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一月 如月家

 冬休みのボクは、パーティー会場でのエリザちゃん遭遇イベントのトラウマを植え付けられてしまったため、如月家の大々的なクリスマスパーティーは本当に勘弁してください! お願いします! 何でもは出来ませんけど! と、涙ながらに訴えた。

 あまりの必死さに彼女の二面性を知らない如月家の父母が若干引き気味になりつつも、麗華さんが前回の王女殿下の学園訪問事件を所々ボカしながらもかいつまんで話し、ご両親の説得に回ってくれた。

 それならばせめて正月の三ヶ日だけは出席者の皆が帰ってから、如月家にて父母と麗華さん、そしてボクの四人だけの小さな集まりを行うという条件で、クリスマスパーティーの不参加を勝ち取ったのだった。


 如月会長は当初はボクの名前だけ公表して、如月家の力で守るという作戦だったのだけど、色んな意味で綾小路幸子という薬が効き過ぎたのだ。

 ボク自身はせいぜい傷薬程度かな? と楽観視していたら、実は死者さえ蘇生させる伝説の秘薬レベルだったそうだ。

 今現在は芸能人やアイドルでもないのに色々な世界中の報道機関で、サプライズパーティーでの、ボクの令嬢デビューの映像が繰り返し流れているらしい。


 ボクは昔から父親の影響でテレビを見ずに育ったので、今現在も毎日テレビを見るという習慣は殆どない。せいぜい気になるアニメや映画を視聴するぐらいである。

 つまりそういったニュース情報を得る機会は、知り合いに聞くしかないので、何処か自分のことではないように、そーなのかーとウンウン頷くことしか出来なかった。

 別に可愛くもない、ただのツルペタの平均的女子であるボクが、テレビで騒がれたとしても、一貫性のブームで終わるだろうしね。

 冬休みが終われば、幸子? 誰それ? 外人? 歌? というように、そんな噂は綺麗さっぱり消えてなくなるだろう。


 そんなことを、すっかり見慣れた黒塗りの高級車に揺られながら考えていると、お昼近くに、麗華さんが住んでいる如月本家が見えてきた。

 ちなみに本日は身内だけということで、乗っているのはボク一人だけだ。

 年末に当然のように送られてきた可愛らしい正月用の着物を、家政婦の加藤さんに着せてもらったけど、あの人何でも出来るんだよね。まさにパーフェクト家政婦さんだ。出来ないなど何もなさそうである。

 予定では出迎えるのは如月の父母と麗華さん、あとは三ヶ日ゆえ必要最低限のお手伝いさんだけらしい。実際にこうして本家を訪れるのは、今回がはじめてになる。


「広い」


 如月家の敷地にそって車を走らせてはいるものの、なかなか門まで辿り着かない。あまりの広さに本当に同じ国内なのかと疑問が生まれ、ボクの知能指数が著しく低下してしまう。

 思えば世界を代表するお金持ちが集まる学園、王女殿下が国内の政治や経済を裏で牛耳るなどは、現実でもないことはないかもしれないけど、ここまで顕著ではないずだ。

 やっぱりリアルのように見えてもここはゲームの世界なんだなあと理解させられ、さらに如月家の敷地面積はドーム何個分だろう? と、進んではいるものの窓の外の代わり映えしない家壁を眺めながら、漠然と考えていた。

 そのまま走り続けること数分、ようやく如月家の門柱らしきものが見えてきた。


「でかい」


 敷地の広さだけでなく、門柱の大きさにも圧倒されて、知能低下からの回復には、まだまだ時間がかかりそうだ。こんな時に同じ庶民である美咲さんがいれば、精神的ダメージを軽減できるのだけど、今日は隣に友人が誰もいないのが残念でならない。

 立派な大門が左右に重量感のある音を響かせながらゆっくりとスライドしていく。

 そして門が完全に開ききる前に、減速した車が門の奥へと入っていく。さらに正面の奥には木造の豪邸がはっきりと見え、辺りには人の手が入った庭木が見栄え良く立ち並んでいた。

 奥の豪邸に近づいてくると、何やらメイドさんたちが整列していることにも気づく。やがて如月本家から十メートル程の距離を空けてボクの乗る高級車は、ゆっくりと停車した。

 まずは玄関前にずらりと整列するお手伝いさんたちの中から、先頭に立つ年長のメイドさんが近寄って来て、ボクの座っている隣の扉を、外から開けてくれた。


「如月本家へ、ようこそおいでくださいました。綾小路お嬢様。本日のお世話を務めさせていただく、私…加藤奈緒と申します」


 流れるような自然な動作で会釈をしながら、加藤さんが説明してくれた。しかし何となくだけど見覚えのある名前と姿に、ボクは疑問を覚える。


「お気づきかと思いますが、綾小路お嬢様のご自宅で家政婦をしている加藤真央は、私の妹です。姉妹共々よろしくお願い致します。それでは、案内させていただきますので、こちらにどうぞ」


