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十一月 学園祭

 秋も深まりそろそろ冬の気配も感じはじめる頃、一年一組の教室では、学園祭の準備に大忙しだった。ちなみに催し物はメイド及び執事喫茶に決まった。

 このクラスは麗華さん、神無月君、葉月君を上位に、男女共に綺麗どころが多いからそうなるかなとは思っていたが、まさかボクのメイド服まで用意してくるとは思わなかった。


「紅茶やお菓子の準備など、裏方の皆さんは十分に形になりました。表の方々も振り付けも問題はありません。あとは明日の本番を待つだけです」


 学園祭実行委員に選抜された麗華さんが、クラスの皆にキビキビと指示を出していく。既に教室の模様替えは終わり、材料の買い出しも完了し、当日の振り分けも細部まで決定済みだ。机に突っ伏すように手をダラリと伸ばしたまま、椅子に腰かけて足をプラプラと揺らしているボクに、当日は自分と同じメイドを担当する美咲さんが、ソワソワしながら声をかけてくる。


「いよいよ明日だね。幸子ちゃんのメイド姿早く見たいな」

「ボクがメイド服着ても似合わないよ。がっかりするだけだよ?…って、あれだけ言ったのに、何でこうなるの?」


 ボクは顔だけ美咲さんのほうに向けながら重い溜息を吐いて、当初のことを思い出す。

 それは、味方は綾小路幸子の一人に対して、残りのクラス全員が敵となった絶望的な戦いだった。だが賛成多数でメイド服着用が決定しても、ボクは諦めなかった。普通サイズのメイド服なら従業員用の予備が余っている。

 しかし百三十センチの子供サイズは従業員の予備ではサイズがないので、特注を頼めば確実に予算オーバー。つまり無理ですという意見を出した。

 これで取り止めになるかと思えば、演劇部と手芸部が急きょタッグを組んで、学園祭までには絶対間に合わせるから!と、強引に意見を通された。そしてその瞬間にボクの敗北は決定したのだ。


「幸子ちゃんは、絶対に似合うから大丈夫だよ」


 なおも続く美咲さんの励ましがボクの心に刺さる。そして麗華さんのほうもそろそろ終わりそうだ。


「明日は招待制で外部のお客さんがやって来ます。お客さんもクラスの皆も、両者が楽しめるような、そんな素敵な催し物にしましょう。それでは、本日はこれで解散します」


 そう言って解散の合図を出し、クラスの皆がそれぞれの方向に散らばっていく。ここでいつまでも不貞腐れていても仕方ないので、美咲さんにボクたちも帰ろうと声をかける。すると、挨拶を終えた麗華さんがこちらに歩いて来た。


「でしたら、今日は私も一緒に帰ってもいいですか? ちゃんと車で二人を家まで送りますので」


 ボクたちは反対する理由もないので、黒塗りのリムジンに乗って三人で帰ることになった。

 柔らかな座席にお尻を沈めて次々と変わる窓の外の景色を眺めていると、麗華さんにしては珍しく不安そうな顔で話しかけてきた。


「今回の私が行っていた学園祭実行委員は、二人から見てきちんとやれていましたか?」

「うん、ボクたちクラスの皆を上手くまとめてたと思うよ」

「私もそう思うよ。皆がここまで一丸となって来れたのは、麗華ちゃんのおかげだよ」


 本当に細かなところまで気を配っている。クラスの皆もそんな麗華さんだからこそ、学園祭に向けて一生懸命になってくれたと思っている。しかしボクと美咲さんの励ましを聞いても、彼女の顔色は晴れなかった。


「そう言ってもらえると嬉しいです。実は大切な友達である二人に、打ち明けたいことがあるのですが、聞いてもらえますか?」


 ボクと美咲さんは、麗華さんの真剣な表情を受けてコクリと頷いた。ここ半年の間席が隣同士で、仲が良くてずっと一緒だった友達の相談を、聞かない理由はない。


「ありがとうございます。実は私、学園祭実行委員に選ばれたのもそうですが、その前からずっと不安に思っていたのです」


 今まで常に目標に向けて全力で取り組み、素晴らしい結果を出し続けていた麗華さんが、心の中で不安に思っていたとは、ボクは全く気づいていなかった。


「物心がつく前から私は、如月家の令嬢として厳しく育てられてきました。もっとも、これは月の名を名乗る家では珍しくないのですが。なかには葉月のように、重圧に耐えきれずに負けてしまう者もいます。しかし、彼はとある女性の助けもあり、再び戦う覚悟を決めたようですが」


