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四月 二年

 桜並木が美しく咲き誇り、春の暖かさで少し体が汗ばんでくる四月も半ば、ボクは学園の校門前で、思いっきり落ち込んでいた。


「ひょっとして、皆はモテるのでは?」


 いつもの学園メンバーと校門の近くで合流したものの、着いてそうそう新入生に囲まれるのを見て、ボクはそう思った。

 分類を調べると男子生徒では麗華さん組が一番多く、次に花園さん組、そこから順位を大きく落として、美咲さん組に続く。

 女子生徒では生徒会長組が一番、二番に神無月君組、三番に葉月君組となっている。女子は三番目以降、男子は四番目以降に大差をつけている。ちなみにボクは圏外、誰も集まって来ないのである。

 まあ、別にモテたいとは思わないし独り身は気楽と言えば気楽だけど、友だちの皆と話題を共有出来ないのは、何となくだけど寂しいものがある。


「はぁ…教室行こう」


 二年生の一学期がはじまってから、かれこれ一週間以上が経過しているため、自分の教室までは迷うことなく行けるようになった。

 麗華さん、美咲さん、葉月君、神無月君と、さらには花園さんまで同じクラスになった。

 それ以外の皆は殆ど他のクラスに変わってしまったけど、仲のいい友だちが残ってくれたのは、とても嬉しかった。


「幸子ちゃんごめんね。ちょっと新入生君がしつこくてね」

「別にいいよ…でも、何だかボクだけが仲間外れな気分」

「え? 幸子ちゃん、何かあったの?」


 ボクの姿がいつの間にか消えていて心配になったのか、小走りに教室に入ってきた美咲さんが、隣の席に学園鞄をかけて、こちらに質問してくる。


「ああうん、別に大したことじゃないんだけどね。皆モテるなー。すごいなーって思ってね」


 何となく心の中がモヤモヤしたので、気まずそうに視線をそらして机に突っ伏し、ブスーと息を吐く。すると次に、花園さんが逃げるように教室に駆け込んできた。


「よっ…ようやく振り切りましたわ。全く、今年の新入生はしつこすぎますわ!」


 彼女もまた、ボクの近くの机に鞄をかけて、ヤレヤレと大きくを伸びをしながら話題に参加してくる。


「それで、わたくしたちがモテるというお話でしたわね。確かに、今年は去年よりも、無謀にもアタックしてくる生徒の数が、多い気がしますわね」


 次に麗華さんが優雅に教室の扉をあけて、ボクの側まで歩み寄り、ゆっくりと椅子に腰かけた。


「多いだけではないわよ。去年までなら、一度引いたら素直に諦めるのに、今年はしつこく食い下がるのよ。面倒ったらないわ」


 さらには葉月君が駆け込み寺のように、避難先の教室にダッシュで逃げ込み、そのままボクの近くにまで寄ると、鞄を机の上に乱暴におろして、どかっと椅子に腰かけた。


「はぁ…去年まではメガネをかけてたから被害は少なかったけどよ。外した途端この有様だぜ」

「あら? じゃあ、またメガネに戻るのかしら?」

「それはもう、二度とごめんだぜ」


 麗華さんの質問に即座に答えを返すということは、ただ愚痴りたいだけだったようだ。

 次にクラス内の最後の学園メンバーである神無月君が、疲れた体を引きずりながら教室に入ってきた。


「皆、僕を置いて先に逃げちゃうなんて酷いよ」


 まだ一限もはじまっていないのに、まるで夜勤と残業を終えた中年サラリーマンのように疲れ切っている神無月君。

 多分普段から人当たりがいい彼は、女子生徒の告白を、はっきりとは断れなかったのだろう。こうやって見ると、異性にモテるというのも大変だ。ボクには無縁でよかったと思えてしまう。


