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二月 演技(1)

 まだまだ寒さが厳しい二月の日曜日に、ボクは神無月君のライブに招待チケットを渡されて、その会場へとやって来ていた。

 しかし久しぶりに目覚まし機能を使ったクマさん時計だけど、当日の朝に故障していたことが発覚し、ボク一人だけはギリギリで現地で合流ということを皆に伝えて、現在単独行動中だ。


「いつも皆に迷惑かけてるし、ボクも子供じゃないしボディーガードさんもこっそり付いてきてるだろうし、このぐらい平気なのに」


 案の定皆は、多少遅れてもいいから綾小路家に迎えに行くと言ったけど、もう子供ではないから大丈夫だとお断りさせてもらった。

 たまには一人で行動したいのだ。思えばはじめて学園に通う日以外、常に隣に誰かしらが付いていてくれた気がする。

 しかし皆もいつまでも一緒にはいられず、学園の卒業のように、いつか別れが来るんだろうなと、二月の寒さのせいか、電車に揺られながら、少しだけ物悲しく感じてしまった。


「うん…別れは来るよね? まさか学園を卒業しても、ずっと一緒とかない…よね?」


 何だかあのメンバーだけは、たとえボクが社会的に自立しても、平日から休日まで常に誰かしらが押しかけてきて、一緒に行動しているような気がして怖い。

 むしろ如月家の使用人さんも加えて、側から離れる機会が減ってしまうまである。


「かっ…考えないようにしよう…っと」


 底知れぬ恐怖を感じて身震いし、考えを振り払うように小声で呟く。やがて電車が目的地に到着したようでお馴染みの放送が流れ、ボクは開いた扉から外へ出て、改札へと歩いて行く。




 駅から歩いてすぐのライブ会場には、案内板も出ているようなので迷うことない。ボクは人の波に逆らわずにスイスイと歩いて行く。


「あっ、ここかな? 何か大勢人が集まってるし間違いないはず」


 会場には既に大勢の人が集まっており、ライブが開始するのが待ちきれないのか。隠しきれない熱気に包まれていた。


「取りあえず、会場に付いたって皆に連絡しないと…」

「おーい! そこのキミ! キミの場所はそっちじゃないよ! こっち! こっち!」


 携帯電話に伸ばした手は、突然の大きな呼び声にびっくりして、すぐに引っ込む。

 キョロキョロと周囲を見回すと、恰幅がよくメガホンをもった中年のおじさんと目が合った。まさかとは思うけど、ボクを捜してるのかな? その人はこちらに向かって慌ただしく走り寄って来る。


「キミの出番まで時間がないから、早く準備しなきゃ駄目だよ! ほらっ! こっちだよ!」

「えっ…あの…ちょっと…ボクは…ちが…」


 会場のスタッフらしいおじさんに強引に手を掴まれ、観客席とは違う裏方方面へとズルズルと引きずられていく。

 ツルペタ子供体型はとても非力で、どれだけ抵抗しても全く効果がなかった。さらには彼にはこちらの説得を聞く気がないのか、やがて強制連行された末に辿り着いたのは、知らない女の子が一人いるだけの、楽屋裏の控室らしき小部屋だった。


「いや、しかしよかったよ。キミが当日に仮病でドタキャンしたって聞いたときは、どうなることかと。こうして会場に来てくれたよかった。考えを変えてくれたんだね」

「いや…だから…ボクは…」

「ともかくもうすぐ出番だから、準備の方を頼むよ。 それじゃ、時間になったら呼びに来るからね」


 そう言い終わると、スタッフのおじさんは報告があるからとその場を去り、楽屋の中にはボクと、もう一人の紫色の長髪の女の子だけになった。誰と間違えたのかは知らないけど、迷惑な話である。

 おじさんは何処かに行ってしまったし、目の前の小さな子供に当たり散らすわけにもいかない。それと皆にも連絡を入れないとと、どれから手を付けたものかと迷っていると、目の前の女の子が突然ボクに話しかけてきた。


