1-27 春は来ない、
踵を返し、歩き出す。立ち尽くす女、離れてゆくその姿。
不意に。
アーロンのゆるり、止まる足。
とてもいいことを思いついたのだと。
無邪気。自覚する。楽しい。
趣味が悪いとレオ辺りは言いそう。どうせ止めないのもレオ。そして全員。同じ穴の狢でしょう。
だってほら、アーロンが足を止めた事なんて気づいてる。三人、けれど止まらない歩みがその証拠。
甘ったるいくらい、悪趣味だね。
茫然、けれど浮かぶ光。意志の残る目。マリアは立ち止まったアーロンを見た。
ああ本当に、そういう君は面白いよ。
「ねえ、あの日、」
軽やか。アーロンの声。
語るそれは昨日のこと。三日前も同様に起こった事。マリアの依頼。『シルバーブレッドを殺すこと』。ミリアの返事。『いい仕事を約束する』。
ああほら、そこに嘘はないという事だけは、教えてあげよう。
親切でしょう。聡い君には伝わるよね?
だから。
「確かに引き金は引かれたんだよ?」
単純な事実。吃驚、少し。マリアの相貌に浮かぶ。アーロンはそのまま紡ぐ。
「でもね、シルバーブレッドに【B】の殺し屋は殺せないんだ」
詠うように。潜む、マリアの柳眉。
どういう意味だ、と。
だってねえ、君は考えたでしょう?
シルバーブレッドと【B】の殺し屋。
どちらがいったいどちらを殺せる?
答え合わせを置き土産にしてあげる。
喜んでね?
だって、君って面白かったから。
最後に少し、遊んであげるよ。
アーロンは深く笑む。にっこり。そんな形容がふさわしい。こんな場面でなければ見蕩れそうなほどに。
歌うまま、続けた。
「それでも、【B】の殺し屋にシルバーブレッドも殺せないんだ」
睦言に似た優しさで。
マリアは瞠目。それから彼女が声にならない唇で、呟いた「なんで」。
何て愚問。
だって彼等との関係は最初からそういうもの。
シルバーブレッドは【B】の殺し屋を殺せない。
【B】の殺し屋はシルバーブレッドを殺せない。
それが始まり。
それがきっかけ。
奇跡的で単純で、これ以上ない出会いでしょう。
「……だから何より、楽しく遊べる」
彼女の言う『見たい世界は違う』から、ねえ、理解なんかできないのだろうけど。
だって心底、わからないってそんな顔をしているよ。
それで構わない。
だって、マリアとの遊びは終わってしまった。
嫌いじゃないというのは嘘じゃない。彼女の盲目と執着は。
でも終わったことは終わったこと。幕引きの準備は済んでいる。
期待した予想外。
アーロンとジョニー、二人で終わらせるそれが予定で一番の予想。
二番目の予想はミリア。感情のままの行動を読んで、案外冷めた彼女を知った。もとから情報戦が主体。十分遊んで、飽きっぽいね。
けれど『特務部』のことをかぎつけた鼻は賞賛。だってちゃんと隠していたのにね。有能なことだ。
それから最後の予想はレオ。最たる気まぐれ。読めやしない。でも引鉄が軽い時はとっても軽い。
玩具を手に取る様に似ている。欠伸のようだ。
気まぐれすぎる真っ黒。今日ははずれだ。
そして一番最後がそれこそ気まぐれ。巻き込んだ『特務部』。なのに結局それが幕引き。
大役を任されたんだ、がんばってね。
予想外は、わくわくする。
歩き出す。ジョニーたちとは割と距離。
後ろ、マリアが叫ぶ。返すほどに興味をひかれない音の羅列。
仕方ないね。
かわいそうに、でももう終わっちゃったから。
……まあ、一番滑稽で可哀想なのは、
彼女は最初から最後まで、彼女が一番求めた黒い男の視界には、全然入っていないってことだけど。