1-28 溶かして、混ざる、
『なぜ殺さないの』。
『私を殺しに来たんでしょう』。
去っていく銀色の男の片割れ、その背に問いかけたけれど、返ったのは笑ったような気配だけ。
ああ馬鹿にしている。そんな風に意味もなく口の中、毒づいてみる。
わかっているからこそ、敢えて。
だってねえ、あなたたちは馬鹿にしているのではないでしょう。
興味なんてないだけでしょう。
楽しいか楽しくないか。
それですべてを判断している彼等だから。
遊びは終わった。マリアは負けた。敗者というならばシルバーブレッドの二人だって同様だけれど。
彼らはすでに役を終えて舞台を降りている。
対するマリアはまだ舞台の上。踊り続けることが役目。拒否権は存在しない。
彼女が彼女である限り、降りることは出来ない。
だってそんなことで自分の矜持は折れない。
美しさが全てだ。今ここに至っても。それが全て。全てで、絶対なのだ。
彼女の世界で彼女は唯一正しい。
ただしい。
それしかもっていない彼女には。
それだけが自分のもので。
肯定を、享受した。
それを愛とは呼ばない。けれど殺されるならあの黒がいい。そう思った。思わずにはいられなかった。
その男がマリアを理解したのだ。
欲しい言葉を与えたのだ。
手に入らないと思ったそれを、差し出したのだ。
そのくせ、マリアなんて一瞥もしていなかったのだろう。
ずるい男だ。
安い話。たった一言の肯定が確かに何よりほしかった。
愛はいらない。信頼はいらない。優しさはいらない。
いらない。
だってだれもに、あいされていた。
むじょうけんに、しんじられてきた。
ばかみたいに、やさしさをさしだされた。
――反吐が出るほど、上辺だけ。
それはそれで構わない。だってそれこそ彼女が作る彼女の世界の在り方だ。
理解されなくてよかった。その世界で自分が唯一絶対、自分にとって美しければそれで。
誰も彼も溺れて沈んでいけばいい。甘く甘く、どろどろに美しい世界で。
それでいい。
それを望んでいた。
なのに彼女を欠片も見ない、あの黒がやっぱりきれいだと思うのだ。
見ていないのに、
透かされる。
……だってほしいものをよこされた。
マリアは思う。
醜悪な仲介人。裏社会の『蜘蛛』。許容出来ないけれど共感する。
あの男は言った。
『あいつが殺すといったならばそれは死ぬ』と。
【B】の殺し屋は二人組。
なぜ『あいつ』とあの隻眼の男は表現した?
言い間違いとも取れる。頭に引っかかりもしなかった。疑問にも思っていなかった。疑問に思うほどにそれに重きを置かなかった。
けれどそれは何も噓のない、真実の卑怯さだろう。
言い間違い。意味がない。――そうではないのだ。
なぜならば最初から、仲介人にとって、それはただ一人を指していた。
漆黒の男。髪も服も。
瞳だけが血を凝らせたかのように紅い。
美しい男だ。
マリアの世界に相応しい歯車だった。傍らの女と対比の。
マリアの世界の構築に、何よりふさわしかった。
とてもきれいだったのだ。
美しいものが、好きだった。
美しい自分が、好きだった。
それが全て、だった。
そんな自分を、愛してた。
理解なんていらない、要らない、要らないのだ。
あの綺麗な黒から、肯定を、享受した。それがとても欲しかった。分ってくれなくていいから。
――あの黒の残酷さは、優しさにきっと似ている。