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七月 旅行(4)

 お昼ごはんを食べにビーチパラソルの近くまで戻ってきたボクたちの前には、既に肉や野菜がきちんと切り揃えて皿に盛られていた。さらには金網がかけられたバーベキューの台が準備されており、中には赤々とした炭がパチパチと火花を散らしている。


「よかった。バーベキューは普通みたい」

「そうだね幸子ちゃん、私も少しだけホッとしたよ」


 朝から色々と庶民の感覚で規格外の物を見せられてきたボクと美咲さんは、互いにガッチリと手と手を取り合い、喜びを分かち合う。


「あら、このお肉はA五ですね。必ずしも美味とは限りませんが、健二が用意したのなら、味は確かでしょうね」


 盛られたお皿に顔を近づけ、ポツリと呟いた麗華さんに、ボクと美咲さんは再び絶望に突き落とされる。


「お野菜もこの日のために各特産地から急きょ取り寄せましたのよ。もちろん、品質や鮮度管理もバッチリですわ。農業系ならわたくし、花園グループにお任せですわよ」

「それは期待できそうだね。二人はまだ戻って来ないけど、一足早くいただいちゃおうか」


 花園さんの追撃を受けて轟沈寸前のボクと美咲さんは、庶民の友情を確かめ合うように子鹿のように震えながら抱き合い、神無月君によって熱い金網の上に一枚いくらの肉と野菜を並べられていくのを、遠巻きに見守ることしかできなかったのだ。






 焼きあがったA五のお肉は、睦月グループがこの日のために選び抜いただけあって、とても美味しかった。軽く噛むだけで口の中でほぐれて、肉の旨味がじんわりと広がっていくのだ。付け合せのタレは、市販の黄金系とかではなく、独自のブレンドで作られたらしく、甘辛、柚子、塩など多種多様の中から選べるタイプだ。少し焦げた野菜も噛むと甘みがにじみ出て、そこにタレの味と合わせるといくらでも食べられそうだ。


「麗華、遅れて悪かったな。んっ? もうはじまっていたか」

「何だよ。俺たちが最後かよ。それじゃ肉食おうぜ。肉をよお」


 海から帰ってきたばかりなのか二人の体には水が滴っており、それが爽やかなイケメンと真夏の日差しの効果で光り輝いて見えるため、かなり眩しい。

 ボクが直視できずに思わず目を逸らしていると、生徒会長の持っている取り皿を麗華さんが無言で取りあげ、ちょうどよく焼けた野菜と肉をいくつか乗せて、また生徒会長に返す。


「ありがとう麗華。これは…美味いな」


 余程お腹が空いているのか、皿に乗せられた肉と野菜を美味しそうに食べる生徒会長。それを黙って眺めている麗華さんは、何となく嬉しそうに見える。

 ボクは少し羨ましそうに二人を様子を観察していると、自分の取り皿に山ほどお肉を乗せた葉月君が、声をかけてきた。


「幸子ちゃん、もう食わないのか? 駄目だぜ。そんなんじゃ大きくなれねえぜ?」


 ボクは百三十センチという小さな体なので、育ち盛りといってもそれ程多くの食べ物は入らない。


「…大きくなる?」


 ふと、麗華さんと花園さんの一部分をマジマジと見つめ、次にボクは真下に視線を向ける。そこにはやはり何もなかった。小山でも丘でもなく、水泳の授業のときと何も変わらない。見渡す限りの平原が広がっていた。


「だっ大丈夫だよ! 僕は綾小路さんが相手なら、胸の大きさなんて関係なく好き……あっ! えっと…!」

「変なこと言ってすまん、幸子ちゃん。栄養不足は解消されたんだ。焦らなくてもそのうち大きくなると思うぜ。あと、最近あるクラスメイトを見て知ったんだが、女の魅力は胸の大きさじゃなくて、心こそ大切だと思うぜ」


 ボクは取り皿を横のテーブルに置いて、自分の胸を水着の上からペタペタと手で触れて大きさを確認することに忙しく、殆ど聞こえなかったが、神無月君と葉月君がフォローしてくれたようなので笑顔でお礼を返す。


