1.5-2 マリア
閉鎖空間。淀んだ空気。
漂うのは静謐だった。
マリア・キャノンはその小さな小さな部屋で、質素な服に身を包み、手には罪人の証を嵌められ、
笑んでいた。
二十四時間。監視の目が途切れることはない。彼女は世間の耳目を集めている。集めすぎている、囚人だ。
知れ渡る、彼女の所業。その真実。
人は彼女を見限り、彼女を嫌悪し、彼女をそれでも妄信した。
狂気によく似た信頼だ。
それを誰かは言う。『彼女は尚愛されている』。
正しく愛されているのだ、だって彼女は美しい。
彼女の世界で美しさだけが唯一絶対正しいように、それが他者にはただ一つの正義でなかったとしても。
信じたい世界を生きる人間は、信じたいものだけを見る。
彼女を見限って己を正常と公言し、彼女を嫌悪して己を清廉と思い込み、彼女を妄信して己の愛を真実と語る。
下らない話。
だってほら、彼女にとってはそんな羽虫の鳴き声などはどのような意味をなしていようとどうでもいいことだ。
愛はいらない。
信頼も要らない。
優しさも要らない。
ただ肯定を欲していた。
全てを騙す愉悦。騙されるのが上手な歯車たち。とても素直で可愛らしい。そう思ってあげられる。可愛く愚鈍で名前の必要ないそれら。
歯車は歯車でしかない。必要ならば組み込み、不必要ならば廃棄する。
そうでしょう?
理解は不要。
けれどほら、楽しいことが好きだから、予想外をいつだって、期待していた。
彼女は正しい。彼女の世界では、彼女は確かに神で、それは今をもって、この現状をもって変わらない。
――今の彼女を知って、それでも彼女を妄信し、狂信し、『正しい』というものは確かにいる。
それは予想をはみ出し得ない。
妄信し狂信する。思考の放棄。
例えば彼女の正義が己の死として、それでも彼女の正しさを是認するとして。
反吐が出るほどの献身は、赤子よりも無意味な木偶だろう。
否定はしない。だって信じたい世界を信じればいい。
それを彼女が顧みることはないけれど。
だってそんなの面白くもない。見え透いたストーリーは退屈だ。
だからそう、その意味で、特務部の赤髪の男は好ましい。
理解できない嫌悪。それを浮かべる素直さ。
単純。愚かしいほどに。
見たい世界を信じたい世界を、信じてそのくせ他者を理解できると思っている。理解しようとする。そしてどこまでも理解できないものを、己の信じる世界でもって否定する。
誰かは純粋とその男を呼ぶのだろう。
真逆だと思う。
見たい世界を信じたい世界を、信じて他者を理解出来ないことも、理解できない世界があることも正しく知って、
なお他者の世界を看破し肯定した、
あの黒と、滑稽なほどに逆さまだ。
どちらの男も、マリアにはもちろん理解できない。理解する必要がない。
ただマリアと話をするたびに、苦虫を噛み潰したような顔をするあの赤髪は、
嫌いではない。
盲目さは何時だって一途なものだから。
黒と白も綺麗だが、黒と赤でも映えるだろう。
己はその白にも赤にもなれはしないが。
自覚している。
意識の端にも彼女をあの黒は残していない。それほどに乖離している。
木偶を彼女が切り捨てたのと同じ軽快さで、彼は彼女を棄てていく。
否恐らくは、初めから手の上にも乗ってはいない。
それでも享受した肯定を、マリアは飲み込んでここに居る。
それでいい。
無様は大嫌いだ。美しさが全てだ。彼女の世界の正しさのために彼女は生きて死んでいく。
だから舞台を作って踊りましょう。主役は彼女。キャストは決めた。演出はこだわりが大事。
さあ手を抜かないで、
――全部騙してあげるから、踊りましょうね蜜蜂ちゃん。
上手に引き金を引いてちょうだい。