 加藤さんに手を取ってもらい、ボクは車を降りる。そのまま玄関まで先導されて、二列に並んだお手伝いさんたちの中央を、ゆっくりと歩いていく。

 本物のお嬢様とはこういうものなのだろうか。しかしボクは根っからの庶民なので、あまりの熱烈歓迎に、小動物のように内心ビクつきながら、足下に気をつけて一歩ずつ慎重に進んで行く。

 ちなみに如月家は外から見た限り、西洋風の木造住宅で、内部もそれにそった作りだった。

 とはいえ、完全に西洋住宅ではなく、玄関で室内履きに履き替えるタイプのものだ。やがて玄関の大きな扉をくぐると、中には和服姿の麗華さんが座敷の上で正座をして待っていた。


「幸子ちゃん、明けましておめでとう。今年もよろしくね」

「こちらこそ、麗華さんも明けましておめでとう。今年もよろしくね」


 ニッコリと微笑みながら新年の挨拶を行う麗華さんに、ボクも慌てて頭を下げる。


「ご苦労でしたね。後は私が案内しますので、それぞれの持場に戻りなさい」


 新年の挨拶が終わり、麗華さんが立ち上がり、案内してくれたお付きのメイドを下がらせようと指示を出す。

 しかし、今それぞれの…と聞こえた。実際に案内したのは加藤さん一人だけのはずでは…?

 ふと人の気配を感じて背後を振り返ると、左右に列となって控えていたお手伝いさんたち全員が、何故かボクの後ろに、指示さえあればいつでも動けますよとばかりに、直立不動の姿勢でずらりと整列していた。

 あまりの事態にヒエッ…と押し殺したような小さな悲鳴が、ボクの口から漏れる。


「どうして持ち場に戻らないのかしら? メイドの役目は車から玄関までの案内のみのはず。本当は綾小路家に出向くのも、私が同行するから貴女たちの出番はなかったのに、どうしてもと言うから仕方なく…」


 そう言って麗華さんは大きく息を吐く。しかし背後に控えたお手伝いさんたちは、相変わらず微動だにしない。

 そんな中で、代表者である加藤さんが一歩前に出て口を開いた。


「しかし麗華お嬢様、我々はまだ、綾小路お嬢様から具体的な命令を受けていません。何卒、メイドの本懐を遂げさせていただけないでしょうか!」


 たとえ雇い主である如月家が相手であろうとも、一歩も引かないとばかりに、力の入った発言を受けて、麗華さんは思わず頭を抱えると、苦々しく言葉を漏らす。


「雇い主である私たち如月家の命令のときは、そこまで真剣じゃないのに…」

「それは如月の方々は、あまりにも個々の能力が優れているために、我々メイドの仕事すら、容易く奪うからです」


 本人も薄々感じていたのか麗華さんは、うぐっ! と喉を詰まらせて。思わず言葉を失ってしまう。そして、なおも加藤さんの追撃は続く。


「その点綾小路お嬢様は、メイドの心から仕えたいご主人様ランキング、堂々の世界一位ですよ! しかも、二位以下を圧倒的な票数で引き離しています!」


 そんなランキングがあったのか。初耳だ。興奮気味に語る加藤さんによって、ボクは世の中の広さを否応なしに理解させられてしまった。


「まず評価するべきは、容姿です! 命を捨ててでも主人のために尽くしてあげたいと思える程の、庇護欲に訴えかける愛らしさ!」


 何か思いっきり解説している。後ろに控えたお手伝いさんたちも、加藤さんの説明にウンウンとその通りだとばかりに力強く頷いていた。

 そして麗華さんも確かにね…と、渋々ながら認めているようだけど、違うからね。ボクにはそんな魅力はないので、早く正気に戻って欲しい。


「もっとも、容姿は綾小路お嬢様以上に優れた方も多数おられます。本当に大切なのは次からです。…それは身分! 元から如月家のような裕福な家庭ではなく、貧困からはじまるシンデレラストーリー! そのお付きともなれば、まさにメイド冥利に尽きるというもの! 今までの暮らしが酷すぎたゆえに、私! 貴女たちのようなメイドさんがいないと、何も出来ないの! とばかりの圧倒的な庶民感! 綾小路お嬢様は陰日向と支える専属メイドに感謝をし、やがて訪れるお嬢様の独り立ちの日には、涙なしでは語れません!」


