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七月 旅行(5)

 出店は金魚すくい、ヨーヨー釣り、射的、輪投げ、食べ物なら焼きそば、チョコバナナ、たこ焼き、イカ焼き、りんご飴、クレープなど、たくさんの種類が並んでいた。

 途中ボクが物欲しそうに売り物のチョコバナナを眺めていたら、おじさんが店の前で食べることを条件に、一番大きいのをタダでくれた。子供体型は得だなと思って素直に喜んだが、美咲さんが幸子ちゃん…それ絶対子供だからじゃないよ。ある意味なら正しいんだけどねと、神妙な顔で言葉をかけてきた。

 射的や輪投げなどにも挑戦してみたが、ボクはことごとく狙いを外してしまい、展示された商品は一つも取れず、残念賞のみとなった。

 しかし、ボク以外の三人は皆運動神経抜群で、次々と店の商品を手に入れておじさんを震えあがらせていた。しかし取った商品は、何故か全てをボクに渡してきたので、こんなに持ちきれないし困るので返しますと、お菓子を一つか二つだけもらっておじさんに返したら、泣いて感謝された。


 それからも、適当にぶらつきながら、たこ焼きやイカ焼き、焼きそばなどを買っては、皆で分け合って少しずつ食べた。そろそろいい時間なので花火を見に行こうとして、クルリと向きを変えて後ろを見たら、目の前に地元の女子学生らしき三人組が立っていた。


「うわっ、近くで見るとますますイケメンね。そこの女と別れて、私たちと一緒に遊びましょう?」

「ねえねえ、貴方たちのこと、さっきから見てたけど、この辺の人じゃないよね? 何処から来たの?」

「これから打ち上げ花火なんだけど、アタシたちいい場所知ってるの。一緒に来ない?」


 この状況で声をかけてくる人物は、心臓に毛が生えているか頭がアレなのかの、どちらかぐらいだと思うのだが。先程まで楽しそうにしていた神無月君と葉月君の表情が、みるみる嫌悪に変わっていく。

 それに気づかないのか女子学生の集団は、まるでマシンガンのように言葉を発し続けた。


「うん、やっぱりそこの芋っぽい女よりも私のほうが断然美人だわ。比べるまでもないわ。ということで、キミたちはこっちね」

「あれ? 有名アイドルすごく似てるじゃない。何だかますます興味がでてきたわ。やっぱりそっちの女二人は邪魔ね。貴女たち、早く消えさいよ」

「そうそう、そっちの地味系女と妹さんはここでお別れよ。彼らはこれからアタシたちと大人の時間を過ごすんだからね」


 こちらが口をつぐんでいると女子学生の三人から、明らかにこちらを見下す発言が聞こえる。流石にこれは見逃せない。ボクのことは悪口を言われてもいい。

 でも美咲さんだけ駄目だ。我慢の限界になり、震えながらも一歩進み出ると集団相手に一喝する。


「さっきから黙って聞いてれば言いたい放題! ボクのことはどれだけ悪く言ってもいいよ! でも、美咲さんの悪口は取り消してよ! 彼女は笑うととっても可愛いんだよ! それに、いつもボクのことを気遣ってくれて! 今までもいっぱい助けてもらってるし! 一番最初にできた、たっ…大切な友達なん…だか…らぁ!」


 気づけばボクは、まるで子供の癇癪のように一方的に喚き散らしてしまう。もはや感情も言葉も上手く制御できずに、何とか我慢しようとしても、大粒の涙が次から次へとこぼれ落ちては地面を濡らしてしまう。