「神無月君、葉月君、ありがとう。おかげで、ちょっとだけ元気がでたよ」

「うっうん、綾小路さんの助けになれてよかったよ」

「そうだな。やっぱり幸子ちゃんは笑ってる顔が一番可愛…ゴホンっゴホンっ!」


 まあ彼らはイケメンなので女の子の機嫌を取るぐらいお手の物だろう。その証拠にこのボクでさえ、今のフォローを受けてちょっとドキリとして、頬が少しだけ赤くなってしまった。中身は男なのにも関わらずにこの反応だ。

 最近自分の中の価値観が大きく変わってきている気がする。ボクはそんな内心の動揺を隠すように、とっさに二人から目を逸らしてしまう。それを見ていたのか、噛んでいたお肉を飲み込んだ美咲さんが、呆れながら口を開いた。


「それは駄目だよ。幸子ちゃん、やっぱりその笑顔は反則過ぎるよ」


 その後、小さな体のボクはあまり量は食べれなかったが、皆と一緒の楽しいバーベキューが終わり、午後からはどうしようかという話になった。


「俺は午前中は行蔵に散々付き合わされたからな。少しのんびりするつもりだ。皆は好きに遊ぶといい」


 生徒会長の言葉を受けて、それならばと麗華さんが答える。


「でしたら、今日はこの近くの神社で地元のお祭りがあるらしいので、少し休んだあとに、皆でそちらにお邪魔させてもらうというのはどうでしょう?」

「なるほどな。俺も麗華の意見に賛成だ。それぞれ休憩するなり準備をするなり自由に過ごし、四時に玄関ホールに集まる流れでいいか?」


 皆からは特に反対意見は出ずに、その場は解散となった。ボクは海水浴に来たのにまだ海に入ってないことを思い出し、浅瀬で少しだけ泳いだり、砂浜でトンネルを作ったりして遊んでいた。もちろんボクの保護者を自称する女性陣三人も同伴済みだ。


「海の水ってやっぱりしょっぱいね」

「お盆のあとはクラゲが多いって聞くけど、家もクラゲ料理を用意したほうがいいのかな」

「睦月家が管理している土地だけあって、綺麗な海ですね。底が透き通って見えます」

「綾小路さんは、本当に泳げるようになりましたのね。少しだけ残念ですわ」


 確かに泳げるようになったが、花園さんがせっかく子供用の浮き輪を用意してくれたので、中央に体を通してバタ足で海を泳ぐことにした。

 海の女性陣だけでなく、陸の男性陣や監視のボティーガードに至るまで、ボクが浮き輪を使って無邪気に泳ぐ姿に、何とも微笑ましいものを見守るような視線が送られている気がするが全力でスルーして、せっかくの海なのだからと心ゆくまで満喫する。


 その後、少し疲れたので砂浜に上がり今度は波打ち際で砂山を作ることにする。すると、同じようにひと泳ぎしてきた美咲さんも近くに来て、手伝うよと言ってくれたので、二人で周囲の砂をこんもりと山になるように集めはじめる。


「よし、あとはトンネルを通して完成かな?」

「じゃあ私はこっちから掘るね」


 両側から砂を掘り、反対側の美咲さんの指に触れたので、無事にトンネルが開通して満足したボクは、ふと隣を見たら麗華さんと花園さんが砂で立派なお城を作っていることに気づいた。一体これは何なのかと気になったので、二人に尋ねてみる。


「あの、二人共…何作ってるの?」

「幸子ちゃん城です」

「綾小路さんのお城ですわ」


 某夢のテーマパークにあるお城をさらに絢爛豪華にしたような砂のお城は、どうやらボクのマイホームらしい。個人的には今住んでる一軒家で十分なので、遠慮させてもらいたいのですが。

 凄まじい集中力で細部までこだわり抜いた砂のお城が完成し、二人も満足したのか、そろそろ祭りに行くための準備をすることにした。








 海の香りをしっかりと洗い落とし、ボクたちが別荘の女子部屋に戻ってきたら、机の上にはシワを伸ばしたうえにきちんと畳まれた、四人分の涼し気な花柄の浴衣が用意されていた。


