1-25 花を摘む童女は
ミリアはひどく白けた視線で、『お姫様』を観察する。
この女が嫌いだった。
高慢。自信家。世界の中心は己であるかのような。
とても広い嫌いの範囲に、もれなくマリア・キャノンという赤と白を纏った女は入ったままだった。だって動く様子もなければ動かす理由もなかった。
『あんたにとって、あんたの世界は正しいんだろう』
レオの言葉は的を射ている。
なぜならばそれは事実でしかない。
けれどほら、それを受けたマリアはどうだろう、欲しくてたまらなかった飴を手に入れた童のようだ。
承認欲求。
自分の世界の肯定。
だって人なんて弱いでしょう。
誰かの愛も信頼も優しさも要らない、この『お姫様』の世界は確立されている。
それはそう、強さにはなりえない。
『王子様』も必要ない、絶対の何かを盲目とわかっていても信じている。
寂しく毒々しい一輪の華。
腐り落ちた先に何もなくても本望だろう。
縋るなんてありえない選択。
それでも縋る先を用意されて、けれど瞬間突き放される。
可哀想ね。
この『お姫様』は美しいものが大好きで、美しい自分が大好きで、自分の見たい世界の、自分だけを愛している。
だって誰かを愛するには勇気が必要。
この女が嫌いだった。
けれど遊びは楽しめた。これ以上の何かは意味が見いだせない。無駄は、もっと嫌いだ。
彼女が最期を望んだのがレオならば彼の答えでどうにでも。
彼の答えは予想してるけど。
――三日前。
マスターから告げられた、ふざけた電話一本。『北』でのお話。
何時からか常套になった彼等との連絡方法。どちらかがどちらかへ、携帯へのコール一回。それが合図。
『バー・イーリスで会いましょう』。
それで大抵事は運ぶ。時折どちらか、怠惰をするけど。今回がそれ。『北』までわざわざ足を運んだ。次はこちらが怠惰で返そうか。
二年前。楽しそうだという理由で近づいてきた彼らと、やっぱり楽しそうだという理由で戯れてみた。
それがきっかけ。始まり。
遊び相手が増えて、選べる条件が増えた。
成果は上々。互いに不足は感じない。
けれど快楽主義者が集まれば、面倒だって必然。
なんて嫌な副産物。
その日『北』で合わせた顔、瞬間連射で撃ち抜いたけれど。勿論彼らは無傷。憎たらしい。
あんまり楽しそうだから、遊びが始まる前、昨日会ったときも迷わず発砲。収穫は服の切れ端、髪の毛数本。
サイレンサーで不意を突いた。
それでも避けたからいっそ褒めよう。これだからほら、やはり不足は、感じない。
そうでなくてはつまらない。戯れの意味がない。
昨日、まずはマリアからの入金確認。
遊びの舞台設定。このホテルにお姫様の信者がいないのはシルバーブレッドだけの仕事じゃない。場所はマスターの店内、貼られたポスター、そのライブ遠征が該当。タイムリーで意味深。よくあることだ。
仲介人の『蜘蛛』にも一仕事。あれは誰の味方でもない。頼んだのは嘘ではない報告を一つ。彼女からの依頼は『おしまい』。それだけ。
本日はお日柄もよく曇天、舞台までのドライブはレオに任せて快適。
暇にいくらか遊んでいたら、つかんだ話が『特務部』の出動。
レオと顔を見合わせれば浮かぶ考えなんて一つだけ。
彼らは本当に「勝手」が好きだ。
別に嫌いではない。悪戯めいたそれに少しの苛立ち。けれど大半、呆れるだけだ。
競争相手が増えたならば、さてどうしようか。
負けるなんてありえないこと。
嗤い、そうして、臨んだ。この場に。
引鉄を引く前に、ミリアたちが辿り着けばこちらの勝ち。
引鉄が引かれた後ならあちらの勝ち。
勝手に足された、特務部が割り込めばそちらの勝ち。
勝者は決した。
引き金を引いて奪う簡単なお仕事。
事実はそう単純じゃない。
けれど奪うだけが遊びでもない。
翻弄されてくれたでしょう、お姫様。
最後は特務部の話を掴めるか否か。おそらくそれが肝だった。
偶然、幸運。言えば陳腐な話。
けれど結果は出た。
だからほら、出来た理由に、位置が変わる。
……それすら、ねえ、どうでもいいのだけれど。