 その辺りはお金持ちの家ゆえの悩みなのだろう。ボクが物心がついた頃には家が貧乏で、父が酒浸りだったため、半年ぐらい前まで年中無休の要介護生活だった気がする。

 そう考えると、ボクの家も別の意味で厳しい環境だったのでは…。しかし取りあえず今は、麗華さんの悩みに意識を集中することにする。


「私は如月の厳しい環境にも負けず、常に結果を出してきたつもりです。しかし時々思うのです。本当にこれは正しいのか。ちゃんと如月の令嬢に相応しい振る舞いを行えているのかと」


 麗華さんが重いため息を吐く。きっとボクには理解できない辛さがあるのだろう。


「ですが、学園に入学してからは二人のようなお友達もできて、すごく救われました。日常生活はもちろん、今回のような家族には相談し辛い悩みも、こうして聞いてもらえるのですから」


 そういって麗華さんはボクと美咲さんを見つめて、心の底から嬉しそうに笑う。


「これからも悩んだり不安になったら、二人に相談してもいいですか?」

「ボクでよければいつでも相談してよ! まっ…まあ、あんまり頼りにはならないと思うけどね!」

「私もいいよ! 何しろ悩みや愚痴を聞くのは、お店のお客さんで慣れてるしね!」


 それからボクたち三人はお互い大声で笑った後、車の中で最近の学園生活や家庭のこと、学園の外で見たことや聞いたこと、さらにはこれからの未来のことなどを、それぞれの家に着いて別れるまで、止むことなく話し続けたのだった。










 学園祭当日の一年一組の教室内で最後の打ち合わせを行い、皆は各自の仕事に別れた。ちなみに表の接客は午前はボク、美咲さん、神無月君。午後は麗華さん、葉月君となっている。もちろんそれ以外にも、表で接客する人や、裏方でお菓子や紅茶の準備をする人もいるが、主要メンバーはこのようなローテーションに割り振られている。


「綾小路さん! こちらの紅茶とカップケーキのセットを三番テーブルにお願い!」

「はーいっ! よろこんでーっ!」


 裏方さんの呼び出しに何処かの飲食店のような掛け声をあげて、ボクたちは休む暇もなく動き続けていた。


「次はコーヒーとクッキーのセットを、一番テーブルに! あと、クッキーの在庫がそろそろなくなるかも!」


 外からのお客さんは招待制でそこまで人数が多くないはずなのに、この混雑具合は何故なのか。各在庫はかなり多めに用意しておいたはずだが、昼前にも関わらず、もういくつかが底をつきかけていた。もちろん追加を買いに走らせてはいるが、まだ帰ってきてはいない。テーブル席も開店して一時間もしないうちから、ずっと満席状態だ。


「さっ…幸子ちゃん! 流石に…これはちょっと…異常だよ!」

「ボクもそう思う! 外からの人だけじゃなくて、学園の生徒も廊下に大勢並んでるし!」


 ボクと同じように目が回るような忙しさに疲れ、若干息を切らしながら美咲さんが悲鳴をあげる。もう一人の主要メンバーの神無月君の周囲には常に人だかりが出来ており、さらにはひっきりなしに指名が入っている。

 どうやら人気アイドルの彼が、今だけ特別に執事服姿で接客してくれるという情報が、何処からか広まったようだ。このままではクラスの皆が保ちそうにないので、ボクが考えたプランBへの変更が、満場一致で可決された。


「とにかく、神無月君には教室の入り口で待機! そしてお持ち帰り用のお菓子をにこやかな笑顔で手渡しする役に変更! クッキーの在庫は多めによろしく!」


 その場しのぎで考えた苦肉の策ながら計画は成功し、廊下に並んでいたお客さんは皆満足して帰っていった。人の波がようやく引いて、少しずつ店内のテーブル席に余裕が出来て一息ついていると、接客から戻ってきた美咲さんが話しかけてきた。


「ようやく一息つけたね。麗華ちゃんと葉月君にも携帯で伝えておいたから、午後からは大丈夫だと思うよ」


 確かに大丈夫だろうが、表情はにこやかでも心の中では冷たい風が吹き荒れる、美少女と美男子の二人による握手会場になるのが、簡単に想像できてしまう。ボクが色んな意味で午後からは大変そうだなと考えていると、教室の入り口から年配の夫婦らしきお客さんが、二人で入って来るのが見えた。