 既に滅茶苦茶引いているボクとは違い、熱が入っているメイドさんたちは絶好調のようで、麗華さんまでも、それは素晴らしいわね…と流されかけている。


「さらに綾小路お嬢様は、庶民や富裕層の中でも総合能力が圧倒的に底辺! つまり我々メイドの力がなくては、令嬢の世界では本当に何も出来ないため、活躍の場には事欠きません! しかも無能力でわがままなお嬢様とは違い、常に我々メイドに感謝を忘れず、そして不自由な身でありながらも、こちらの負担を減らそうと努力を続ける健気なお嬢様! 守ってあげたい! 支えてあげたい! ここは私に任せて先に行ってください! 駄目よ! メイドの貴女を置いては行けません! 大丈夫です! お嬢様を決して一人にはさせません! 絶対に追いつきますよ! ああ! そんな!」


 何やら彼女の脳内のボクが、ものすごく過剰評価されて、しかも感動的なストーリーが展開しているらしい。

 うっとりと一人芝居を続ける加藤さんでは埒があかないと、視線を他のお手伝いさんに映すと他の皆も似たり寄ったりで、二人や三人という複数で組んで壮大なお芝居がはじまっていた。

 麗華さんは雇い主そっちのけで暴走するお手伝いさんたちに引きずられかけているけど、

ボクが彼女の和服の袖をクイクイと引いて、辛うじて正気に戻す。


「普段はものすごく優秀なのよ。そう…普段はね。私もあんな裏があったなんてはじめて知ったわ」


 如月本家の廊下をボクの案内をしながら、心底疲れたとばかりにため息をつき、麗華さんは気持ちを切り替える。


「よっぽど溜まっていたんでしょうね。今度からメイドたちの仕事を取らないようにするわ。はぁ…帰る頃には落ち着いてるでしょう。…多分ね」


 若干の不安を含んだ会話に相づちを打ちながら、広い豪邸の中をはぐれないように付いていく。

 やがて、廊下の突き当りにある大扉の前で止まり、麗華さんはゆっくりと扉を開いた。室内には既にきらびやかな和風料理が並び、麗華さんの父と母が和服姿で笑顔で出迎える。


「明けましておめでとう。幸子ちゃんは今日も可愛いね」

「今年も娘の麗華をよろしくね。ここまで疲れたでしょう? お茶をいれるから、まずは席に座ってね」


 麗華さんに返した挨拶と同じような内容を二人にも告げて、ボクは言われるがままに、用意された席に座ると、麗華さんがここに着くまでに起こった出来事を簡単に説明する。

 彼女の父さんが、あのメイドは全員能力がとても高く、一度主人と認めると絶対に裏切ることはないが、忠誠心に限界がないのが問題と言えば問題だという答えが返ってきた。


「祖父祖母の代から仕えてくれた中に、わずか数人だがそのような者がいたが、むしろそれ程まで忠誠心が高い者は、時折愛情のために暴走してしまうが、他の者よりも素晴らしい働きをするので、デメリット以上のメリットとなっているのが現状だな。性格の崩壊は他の者の前では完璧に隠すらしいぞ」

「今回の手伝いの人は、本来は歓迎のために全員残りたいと訴えてきたけど、流石に三ヶ日ぐらいは休んでもらわないとと、抽選の末に残ったのがアレということね。どのように選抜したのかは不明だけど、幸子ちゃんをご主人様と崇める、精鋭中の精鋭というところかしら?」


 全然嬉しくない事実が父母二人によって次々と明らかになっていく。麗華さんはボクと一緒に驚いてはいるものの、リアクションが小さいので、薄々だけど感づいていたようだ。


「それはともかくとしてだ。せっかくのおせち料理が冷めてしまう。ここからは食べながら話すことにしよう」

「そうね。幸子ちゃんが通う学園や、最近の家での生活のことと聞いてみたいわ」

「もう、学園のことなら、私に毎日聞きに来てるじゃない」


 既にそれぞれの席についているボクたちは、この日のために用意されたという、豪華なおせち料理を前に、いただきますを終えると、目の前の食事に箸を伸ばす。


「どれ、幸子ちゃんの分はお父さんが取ってあげよう」

「何を言っているのかしら貴方、ここはお母さんである私の役目でしょう?」

「二人共いい加減して。クラスメイトの私が取り仕切るのが当たり前じゃない」


 三者三様の言い分があるのか、一向に決着が付きそうにないので、どれを見ても美味しそうな料理の数々を前に、ボクは迷った末に手前から順番に、取り皿に乗せることにした。


「綾小路お嬢様、それでは私がお取りしますね」

「あっ、ありがとうございます」


 気配もなくいつの間にか入室し、自分の後ろに控えていたメイドの加藤さんに、一瞬で取り皿を奪われたボクは、驚きのあまりにヒエッ…という悲鳴を辛うじて堪えて、平静を装う。

