1-3 単純でしょう、
『殺してほしい人間がいる』
そうのたまったマリアの言葉に一つも冗談など含まれてはいない。
なぜならばその目的をもってして此の事務所を訪れた彼女は至極正しい。
――【B】の殺し屋。
そう最初に『彼ら』を呼んだのはいったい誰だったのだろう。
彼ら自身、レオもミリアもそう名乗った覚えなどなく、それでも知らぬ間に広まっていたその名は裏社会では高名だ。
依頼を受け、命を刈り取る。
それが彼らの仕事。
茫洋として『仕事がない』、一方で『働くことなど煩わしい』。そう怠惰でいる常からは想像も出来ないけれど、確かに彼らのそれは生業。
見知らぬ誰かを殺せと言われて笑えるほどには。
だがこの国で、案外とそんな職業は珍しくないといってしまえる。
よくできた世界は残酷で、いつでもどこかが少し、歪んでいる。
歪んでいるのは人もだけれど。
「誰の命を、ご所望だ?」
レオが尋ねれば、くつりとマリアは嗤う。そうして彼女が取り出したのは、二枚の写真。写っているのは、歌姫の不興を買ったその本人。それは――、
「あら、あら」
「……へえ、」
覗き込んだミリアとレオはそれぞれに、上げたのはつかみどころのないような声。
ただそこに、僅かに楽しそうな色を乗せていたのは気のせいではない。
なぜならば、写真に写る二人の人物を、レオもミリアも知らぬわけではなかったからだ。
その写真、写る一人、濃い金髪は襟足を長く伸ばし、水色の瞳は大きな猫目。首には銀の鎖に通した金色の指輪をネックレスにした男。
名を、ジョニー・アルロッド。
今一人、青味がかった金髪はくるくると天然で巻かれて、深い緑の瞳は柔和な彼。腰にさげているのは銃ではなく銀色のナイフ。
名を、アーロン・スフェニックス。
「――『シルバーブレッド』」
ポツリ、レオが落したそれをマリアは耳ざとく拾う。
「ご名答。流石同業者ね、顔自体は有名ではないはずだけれど」
笑う。
『シルバーブレッド』、その名もまた裏社会では知らぬものの方が少ないだろう。
組織を裏に確かな実力を示す、レオとミリアの同業者。
名は高名だが、マリアの言うとおりにこんな仕事をする人間にはよくあることで、その顔はあまり知られてはいない。
それはレオとミリアも同じだけれど。
だってそう、彼らの仕事は人殺し。
――顔を知るような出会った人間は、おおよそその命が終わりを告げるのだから、顔が広まらないのも道理。
レオたち二人が『シルバーブレッド』の両名を知りえるのは、それなりの実力でもってこの世界を、それなりの年月渡ってきたゆえだ。
「……報酬は?」
「一人頭、二億を出すわ」
「期限は?」
「そうね、今週中に二人まとめて仕留めたのなら、もう一億つけてあげる」
端的に確認をつづけるミリア、対するマリアの答えは淀みない。
そして彼女はひそりと扉の近くに置かれていたキャスターケースをがんと蹴る。からから、音を立ててそれはミリアの前へと滑る。
「……前金よ。一千万。残りは振り込む、それでいいでしょ?」
仲介人を通してね、と何でもないことのように平然と。ミリアは寄越されたそれを無言で開き、中身を確認するとニコリ、笑みを返す。
「確かに。――いい仕事を、お約束しますよ?」
それに返されたマリアの笑みは扇情的だ。
「はっ、期待しているわ。裏切らないで頂戴ね? 私、無駄は大嫌いよ」
殺したくなっちゃうわ。
殺しを生業とするものに、なんて笑えない殺し文句。肝が据わっているのか愚かなだけか。
ミリアは只、あらあら気が合いますねと返した。
ああ面倒臭いな、そんなことをレオは、思っていたのだけれど、眉も動かさないそれに気づいたものは、きっといない。