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七月 旅行(3)

 ボクたち女子は着替え終わったので集合場所の正面玄関に向かうと、男子三人は既に別荘の入り口に集まっていた。見た感じは多少の違いはあるものの、皆サーフパンツタイプを着用していた。うん、普通だ。ここでネタに走ってビキニタイプやフンドシじゃなくて、よかったと思うことにする。

 色は、生徒会長は青、葉月君は赤、神無月君は黄緑という三者三様だった。


「来たな、麗華。その…にっ…似合ってるぞ」


 生徒会長は笑顔でさえ珍しいのに、照れ顔なんてはじめて見た気がする。確かに今の麗華さんは白の三角水着で豊満な胸を辛うじて隠してはいるが、油断すると今にも溢れそうだ。

 今の彼女はそれぐらい可愛いというか、大人顔負けのグラマラスな美女に見える。


「そっ…そう、健二…ありがとう」


 自分の長い黒髪を指先でクルクル弄りながら、生徒会長から目を逸らしてお礼をいう麗華さん。こちらもかなり照れている。何だか急に口の中が甘くなったような気がする。


「ひゅーっ! 花園や佐々木もになかなかだぜ! こいつは眼福だな!」


 花園さんはピンクのホルターネックタイプで、ドレスのようにヒラヒラしている。これもまた胸とお尻が今にもはち切れそうで、その存在を隠しきれずに自己主張しているため、もし一般の海水浴場に現れれば男の視線を独り占めは間違いないだろう。

 美咲さんは白に南国柄のタンクトップビキニで、控えめな体型ながらも、出るところは出て、引っ込むところは引っ込んでいるので、年相応の可愛らしさがしっりと出ている。


「綾小路さんも、かっ…かっ…可愛いよ」


 神無月君が目線は逸らさなかったが、何かに堪えるように小さく震えながらも、一応は褒めてくれた。ボクは花園さんから渡された水着はピンクのワンピースタイプで、外出着とあまり変わらないが幼児体型が浮き彫りになってしまい、さらに水泳帽子までセットなので、とても十六歳には見えない有様になっている。


「ぶはははっ! 幸子ちゃん! 違和感なさ過ぎ! 本当は小学生なんじゃねえの!」

「行蔵、わっ…笑い過ぎだ。女の子らしくていいじゃないか」


 こんなことなら学園指定の水着のままでいればよかった。花園さんがこの日のために、百三十センチ用を特別に注文したというので、仕方なく着たのに。しかし彼女はいつ、身長以外の体型を調べたんだろうか。腕や足を適当に動かしても違和感は全くなく、恐ろしいぐらいにピッタリだ。

 ボクは確認のために、両手を軽く広げて片足をあげると、クルリと一回転してみる。風を受けて子供用水着のスカートのヒラヒラがふわりと舞った途端、男子三人はとうとう我慢の限界を越えたのか大爆笑がはじまった。









 高校生なのに子供用水着を着させられるという羞恥プレイを何とか乗り越えたボクは、太陽の光がサンサンと降り注いでいる白い砂浜で、海に入る前の準備運動を行っていた。

 もちろんUVクリームはきちんと塗ったあとなので安心だ。だが、背中には手が届かないのでどうしようかと悩んでいたら、両手をこちらに向けたまま、十本の指を妖しくクネラせ、期待に満ちた視線を送ってくる麗華さんと花園さんが、ジリジリとだが距離を詰めて来たので、堂々とスルーし、少し離れた位置にいた美咲さんに、お互いの背中を塗ろうと持ちかけた。


「よし、準備運動終わりっと。そろそろ海に入ろうかな」


 すると花園さんが空気を入れた子供用の浮き輪を持って、パラソルの前でグイーッと背伸びをしているボクに近寄ってきたので、彼女が口を開く前に素早く釘を刺した。


「ボク、ようやく泳げるようになったんだ。これでも全て花園さんのおかげだよ。本当にありがとう」


 その瞬間、花園さんの動きがピタリと止まり、喜んでいいのか悲しんでいいのか複雑な表情を浮かべる。


「そっ…そうですの。それは、よかった…ですわね」


 ボクはうん、とニッコリと笑いながら元気よく頷いて話を終えた。これ以上の水泳の演技は体はともかく心が耐えられそうにない。そして男子三人は準備運動が終わるやいなや、海に走っていった。比較的大人しいイメージで固まっていた神無月君まで一緒に駆けていったのは、少し驚いた。

