1-30 添うは人の
黒い男に幕引きを求めた、赤と白の女は、己の足で立っていた。
例えば一秒狂っていれば、彼女の立つそこは只の血だまりで、彼女の身体は只の肉塊で、その未来は判りやすくあり得た代物。
そんなことは知っていたはず。
それでもその裏で小さく脅えて震えていても、彼女は彼女の信じる世界を最後まで作り続けようとするのだ。
それが彼女の正義だろう。
その様は浅ましいほどの欲望に忠実で、
美しさであると確かに思う。
だからそう、信じる世界を信じればいい。
レオは彼女を否定しない。
邪魔立てする気など毛頭ない。世間だって歌うじゃないか。個性を価値観を広い視野を。『大切にしましょう』。
大切にして、そうして人は理解されない自分の価値観を押し付け、
理解できない他者の価値観を諦める生き物だけど。
つまりはああ、面倒臭い。
見たい世界が違うなら、見える景色も違うだろう。
だからねえ、心底、
「俺はあんたの世界に興味はねえよ」
それでどうしていけないんだろう。
マリアがその瞳を零れそうに、見開く。
彼女は確かに美しい。
彼女の正しさは彼女のもの。
それをレオは否定しない。
だけど、それだけだ。それだけなのだ。
否定しないことを肯定ととるのならばそれはそれでやっぱり間違いではないだろうけど。
現実は結局、もっと曖昧で気まぐれだ。
レオの横ではミリアが小さく肩をすくめる。ジョニーとアーロンは微笑んだまま近づいてくる。
生きたい世界で生きるなら。
「……死に場所なんぞはてめえで決めろ」
死にたい場所で、死ねばいい。
レオにとってそれは価値がないだけだ。
幕引きをしよう。
シルバーブレッドはマリアを殺して、自分たちの手で引く気でいた。
マリアは【B】の殺し屋を利用して、己の死で舞台の終了を歌った。
レオの傍ら、ミリアが口角を笑みの形に歪ませる。
「――舞台役者には出番が必要でしょう」
よくわかっている。
この遊びの参加者は、お姫様とシルバーブレッド、【B】の殺し屋。
最後に『特務部』の皆さんで。
「―――――っ……」
お姫様は、自分の先が分からないほどに愚かな女ではない。
強かだ。
だからほら、ひっくり返して見せることだって選択肢。
足掻くなら足掻けばいい。毒花は、枯れても何かを腐らすだろう。
かつん、音を鳴らし、踵を返す。歩き出した、気配は四つ。けれどすぐに一つは止まって。
「ねえ、あの日、」
面白がった声。止まった気配、けれどレオとミリアとジョニー、足は止めない。
アーロンの言葉は軽やかだ。
「確かに引き金は引かれたよ」
でもね、と。
「でもね、シルバーブレッドに【B】の殺し屋は殺せないんだ」
ああ多分、やっぱり遊んでいるだけだろうけど。
アーロンが深く、笑んだのだろうと背中で予想。レオは歩く。
声が続いた。
「それでも、【B】の殺し屋にシルバーブレッドも殺せないんだ」
愛おしんでいるかのような優しい声。
ああ、趣味が悪い。それを止めない自分も同等。
「……だから何より、楽しく遊べる」
その通りだ。
後方、マリアが叫ぶ。なぜ殺さない。己を殺しに来たんだろう。
この上なく真っ当。でも答えはすでに周知。
何故って意味なんていつでも不明確だ。それを彼女も知っている。
気配は動く。外には騒がしさ。空気で感じる。
最後の役者の御到着。
精々仕事を頑張ればいい。美しいお姫様が、幕引きを律儀に待っている。
遊びはおしまい。
さあお家に帰りましょう。
次の退屈を、どうやって潰そうか。