「おっ…おぅ…当然ボクの分もあるのね」

「うん、何となくそんな気はしてたよ」


 今日一日で驚き疲れたボクと美咲さんは、己の運命を受け入れるように大きくため息をついた。





 少しだけお茶を飲んだりお茶菓子をいただいたりしながら皆それぞれが一休みし、やがて時間が近づいてきたため、着替えを終えて玄関ホールに向かう。遠目でも男性陣は皆、紺や黒の浴衣を着ているのがわかった。


「よし、全員揃ったな。集合時間には少し早いが、まあいいだろう。これから少し歩きになるが、大丈夫か?」


 いつものように生徒会長が、これから目的地の神社まで歩きになることを、ボクのほうを見ながら説明する。確かに歩幅が小さいから歩くのが遅いうえに体力もなく、さらには慣れない祭り用の雪駄なので、もし一番に脱落するとしたら確実にボクだろう。


「まっ心配するなって、もし幸子ちゃんが歩けなくなったら、俺がいつでもおぶってやるからよ」


 葉月君がニッコリと笑い飛ばしながら、自信満々に答える。あまり人に迷惑はかけたくないが、ここでボクがグダグダいえば、ずっとギクシャクしたままでお祭りに行くことになってしまう。


「それじゃ葉月君、なるべく頑張って歩くつもりだけど、もしものときはよろしく頼むよ」

「おう、気にするな。大船に乗った気持ちで任せていいぜ」


 葉月君に向かってペコリと頭を下げると、大したことじゃないからと軽快に笑いながら、ボクの頭をクシャクシャと乱暴に撫でてくる。不覚にも、彼のことをちょっと格好いいなと思ってしまった。






 まだ明るい海沿いの堤防道路を皆で適当に並びながら神社に向かって歩く。景色を楽しみ取り留めのない話をし、たまに通りがかりのお店に何となく立ち寄り、潮風の匂いを感じながら、知らない道を男女七人でゆっくりと進んで行く。

 ときどき車や地元の人がすれ違うたびに、必ず振り返ってボクたちを二度見していった。

 正確にはボク以外の皆だろうが。美少女が三人、そして美男子も三人、他の人たちよりも明らかにレベルが高い。男性女性に関わらず、周囲の視線を集めずにはいられないのだろう。

 やがて夕日が海に沈みかけた頃、小高い丘の上に建てられた神社の前に辿り着いた。まだ境内に入っていないが、多くの出店が立ち並び、既に参拝客も大勢集まっていた。


「おおー…思ってたよりも人も出店もたくさんだ」


 実際に見に来るまで、どのぐらいの規模なのか不明だったが、予想よりも大きなお祭りらしい。宴の熱気に当てられたのか、心なしワクワクしてくる。しかしそこでボクは重大な事実に気づき、次の瞬間一気に落ち込んでしまう。


「あっ…でも、お金はお土産代ぐらいしか用意してなかった」


 佐々木食堂のバイト代のほぼ全てを、日々の生活費と貯金に入れている以上、多少の手持ちはあるものの、祭りとはいえ、そう簡単に財布の紐を緩めるわけにはいかない。

 仕方ないので今日のところは、祭りの雰囲気だけでも味わって帰ろうかなと、一人で考えていると、皆から怒涛の集中砲火を受けることになった。


「幸子ちゃんの分は、全部私のおごりだからお金は必要ないよ」

「幸子ちゃんは私のモノです。つまり、私が幸子ちゃんのためにお金を出すのは当然です」

「綾小路さんは、わたくしの妹になってくれるかもしれない人ですわ。ここは未来のお姉ちゃんとして…」

「幸子ちゃん、ここは俺に任せろよ。出かける前に、何かあったときは遠慮なく頼れって言っただろう?」

「僕はまだ頼りないかもしれないけど、お金だけならたくさんあるから、綾小路さんの分を出すぐらい大丈夫だよ」

「今回の別荘から食材までのほぼ全ては、睦月家の名で用意したものだ。旅行中の金銭の全てを負担するぐらい軽いものだ。綾小路の分は俺が出そう。皆の分もその場に俺がいればいいが、あとで言ってくれれば各自用立てさせてもらおう」


 最初は自分の分ぐらいは自分で出そうと思っていたボクも、最後の生徒会長の言葉で納得せざるを得なくなり、今回のお祭りのお金は生徒会長のお財布から、実質無制限で出してもらうことになった。そんなことを話していると、ボクたちはいつの間にか、多くの参拝客に遠巻きながら奇異の視線で見られていることに気づいた。