「ウロウロしてないで、座ったら?」


 ボクもあまりの急な事態に動揺して、落ち着きなく楽屋を歩き回っていたらしい。そう言われると急に恥ずかしくなり、取りあえず空いている椅子に、チョコンと腰をかける。


「私は瑠璃、長月瑠璃よ」

「ええと、ボクは…」

「知ってるよ。貴女の名前は、綾小路幸子さんでしょう?」


 向かい合って座る瑠璃ちゃんは、どうやらボクの名前を知っていたらしい。しかも長月という名は月の方々の一人だ。つくづくそういった天上人と縁がある人生らしい。

 個人的にはもっと庶民らしく平穏に生きることを希望したい。そう考えながら、彼女の言葉にコクリと頷く。


「アタシのことは、当然知ってるでしょう?」

「ごめん。ちょっと知らない」

「そう…ハリウッドの有名監督の元で、主演の子役を演じただけじゃ、まだ綾小路さんとは肩を並べられないのかな。うん、もっと頑張ろう!」


 小さな胸を張りながら得意げに聞いてきた瑠璃ちゃんだけど、ボクの答えにものすごく残念そうな顔でシュンとうなだれてしまった。しかしハリウッドでのスター俳優だったらしい。いつもながら月の方々の身体スペックはどうなっているか疑問が尽きない。


「アタシ、綾小路さんに憧れてるの」

「ボクに? なっ…何で?」


 言っては何だけどボクは目の前の女の子に、月の名を持つ人に憧れられるような大した人間ではない。すごい能力もなければ、ほぼ全てが人並み以下、身分も庶民でお金も大して持ってない。

 しかもこの年にもなって最近まで栄養不足が続いたせいか、未だにツルペタ子供体型のままで、女の子なのに中身は男性だ。何処に惹かれる要素があるのかこっちが聞きたいぐらいであり。


「ええと、長月さんの夢を壊すようで悪いんだけど、ボクはそんなに大した人間じゃ…」

「そんなことない! 綾小路さんはすごい女の子だよ! あと長月さんじゃなくて、瑠璃って呼んで。アタシも綾小路さんのこと、下の名前で…出来ればお姉ちゃんって呼びたいから!」


 有無を言わさずに訂正された。それと名前呼びも。確かに目の前の彼女の体型は一部分以外はボクと似たり寄ったりだけど、年齢差は子供と青年ぐらい離れていそうだ。ちなみにボク以外の知り合いで、彼女に一番体格が近いのは、多分エリザちゃんだろう。

 名字でさん付けは少し抵抗があったので、ある意味都合がよかった。


「じゃあ、瑠璃ちゃんって呼ばせてもらうけど、いいかな?」

「うん、幸子お姉ちゃん! えへへ、でも嬉しいな。国内の子役がアタシの相方になる予定だったけど、まさかそれが幸子お姉ちゃんだったなんて! 計画に変更があったのかな?」


 今、瑠璃ちゃんがとんでもないことを言った気がする。子役? 誰が? ボクが? 自慢じゃないけど、ボクの演技力なんて、学芸会でモブを演じたぐらいしか経験がない。

 現役ハリウッドスターと肩を並べるなんて何かの間違いだ。ボクは力で否定するために椅子から立ち上がり、勢いのままに声をあげる。


「いやいやいや! そんなの聞いてないよ! ボクは今日、ここに友だちのライブを見に来たんだよ! 何で瑠璃ちゃんと共演って話になってるの!?」

「えっ? 今日のライブ…それって、確かにこの近くだけど、駅を挟んで逆方向だよ? アタシも同じ日に、別のイベントが反対で行われるなんて、珍しいなとは思ってたけど」


 まさか大イベントが同日に二つもあって、しかも反対側だったとは思わなかった。しかもこんな何も知らない女の子を前にして、思いっきり叫んでしまった。

 ボクは急に恥ずかしくなり、顔を真っ赤にしながら下を向き、すごすごと椅子に座り直した。


「そっか。間違いだったんだ。当日にアタシと組む子が風邪を引いたって話は、本当だったんだね」


 明らかにシュンとうなだれる瑠璃ちゃん。ボクも精神的ダメージを受けているので、女の子二人が椅子に座って向かい合ったまま、がっかりしている変な構図になってしまう。

 しかし、このまま動きがないのはマズイので、何でこんな事態になってしまったのか原因を突き止めなければと、空元気を出して瑠璃ちゃんに質問すると、詳しく答えてくれた。


「それは多分、スタッフ専用のフリーパスチケットを、首から下げてるからだと思うよ。今日のイベントは、同じ月の会社が取り仕切ってるからね。おまけに幸子お姉ちゃんは、何処から見てもアタシと同世代の女の子だから、当日雇われた現場スタッフが勘違いするのも無理ないよ」


 フリーパスチケットを持たせてくれたのは神無月君だ。何でも裏の特等席から見てもらいたいのと、終わった後に楽屋に入れるようにと手配してくれたのが、仇になってしまったようだ。


