1-26 根は朽ちゆき、
全体で言えば楽しめた仕事であったとジョニーは思う。
吹き飛ばされた愛銃。ひしゃげて使い物にならない。けれど暴発させない精密な狙い。レオの腕が鈍っていなくて何よりだ。
人の数だけ世界なんて変わるだろう。
だからマリアの世界を知識の一つと落とし込む。
興味深いよ。どうせ腐っていくのに、矜持は捨てられないんだろう。
見たい世界で人は生きる。
彼女の主張はそれはそれで真理だろう。
誰かはそれを「価値観の相違」と言い、誰かはそれを「個性」という。
許容できるかどうかは別として。
マリアは己を殺せという。己を正しいと信じている。
彼女がそう信じるならば、彼女の生きる世界にとってそれはまさしく『正しい』のだろう。
レオの言うとおりだ。
けれどほら、そんなものはあの黒い男の世界には関係がない。
だから、
「俺はあんたの世界に興味はねえよ」
吐き捨てるわけでもない淡泊さだ。それに続いた彼の言葉も。
多くはそれを『酷薄』とでも評すだろう。だって滲む興味のなさ。言葉通り。他人から自分が『見られていない』って結構なダメージ。
人によるといわれれば否定はしない。現にジョニー自身はそれはそれで面白いとすら思うだろう。
だって『見える世界は違う』のだ。
マリアはその瞳を零れそうに、見開く。
美しい一輪の毒の華。
王子様の居ないお姫様。
演技上手な踊り相手。
レオの横ではミリアが小さく肩をすくめた。ジョニーはアーロンと何をいうでもなく、微笑んだまま足をそちらへ。
遊びの勝者は【B】の殺し屋。
負けは負けだ。
でも悪い気はしていない。
久しぶりの彼らとの遊びだ。楽しくないわけがない。
出会いがしらのミリアからの発砲も一種ルーティーン。彼女は本当に可愛らしくて残酷だ。
なぜならば殺すつもりで撃ってくる。それで、ジョニーとアーロンが死ねばつまらないとでも蔑むんだろう。
赤と白のマリア・キャノンが『お姫様』なら、白一色のミリア・ユウリは『女王様』だ。
傅いてご機嫌を取るよりは、一緒に遊んで怒らせて。生死だって、懸けてふざけるのがちょうどいいけど。
白の女と黒の男。
見栄えがいい。
そして呆れるほど子供だ。お互いに。楽しいことを楽しいことのままに。
手を取って遊んでばかり。時間なんていつも忘れる。
けれど今日の遊びは決着済み。
幕引きだ。
シルバーブレッドはマリアを殺して、自分たちの手で幕を引く気でいた。けれど彼らは既に舞台を退いた。
マリアは【B】の殺し屋を利用して、己の死で舞台の終了を歌った。けれどそれを叶えるほどの価値はきっとない。
台本のない舞台の上、勝者が選ぶ。
レオがマリアのそれを受けない、ならば答えは。
ミリアが口角を笑みの形に歪ませて告げる。黒と白の以心伝心。
「――舞台役者には出番が必要でしょう」
この遊びの参加者は、
『お姫様』とシルバーブレッド、【B】の殺し屋。
最後に『特務部』の皆さんだ。
「―――――っ……」
マリアは、自分の先が分からないほどに愚かな女ではない。言の葉の裏だって読むのは得意。自己解釈も得意だけど。
滑稽だ。
けれど、ジョニーとアーロンがどうやって特務部を動かしたかなんてことくらいは、分らないはずがない。
『正義の味方』は『善良な市民』を惑わす『お薬』が大嫌いなのだ。
それでも自分の足で、立っていたのも、やっぱり彼女の矜持なのだろう。
完成された彼女の世界だ。
かつん、誰ともなく音を鳴らし、踵を返す。歩き出した、気配は四つ。
可哀想に、それでも逃げ出す愚を彼女は己に許せないだろう。
遊びは終わって日も暮れて。
知らないことを教えてくれたそれだけは、「ありがとう」とでも思っておこうか。