 彼女たちお手伝いさんは、忍者か何かなのだろうか。しかし、その行動は的確で、何となく食べたいなと思う料理を、完全に把握して小皿に取り分ける。


「こちらでよろしいでしょうか?」

「はい、助かりました。どうもありがとうございます」

「いいえ、専属メイドとして当然のことです。せ・ん・ぞ・く・メイドとして当然のことです」


 専属という箇所を強調して、何故二回も言ったんだろうとは普段鈍いボクでもわかるけど、突っ込んだら負けだと思い、加藤さんに取り分けてもらったおせち料理をいただくことにした。

 ボクが口にモノを運ぶたびに、隣に控えるメイドさんが感動のあまり打ち震えているように見えたのは、気のせいだと思いたい。

 やがて三人は交代で取り分けるということで決着がついたのか、こちらに顔を向けると、まるでボクとの主従関係が当たり前のように、隣にピッタリと寄り添う専属メイドの姿を見つけて、愕然としていた。

 思えば如月父母の驚いた顔は、はじめて見たかもしれない。












 おせち料理を食べ終わって数時間後、如月家の皆と賑やかに話していると、もう何杯目かわからないお茶をすすり、人心地ついてから、ボクは疑問を口に出した。


「何だかここに来てから、ボクばっかり話してる気がするんだけど」


 この家に来てからの話題は、麗華さんとその家族の質問を受けたボクが答える。これが九割以上を占めている。殆どボクの独壇場と言ってもいいだろう。

 別に喋るのは嫌いではないけど、休憩を挟みながらでも流石に疲れてくる。目の前の家族の仲は、最初は悪かったらしいけど、最近は関係が修復したと聞いたのに、何故ボクばかり話題を振られるのだろうか。もっと家族三人で仲良く語り合ってもいいんだよ。