 とはいえ、まだ呆然としている花園さんを放置しておくのも何なので、とにかくこの場から動かそうと声をかけようとしたら、今度は麗華さんと美咲さんがやってきた。


「準備運動は終わったようですね」

「ちょうど四人だし、ビーチバレーしようよ」


 ボクは一緒に遊んでもいいと思うけど、花園さんのほうをチラリと見ると、どうやらやる気のようだ。


「そうですわね。ビーチバレーで遊びましょう。では、わたくしと綾小路さんで組みますわね」


 花園さんは素早くボクの右隣に立つと、ギュッと手を繋いだ。


「待ちなさい。ここは私が幸子ちゃんが組むのが正しいでしょう?」


 ボクが何か喋るよりも先に、麗華さんも花園さんの向かい側に立ち、強引に手を繋いできた。


「綾小路さんは、わたくしと組みたがっているはずですわ」

「そんなことはないです。幸子ちゃんは私と一緒にいたいはずです」


 二人がボクの手を握る力が少しずつ強くなっていく。


「綾小路さんが嫌がっていますわ。手を離したらどうですの?」

「あら、先に手を離すのは貴女のほうでは?」


 片手だけ繋いでいたはずがいつの間にか両手になり、さらに二人はボクを自分のコートに引き込むべく、互いを険しい顔で見つめ合ったまま、まるで反発する磁石のようにジリジリと距離を離していく。そしていつの間にかボクの足は砂浜から離れて浮き上がり、気のせいか体の間接からミシミシという音が聞こえてくる。


「いっ…痛い! 痛いよ! 早く手を離してっ!」

「幸子ちゃんが痛がってるよ! 二人とも手を離してあげてっ!」


 苦痛に耐えきれずに漏らした悲鳴に、両手を引っ張っていた二人は、はっとした顔で繋いでいた手を離す。だたしあまりにも急だったため、ボクは受け身が取れずに柔らかな砂浜に情けなく尻餅をついてしまった。


「ごっ…ごめんなさいね」

「もっ申し訳ありませんわ。綾小路さん」

「幸子ちゃん、大丈夫?」


 やり過ぎてしまいましたと俯く二人とは別に、心配そうにボクを見下ろして、立ち上がるために手を差し伸べる美咲さんに、心の中でもう少し早く助けて欲しかったと思いつつも感謝の言葉をかける。


「うん、助けてくれてありがとう」

「どういたしまして、それで結局、幸子ちゃんは誰と組むつもりだったの?」


 別にジャンケンでもいいけど、ボクが決めてもいいのなら、意見を言わせてもらうことにする。


「じゃあ、麗華さん以外で」


 打倒メインヒロインという旗を掲げている以上、海水浴でも気を抜かずに勝負を挑むことにする。ボクの言葉が耳に届いた瞬間、麗華さんの瞳から光が消えた。


「さっ…幸子ちゃん、私のこと嫌いなの?」

「いや、別に嫌いじゃないよ。ただ。勝負で勝ってギャフンと言わせるチャンスだからね」


 嫌われてないと知って、麗華さんがホッと胸を撫で下ろす。これで勝負ができると意気揚々になるボクだが、そこで美咲さんから待ったがかかった。


「あー…聞いておいてアレだけど、幸子ちゃんは麗華さんと組んでもらうよ。彼女は一人だけでも十分に強いからね」


 確かに体育祭での麗華さんは、たった一人で相手チームを圧倒していた程、運動が得意だった。しかしボクとしては、どれだけ絶望的な戦力差だろうと、かかってこい! 相手になってやる! の心構えだ。


「私と幸子さんのチームに敗北はありません!」


 それでも麗華さんと勝負したいと言う前に彼女はボクの前に立ち、美咲さんと花園さんに向かって大きな胸を堂々と張った。


「それじゃ、コートの準備するね。幸子ちゃんはそこで見てるといいよ」

「ふぅ…今回は仕方ありませんわね。ですがここでわたくしたちのチームが勝利すれば、如月様よりも頼りになる女性だと教えられますわね」


 どうやらチーム組はこれで決定らしい。ボク一人が異議を唱えても、もう覆らないだろうと、今回の勝負は諦めることにする。ボクは砂浜に体育座りをして、三人がバレーコートをテキパキと組み立てていくのを、ぼんやりと眺めていた。

 いくらアルバイトで食器の持ち運びや掃除が出来ても、この体は非力なので無理に手伝えばかえって迷惑をかけてしまう。そう考えると、この旅行でボクが皆の役に立てることは、あまりなさそうだなと思った。









 あらかじめ機材が準備されていたのか、数分もかからずに組み上がり、ビーチバレーの準備が整った。下は砂地のために、ただでさえ足が遅いボクではまともに動くことも難しいだろう。