「話は終わりだ。いつまでも往来の真ん中で突っ立っているわけにはいかない。とにかく移動しよう」


 生徒会長はそういって話を打ち切り、境内に向かって歩き出した。はぐれてはマズイと思い、ボクは慌てて後を追った。

 子供の体型では長い石段を登るのも一苦労で、少し疲れたものの背負われることもなく、賽銭箱に前に立って財布の中から五円を取り出し放り投げると、二礼二拍手一礼でお参りを行う。


「そう言えば、幸子ちゃんは何をお願いしたの?」


 祭壇をおりてしばらく歩くと、隣でお参りをしていた美咲さんが、私ものすごく気になりますという顔で聞いてきた。言葉に出すと効果がなくなるって聞いたけどいいのかな?とは思うものの、何だか周りの皆も興味津々という表情でボクを見ていたので、大した願い事でもないので素直に教えることにする。


「ボクはこうして他の人と旅行に行くのははじめてだから、また来年もこんな感じで皆一緒に楽しく遊べますようにってお願いだよ」


 そう答えた瞬間、何故か隣の美咲さんだけでなく麗華さんと花園さんまでもが、無言でそっと抱きしめてきた。三人がかりで押さえ込まれてしまって身動きが取れなくなったボクは、突然の事態に混乱しつつも、助けを求めるように男性陣のほうに視線を向ける。

 しかし、皆優しげな表情で抱きしめられているボクを見守るだけで、誰一人助けようとはしないので、脱出を諦めてしばらく身を任せることにした。

 数分程そのままでいると、美咲さん、麗華さん、花園さんの三人は、名残惜しそうに離れてようやくボクは自由になれた。


「いやいや、ヤバイヤバイ。幸子ちゃんは発言から仕草まで全てがヤバイよ」

「そうですね。こうして密着するとわかりますが、とてもいい匂いがしました」

「綾小路さん、来年と言わずに今年で構いませんわよ。わたくしならば、いつでも遊びに付き合いますわよ」


 三人がそれぞれ何かを喋っていたが、夕方とはいえ夏場で、しかも押しくら饅頭のような密着状態の中心にいたため、ボクは逃げ場のない熱気に当てられフラフラになってしまい、会話を聞くどころではなかった。

 そんなとき、いつの間にか姿が見えなくなっていた神無月君が、かき氷を片手に帰ってきた。


「暑そうにしてたからね。かき氷を食べれば、少しは冷やせるかと思って。綾小路の好みの味が分からなかったから、取りあえずイチゴ味を買ってきたけど、いいかな?」

「ありがとう神無月君。ボク、イチゴ味好きだよ」


 お礼をいって、イチゴシロップのかかったかき氷を受け取り、ストロー型のスプーンで一口ずつチマチマと食べはじめる。全て食べ終わる頃には、ボクの体から暑苦しさはすっかり消えていた。そして空の容器を近くのゴミ箱に捨てると、見計らったように生徒会長が声をかけてくる。


「参拝も済んだことだし、あとは花火大会がはじまるまで、出店をぶらつくとするか。しかし、七人というのは少し多いな」

「なら健二、二手に分かれますか? ただし女子だけ、または男子だけでは色々と対応できないこともありますし、男子二人と女子二人、女子二人と男子一人が好ましいと思います」


 男性と女性が混じった集団ならば、余程頭がアレな人でなければ近寄って来れないはずだ。問題は誰がどちらの班になるかだが、迷っている時間が勿体ないので、ここは男子と女子それぞれに別れてジャンケンで決めることになった。

 最初に勝ったほうが四人グループとなる。ちなみにボクは勝ったので四人グループのほうになった。


 結果は、四人グループがボク、美咲さん、神無月君、葉月君。三人グループが生徒会長、麗華さん、花園さんに決まった。

 婚約者である二人が別々のグループにならなくてよかったと思う反面、恋人同士の甘い空間に花園さんの精神が耐えられるかが心配になってくるが、決まった以上は仕方ないので、ボクたちはその場で一旦別れ、花火大会がはじまる前に、海岸沿いの指定の場所に集まることとなった。


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