「そっか、それなら間違えた原因をスタッフのおじさんに説明すれば…」


 ボクがそこまで口にしたとき、急に控室の扉が開き、ボクをここに引っ張ってきたスタッフのおじさんが駆け込んで来た。


「ごめん二人共、相方の子役が病欠で後回しになってた出番だけど、結局本番前に揃ったから、急遽前倒し…というか、平常通りに開催すると放送流しちゃったらしくて。今すぐ舞台に上がってくれ!」


 こちらが説明する前に、スタッフのおじさんがボクと瑠璃ちゃんの手を掴み、強引に引きずっていく。このままでは色んな意味でマズイことになるので必死に説得する。


「ちょっと待ってください! ボクは瑠璃ちゃんの相方ではありません! 間違えて紛れ込んだだけです!」

「はぁ? スタッフ専用のフリーパス持ってて何を言ってるの? わかった。実際に会ったらまた怖くなっちゃったんだね。大丈夫だよ。俺たちスタッフが全力でサポートするから、キミは何の心配もいらないよ」

「だから、ちが…」


 ボクの説得は完全に失敗し、もう二度と逃さないとばかりに引きずる速度が早くなり、やがて舞台の目の前まで辿り着くと、ボクは背中を押されて瑠璃ちゃんと一緒に、おっとっとっ…と、ふらつきながら中央まで歩いてしまう。

 強制的に視界が開けたため、会場の空席が全て埋まっており、大人から子供、男性と女性が入り乱れた大勢の人を見下ろしてしまう。

 こんな規模のイベントははじめてだけど、多分動員数は一万人を余裕で越えていそうである。あまりの規模に圧倒されて、思わず足がすくんでしまう。


「さて、次は本日のメインイベント、皆さんお待ちかねの、長月瑠璃ちゃんと……と、ええと…まさか、綾小路幸子…ちゃん?」


 司会の人がこちらに引っ張って来た本日の臨時スタッフを見る。そしてあちこちに控えているスタッフ及びマネージャーさんやカメラマンにも視線を送るけど、皆首を横に振り、何故このような事態になったのかと困惑気味であった。

 裏方の混乱は当分静まりそうにないけど、やはり司会のプロは流石だと思った。


「えー…ただいま連絡が入りました。本来は綾小路幸子ちゃんではなく別の子役の方が登場予定でした。しかし、当日に皆様を驚かせたいという強い希望で、サプライズゲストとして急遽、子役さんから出番を譲ってもらったとのことです」


 そういうことになった。そして会場の四方の壁掛け大スクリーンに、ボクと瑠璃ちゃんの姿が大々的に映し出される。

 ここまで来てしまった以上、実は人違いです!と言って逃げ出すことなんて出来ない。

 それ以前に、会場の熱気によって、何を言っても盛り上げるための冗談と受け取られてしまいそうだ。ならば、出来るだけ早くこのイベントを終わらせて、楽屋裏に退避するしかない。


「本日会場に来られた皆さんに向かって、お二人に自己紹介をしてもらいましょう。それでは、瑠璃ちゃんの方からどうぞ」


 そう言って、司会者さんが瑠璃ちゃんに近づき、持っていたマイクを素早く口元に移動させて少し目線を落とす。年相応の平均的な女性の可愛らしさを遥かに超える、子供と大人の中間である彼女の美しい姿が、会場の巨大モニターにも大きく映し出される。


「長月瑠璃です。今年から中等教育を受けることになります! 子役を演じて二年です! ハリウッドの主演に抜擢されたのも、ファンの皆さんの応援のおかげです! ありがとうございます!」


 ペコリと年相応の子供よりも遥かに大人びた挨拶を行い、会場中から拍手が沸き起こる。スラスラと言葉が出てきて一度も噛むことなく大勢の前で喋りきった。

 瑠璃ちゃんは本当にすごい子だ。


「はい、次は幸子ちゃん。自己紹介をお願いするよ」


 ニコニコしながらマイクを渡されるけど、ボクのこのイベントの内容を全く知らない。それによって自己紹介の内容も大幅に変わるのだろうけど、どのみち周囲の熱気に押されて、まともに喋れそうにない。

 前の瑠璃ちゃん習って、なるべく無難にまとめることにする。というか何でボクがゲストとして参加しているのだろうか。もう全てを諦めて今すぐ帰りたいと思っても、ここまで来てしまったら、もう逃げられないので、やけくそでも演じるしかない。

