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九月 手紙

 一泊二日の旅行以外には夏休みに大きなイベントはなく。ボクは勉強やアルバイトのほぼ二択の毎日を過ごしていたら、やがて最終日を迎えて学園での二学期がはじまっていた。

 九月の上旬は多少浮ついた気持ち残っていたが、中旬にも入ればボクはいつも通りの生活に戻っていた。

 そんなある日のこと、ボクは美咲さんと一緒に登校し、自分の下駄箱を開けて上履きを取り出そうとしたときに一枚の手紙が入っていることに気づいた。


「こっ…これは、もしかして…」

「あれ? ラブレターじゃない?」


 震える手で手紙を持っているボクを横からヒョイと覗き見て、美咲さんがそのものズバリで答える。


「いやいや、このボクにラブレターなんて場違い過ぎるよ。美咲さんならわかるけど」

「あははっ、そうだね。確かに私は昔から何度か受け取ったり、告白されたことあるかな? 全部即決で断ったけど」


 何でもないよとばかりに軽く笑い飛ばす美咲さん。やはりモテる女は言うことが違う。

 いつまでも下駄箱で立ち止まっているわけにもいかないので、教室へ向かいながら話を続ける。


「しかし幸子ちゃんとは…ね。私と麗華さん、最近では花園さんも加わった、三重のバリアを越えてくる猛者がいるとは思わなかったよ」

「え? バリアって何なのそれ? ボク聞いてないよ?」


 何か納得したように、うんうんと頷いている美咲さん。


「別に知らなくてもいいことだからね。まあ簡単に言えば、色んな意味で無防備過ぎる天使の幸子ちゃんを狙う、不埒な輩から守るよ!…というバリアかな? ちなみに学園には非公式ながらファンクラブもあるらしいよ。私たちは入ってないけどね」

「やだ、何それ…怖い」


 自分の知らない間に、恐ろしい組織が作られていたとは知らなかった。ボクは思わず背筋が寒くなってしまう。


「幸子ちゃんには実害はないから大丈夫だよ。もし危険なファンクラブだったら、麗華さんが一番最初に潰してるからね。せいぜい遠くから見守るぐらいかな?」

「そういう問題じゃないような気がするけど、ああいや…もういいよ。考えたくない」


 二人で話しながら歩いていたら、いつの間にか一年一組の教室の前についていた。扉を開け、先に来ていたクラスメイトに挨拶して自分の席に座ると、下駄箱に入っていた手紙の封を切る。すると、前の席の麗華さんが気づいたのか声をかけてくる。


「あら、幸子ちゃん、その手紙は?」

「朝登校したらボクの下駄箱に入っていたので、これから読むつもりだよ」


 白い封筒の中身を慎重に取り出すと、ピンクの朝顔が押し花された可愛らしいハガキが入っていた。


「朝顔の花言葉は、はかない恋、または固い絆…でしたわね。まさか、玉砕覚悟ですの?」


 いつの間にか、美咲さんと麗華さんだけでなく、隣のクラスの花言葉に詳しい花園さんまで目の前に立っていたため、ボクはびっくりして、手に持ったハガキを落としそうになってしまう。


「なななっ…何で花園さんまでいるんですか!?」

「幸子ちゃんが手紙を受け取ったと聞いて、居ても立ってもいられなかったので、お邪魔させてもらいましたの!」


 この場にいるのが当然といわんばかりに、大きな胸を張って自信満々に答える花園さんを見ていると、それ以上何も言えなくなってしまう。それよりも今は手紙の内容のほうが重要だと考え直し、気にせず読み進めてみる。

 内容は、ボクに大切な話があるので、放課後の校舎裏に、綾小路さん一人だけで来てくださいということが、男性のような文字で書かれていた。ボクが読み終わってふぅ…と一息つくと、興味津々という感じで美咲さんが声をかけてくる。