「あっ…またお客さんだね。私は今戻ってきたばかりだし、少し休憩させてもらうね。幸子ちゃん、よろしくね」


 そう言い終わると接客を任せて、美咲さんはカウンターの奥へと引っ込んでいった。ボクは二人の前にトテトテと歩いて行き、おかえりなさいませ。ご主人様と、マニュアル通りに挨拶で優雅に一礼を済ませると、年配の夫婦を空いているテーブル席へと案内する。


「娘の学園祭での様子を見に来たつもりだったが、どうやら留守のようだな」

「貴女が幸子ちゃんかしら? あら、ごめんなさい。綾小路さんのほうがいいかしら?」


 席についた夫婦がボクに気さくな態度で話しかけてきた。マニュアルではなくプライベートな会話なので、混乱しつつもどうしよう? と裏方のほうに視線を送ると、今はお客さんは少ないので相手してあげていいよと、合図を送られた。取りあえずお客さんの注文を取り、紅茶とコーヒー、そしてクッキーのセットを何故かボクの分まで頼んでくれた。その後テーブルに運んで、続けてボクも椅子に座る。


「はい、ボクが綾小路幸子です。あと、呼ばれ慣れているので、幸子で構いませんよ」


 何処の誰かは知らないが多分クラスメイトの父母だろうと思い、黙って付き合うことにする。そして改めてお客さんの二人をマジマジと観察すると、明らかに庶民とは違う雰囲気をまとっており、歳を重ねていながらシワが殆どない美形の夫婦だということがわかった。もっとも、この学園にはお金持ちは珍しくないのだが。


「ふふっ、よろしくね。幸子ちゃん。本当に娘に聞いてた通りで、可愛らしい女の子ね」

「ボクのことを知ってるんですか?」


 ボクは少し首を傾げながら、大人の色香が溢れる奥さんに向かって質問すると、目つきが鋭くナイスミドルな旦那さんが答えてくれた。


「文章や数値化した情報としてなら入学当初から知ってはいたが、娘の口から聞いたのは、昨日の夜がはじめてだな」


 その娘さんは一体どんなことを話したのか。旦那さんを見ると、口元が若干緩んでいることに気づいた。そしてボクの疑問に気づいた奥さんが、クスクスと笑いかけてくる。


「ふふっ、久しぶりに娘と話せて嬉しかったのよ。そもそも、あの子が自分の内心を私たち家族に打ち明けてくれたのは、いつ以来かしらね? ねえ貴方?」

「うっ、うむ、そうだな。格式の高いの家だから仕方ないとはいえ、物心がついてからは、内心を打ち明けられるのはもちろんだが。自分と妻も含めて、家族の会話すら殆どなかったように思えるな」


 どうやら思った以上に上流階級の家庭らしい。ボクが気軽に踏み込んでいい内容ではなさそうで、会話を挟める雰囲気でもないので、ひたすら相槌を打ちながら所在なさげに、自分の前に置かれた紅茶をチビチビといただく。


「それでね。今日ここに来た一番の目的だけど…」


 娘さんの様子を見に来たんですよね。最初に聞きましたよ。奥さんの言葉に心の中で答えて、手前のクッキーに手を伸ばす。


「幸子ちゃんに、どうしても一度直接会ってお礼が言いたくてね。はじめて二人で仕事をサボって、こうして学園に来たのよ」


 テーブルの上のクッキーに伸ばしかけた手が、残り数センチの距離で止まる。ついでにボクの思考も止まる。そして旦那さんがコホンと咳払いをし、奥さんと一緒に頭を下げる。


「幸子ちゃんのおかげで娘だけでなく、自分と妻も救われた。ありがとう」

「幸子ちゃん、本当に感謝してもしきれないわ」


 何が何だかわからない。ボクの混乱はますます深まっていく。しかし、このままではいけないということだけはわかる。


「いえいえ! その娘さんに何をしたのかは全くわかりませんけど! ボクはそんな大した人間じゃありませんから! 勘違いです! それか、誰か別の人と間違えていますよ! ええそうです! 絶対にボクじゃありません!」