「大丈夫です。幸子ちゃんに飛んでくるボールは、全て私が打ち返します」


 堂々と宣言する麗華さんに、それはもうチームプレイじゃないよ…と思ったが、未だかつてない程のやる気に満ちた彼女を見て、何も言えなくなってしまう。


「あらあら、威勢のいいことですわね。戦う前から、もう勝ったつもりですの?」


 向かいのコートにいたはずの花園さんが麗華さんに視線を合わせ、大股でズンズンと歩いてくる。その隣に立っているボクのことは、全く見えていないようだ。


「当たり前です。負けるために勝負をする人が、何処にいるのです?」


 そして麗華さんも花園さんに向き直り、やがて互いの陣地の境目でようやく歩みを止める。二人に完全に挟まれたボクは、もはや進退窮まり完全に動けなくなってしまう。


「ぐぬぬ、綾小路さんは渡しませんわよ」

「あら、幸子ちゃんは元々私のモノですよ? いつ貴女のモノに変わったのです?」


 これ以上は近寄れないという程に二人の体はピタリと張り付いたように離れずに、お互いの顔の距離も数センチ程度しか隙間がない。

 それでもなお、前に進もうとしているようで、弾力のある四つの塊が、水着越しにボクの顔を容赦なく押し潰す。


(ボクが男だったらこれ以上ないぐらいに嬉しいだろうけど、今は胸位の格差社会を強制的に味わわされて、すごく泣きたい気分だ。…というか呼吸が苦しいから! 早く離れて!)


 互いに言い争う二人により、ボクは巨大な胸の谷間に挟まれ右へ左へと翻弄され続けた。美咲さんのそろそろ幸子ちゃんが危ないよという一声により、ボクの存在にようやく気づいたのか、麗華さんと花園さんは慌てて距離を離してくれた。

 入学式や体育祭では仲が悪いように見えたが、ここ最近の二人を見ていると、似た者同士で実は仲良しなのではと、考えを改めざるを得ない。








 ビーチバレーの勝負は、何となく予想はしていたが、始終麗華さんの無双状態だった。

 二対二ということで、通常のルールよりもコートの得点範囲をさらに狭くして、しかもボクを守るという名目でやたら気合が入っており、下が砂地だとはまるで感じさせずに縦横無尽に駆け回っていた。


「くっ! 何でアタックが決まりませんの!」

「花園さん、また来るよ! 下がって!」


 ボクはというと麗華さんがブロックするたびに、棒立ちのボクの元にまるで吸い寄せられるように、山なりの軌道で飛んでくるボールを、ひたすら高めに弾くぐらいであった。


「ええと、んしょ…とっ…トス」

「幸子ちゃん、ありがとう! これで決めます!」


 麗華さんの手加減なしのアタックがまた決まり、周囲に砂埃が舞い小さなくぼみができる。そのままボクと麗華さんチームは、ほぼストレート勝ちで試合終了となった。よく見ると美咲さんと花園さんのチームのコートには、小さなクレーターがいくつもできていた。もしボクが一発でも受けたら、踏ん張りが効かずに吹き飛ばされて、砂地の上をゴロゴロと転がっていくことは間違いないだろう。


「幸子ちゃんのおかげで勝てましたよ」

「えっと…ボクが役に立てたのなら何よりです。…はい」


 ふんわりと飛んでくる山ボールをトスしていた記憶しかない気がするが、麗華さんが嬉しそうなので、それでよしとしておこう。


「ここまで完膚なきまでに負けるとは、思いませんでしたわ」

「砂浜なのに、体育祭より動きがよくなっていたよ。私も花園さんも頑張ったけど、全然歯が立たなかったね」


 心底悔しそうに地団駄踏む花園さんと、疲れてはいるものの何処となく満足そうに微笑む美咲さん。ふと人の気配を感じて横を見ると、海からあがったばかりなのか、まだ体が濡れたままの神無月君が、こちらにゆっくりと歩いてきていた。


「四人とも見てたよ。すごい白熱した試合だったね。それと、そろそろお昼だからビーチパラソルのほうに移動するようにって、生徒会長が言ってたよ」


 ボクは肝心の生徒会長と葉月君の姿が見えないので、試合が終わったコートを片付ける女性陣三人を横目に、二人はどうしたのかと聞いてみた。


「葉月君が生徒会長に勝負を持ちかけてね。何でも目印のブイに触って陸まで泳いで戻ってくるのが、どちらが早いか競争だってさ。僕は遠慮させてもらったけどね」


 そういって神無月君が海の方角を指差す。遠目ではっきりとはわからないが、二人が泳いでいる姿が点のように見える気がする。


「それでさっきの話の続きだけど、生徒会長が従業員さんにバーベキューの準備を頼んだらしいよ。もう残りは焼くだけだってさ」


 ここで二人が海から戻ってくるのを待っていてもいいが、ビーチバレーで多少は運動したせいか、ボクのお腹がクウーっと小さく鳴った。


「あははっ、綾小路さんの可愛らしいお腹も鳴ったし、そろそろ行こうか」


 するといつの間にか、ビーチバレーの機材一式を片付け終えた女性陣の三人が、こちらに向かって歩いてきていた。

 ボクは神無月君の指摘に恥ずかしくなり、赤面しながら小さく頷くと、皆と合流して準備の整ったバーベキュー会場に移動することにした。


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