「それで幸子ちゃんは、もし行った先で愛の告白だとしたら、どう返事するの?」

「え? 普通に断るよ? ボクは愛とか恋とかよくわからないし、何より知らない人から一方的に迫られるのは怖いからね」


 答えを聞いた麗華さんが、少し口元を緩めながら、ボクと美咲さんの会話に入ってくる。


「ならば、知ってる人からならば、受ける可能性があるということですか?」

「そうだね。愛とか恋はわからないけど、知ってる人で、それなりに親しければ、付き合うことを考えてもいいの…かな?」


 夏休みのお祭りで、大泣きしたように、美咲さんのように心の底から大切に思っている人もいる。しかしそれが恋愛なのか親愛なのか、それとももっと別の何かなのかは、自分でもわからない。


「はぁ…美咲さんが男の人だったらなぁ」

「ええっ! 幸子ちゃん! 急にどうしたの!」


 何となくポツリと呟いた言葉を、美咲さんに聞かれてしまったらしい。ボクは慌てて言い訳する。


「えっと、お祭りのときに美咲さんを馬鹿にされて、大泣きしちゃったじゃないですか。だからもし、罵倒されたのが同じぐらい親しい男性でも、ボクは泣き出しちゃうのかなと思って。それが恋心かはわからないけど、そういう人なら付き合ってもOKなのかなって」

「そうね。私も恋愛というものには詳しくはないけど、まずは手紙を送ってきた人物に好意を抱いているかどうかで、判断してみるのはどうかしら?」


 生徒会長の婚約者である麗華さんでも、恋心はわからない。本当に人の気持ちは複雑怪奇だ。皆が言うには、取りあえず会ってから考えればいいらしい。会わないことには始まらないとも言うが。

 ボクとしては中身が男なので最初は断るつもりだったのだが、三人の意見を聞いて、いつの間にかお試し期間として、場合によってはお友達になるのもありかも? という方針に流されてしまっていた。








 放課後、皆と教室で別れて手紙に書かれていた校舎裏に歩いて向かうと、先に来ていたらしい一人の男子生徒が、夕日を背に誰かを待っていた。少し浮ついた雰囲気だが遠目でもかなりの美形に見える。それでも月の方々には及ばないが。

 やがてボクが来たのに気づいたのか、彼は口の端に笑みを浮かべて、一歩ずつ近寄るボクに真正面から視線を向けてくる。そして数メートルの距離を開けて歩みを止め、こちらから質問する。


「ええと、この手紙をくれたのは貴方でいいのかな?」

「そうだ。俺が下駄箱に入れて、お前をここに呼び出した」


 どうやら人違いではないようなので、少しだけ安心する。それで呼び出した内容は…と、ボクが口を開く前に目の前の男子生徒は一方的に言い放ってきた。


「安心しろ、お前の気持ちはわかっている。 何しろこの俺、後藤冷夜を振る女など、この学園にはいないのだからな」

「あっあの…話が読めないんだけど…」


 普通に考えてここは、手紙を送った相手が好きだとか、愛してるとか言う場面ではないのだろうか?

 それなのに、目の前の男子生徒は、ボクの気持ちはわかっていると言い切った。こっちは彼のことは何一つ知らないのにも関わらずだ。いまだに混乱しているボクに、後藤君は舌打ちをして、またも一方的な会話を続ける。


「ちっ…察しの悪い女だな。だからこの俺の恋人にしてやると言ってるんだ。ただし、お前の友人である如月と花園と佐々木をいただくまでだがな。三人共かなりの上玉だから、その体を抱くときが今から楽しみだ。手篭めにして影から操れば、それ以上の利益も搾り取ることができるしな」


 開いた口が塞がらないとはこのことか。なおも言葉を続ける後藤君を見ていると、段々とボクの心が冷えていくのがわかった。

 どうやら三人のバリアを突破してボクに声をかけてきた男子生徒は、バリアに気づかず突撃して自滅するタイプらしい。


「せっかく使用人に頼んで書かせたんだ。せいぜい愛しい俺のために働くことだ。それでもお前の価値は送った手紙分がせいぜいだろうがな。 役に立たないのであれば、こんな乳臭いガキを恋人にするものか…!」