 両手を前に出して首をブンブンと振り、全身で否定を表現する。しかし、二人は頭をあげて、あたふたとしているボクを微笑ましく見守るだけだ。


「いや、幸子ちゃんで間違いない。今の可愛らしい狼狽ぶりも、娘が話してくれた内容と完全に一致している」

「はぁ…何から何まで娘が言っていた通りね。今からでも幸子ちゃんを家に引き取るために、養子手続きを進めようかしら?」


 おかしい。ボクが否定すれば否定する程に深みに嵌っていく気がする。進むも地獄、退くも地獄。もはやこれまでかと諦めかけていたとき、ようやく麗華さんという救いの女神が助けに来てくれた。


「幸子ちゃん、あと十分でお昼です。ここは私が引き継ぎますから、奥に行って交代してください」


 ようやく助けが来たか。もう駄目から思ったよと胸を撫でおろし、ボクは麗華さんのほうに顔を向けると、何故か彼女は椅子に座って優雅に微笑んでいる夫婦を見て、あからさまに表情を引きつらせていた。


「お父様、お母様、何故学園祭にいるのですか? 昨日の夜の時点では、明日は重要な案件があるため、学園祭には来られないと、そう言っていましたよね?」


 今の会話で、二人が麗華さんの父と母で如月の当主様だということを理解した。御曹司や令嬢だけでもお腹いっぱいなのに、当主様とは。このままではボクの胃がストレスでどうにかなってしまいそうだ。


「コホン! そうだな。確かに昨夜の時点では、今日は重要な案件があった。だがしかし、この学園祭逃せば、私たち家族の仲を取り持ってくれた大切な友人である幸子ちゃんに、直接会って礼を言う機会は当分先になってしまうだろう。それに普段学園で、麗華がどのように過ごしているかも知りたかったしな」

「はぁ…お父様はそのために、案件に係る多くの部署を振り回したのですか?」


 狼狽えている自分の父親を見つめる麗華さんは、自分や友人のために行動してくた嬉しさと、しかしそのために多くの社員を振り回した呆れの混じる、複雑な表情をしていた。


「貴方、麗華の言うことは正しいわ。一先ずお礼は言えたのだから、今日はこれで失礼しましょう? 十年ぶりに娘の学園生活も見られたことですしね。 心配しなくても幸子ちゃんとは、また今度堂々と会えばいいじゃないですか」


 すると奥さんは椅子から立ち上がって旦那さんの肩に手を置いた後に、ボクに思わせぶりに視線を送り、ニッコリと笑いかけた。


「そうだな。確かにお礼だけでなく、娘の別の顔も見られた。収穫としては十分だな」

「ええ、それでは二人共、私たちはこれで失礼するわ。そうそう幸子ちゃん、また今度お礼を贈らせてもらうから、期待していてね」


 そう言い終わると、旦那さんも奥さんに続いて椅子から立ち上がり、ありがとう。なかなか美味しかったとボクたちにお礼を言い、夫婦二人で仲良く手を繋いだまま、教室から立ち去っていった。

 二人の姿が見えなくなると、麗華さんは大きく息を吸い込み、はぁ…と深く吐き出して心を落ち着かせ、何かを決めたようにボクの手を引いたまま裏方へと移動し、クラスの皆から少し離れた教室の隅の席に、幸子ちゃんはここに座るようにと指示をする。


「あの二人が私のお父様とお母様です。幸子ちゃん、何か失礼なことを言われませんでしたか?」

「失礼なことは言われてないよ? ただ、ボクが麗華さんの家族を仲直りさせてくれたって、すごく感謝されたけど」


 ボクの言葉を聞き、麗華さんは頭が痛いのか指先でこめかみを押さえながら、他の空いている席に腰を下ろす。


「ええ、まあ…昨夜までの如月家の関係は、かなりギスギスしていたのは事実です。それまでは私も必要最低限な報告しか返していませんでしたし、父と母の関係も冷え切っており、家族間での会話も殆どありませんでした」


 そう言うと麗華さんは制服のスカートのポケットに手を入れ、携帯電話を取り出して待ち受け画面をボクに見せる。そこには、夏休みに行った海旅行の帰りのキャンピングカーの中で、麗華さんの体に身を任せるようにして幸せそうに寝息を立てていたボクが映っていた。こうして自分の寝ている姿を見せられるのは、すごく恥ずかしかった。