「ちょっと…何あの子…? 頭おかしいんじゃない?」

「妹さんのことは何も言ってないのに、逆ギレとか信じられないわ。教育がなってないわね」

「何よ。アタシたちが悪いって言うの? 言いがかりも甚だしいわね」


 女子学生三人組は、多少は怯んだもののまだ諦めていないらしく、こちらを蔑む言葉を続けようとする。

 しかし、彼女たちが口を開くよりも先に、葉月君と神無月君がボクの前に立ち塞がり、美咲さんが横に屈んでそっと頭を撫でる。


「うんうん、私のために怒ってくれたんだよね。ありがとう。幸子ちゃんは本当に優しい子だね。でも、あんまり無理しちゃ駄目だよ?」


 美咲さんに頭を撫でられて安心したのか、少しずつ感情が落ち着いてきたが、まだ涙目のままエグエグと鼻をすすってしまう。

 前に立った男性二人はボクが落ち着いたのを見て安堵し、次に前方で怯む女学生たちに、怒気を込めた視線で容赦なく射抜いて決別の言葉を投げつける。


「俺の友達をあまり苛めないでやってくれるか? それでもお前たちが、これ以上続けるっていうなら、…わかるよな?」

「僕は貴女たちのことが嫌いです。正直なところ、顔も見たくないですね。早く何処かに行ってくれませんか?」


 彼女たちはしばらく言われた意味がわからなかったのか、最初は呆然としていたが、やがて理解して、血の気が引いたような青い顔に変わる。


「私はあまり怒ったことはないんだけど、そろそろ周りのこと気にしたほうがいいと思うよ? 貴女たち、明日から地元で有名人になれて嬉しいでしょう?」


 周囲には遠巻きながら、女子学生三人組を明らかに冷たい目で見る数多くの参拝客の姿があった。片方は今なお泣き続けている見た目は小さな女の子と、それを守る三人、もう片方は泣かせた原因を作り、今なお罵ろうとする三人、他の参拝客からどのように見られるかは想像に難しくない。

 やがて自分たちの立場の悪さに気づいたのか、女学生は一言も口を開かずに、ボクたちの前から足早に逃げ去っていった。しばらくの間、この辺りでは彼女たちを中心に色々な噂が流れることになるだろう。


「幸子ちゃん、これ私のハンカチだけど、使ってよ」

「みざぎざん…あっ…ありがど…」


 涙はようやく止まったものの、鼻声から元に戻らないため、この場は遠慮なく使わせてもらう。


「まだ本調子じゃないんだろ? ほら、おぶってやるから背中に乗れよ」


 葉月君が背中を向けて、ボクの前にしゃがみ込む。少しふらつくが何とか歩くことはできるので、それは流石に悪いんじゃないかと迷っていると、神無月君が後押ししてくる。


「今の僕たちは色んな意味で注目の的ですから、あちらの三人と早めに合流したほうがいいですし、ここは甘えたらどうですか?」


 覚悟を決めてボクは葉月君の首にオズオズと手を回し、全身を預ける。美咲さんにもおぶってもらったことはあるが、それよりも一回り以上大きな背中だった。


「よっと、幸子ちゃん軽いな。ちゃんと毎日飯食べてるのか?」


 葉月君が立ち上がり、ボクの視界が急に高くなる。普段は一三〇センチの高さなので、これにはかなりびっくりする。


「うわわっ! たっ高い! ええと、ご飯なら朝昼晩と毎食食べてるよ。…数ヶ月前からだけど」


 ゆっくりと歩きはじめた葉月君に、美咲さんと神無月君が後に続く。いつの間にか辺りはすっかり暗くなっていた。そして突然、ドーンという音と共に夜空に大きな花が咲いた。


「あちゃー、花火はじまっちゃったね。間に合わなくて残念」


 美咲さんは大して残念そうには感じさせない、いつも通りの優しげな口調で呟く。ボクたちは周りの見物客と同じように、海沿いの夜空に次々と咲く花火を見ながら、集合場所を目指してのんびりと歩いていた。


「別に花火は何処から見上げても綺麗ですからね。こうやって皆と一緒に歩きながらもいいものですよ」


 神無月君も一緒に歩きながら、心底楽しそうに誰に話しかけるわけでもなく独り言のように呟く。すると葉月君が、おぶっているボクの様子を気にかけてきた。


「何だ? 幸子ちゃん、眠いのか? 無理もない。今日は色んなことがあったからな」


 確かに今日は本当に色んなことがあった。海でめいっぱい遊んだうえに、一日中歩き通しで、何より先程の大泣きで緊張感が緩み、一気に疲れが出てしまったようだ。


「んー…ちょっと眠いかも。葉月君、迷惑かけてごめんね」


 すると葉月君は軽く笑い、眠気で力が入らずに体がずり落ちつつあるボクの姿勢を正しながら、言葉をかけてくる。


「別に迷惑なんて思ってないから、眠いなら寝てもいいぜ。ああ…しかし、本当に綺麗だな」


 その一言に安心したのか、ボクはウツラウツラと船を漕ぐように、葉月君の広い背中に身を任せて、今まさに眠りに落ちかけていた。


「んー…そうだね。花火…綺麗だよ…ね」


 その発言を最後に、ボクは夢の世界に旅立ったのだ。


「いや、綺麗って言ったのは花火じゃなくて幸子ちゃんの…って、このタイミングで寝るのかよ!」


 そしてボクは葉月君におぶさったまま、意識は何処までも深く沈んでいき、夜が明けるまで決して目覚めることはなかったのだった。














 次の日、まだ外は薄暗い早朝に、いつの間にか帰ってきた覚えのない女子部屋の床に敷かれた布団で寝かされていたボクは、どうしてこんなことにと昨日の最後の記憶を手繰り寄せる。しばらく考えた後、葉月君の背中におぶさって花火を見ながら眠ってしまったことを思い出した。

