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このせかいのかみさまは、  作者: 月圭
間章 The Lovers
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1.5-3 レオとミリア


 バサリ、パイプ椅子にだらしなく身体を投げ出すレオに、ミリアは手に持つそれを投げてよこす。

 前触れもない行動、けれど愛銃の手入れを中断し、レオは眼前でそれを受ける。


「……なに、」

また(・・)、出てるわよ」


 眉を寄せ不機嫌も露わに上げた声を遮るようにミリアが告げた。

 何が、と面倒臭げにレオは寄越されたものを見る。先ほどからミリアが目を通していた夕刊。文字の羅列、大仰な煽りと広告が目に付く薄めの代物。


 ミリアは言った。


「あの女が、死んだわ」


 レオは瞬き。緩慢な仕草で一面に目を落とす。

 センセーショナルな見出しは『獄中の歌姫』、その『獄死』。

 脳裏をわずか、赤と白のコントラストがよぎって消えた。


「……へえ、」


 ずいぶんと世間をにぎわせた一大事件。世界の歌姫マリア・キャノンの捕縛、投獄。あの時幕を引いた特務部が、彼女の余罪を随分とかぎまわっているとかいないとか。

 そんな話が今朝まで喚かれていたと思いだす。


 この世界に処刑台は存在しない。


 そんな中で不自然極まりないマリアの獄死。自死というには足りない何かが現場にはあったのだろうと予想。なぜなら特務部の警備は案外有能と情報は知れている。道具も持ち込めない独房。死ぬにはそれなりに、手間がかかる。


 けれど見出しのその状況。警備をかいくぐって誰かが殺した。ならば怨恨、ともすれば行き過ぎたマリアへの傾倒。

 理由を予測する文面は楽しげに紙面に踊っている。

 ――その中で。


「『死神』が、出たらしいわよ」


 レオの向かいで足を組む彼女は頬杖をついてコーヒーを啜る。行儀悪げにくんだ足を揺らしている。

 ああ楽しいのかと、ぼんやり推測。


『死神』。処刑台のないこの世界で、人種、性別、国籍、地位。何にも捕らわれずに人の命を刈ってゆく、希代の殺人者。誰も知らない、誰も見ていない。

 実在するかも怪しいところ。

 けれど時折囁かれる。表舞台で舞台の裏で。

『死神が、現れた』。

 誰がそれを言い始めたのかも知らない。

 安い都市伝説。


「あの女が?」

「書いてあるでしょ?」


 レオの広げる夕刊の、上部をつまんで軽く引く。

 斜めに再度、紙面に目を通す。『不可能犯罪』。『困惑の特務部』。『独房の中、マリアだけが』。『目撃者皆無』。『まるで――――』。


「……ああ、」


 何処にも明言はされていない。けれど気付くものは気づくんだろう。

 仄めかされた可能性。


「『まるで悪い夢のよう』」


 歌い上げて、ミリアの指が字面をなぞる。

 メルヘンチック。馬鹿馬鹿しい話。野次馬はそう、なんとも好みそうなそれだけど。

 ……『死神』が殺すのは、悪質な殺人鬼、傲慢な政治家、狂った為政者、独裁的な財閥の主、独善的な裁判官。

 つまりは市民のとっての『悪』が多くて、どこかで誰もが期待している。その名前を囁いている。

 まるで『ヒーロー』。人殺しにかわりはないだろうに、テレビの前の視聴者のつもりで暢気なものだ。

 目に見えるそれだけが、消されたものだなんてそんなもの判りもしない。

 凄惨さも身に迫らなければ娯楽になるから、人は気づかないふりでもしてるんだろう。


 ミリアが笑った。


「私もいつか、『死神』に殺されるのかしらね」


 金をもらって依頼を受けて。

 引き金を引いて奪う簡単なお仕事。

 事実がそう単純なものではないとして、それでも世間に判りやすく、自分たちは『悪』だろう。


 その意味で、確かに自分たちは『死神』に殺される可能性を秘めている。

 嗤うミリアに、レオはけれどわずか血色の瞳を細めた。

 つい、と手入れをしていた愛銃を指先でなぜてゆるり、口を開く。


「お前を殺すのは、『死神』じゃねえよ」


 それにミリアは楽しげに、声をあげて笑った。

 その拍子、手放された夕刊は軽い音で床に落ちる。


 二人は、それに気づきもしなかった。








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