「それで、何の話なんだ?」


 ボクたちが話していた内容が気になるのか、葉月君が興味深そうに口を挟むと、麗華さんが代わりに答えてくれた。


「私たちが異常にモテるという話題よね? まあ確かに、学期はじめは毎年恒例だったけど、今年は過去最高の規模だわ」


 本当は皆がモテるから、何故ボクはモテないのかという哀しみの話題だったけど、表に出すと余計に虚しくなってしまうので、ここは流してもらうことにする。

 そこで何か思いついたのか、花園さんが手を上げて答える。


「そうですわね。でも、狙ってくる異性の目的は予想出来ますわ。…まず一つ、わたくしたちが異性に対して、とても優れた容姿を備えていること」


 確かに女のボクから見ても、この人たちの容姿は群を抜いている。見も知らぬ人と百人すれ違えば、九割以上が振り返って二度見しまうだろう。


「そして二つ目、資産や人脈が優れていること。これは親、もしくはわたくしならば、最近になってお友達になった、月の方々との繋がり…ですかしら」


 なるほど。やはりお金や地位というのにも、人は惹かれるものなのだろう。花園さんだけでなく、美咲さんに集まっていた新入生も、そちらが目当てだったのかもしれない。

 でもボクにだけ誰も近寄らなかったのは何故なのか。


「最後の三つ目ですけど、わたくしたちのことを知り、入学してきた生徒が多いため、過去最高人数などという、不名誉な結果に繋がってしまったようですわ」


 確かに令嬢や御曹司、それも一般市民では触れる以前に、直接見ることすら難しく、見目も麗しい方々が、二年目にはこれだけ揃ったと堂々と発信しているのだ。

 これに飛びつかない異性はいないだろう。実際に攻略できるかどうかは別としてだ。

 疲れた表情を浮かべたまま、視線だけをこちらに向けて、神無月君が重々しく口を開く。


「なるほどね。入学倍率が去年よりも遥かに高かったのは、そのせいかもね。しかし、婚約発表されている生徒会長や如月さんまで、この有様とは」


 大きく溜息を吐き、麗華さんも疲れたように会話を続ける。


「幸子ちゃんのおかげで、色々な関係が改善されて、喜んでいたけど、まさかこんな落とし穴があったなんて、あまりにも予想外だったわ」


 え? よくわからないけどこれ全部ボクのせい? という考えが浮かぶけど、美咲さんがすかさずフォローに入ってくれた。


「大丈夫だよ! 元々この学園には月の人たちがいることは伝わってたし、幸子ちゃんは皆の繋がりを強化しただけ、ほんの少しだけ後押ししただけだからね!」


 関係性の強化は、主にボクが行ったことのようだ。

 令嬢や御曹司の皆とは、普通に毎日適当な会話をしたり、お弁当食べたり、学園の行事も一緒に頑張ったり、パーティーに出席したり、旅行に行ったりしただけなんだけど…と、そこまで考えてボクは思い至った。


「何だか皆とは、すっごく親友っぽいかも!?」


 瞬間、皆のボクを見る目が慈愛に溢れたものに変わり、なおもフォローを続けようとした美咲さんが、無言でボクの頭を撫ではじめた。


「そうだね。ぽいじゃなくて、幸子ちゃんと私はお友だちだよ。でも心の中で思っていても、面と向かって言われると照れるし、私たち以外の人の前では、あんまり言っちゃ駄目だよ」

「美咲ちゃん、次は私、次は私に撫でさせてちょうだい!」

「その次はわたくし! わたくしにお願いしますわ!」


 はぁはぁと興奮気味に麗華さんが要求する。撫でられるたびにオウオウと水族館のアシカショーのような鳴き声をあげさせられながらも、周囲の様子を伺うと、大なり小なり皆は恥ずかしいけど何処か嬉しそうに、頬を朱色に染めていることに気づいた。

 きっとボクのような庶民と友だちなのを、他の人にバレるのを恥ずかしがっているのだろう。社会的地位の高い人は大変である。


「はぁ…満喫したわ。友だちで思い出したけど、幸子ちゃんはテレビゲームってわかるかしら?」

「ええと、ゲーム機は持ってないから名前を知ってるぐらいですけど。でも興味はあるよ」


 無事に撫でられたおかげか、妙に満ち足りた表情を浮かべていた麗華さんが、突然思いついたように質問する。

 ボクもゲームに興味はあるのだ。今の体でプレイしたことはないけど、前世ではそれなりに遊んでいたのかもしれない。


「ふーん、興味はあるのね。ならちょうどよかったわ。今度ウチのゲーム会社で新作を出すの。その前のβテストの段階なんだけど、一緒に遊べないかと思ってね。そう、大切なお友だちとしてね!」