「昨日、車で移動中に二人に相談したことで勇気が出た私は、夕食中、実に十年ぶりにお父様とお母様の二人に向かい合って真剣に悩みを打ち明けたのです」


 それが目の前の、まさか撮られていたとは思わなかった恥ずかしい写真とどう関係してくるのかわからないが、ボクは内心の動揺を表に出さずに黙って聞き役に徹することにした。


「娘の突然の告白に、二人は最初は驚き戸惑っていました。しかし、どうやらお父様とお母様も、お互い家族にどう接したらいいのかわからなかったらしくて。そのおかげで、私たちはようやく本当の家族に一歩近づけた気がしました」


 一般の家庭ならもっと早く仲良く出来たろうけど、家族の情と如月の事情の間で板挟みになって、親子の距離感を測りかねてたのだろうか。しかしまだ、写真の謎がわからないままだ。


「そしてお父様とお母様の口から、麗華は学園に入学してから見違える程明るくなったと言われ、普段の生活で二人は決して言葉しなかったものの、ちゃんと娘のことを見ていてくれたんだと嬉しくなりました」


 なるほど、無事に家族が仲直りできたようで何よりだ。やっぱりギスギスしてるよりも、仲がいいほうがいいからね。ボクはウンウンと頷く。


「そして、ここまで麗華を変えた原因は一体何なのかと聞かれたので、幸子ちゃんの待ち受け画面を二人に見せると、大いに驚かれました」

「うわあああああ! 麗華さん! それは駄目だよ! 絶対に何だこれは! 馬鹿にしてるのか!って怒られるよ!」


 ボクの写真なんか見せても、嘘つきや質の悪い冗談だと思われるのが関の山だろう。海水浴の写真なら他の皆にするべきだ。それならばきっと一目で納得してもらえるはずだ。というか普通なら婚約者である生徒会長なのに、何でボクなんですか。


「いえ、それが幸子ちゃん。二人はなるほど、この写真に映っている天使のような女の子なら、麗華が元気になるのも当然だと、数秒かからずに納得してもらえました」

「いやいやいや! こんなの絶対おかしいよ!」


 思いっきり動揺するボクとは違い、麗華さんはなおも淡々と話を続ける。何だかこれ以上聞いていると、かなりマズイことになりそうな予感がする。主にボクの心が。


「その後も、この子の写真はこれだけか? もっとないのか?と要求され、やはり親ですので娘としては断ることは難しく、渋々ながらいくかのメモリーを渡してしまいました。それでも半分以上は死守しましたが、幸子ちゃん、本当にごめんなさい。しかしおかげで家族仲が一歩ではなく百歩以上進み、夜が明けるとお父様とお母様がまるで新婚夫婦のように熱々に…」

「ああうん…それは別にいいよ。いや、本当はよくないんだけど…もういいよ」


 ボクは疲れきった顔でため息を吐く。取りあえず、ボクが家族の仲を取り持ったというのは間違いではないのだろう。しかもメモリーがいくつもあるって、一体彼女は、ボクを被写体にしてどれだけの数の写真を撮っているのだろうか。

 ようやく午後になったのだし、神無月君や美咲さんと一緒に他のクラスの催し物を見学して、一刻も早く現実逃避がしたいと、心からそう思っていた。話はもう終わりだろうと席を立つと、麗華さんが思い出したように口を開いた。


「そういえばお父様とお母様に渡した幸子ちゃんの写真ですが、今朝学園に出かける前には屋敷中の使用人に拡散されていましたよ」


 明日には何処まで広がるのか楽しみですねと嬉しそうに微笑む麗華さんを見て、ボクは恐怖のあまり腰から力が抜け、一度は立ち上がった椅子の上に再びストンと座り込むことになってしまったのだった。














 午後は美咲さんと神無月君に付き合ってもらい、各クラスや部活動を見学していた。ボクの恥ずかしい写真拡散事件の現実逃避のために果敢にやけ食いを行うが、子供体型のボク一人で食べるには量が多過ぎたため、結局は殆ど二人に食べてもらったが、何となくだがやりきった感を得ることができたので、これはこれで悪くない。

 クラスや部活は一通り回ったので次は何処に行こうかと考えていると、ボクから渡された醤油たこ焼きに爪楊枝を刺しながら、美咲さんが話しかけてきた。


「モグモグ…だったら体育館に行ってみようよ。確かクラスメイトでバンド部に入ってる子が、そろそろ演奏する時間だったはずだよ」


 他にいい案も出なかったので、ボクと美咲さんと神無月君の三人は、仲よく食べ歩きをしながら体育館に向かった。中に入ると座席は全て埋まっており、所々に立ち見をしている人の姿も見かける程、大混雑していた。

