1-2 姫君の囀り
響いた靴音、それは確かに扉のすぐ向こう側で止まる。
音の軽さからして女、すぐにならされたノック音は激しく、来訪者の気性を知らせている。
目を見合わせてフラリ、席を立ったのはレオ。ミリアは新聞をわきによけて席を空ける。
――仲介人ではなく直接、ここに足を運ぶ人間は珍しい、そんなことを頭の片隅で思った二人だ。
そして、
ばんっと。
鍵を開けた途端に開かれた扉、なんて乱暴。
内開きのそれを、もちろんひょいと無言でレオは避けたのだけれど。
「……いらっしゃい」
カツン、靴音も高く鳴らして踏み込んできたのは確かに女で、そんな来訪者にとりあえずは声をかけたレオだった。
――プラチナブロンドの長い髪、白い肌に纏う真っ赤なドレス。化粧気のないミリアとは対極な、艶やかに紅を引かれた唇。耳につけられたピアスは真珠だろう。
白と、赤。
瞳を隠すサングラスだけが黒だ。けれど恐らくひどくその顔の造詣は整っているのであろうと予想できる。
どこかで見たことがあると、思った。
「……対応が遅いのね。プロの自覚があるのかしら。聞いてあきれるわ。私の時間を一秒でも無駄にしないで頂戴」
紡がれた声は凛と澄んで、けれど吐かれたセリフは高慢。
レオはただ口の端で笑い、ミリアは眉をわずか、はね上げた。
ああ、と。
「それは失礼。……まさか、『貴方のような方』がいらっしゃるとは思っていませんでしたので?」
ミリアが慇懃無礼に言い放つ。
それに女は口の端を吊り上げた。
「――あら、お察し?」
言って、サングラスを取り払う指の動きは優雅だった。
そうして現れた顔は、そう――確かにとても、美しい。
「本日はどのようなご用件で? ……マリア・キャノン様?」
いっそ嫌味なくらいに恭しく、レオは聞く。
――マリア・キャノン。
麗しき『世界の歌姫』。
この国どころかおおよそすべての国々で、彼女を知らぬものはほぼいないだろう。
液晶画面の向こう側、傲慢なまでに他者を見下すその気性を、知るものは逆に、ほとんどいないのだろうけれど。
「用件なんてきまっているわ。分っているでしょう?」
ふん、とマリアは鼻を鳴らす。
確かにレオたちはわかっている。
わからないはずがない、自分たちの仕事とはそれで、ここを訪れた時点で目的もそれしかない。
彼女は客だ。
仲介人が自身ではなく、依頼者本人であるマリアをこちらによこしたという事には、それなりに意味があるのだろうが。
さて。
白く細い足で立つ彼女を見据え、レオは目を細める。
傍らのミリアもひどく薄く、笑う。
マリアの口唇の動きはよどみなく。
「……殺してほしい、奴らがいるのよ」
お姫様が気に入らないのは、どこの誰?