「えっ! 皆とゲームで遊べるの!? あっ…でも…」


 何故かお友だちという部分を強調して伝えてくる、麗華さんの言葉に、嬉しさを感じるけど、ふとあることを思い出して、すぐに気落ちしてしまう。


「家はゲーム機がないから、一緒には遊べないよ。ごめんね。最新のハードって高額だから、遊びたくてもなかなか踏ん切りがつかなくて。だから皆はボク以外を誘って…」

「βテストなんだから、ゲーム機込みで提供するのは当然じゃない! 勝手に抜けようとしないで! 幸子ちゃんと一緒にゲームが出来る日を、私がどれだけ待ち望んだと思っているの!?」


 絶対に逃すまいという気迫を発しながら、ボクの肩に両手を置いて、激しく揺すりながら演説する麗華さんに、新作のゲームで遊ぶの、そんなに楽しみにしてたんだ。麗華さんって、実はゲーム好きだったんだな…と、ガクンガクンと頭を激しく揺らされながら、ぼんやりと思ったのだった。










 いつものように佐々木食堂でのアルバイトを終えた帰り道の途中で、たった今思いついたのか、美咲さんが気になる話題を教えてくれた。


「そう言えば幸子ちゃんは知ってる? 最近お客さんの間で話題になってるんだけど、この辺りに、よく当たるって評判の、変わった占い師さんがお店を出してるんだって」

「ううん、知らないよ。でもそんなお店が、この辺りにあったんだね」


 占いとは珍しい。しかもそれが近所にあるとは思わなかった。


「あっ、あそこじゃないかな? 何か看板が見えるし」


 美咲さんが指を指した路地裏の入り口に、よく見ると手書きの看板が立てかけられており、この先お狐さまの社、占い、失せ物探し、人生相談も承ります。料金は一回五百円~要相談と書かれていた。


「へえ、本当にご近所さんにあったんだね。ねえ幸子ちゃん、ちょっと覗いていかない?」


 ボクはもう、この時点で完全に察してしまった。と言うか、はっきり言って嫌な予感しかしなかったけど、好奇心に負けた美咲さんにグイグイ引っ張られているために、付いていく以外の選択肢はなかった。