 いつの間にかイベント会場の全てのスクリーンにも、瑠璃ちゃんからボクの姿に切り替わっていた。


「綾小路幸子です。去年ようやく高等教育を受けることが出来ました! 学園に不自由なく通えるのは、経済的に支援してもらった方々のおかげです! ありがとうございます!」


 身体的にも学力的にもほぼ全てが平均以下で、他人に誇れるところが思い浮かばないボクけど、瑠璃ちゃんの自己紹介に習った内容を話して、ペコリとお辞儀をする。

 マイクを返して顔をあげたボクが目撃したのは。言葉一つ発せずに表情が抜け落ちたまま静まりかえる観客の皆さんだった。

 ボクはひょっとして何かやらかした? と思って、恐る恐る司会者さんの方を横目で盗み見ると、微妙に顔を引きつらせていた。すると隣の瑠璃ちゃんが小声で疑問に答えてくれた。


「幸子ちゃんは有名人なの。だから如月のホームページでは、簡潔なプロフィールも公開されてるの。それでも、あまりに酷い経歴に、大半の人はこれは嘘だ。人気取りだって否定して信じてなかったの。だからこそ、皆困惑しているんだよ」


 そこまで喋ったところで瑠璃ちゃんは口を閉ざした。続いて再起動が完了した司会者さんが何故かもう一度質問してきた。


「えっと…経済的に支援と聞こえました…が?」

「はい、高等科の教育を受ける前まで、毎日二百円の食費でやりくりしていました。今は叔父さんや如月家の養子ということで、かなり楽になりましたけど」

「なっ…なるほど、つまり如月の豪邸に住んで、さらに経済的な支援で、裕福な生活が出来ていると? はははっ、それは羨ましいですね。今は食費が二百円ではなく一日何十万円も使えるのでしょうね。一度でいいので自分も体験したいものですよ」


 そこで司会者さんがおどけた雰囲気冗談を言い、ヤレヤレと肩をすくめて見せる。

 釣られて会場もの雰囲気も多少なりとも柔らかくなった。しかしそれは間違っている。間違った事実が拡散されると面倒なので、直せるうちに訂正させてもらう。


「えっと…今でも住んでるのは綾小路の実家です。経済的な支援のおかげで、雨漏りや家の傷みと隙間風は直りましたけど。それと相変わらず一日二百円ずつ受け取って、やりくりしていますよ。こちらは食費ではなく、お小遣いとしてですけど」

「でっ…ですけど、幸子ちゃんの今日着ている服や小物は、それぞれが数万から数十万もする有名ブランドの特注品ではありませんか! それこそ、贅沢三昧に暮らしているという、確固たる証拠になってしまいますよ!」

「えっ? コレってそんなに高いの?」


 ボクはびっくりして、慌てて今日着てきた服や小物を、ポーズを変えながら色んな角度からジロジロと観察し、まるで安物を扱うように乱暴に指で掴んでは、引っ張ったり縮めたりして感触を確かめてみる。

 最近外出する前は、家政婦の加藤さんがその日の身に着けていく服や小物を手配している。ボク的にはそんなに高そうな物ではなく、長年着古した安物でいいからと遠慮すると、あからさまにガッカリされるのだ。

 やはり毎日お世話になっている彼女の機嫌を損ねるのは、あまり気分がよくないので、結局言われた通りに身につけてから出かけている。

 しかしファッションに無関心なボクが、うーんと唸りながら、いくらマジマジと観察したところで、そこそこ見栄えがよさそうな特売セール品との違いがまるでわからない。

 やがて、またもやフリーズしてしまった司会者さんけど、恐る恐るという感じで話しかけてきた。そしてイベント会場はもはやお通夜のように重く静まり返り、ただボクと司会者さんのやり取りを、黙って見守っている状況だ。


「身につけている本人が、まるで知らないなんて…あっあのぉ、幸子ちゃんは、毎日二百円のお小遣いで、どういった生活をしているのかなー?」

「えっと、さっきも言いましたけど、父さんが遠くの病院でお世話になっているから、綾小路の修繕した実家に、家政婦さんと二人で住んでます。そして家のことはその人が全てやってくれてます。この服や小物も、その人に今日はこれを身につけて出かけるようにと…」


 ボクが口を開くたびに司会者さんの顔が引きつっていくのがわかる。でも、何が気に障ることを言っているのか、まるでわからない。ボクにとってはただ事実を話して聞かせているだけなのだから、構わず続ける。