「ふむ、幸子ちゃんが疲れたのなら、喉にいいはちみつ入りの飲み物もある。少しはマシになるはずだ」

「あら、疲れたのかしら? 無理は駄目よ。少し休憩を挟みましょうか。いいお茶菓子があるの」

「幸子ちゃんが倒れたら一大事だわ。そのお茶菓子は賞味期限的に少し風味が落ちてそうね。二番目の棚から食べたほうがいいわよ」


 質問の答えになっていない。ボクというお客さんを歓迎する等の意味があるのかもしれないけど、今のボクは三人がかりで全力で猫可愛がりされている小動物のようだ。

 このままではどれだけ休息を入れても。遅かれ早かれ喋り疲れて倒れることは確実だろう。というか、三人共ボクのプライベート情報がそんなに気になるのだろうか。

 個人的にはそんな庶民情報は全くの無価値だと思うのだけど。ボクは深呼吸をして、そろそろいい時間なので話題を打ち切ることを伝える。


「一区切りしたし、いい時間です。そろそろお暇させて…」

「何だと? 幸子ちゃん、今日は如月家に泊まりではなかったのか?」


 驚きの声をあげる如月父。いや元から日帰りのつもりでしたよ。一庶民のボクはお金持ちの豪邸にいるだけでも、気づかれしてしまいます。

 ふと横を見ると他の二人も大いに驚いていた。ついでに加藤さんにも視線を送るとこの世の終わりのような表情をしていた。ボクは見なかったことにして、話を続ける。


「気持ちは嬉しいけど、ええと…庶民のボクでは、如月本家だと色んな意味で疲れてしまって…」


 きっと賢い如月家の皆なら、ボクの心境をこれだけで完全に理解してくれるはずだ。


「それはいけない! 今すぐ空いている部屋で寝かせないと!」

「そうよ! 無理しては駄目よ! 早く休みなさい!」

「あの、二人共…幸子ちゃんはただの気疲れだから」


 如月父母はものすごく取り乱した。何故ボクが関わる場面になるとこうも鈍いのだろうか。

 麗華さんはそんな二人を落ち着かせようとしてくれている。これなら無事に家に帰れそうだと思ったボクは、突然背後から抱きかかえられてしまう。

 気づいたときには全てが手遅れだった。もっとも気をつけるべきなのは、目の前の三人ではなく、背後の一人だということを忘れていた。

 そのままメイドさんにお姫様抱っこで抱きかかえられて空き部屋のベッドまで全自動で運ばれるボク。本当にあっという間の出来事だった。


「ともかく、無理は厳禁だ。疲れが取れるまでこの部屋で体を休めるといい」

「幸子ちゃんの元気な姿を、また見せてちょうだいね。だから今はゆっくりとね」


 如月父母がまだ何か言いたそうにする中で、麗華さんは後は私が付いているからと背中を押して廊下に出し、メイドさんにも退室を命令する。

 雇い主には逆らえないのか、渋々ながら部屋の外に移動して、何か御用があれば、お気軽にお呼びくださいと、廊下の扉を閉める。

 そして室内にはベッドで横になるボクと、いつの間にか近くの椅子の上に腰かけて、何故かソワソワして落ち着かない、麗華さんの二人だけになった。


「幸子ちゃん、りんご食べるなら剥いてあげるけど、どう?」

「…いただきます」


 多少気疲れしてはいるものの、別に動けないほどではないけど、何となくかけられた布団を押し退けられないボクは、黙ってされるがままになる。

 麗華さんも何も喋らずに、しばらくの間室内には、果物ナイフでりんごの皮が剥かれる、シャリシャリという音だけが、静かに響いていた。


「私ね。小さい頃から、幸子ちゃんのような可愛い妹が欲しかったのよ」


視線は手に持ったりんごからそらさずに、小声で語りかけてくる。


「まあ、今でも一人っ子なんだけど。結果的には如月家の養子になったんだから、もう妹のようなものでしょう? 今日のこともだけど、幸子ちゃんには負担をかけて悪いとは思うけどね」


 ボクに向かって気の毒そうに話しかける麗華さんは、いつもとくらべて若干表情が暗い気がする。そんなことを考えていると、ちょうどりんごを剥き終わったらしく、小皿の上に食べやすいサイズに切り分けて並べられた。


「直接食べさせてあげましょうか?」

「いえ、そこまで疲れてないので大丈夫です」

「そう、残念ね」


 ボクの断りに対して、ペロリと舌を出しておどけて見せる麗華さんは、やっぱり少し無理をしているように感じた。


「それで、私の家族や使用人は、その…どうだった? 短い会話はいくつかあったけど、直接向かい合って長時間話したのは、今回がはじめてだったでしょう?」


 麗華さんにしては珍しく、ソワソワと落ち着かずにこちらの顔色を伺いながら聞いてきたので、ボクは正直に答えることにする。


「ええと、賑やかで一緒にいて楽しいですよ。あと、ボクのことを大切に思ってくれるのは嬉しいです。まあ…それが強すぎて気疲れしちゃうこともありますけど、皆いい人ばかりで、知り合えてよかったです」


 過激なスキンシップは遠慮したいが、全てボクのことを思っての行動なので、そこまで悪くはいえない。

 ボクの言葉が終わると、麗華さんは明らかにホッとした表情になる。


「そう、よかったわ。実は私の家族と使用人が、この先幸子ちゃんと上手くやっていけるかどうか、心配だったの。皆、根はいい人なんだけど、少し過保護なところがあってね」


 それは麗華さんも含めてそう思う。しかし、ボクが何を言った所で、自重してくれそうにない。むしろ余計に燃え上がりそうだ。


「これなら今後も大丈夫そうね。私も一安心だわ」

「そっ…そうですね。あは…あはは」


 この先のことに不安を感じながら、今日のところは大人しくベッドに横になり、麗華さんに看護されることにした。万一扉を開けようものなら、一歩も踏み出せずに、如月家の父母やメイドさんたちに捕まり、さらなる手厚い介護を受けることになることだけは、何としてでも避けたかった。

 それよりは学園での長い付き合いもある分、気安い麗華さんと二人っきりのほうがまだマシである。たとえ明日まで付きっきりで、この部屋の中で着せ替え人形のように扱われようとも、今は耐えるしかないのだ。


 この行動が功を奏し、如月家とボクの距離はかなり近づいた。精神的は元より、物理的にもだ。お風呂や寝室だけでなく、まさかお手洗いにも付いてこようとするとは思わなかった。流石にそれは断固としてお断りしたけど、この二日間でお互いの距離が近づいたのだから、結果的にはよしとしたい。

 ボクの羞恥心が犠牲になったという結果を除けばだけど…。

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