「お狐さまの社によく来たのう。しかし見た所二人共学園生じゃろう? 夜遊びは関心せんぞ。親が心配するから、はよう家に帰るのじゃな」


 路地裏の奥には予想通り、子供体型のセンコさんが折り畳み机とパイプ椅子を用意し、それっぽい雰囲気のある布を被せて演出していた。

 彼女はちょうど月明かりに照らされ、路地の中央で優雅に腰掛けた状態で、ボクたちを出迎える。さらには島で見た巫女服姿を着ていた。


「あっ、そっかー。センコさんのお店だったんだ。あっ、私たち最近この辺りでよく当たるって評判の占い師さんの噂を聞いて。興味が出て来ました」

「ん? お前たち、よく見ると主と佐々木ではないか。もしや、仕事帰りか?」


 こちらも月の光があたる位置まで近づき、お客がボクたちだと気づいたのか、センコさんは少し驚いたような表情を浮かべている。

 質問の答えも、実際バイトが終わって家に帰る途中だったので、そのまま頷いておく。


「二人の予想通り、噂の占い師は妾で間違いない。何しろ妾が占えば、ほぼ百発百中じゃしな」

「へえ、そうなんだ! でも、私たちの夜間外出もそうだけど、センコさんのような女性が、こんな裏路地にお店を出して、危なくないの?」


 美咲さんの心配に、センコさんはふんっと鼻を鳴らして答えを返す。


「そのような危険な輩は表の看板は見えぬし、強引に裏路地に入ったところで、妾はおらぬ。それにもし相対したとしても、即刻返り討ちにして、表通りに放り出してやるわ」

「すごい自信だね。でもあんまり危ないことはしちゃ駄目だよ? センコさんの両親が心配するしね」


 美咲さんはきっと、警察や力のある親にはとっくに連絡済みで、勝ち気な小さな女の子が、秘密基地的な遊びをしているつもりで、話しているのだろう。

 しかし実際には、周囲に結界的な何かを張り巡らせているのだろうし、万一辿り着いてしまった場合、危ないのはよからぬことを考える人物のほうだろう。


「まあそれはともかく、せっかく主を連れて来てくれたのじゃ、普通なら五百円を払ってもらうが、今回だけは無料で占ってやろう」

「えっ! いいの! センコさんありがとう! でも、何を占ってもらおうかなー?」


 立ったままだと疲れるのに、お客さん用だと思われるパイプ椅子に、ボクたち二人はそっと腰かけて、荷物を地面に下ろす。

 嬉しそうにアレコレ悩んでいた美咲さんだったけど、やがて占いの依頼を思いついたのか、手の平をポンと合わせる。


「それじゃ、先週いつの間にか失くした、お気に入りの栞…」

「佐々木の自室の漫画本の棚と壁の隙間じゃ。先週は久しぶりに窓を開けて部屋の空気を入れ替えたじゃろ? その時に吹いた強風で飛ばされたのじゃ。長い棒で手繰り寄せるか、棚を動かして回収するのじゃな。妾の言うことを信じるかどうかは佐々木の自由じゃが。まずは嘘か本当か、確認してみることじゃな」


 あまりのスピード解決に、栞…の次の言葉が出てこずに、口を開いたまま固まっている。そしてこれで美咲さんの占いは終わりだとばかりに、センコさんは次にボクの方に視線を移動させた。


「主は何か、占って欲しいことはあるのか? なければ悩み事でも構わぬぞ。この人生経験豊富な妾が、相談に乗ってやるからのう」


 確かに人生経験は豊富かもしれないけど、見た目が銀髪狐っ子なので、ボク以外にその言葉を信じる人はあまりいないだろう。何度か語らいさえすれば、年に似合わない妖艶な雰囲気や異常な知識に気づくだろうけど。


「うーん、別に失くした物はないけど」

「では、未来を知るか? それとも相談事か? ああ、加護や呪いでも構わぬぞ? あとは、お金や地位、支配…ふむ、欲望を叶える手助けも出来るぞ? 相談事から先は、主だけ特別奉仕じゃぞ? ほれほれ、何かないのか?」


 別に他人を呪い殺したいとも、五千兆円欲しいとも、偉くなりたいとも、世界征服したいとも、そんな大それた望みは持ってはいない。

 でもセンコさんはボクの助けになれることが嬉しいのか、狐耳と尻尾を落ち着きなく振りながら、何かないのか? 何か…と、催促を続けている。早く決めないと、どんどんと発言が過激になってしまいそうだ。


「えっ…ええと、じゃあ相談だけど、モテるためにはどうしたらいいのかな?」

「何じゃ? 主は異性の関心を惹きたいのか?」

「そう、なのかな? ボク自身もよくわかってないんだけど、実は今朝学園で…」


 何となく心の奥底に魚の小骨のように引っかかっていたので、センコさんに今朝の学園での出来事を大まかにだけど説明する。彼女はボクがわざわざ口に出さなくても察するのは簡単かもしれないけど、話すことで楽になる場合もあるで、黙って聞き役に徹してくれていた。


「ふむ、大体わかったぞ。その新入生のように外面に惹かれてやってくる輩は、他者の思惑があろうがなかろうが、離れるのもあっという間じゃ。まあ主の友人は皆内面もよいが、そこまで深く踏み込ませることは、絶対にあるまい」


 そこで一度言葉を切り、センコさんはボクの方を真剣に見つめ、何処となく艶っぽい表情を浮かべながら、続きを話してくれた。


「しかし主の内面を知り、集まって来る輩は、主がどれだけ嫌がろうと、もはや離れはせぬ。妾もその一人じゃしな」


 センコさん、ボクは何処にでもいるモブの中のモブなので、そこまでベタ褒めされる要素はありませんよ。皆とお友だちなのも、たまたま知り合う機会があっただけですし。しかもその言い方だと、まるでヤンデレホイホイみたいじゃないか。