 しかし、肝心の舞台の幕はあがっているにも関わらず機材も何も置いておらず、もうすぐ演奏するはずのクラスメイトの姿も見えない。美咲さんも不審に思ったのか、舞台の裏側に回り込むように歩きながら、小声で話しかけてくる。


「学園祭も終盤だけあって、満員御礼で盛り上がってるね。でも、演奏がはじまる気配もないし、何かあったのかな?」


 ボクたち三人は見物客に当たらないように気をつけながら、ゆっくりと舞台の裏手に近づいていく。すると、学園祭の実行委員やバンドのメンバー、他にも一向に始まらない演奏に業を煮やした人たちが集まり、何かを言い争っていた。


「だからボーカル担当が今朝から喉を痛めてしまって、舞台に出られないのよ!」

「なら誰でもいいから、代役を立てればいいだろう!」

「知らない歌詞を完璧に覚えて歌える代役なんていないわよ! それとも演奏は振りだけで、録音を流せって言うわけ!?」

「おい! 演奏はいつはじまるんだよ! 皆待ってるんだぞ!」


 舞台裏の物陰から好奇心で成り行きを覗いていたボクたちは、何ともいえない居心地の悪さを感じ、早々にこの場から立ち去ろうと方向転換する。そこに代役を探しに行っていたクラスメイトのバンドメンバーが、ボクたちの後ろから小走りに戻ってきた。


「ごめん! 代役は見つからなかった…って、神無月君? そうだ! お願い! 私たちを助けてよ!」


 その女子生徒の声で、先程までいい争っていた人たちの視線が一斉に神無月君に集まる。


「確かに、有名アイドルの神無月君なら、代役も余裕で出来るかも!」

「そうだな。彼なら誰からも文句はないだろう! むしろ観客は大喜びだぞ!」

「適当にそれっぽく歌うだけでも絵になるし、何とかなりそうね!」

「皆を待たせたのは、サプライズ演出のためだという理由付けにもなるな!」


 まだ神無月君が受けるといってないのに、どんどんと話が進んでしまう。元々彼は大人しい性格なので、自分の意見を言い出しにくいのかもしれない。このまま口を挟まなければ、完全に出演が決定してしまう。


「あの! まだ神無月君が出るとは…」

「出ます。僕が出て舞台で歌います。ただし、一つだけ条件があります」


 ボクが一歩進んで口を出したら、横に立つ神無月君がそっと手で制して出演の意思を伝えてきた。引っ込み思案の彼がまさか自分から出たがるとは思わなかったので、少しびっくりしてしまう。しかし本人がやりたいのなら、ボクからはそれ以上何も言うことは出来ない。


「神無月君、本当に舞台で歌うの?」

「うん、僕頑張って歌うから。幸子ちゃんは客席で聞いてくれるかな」


 そう言っていつになくやる気に満ちている神無月君はボクたちと別れ、時間はあまり残されてはいないが演奏の練習を行うために、バンドのメンバーの人たちに向かって歩いて行く。まだ心配そうに彼の後ろ姿を見つめるボクに、花園さんが横からそっと声をかける。


「幸子ちゃん、心配なのはわかるけど、ここは神無月君を信じようよ。今は言う通りに客席に移動しよう?」


 そして校内放送で、十分後にサプライズゲストによるバンド部の演奏が行われると告げられた。ボクは内心の不安を誤魔化すようにコクリと頷くと、足早で観客席へと向かった。






 やがて舞台の幕が上がり、スポットライトが眩しく照らしドラムやギターなどの楽器を持ったバンドのメンバーの中央に、マイクを持って一人堂々と立っている神無月君の姿を見つける。


「おい、あれ…サプライズって神無月のことだったのか!」

「えっ嘘!? あのアイドルの? 生演奏を聞けるの?」

「おいおい、こんなの金をいくら積んでも見られねえぞ!?」

「まるで夢みたい! 生きててよかったわ!」


 結局ボクたち二人は、客席が全て埋まっていたため、最後列の辺りで立ったまま見物することになったが、神無月君はちゃんと見つけてくれたようで、お互いの視線が合うとニッコリと笑いかけてくれた。