 一度冷えた心が今度はどんどんと熱く煮えたぎっていく。ボクの我慢の限界は、もうすぐそこまで迫ってきていた。


「ほらほらっ、わかったらさっさと、今言った三人の誰かをここに連れてこい」


 後藤君はこれ以上いうべきことはないと、強引に話を切り上げた。彼にはなくてもボクには言ってやりたいことがたくさんある。

 もしできることなら、グーパンチで澄ました顔を一発殴りたいところだ。しかしボクが行動を起こすよりも先に、背後から聞き覚えのある女子生徒の声が聞こえ、思わず振り返る。


「後藤君でしたか? 貴方の望み通り来てあげましたよ」


 そこには後藤君を腕を組んだまま睨みつける、麗華さんの姿があった。内心では怒り狂っているのは想像に難しくないが、あくまでも優雅に近寄っていき、やがてボクの隣まで来ると、そこでピタリと歩みを止める。


「それで? 貴方は私に何か用があるのではありませんか?」


 突然の登場に最初は動揺していた後藤君は、すぐに態度を戻し親しげな態度で麗華さんに話しかける。


「今さっき綾小路さんから俺に告白してきたので、了承して恋人になったんだ。そこで友達の如月さんも一言報告するのが筋だと思ってね」

「なるほど、幸子ちゃんから後藤君に告白…ね。それに如月…さん」


 麗華さんの周囲に漂う険悪感が大きくなってきたが、肝心の後藤君は気づかずに話を続ける。


「綾小路さんと友達なら、その恋人である俺も友達だろう? だからこれからよろしくと…」

「必要ありません」


 後藤君の言葉を麗華さんがバッサリと切り捨てる。


「貴方は幸子ちゃんの恋人には相応しくありません。もちろん私や美咲ちゃん、花園さんも同様です。なので、今後一切、私たちには近寄らないでください。ほら、幸子ちゃん、行きますよ」


 麗華さんが後藤君と同じように棒立ちになっているボクの手を引き、踵を返して立ち去ろうとする。


「ちょっ…ちょっと待てよ!」


 しかし納得出来なかったのか、後藤君は立ち去ろうとしていた麗華さんの肩をとっさに掴む。


「私、二度と近寄らないでくださいと言いましたよね?」


 麗華さんの全てを射殺すような冷たい目を受けて、後藤君は怯む。しかし、やがて何かを思いついたかのようにニヤリと笑うと、力の限り叫んだ。


「そうか! わかったぞ! 如月さんは俺が綾小路さんと恋人になったから嫉妬してるんだな? だったらコイツとは今すぐ別れてキミと恋人になってやる! 元々このガキがしつこく迫ってきたから嫌々恋人になってやったんだ! どうだ! これで満足だろう?」


 これでどうだ! と言わんばかりのドヤ顔の後藤君とは逆に、ボクと麗華さんの表情はより冷えていく。


「そろそろこの汚らわしい手を、離してもらいませんか? 離さないのなら…」


 もはや氷点下まで冷え切っている麗華さんは、いまだに肩を掴んだままの後藤君の手を取り胸ぐらにも掴みかかると、素早く後ろ足に払い、大外刈で彼を地面に叩きつけた。


「この先近寄らないでくれれば、私たち二人は今日のことは黙っていてあげます」


 受け身も取れずに投げられ、衝撃をもろに受けた後藤君は、体をくの字に曲げて苦しそうに呻く。


「それでは、私たちはこれで失礼しますね」


 地面に転がる彼から手を離してボクを引っ張ってこの場を去ろうとする麗華さんだが、数歩進んだところで何かを思い出したかのように立ち止まり、後藤君のほうにクルリと向きを変える。


