1-6 その星を掴むのは
沈みゆく夕日を背景にレオは携帯を取り出す。
指先で打ち出す番号、コールを一回。出るのを待たずに通話を切る。
まるで間違い電話、けれど一つ目の目的はこれで充分。
そのまま長い指で再び携帯を操って打ち出したちがう番号。コールは三回、今度は切られることなく繋がったそのむこう。
『はい、こちらバー・イーリス』
聞きなれた老齢の男の声。
レオはわずか、笑み洩らす。
「……今、いいか」
ただ一言、問う。
『――ええ。お久しぶりです、旦那。四席、お待ちしております』
返る言葉は明確。
余計な情報はいらない。
こちらもあちらも。
慣れたやりとり。軽快だ。小気味がいい。
くつり、また笑み漏れた。脳裏に浮かぶのは銀色の髪。優雅な物腰。口調にたがわぬ柔らかさをもつ穏やかな笑みを浮かべた男。
頼む、と告げて切ったそれをぱたりと閉じて懐にしまう。
短い会話、作業終了。あとは足を運ぶだけ。
さて結果はどうなるか。
――老齢の男はレオが何も言わないうち、『四席』確保すると告げた。
察しがいい。相変わらずだ。こんなやりとりも慣れたものだけれど、『二席』と『四席』の違いを彼はどうして間違えないのだろう。
レオは何時だって「いいか」としか言わない。今回のように四席必要とする時も、二つしか必要ない時も。
なのに電話の向こうの彼は間違えない。間違えることがありえないというようによどみがない。何のヒントも出してはいないのに。
見透かされているかのよう。
ああ実際、彼の前に立たされれば隠し事などできない気分にさせられるのが常だ。本当に、あの穏やかな老人には何もかもが見えているのかもしれない。
怖い、怖い。
思うのと裏腹に、レオの口元は緩んでいるのだけれど。
夕日が最後の一筋の光を引いて沈んでいく。吹いた風がコートの裾をはためかせた。レオはゆるり、ゆるり、ただ歩く。
歩きながら頭の片隅で計算。
歩いて辿り着く、目指す場所には三十分。ミリアの下調べはさして時間はかからないだろう。
最初の電話、コール音一つのその相手。
それで察するだろうというのは予測ではなくてほぼ確信。それからどう動くかは相手次第で、こちらも断定はできない。
人間なんて気まぐれなもの。
思い通りに動かない。
そのうえ、笑ってしまうくらいにレオの周りには身勝手な人間しかいないのだ。レオ自身ももちろん含めて。
それでもこの仕事、全く面倒臭いけれどどれほどで片付くか、そんな気まぐれに全部かかっているといっても過言ではない。
どんな結末を迎えるかさえ。
誰が死んでだれが生き残るのかすらも、不確定なのだからどうしようもない。
死ぬ機会と生きる権利は同等。レオやミリアであっても。巻き込まれたのだから逃れられない。
いつだってそれは隣にある。
そして死者は何も語らない。
ことさらに生者の地位を望むほど、この世界を愛してはいないけど。
引き金を引いて奪う簡単なお仕事。
事実はそんな単純なものではない。
それでもいつだって刈り取る側におさまって来た。
だからと言って必然ではない。
今回はどう転ぶ?
予想外を期待する。
――期待は裏切られるものだけど。