 しばらく周囲はガヤガヤと騒がしかったが、ただ今からバンド部のオリジナル曲の演奏をはじめますという放送が流れると、喧騒はピタリと止み、皆揃って舞台の上の成り行きを見守る。ボクも両手ギュッと握り、手に汗を滲ませゴクリと生唾を飲み込み、神無月君の歌を聴き逃すまいと耳を澄ませる。


 聞こえてきたのはラブソングだった。あるとき一人の女の子に出会う。最初は特に何も思わなかったが、飼い猫を助けたことをきっかけにして、彼女に好意を抱く。しかし近くで見守るだけで満足し、思いを伝える決心がつかず、悶々とした日々を過ごす。そうして共に日々を過ごしていく間にも、彼女の素敵なところや素晴らしいところが明らかになり、どんどん好きになっていく。

 何とも甘く切ない恋物語だった。美しい声と込められた真に迫る感情に、不覚にも涙が溢れてしまった。やがて演奏は終わり、割れんばかりの拍手とアンコールの声が会場を埋め尽くす。ボクもまだ興奮冷めやらぬ表情で神無月君に拍手を送っていると、隣で一緒に見物していた美咲さんがポツリと呟いた。


「何というか、青春してるねー」


 その後、結局アンコールは行われずに、神無月君とバンド部の演奏は一曲だけで幕を閉じた。






 無事に演奏が終わったため、ボクと美咲さんは舞台裏の神無月君に会いに行った。バンド部のメンバーは機材を片付けに行ったのか、周囲にはボクたち三人以外は誰もいなかった。


「すごかったよ! 神無月君! ボク、あんな歌は今まで聞いたことないよ!」

「聞いたことがないのは、僕がこの場で考えた即興の曲だからね」


 どうやらあの歌は、即興のものらしい。しかしあんな曲をこの場ですぐ作り出せるとは、神無月君は本当にすごい人だ。まだ興奮状態のボクに、彼は少し照れながら話しかけてきた。


「それで、僕のオリジナル曲はどうだったかな? 少しは綾小路さんの心に響けばいいんだけど」

「うん! とても甘く切ないラブソングだったね! ボクもそんな素敵な恋がしてみたいって思っちゃうぐらいに! 歌の男の子に一途に想ってもらえる女の子は、きっと幸せ者だよね!」


 ボクの言葉を聞いて、何故か神無月君はがっくりとうなだれ、美咲さんは頭を抱える。


「幸子ちゃんはそういう純粋な子だから、神無月君も…その…まあ、頑張ってね」

「暖かい励ましをありがとう、佐々木さん。そういう何ごとにも真摯な綾小路だからこそ、今の僕の気持ちがあるのはわかってるつもりだし、頑張るよ」


 美咲さんと神無月君が、何かを確かめ合うように言葉を交わす。聞かれた通りに曲の感想を言ったはずなのに、この微妙な空気は何なのだろうか。そういえば、あの歌に出てきた女の子はボクに似ていたような気がするが、自分はそこまで一途に思われる程素敵な女性ではないので、きっと別人だろう。

 でも神無月君が片思いしてたとは思わなかった。一体その幸せ者は誰なのだろうか? かなり気になったが、彼に問いただすと顔を赤くして首をブンブンと振って、今は話せないと必死に弁明するので、今回は諦めることにする。もし相手が誰かわかったら、友達であるボクが全力で応援してあげるのに、本当に残念だ。





 その後、学園祭は予定通りに終わり、最後はクラスの皆と一年一組の教室に集まり、各自がお菓子やジュースが持ち寄り、麗華さんが締めの挨拶を行い乾杯した。この打ち上げを欠席した生徒は誰もいなかった。全員出席とは優秀である。

 思えば一組は他のクラスよりも、妙にまとまりがいい気がする。苛めもないし、決まった目標に向かって一致団結し、脇目も振らずにひた走る。かといって、皆が真面目なのかというと、そうでもない生徒もいる。成績もピンきりだ。

 まるで特定の誰かが、このクラスの皆をまとめているようだ。恐らく中心人物は麗華さんで間違いないだろう。今も彼女を中心に、人が集まっているのがいい証拠だ。

 ボクは手前にあるポッキーをかじりながら、今回も色々あったけど、何はともあれ学園祭が成功してよかったと、ホッと胸を撫でおろしたのだった。


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― 新着の感想 ―
[気になる点] 結構頑張って攻めた神無月君、結果はわりと地獄のような気がします [一言] 幸子かわいい
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