「まあ、今の主の気持ちは、友だちと共通の話題に絡めなくて寂しい…というところじゃな。しかしあと一週間もすれば、学園もいつも通りの日常に戻る。これは占わずとも、容易にわかることじゃ。心配はいらぬよ」


 そう言うことらしい。確かにボクには熱烈にアタックしてくれている男性が二人もいる。

 というか、たった二人でも明らかに持て余しているのに、これ以上増えたら情報を処理しきれずに頭が沸騰してしまう。となると、センコさんの言う通りに、話題を共有出来なくて仲間外れになったようで、寂しいだけなのだろう。


「こんなところかのう。それで主、他にはないか? 何でも相談するとよいぞ? ほれほれ、はよう! はよう!」


 バンバン!と机を叩いており、まだまだ相談を受けるき満々なセンコさんだけど、あいにく普通の学園生徒であるボクには、そこまで深刻な悩みはない。


「センコさん、相談に乗ってくれてありがとう。おかげでスッキリしたよ。悩みも解決したし、今日のところは帰るね」


 隣で様子を見守っていた美咲さんにアイコンタクトを取ると、すぐに頷いてくれたので、二人でパイプ椅子から立ち上がって、近くに置いておいた荷物を背負う。


「何じゃ、二人共帰るのか? せめて主だけでも残ってはくれぬものか?」

「いやいや、私だけ帰って幸子ちゃんを裏路地に残すとか。そういうわけにもいかないでしょう?」


 あからさまにガッカリした表情で狐耳と尻尾がシュンと垂れてしまうセンコさんに、戸惑いながらも美咲さんが優しくたしなめる。しかし、このままだとボクたちが子供を泣かす悪者になりそうだ。何とかしないといけない。


「えっと、夜も遅いですし、センコさんもボクたちと一緒に、家に帰りませんか? それとも、営業時間とか決まってるのかな? それなら無理に…」

「今日はもう店じまいじゃ!」


 そういうことになった。彼女もボクと同じ家に住んでいるので、一緒に帰っても不自然ではない。

 その後、お狐さまの社の片付けがあるので、二人は表に出ていて欲しいと頼まれたけど、美咲さんは好意で一緒に片付けるからと、それを拒否した。


「美咲さん、裏路地は狭いし慣れてないボクたちが手伝っても、かえって迷惑をかけるかもだし、ここはセンコさんの言う通りにしよう?」


 ボクの説得に渋々という感じで頷き、美咲さんの背中を押して表通りに出ると、いつの間にか入口にあったお狐さまの社の手書き看板が消えていた。

 それから一分もかからずに、路地裏から手ぶらのセンコさんがひょっこり出て来た。


「片付け終わったぞ。それでは我が家に帰ろうぞ」


 明らかに異常な速度での片付けは、ボク以外にも不自然さに気づくだろうけど、美咲さんは何の疑問も抱かなかったのか、そのまま綾小路家に向けて、ゆっくりと歩いて行く。


「何をしておるのじゃ? 主も帰るのじゃぞ?」


 路地裏の入り口にぼんやりと立ったままのボクの手を、センコさんがギュッと握り、そのまま美咲さんの後を追う。

 きっと何らかの不思議パワーを使ったのだろう。深く考えても仕方がないので、ボクは軽く頷いて、黙って彼女に付いて行った。


「晩ご飯はいなり寿司じゃな。今日は断然いなり寿司の気分じゃ」

「うーん、朝に冷蔵庫に鶏肉が漬け込んであったから、多分唐揚げじゃないかな?」

「家のメニューにお寿司はないね。生魚は鮮度が命で日持ちしないから、なかなか取り入れるのは難しいよ」


 三人仲良く月明かりに照らされた中で、我が家に向かってゆっくりと歩いて帰る。

 気づけば朝晩の寒さもかなり和らいできたものだ。月が綺麗だし、明日は晴れるのかな? と、そんなことを考えながら、皆仲良く夜道を歩くのだった。

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