 今のボクはサンドイッチの具のように、麗華さんと花園さんに両側から抱きつかれるようにして寝ていたため、二人を起こさないように柔肉の包囲網から慎重に脱出し、着替えとお風呂セットを持ってそっと部屋を出た。窓の外を見ると海沿いに僅かに朝日が覗いていて、とても幻想的に見えた。ボクはそのまま女風呂の脱衣所まで歩いて行き、汗を吸った服を脱ぐと、タオルを片手に浴槽へ続く引き戸を開ける。


「あっ、幸子ちゃんも朝風呂? 早起きだね」


 そこには女子部屋には居なかった美咲さんが先に浴槽に浸かっていて、リラックスしながら話しかけてきた。


「美咲さんも早いですね」

「私はお店の朝の仕込みで、たまに早起きするからね。習慣ってやつかな?」


 シャワーの前に座り蛇口をひねると、すぐに温かなお湯が出て髪を濡らす。そのまま目の前に置いてある睦月グループの用意した洗髪剤を手の平に垂らし、ワシャワシャと洗いはじめる。そういえばと、ボクは美咲さんに背中を向けながら、昨日眠ってしまった後にどんなことがあったのかと聞いてみた。


「そうそう、集合場所についたけど大変だったよ。幸子ちゃんの身に起こったことを麗華ちゃんと花園さんが知って、ガチギレしちゃってね。本当になだめるのが大変だったよ。こういう役は幸子ちゃんの担当だから、私向きじゃないんだよね」


 髪を洗らい終わったので、次はボディソープをタオルに垂らす。


「それから葉月君が幸子ちゃんをおぶったまま、皆よりも一足先に別荘まで歩いて帰ったんだよ。でも男性一人だと女子部屋には入れないから、私も一緒に行ったんだよ」

「ごめんね。ボクのせいでせっかくの花火が見れなくなっちゃって」

「気にしなくていいよ。私も色々あって疲れてたし、それに別荘からでも花火は見られたしね。何より友達の役に立てて、むしろ嬉しいぐらいだよ」


 ボディソープの染み込んだタオルで全身をくまなく洗い終わり、シャワーで念入りに洗い流す。


「もし気になるなら、葉月君にもお礼を言えばいいよ。それじゃ、私はのぼせそうだから先に出るね」

「うん、美咲さんもどうもありがとう。じゃあ、またね」


 浴槽から上がる美咲さんと入れ替わり、昨日の疲れを落とすように、ボクはお湯の中にゆっくりと身を沈めていく。

 昨日の夜の分も浸かろうと思ったために、結局かなりの長風呂になってしまい、少しのぼせながら脱衣所で体を拭いて女子部屋に戻ろうと廊下を歩いていると、目の前から葉月君が歩いてくるのが見えた。


「葉月君、昨日は迷惑かけてごめんね。それと、おぶってくれてありがとう」

「気にしなくていいぜ。昨日は色々あったが、俺も楽しかったしな」


 ボクの謝罪に、葉月君はにこやかに笑いながら返事を返してくれた。


「そっか、葉月君は今からお風呂?」

「幸子ちゃんは……うん、髪…濡れてるし風呂…入ってきたんだな」


 気のせいか葉月君はボクのほうをチラチラと見ては目線をそらし、顔も少しだけ赤くなっている気がする。


「どうしたの? 何か様子がおかしいけど」

「いっいや、何でもないんだ。気にしないでくれ。それじゃ、俺は風呂入ってくるから」


 そう言って、葉月君は視線を合わさずに、男子風呂に向かって早足で歩いて行った。何かあったのだろうか。しかし本人が気にしないでくれと言った以上、すぐにいつも通りに戻るのだろう。多少疑問は残ったものの、ボクは僅かに濡れた髪をタオルで拭き、首を傾げながら女子部屋に向かったのだった。

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