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七月 旅行(6)

 別荘の朝食はバイキング形式だった。海産物を中心に和洋中と幅広く揃っており、ボクはサバの塩焼き、わかめとタコの味噌汁、だし巻き卵、ひじきとちりめんじゃこの煮物、白米を小盛りにしていただいた。

 しかしボクたち七人分にしては、用意された量がかなり多かったようだが、余ったものはどうするのだろうか。少し勿体なく感じた。

 皆も朝食を食べ終え、各自食後のコーヒーやお茶を飲んでリラックスしていると、生徒会長が本日の予定はどうするのかと切り出した。


「今日で皆との旅行も終わりだが、やりたいことの希望はあるか? ないなら、昨日と同じように海で遊んだ後に、そのままキャンピングカーでの帰宅となるが」


 コーヒーを飲んでいた葉月君が、おもむろにカップを置き意見を出した。


「俺は海で遊ぶ案でいいぜ。しかし、他にいい案があるなら、それに越したことはないな。そうだな…幸子ちゃんは何かないか?」

「うええっ! 意見なんてないよ! というか、毎度毎度! なっ何でボクなのさ!?」


 食後の緑茶を飲んでくつろいでいたボクは、突然でびっくりしたが口に含んだ分を吐き出さずに、慌てて飲み込む。そして美咲さんが自分の顎に人差し指を当てて、少し考えた後にボクの質問に答える。


「んー…幸子ちゃんは、何だかんだ言いながらも皆のことをちゃんと考えて、意見を出してくれるから…かな?」


 いつの間にか、皆は何かを期待するようにボクをじっと見つめていた。これは覚悟を決めるしかないようだ。ボクは仕方ないとため息を吐いて話しはじめる。


「一応意見は言ってみるけど、期待はしないでよ。ボクなら海はパスかな」

「あら意外ね。それは何故かしら?」


 麗華さんが興味津々といった感じで続きを求めてくる。


「海の水を洗い流すの結構面倒なんだよね。ギリギリの時間まで遊ぶと濡れた水着も持って帰らないといけないし。海に入らなければ昨日から干しっぱなしだし、帰る前には十分に乾くだろうしね」


 皆がボクの話を黙って聞いている。海が駄目な理由は言ったので、次は何がやりたいかを話すことにする。


「だからボクは海水浴ではなく、森林浴を提案するよ。別荘の裏に遊歩道があるのを初日に見つけたしね。お昼のお弁当は朝食の残りで代用出来るんじゃないかな」


 取りあえず出すべき意見は出したので、ボクはもう一度緑茶を一口いただく。ふと生徒会長を見ると、別荘の従業員らしい人と何かを話していた。


「遊歩道の先には、観光名所の大滝があるらしい。この辺りは、なだらかな丘なので傾斜も厳しくなく、ゆっくり歩いたとしても一時間程で辿り着ける。なので、そこまで疲れることはないだろう。昼の弁当に関しても朝食の残りを使えば、今すぐ用意できるとのことだ」


 そこで生徒会長が一呼吸おき、採決を取る。


「では、綾小路の意見でいいか? 他に何かあるようなら、遠慮なく言ってくれ」


 別の意見はなかったようで、一度解散した後に各自の支度が整い次第正面玄関に集合して、まとめてもらったお弁当を回収することになった。








 夏の日差しが木々の隙間から漏れ出て、ボクたちを照らす。林の中は思った以上に明るく、足下はしっかりと見える。

 しかし自分で提案した森林浴だが、普通に歩くのは少し辛いかもしれない。ボクは歩幅が小さく、あまり足が高くもあがらないので、油断すると横から伸びてきている木の根や、遊歩道を整えるたびに置かれた枕木などの段差に引っかかって、転びそうになってしまう。


「あの、綾小路さん大丈夫? 僕、荷物持ってあげるよ」


 神無月君が心配そうに見ているが自分で言った手前、そうそう他人に迷惑をかけるわけにはいけない。


「おいおい幸子ちゃん、ここは世話になっておけよ。万が一にでも転んだら目も当てられないぜ?」


 確かに今はまだいいが、転んで怪我をしてしまったら皆に迷惑がかかってしまうだろう。


「神無月君、ごめんね。荷物頼めるかな?」

「うん、大丈夫だよ。綾小路さん、頼ってくれてありがとう」


 持ってきたお弁当と水筒の入った子供用リュックを、神無月君に渡す。これでかなり身軽になったため、先程よりも楽に歩けるようになった。


「しかし、色んな動物の気配がします。何がいるのかしら?」

「この辺りなら、鹿や猪、イタチや狸や狐、野ウサギやハクビシンですわね。まさかクマは出ないと思いたいですわ」


 周囲を見渡す麗華さんと花園さんに、生徒会長が言葉を続ける。


「安心しろ。藪をつついて蛇を出そうとクマを出そうと、後ろからついてきている睦月家のボディーガードたちが何とかするだろう。…多分な」


 生身の人間が、野生のクマ相手に大立ち回りとか考えたくない。もしそうなったら、ボディーガードの皆さんは大丈夫なのだろうか。そんなことを考えながら、軽くなった体で木漏れ日の遊歩道を先へ先へと進んで行くと、やがて先頭を歩いていた美咲さんが、ふと足を止めた。


「んー…何処からか水の流れる音が聞こえるね。目的地が近いのかな?」


 美咲さんに習ってボクも耳を澄ませてみる。微かにだが水の音が聞こえた気がする。そのまま数分ほど歩くと、林の中から少し開けた場所に出て、岩の上から流れ落ちる大きな滝に辿り着いた。

 上から流れ落ちた水が下の泉に溜まり、より低いほうに流れて川になり、海に向かって行くのがはっきりと見てわかった。思った以上の大きさに、ボクは思わず感嘆の声を漏らす。


「おお…これが大滝か」

「確かに、なかなか見応えがあるね」


 美咲さんも横でウンウンと頷き、素直に素晴らしいと同意を示す。後ろの人たちから、滝といえばイグアス、ヴィクトリア、ナイアガラなどの話題で盛り上がっている声が聞こえたが、無視することにした。

 そして目的地に着いたので流れ落ちる滝から少し離れて、シートを広げてお弁当を食べる。具材は朝の残り物だが、おにぎりやサンドイッチとして一工夫してあったので、どれも美味しくいただくことができた。


「森林や滝からマイナスイオンが出てるからか、お弁当がとても美味しいよ」

「そうですね。幸子ちゃんと食べるご飯は、何でも美味しくなりますよ」


 おにぎりをパクつきながらのボクの言葉に、サンドイッチを片手に持ちながら、麗華さんが同意してくれた。

 しかし、その理屈だとボクはマイナスイオン発生装置か何かになってしまうような? 他の皆もお弁当を食べながら目の前の流れ落ちる滝を眺めて、静かでのんびりとした、今回の旅行の最後の時間を過ごした。


 その後ボクたちは森林浴から別荘に歩いて戻り、帰り支度を済ませてからもう一度お風呂に入り、窓から見えるプライベートビーチの最後の景色を目に焼きつけた。そして時間になったので、皆で生徒会長の特注キャンピングカーに乗り込み、帰りに高速道路のサービスエリアに寄ってもらい、真央さんとご近所の人たち、そして佐々木食堂の主人と奥さんのお土産を買って車に戻る。しかしその後に車の中でいつの間にか眠ってしまったらしく、気づいたら自分の部屋の布団で目が覚めた。

 こうして、ボクたちの一泊二日の海旅行は終わったのだった。

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