「言い忘れましたが、私たち二人は黙っていますが、他の方々まで黙っているとは限りませんよ?」


 麗華さんの言葉が終わった瞬間一体今まで何処に隠れていたのか、一年から三年、男女バラバラの学園生徒が次々と現れ、視線だけをボクたちのほうに向けて背中を打った痛みのために、苦しそうに悶えている後藤君を目指して、ゆっくりと近づいていく。


「それでは、今度こそ本当にさようならですね」

「まっ…待ってく…ぎゃああああ!!!!」


 ボクは周囲の人たちのことを尋ねようとしたが、麗華さんに早くこの場から離れるようにと強引に手を引かれたため、その後に後藤君の身に何が起きたかはわからない。ただ彼は次の日から学園に来なくなり、数日後に遠くに転校したと知ったのは、数ヶ月たった後のことだった。


 次の日、いつも通りに教室に入った瞬間、いきなり一組のクラスメイト全員に囲まれてしまった。何でも昨日の後藤君との告白事件は、一部始終が全校生徒の知るところとなり、ボクの体の何処かに怪我か心が傷ついたのではないかと心配してくれたらしい。取りあえず、心も体も異常はないよと報告すると、皆一同にホッとした表情を浮かべた。


「そう言えば麗華さん、昨日見かけた大勢の生徒は何なんですか?」

「あれは幸子ちゃんの非公式ファンクラブの会員です。発足から数ヶ月で百人を越えたまでは把握していますが…。このクラスにも当然いるでしょうけど、聞いても誰がそうなのかは教えてくれませんよ」


 気になったので聞いてみたものの、知ってはいけない事実が明らかになっただけだった。

 ちなみにボクの告白現場周辺には最初は、麗華さん、美咲さん、花園さん、葉月君、神無月君、生徒会長のフルメンバーで監視する予定だったのだが、それでは目立ち過ぎるということで、問題起こったらすぐ携帯の通話ボタンを押すという条件で、麗華さんのみが近くに隠れて見守ることになったらしい。ボクは底知れない恐怖に身を震わせていると、美咲さんが残念そうに話しかけてくる。


「でも幸子ちゃん、本当に残念だったよね。もし相手があんな最低な男じゃなかったら、せっかく恋人ができるチャンスだったのにね」


 そうなのだろうか。ボクが恋人を欲しがっているのか、本当のところは自分でもわからない。女心は複雑なのだろう。ボクの場合は男心なのかもしれないが。


「そうなの…かな? 自分でも恋人が欲しいかどうかはわからないけど、もしボクなんかに本気で告白してくれる希少な人が現れたら、受けるにせよ断るにせよ、真剣に考えて返事をするよ。まっ…まあ、そんな人とは一生縁がないと思うけどね」


 中身が男で、十六歳にもなってこんな未成熟な体のボクに告白してくる人は、多分一生現れないだろう。

 しかし、やはり自分の恋バナを面と向かって話すのは恥ずかしいので、少し照れながら答えを返す。何やらウンウンと頷いて満足したのか、突然美咲さんがガバッと勢いよく飛びついてきた。


「やっぱり、それでこそ幸子ちゃんだよ! 無防備過ぎ! 大好き! 天使!」


 とっさのことで踏ん張りが効かずに、美咲さんに押し倒されそうになったところで、麗華さんが支えてくれた。


「麗華さん、ありがとう……え?」

「やはり、一家に一幸子ちゃんは欲しいですね。はぁ…癒やされます」


 麗華さんに支えられたと思ったら、思いっきり両手を腰に回されて、美咲さん共々抱きつかれてしまった。さらには隣のクラスから花園さんまで乱入してきた。


「何という羨まけしからんことをしていますの! わたくしも参加させてもらいますわ!」


 少し遠くで神無月君が顔を赤らめながらも、何となく混ざりたそうな顔をしており、葉月君は俺にもチャンスが?などと呟いていたが、誰一人として助けてくれる気配はない。

 結局授業のチャイムが鳴るまで、ボクは皆の置物役に徹したのであった。

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