する。

 あとはそれを台本の通りに喋るだけである。時々言葉に詰まったり、不自然な間が開いたり、台詞を噛んだりしたけど、麗華さんは何も言わずに、黙って最後まで聞いてくれた。


「…わかったわ。私から二人にお願いしてみるわね。多分通ると思うから、安心して待っていてね」

「ええっ! 信じてくれるの? ボクが言うのも何だけど、めちゃくちゃ怪しいよ! 本当にいいの!?」


 簡単にまとめると、詳しくは話せないけど得体の知れない外国人団体のホームステイ先を、如月グループで全面的に面倒を見て欲しい。そのために団体の代表が直接交渉したいので、偉い人に取り次いで欲しい。大体こんな感じだ。

 どれだけ言葉を重ねても、事実は話せない。こんな怪しい提案は、普通は通るはずもないのだ。


「ええ、構わないわ。それより、本当に体調は大丈夫なのね?」

「あっ…うん、それは平気だよ。心配してくれてありがとう」

「どういたしまして。それにしても驚いたわね」


 驚いた? 何がだろうか。先程の苦し紛れのアドリブに、マズイ箇所でもあったのだろうか。実際に喋っていたボクは、始終必死でしどろもどろだったために、内容は殆ど覚えていないのだけど。


「幸子ちゃんが今、南極にいるということよ。携帯の電波は今、そこから発信されてるわよ」

「……えっ?」


 南極? 誰が? ボクが? …いやいやいや。それはおかしい。


「うわああぁっ!? さささっ…最近暑かったよね! だから急に、涼しい所に行きたくなってね! あっ…あははっ!」

「うふふっ、まあそういうことにしておいてあげるわ。それで、すぐに帰れそうなの?」

「あっうん、多分今日中には帰れると思うよ」


 電話の向こう側で、麗華さんはクスクスと小さく笑いながら、それじゃ、また学園でねと言って、通話を終えた。絶対に嘘だってバレてるよコレ。

 かと言って、本当は月の裏側にいますと言えない以上、仕方がないのだ。たとえ彼女が外国人の正体に気づいていようと、直接告げることは出来ない。


「上手くまとまってよかったのう。流石は妾の主じゃ」

「そうですね。まさかこのような怪しい団体を、全面的に受け入れてくれる組織が、地球に存在したとは思いませんでした」

「よかったです。ようやくこれまでの苦渋の日々から開放されます」


 三人共、腕を組んで満足そうにウンウンと頷いているけど、ボクは麗華さんたちと学園で会ったとき、避暑地南極の日帰り旅で、どんなことを話せばいいのかと、今から気が重かった。

 すると、先程通話を終えた携帯から、再び着信音が鳴り響く。


「あれ? 麗華さんからだ。まだ何か伝えてないことでもあったのかな? もしもし?」


 まさか今から南極の感想をリアルタイムで聞きたいと言うのではないかと、内心ビクつきながらもボクは電話に出る。


「ああ、幸子ちゃん? 私だけど。二人に話したら早速条件を詰めたいから、明日にでも外国の代表さんと交渉したいそうよ」

「当主さん…フットワーク軽いっすね」


 世界的大企業のトップが即決とは、表向きはただのホームステイのはずなので、直接的な利益には結びつかないはずである。つまり、どう考えても重要な案件ではないのだ。


「ようやく如月家の恩人である幸子ちゃんの役に立つ時が来たのだ!…とか、如月グループの従業員の皆も含めて、すごく気合が入ってたみたい」

「そっ…そうですか」


 物凄く行きたくないけど、名前だけとはいえ提案者のボクがいかないと、まとまるものもまとまらないだろう。つまりは、避けられない。現実は非情である。


「それで、そのホームステイしたいって言う。その人たちにも伝えてくれるかしら? そこに居るんでしょう?」

「ええっ! どうしてそれを!?」


 あんなアドリブまでして、必死に隠していたのに、どうやら麗華さんには全てお見通しだったようだ。


「あら、その言葉だと本当に居たのね。まあいいわ。とにかく明日の放課後に、時間は開けておくから、来る時は一応連絡をちょうだいね。場所の確保もあるから。それじゃ、要件はそれだけ。…またね」


 そう言い終わると、今度こそ麗華さんからの電話が切れた。あとには通話終了のツーツーという悲しげな音が響く。


「この感じだと、正体とかも全部バレバレみたいです。…はい」

「いや、いいのだ。我々のことを知っても、決して揺るがずに歩み寄ってくれる地球人がいることを、知ることが出来たのだから」


 ダース艦長は誇らしげに語るけど、ボクの必死でアドリブの台本を読み上げたことは、全部無駄だったんだけどね。実際に演技をするのはすごく恥ずかしかったんだよ!


「流石は如月の小娘じゃな。やりおる」

「でもこれで、一歩前進ですね。早速調査員…いえ、交渉役の編成をはじめましょう」


 実際は一歩どころか百歩の距離を一気に進んだ気がするけど、もうそれでいいですと、ボクは投げやりになってしまう。


「ともかくだ。綾小路さん、明日はよろしく頼む。君だけが頼りだ」

「あっ…はい、適当に頑張りますね」


 死んだ魚の目でダース艦長に返事を返すボクは、もう何も考えたくはなかった。

 いつの間にかディアナさんが艦長室からアクセスして、女性のオペレーターさんに、地球との交渉結果を嬉しそうに報告してる。

 受け取ったオペレーターさんも興奮しており、しばらくすると、ととても明るい声で艦内放送が聞こえてきた。

 オペ子さんの放送を簡潔にまとめると、長く苦しい交渉であったが! 連合の勝利である! 幸子ちゃんバンザーイ! 幸子ちゃんバンザーイ! 幸子ちゃんバンザーイ! という感じだ。何故かバンザイの前にボクの名前が含まれていた。本当に何なんだろうコレは。

 そんな今のボクが強く願うのは一つだけだった。…早くお家に帰りたい。


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