「お小遣いは一日二百円と言いましたけど、学園が終わった後にアルバイトしてますから、そのお金もありますよ。これってすごいお金持ちですよね! でも今は全く使い道が思い浮かばないんですけど」

「それは、どっ…どうしてですか? 年頃の女の子なら、もっと…幸子ちゃんなら、お小遣い以外にも如月家に頼めば、服でも宝石や美容品も手に入れ放題で、世界中の女性が望むような、贅沢な生活が叶うのでは?」


 もはや司会者が意地になっていた。何が何でもボクを論破し、自分の言い分を通したいらしい。

 しかし、彼の言い方は真実ではなく十割の確率で嘘なので、ボクも譲るつもりはない。と言うか、ただ聞かれたことに条件反射で、率直な意見を返しているだけだけど。


「えっ? 毎日飢えずにご飯を食べられる以上に贅沢な生活なんて、この世にあるんですか?」


 その瞬間、為す術もなく司会者が崩れ落ちただけでなく、会場中からすすり泣きに続き、天使だ…天使がいる…守護らねば…等の声が漏れる。

だから質問されたことを普通に受け答えしていただけなのに、また何か知らない所で失敗してしまったらしい。

 目の前で目頭を押さえて完全に動きを止め、うおおん!うおおん!とむせび泣いている司会者さんを前に、ただオロオロしているだけのボクを見かねたのか、隣の瑠璃ちゃんが嬉しそうに小声で話しかけてくる。


「幸子お姉ちゃんが大真面目に質問を返したことで、皆信じちゃったね。もしこれが全部皆を欺く演技だとしたら、アタシなんて目じゃない程の才能だよね。まあ幸子お姉ちゃんは何も考えずに答えただけだろうし、気にすることないよ」


 確かにボクは瑠璃ちゃんの相方役として、司会者さんの質問に答えただけだ。ならイベントが次に進むまで、ここはじっと待つことも大切だろう。

 ハンカチで涙を拭いた司会者さんけど、何故か憑き物が落ちたような晴れ晴れとした表情を浮かべていた。そしてようやく会場のスクリーンも、オロオロと心配そうに狼狽えていたボクではなく、次のイベント進行役である司会者さんを映してくれた。


「諸事情によりイベントを中断してしまい、申し訳ありませんでした。それでは自己紹介が終わりましたので、先に進めさせてもらいます」


 ふと考えてみると、瑠璃ちゃんの自己紹介とは違い。ボクだけは身辺調査に近かったような気がするけど、今は気にしないことにする。


「今回のイベントは、お二人に、歌、踊り、演技の三つを見せてもらいます。そして全てが終わり次第、会場の皆様に入場時にお渡しした青と赤のサイリウムのどちらか片方を、高く掲げてもらい、その数で優劣を判断する形です。そして見事勝利された方には、特別な豪華賞品を用意しております!」


 そのときボクは気づいてしまった。この企画を出した代表が何を考えていたのかは知らないけど、ハリウッドの主演子役を相手にするんだ。演技力は未知数だけど、国内の子役の人は完全に当て馬だろう。最初から負け確定の勝負になる可能性は高い。

 または、わざと負けろと言われた可能性もある。たとえ仕組まれている企画でも、大人ならある程度感情は飲み込めるけど、表に出てしまう子供では色々と厳しいだろう。


「それでは、はじめます。準備はよろしいですか?」


 司会者の人が興奮気味に、ボクと瑠璃ちゃん、そして会場に向かって語りかけている。

 この先はどれだけ足掻いても、ボクの完全敗北という覆しようのない結果が見えている。

 瑠璃ちゃんの様子を伺うと、こちらに向かって眩しい笑顔でニッコリと微笑み、耳元に口を近づけてこっそり囁いてきた。


「アタシのほうが、幸子お姉ちゃんの足を引っ張らないか心配だよ。でも、胸を借りるつもりで一生懸命頑張るからね!」


 どう考えても瑠璃ちゃんの足を引っ張って、胸を借りるのはこっちだと思う。我ながら名推理だ。きっと的中率は十割だろう。

 ボクが一方的に蹂躙されるイベントがいよいよはじまるのだ。素人が世界的なプロの役者にどれだけ頑張ってもたかが知れているけど、それでもベストを尽くさないよりは、イベントの見栄え的には盛り上がるだろう。

 とにかくボクが今やれることを、全力でやろうと、大きく深呼吸をして気持ちを切り替えるのだった。

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