1-24 赤の夢
目の前のそれを理解しようとする。ああ無様は大嫌いなのだ。美しさが全てなのだから。
だから、だから、
裏切られたのは何時だったのか、騙されたのは誰にだったのかなど、考えることに意味はない。
恐らくは、只の事実として、
誰も彼女を裏切ってなどいないだろう。誰も彼女を騙してなどいないだろう。
だって真実というのは卑怯者。
ならばどうでもいいことだ。
そうでしょう?
人は見たい世界を見るものだ。マリア自身も。
美しさが全てでそれが唯一絶対の正義。
それがマリアにとっての正しさであり続けるためならばどんなことでも簡単だ。歪んだ世界は正さなければ。
だってそのようにして生きている。
たとえそれで死んだとしても。
……だから、だから。
「――――殺しなさい」
目の前で話す彼ら、まるで世間話。暢気も過ぎる。その手元には人殺しの道具を手放さないくせに。銃を飛ばされたジョニーですら、ほら、懐にまだまだそれらを隠していることなんて、知っているのだ。
彼らの関係性も裏話もどうでもいい。『特務部』など知ったことではない。理解は無用。
なぜならそんなことは関係がない。
……だって自分の先が分からないほど愚かではないのだから。
マリアが見据えたのは、彼女が望んだ黒。白ではなく銀でもない。彼女が認めた美しさ。
止まる彼ら、その会話。視線はマリアに、打って変わって一身、集中。
引き金を引いて奪う簡単なお仕事。
ねえ、彼女自身にとって、間違っている世界なんていらないのだ。無様も醜態も必要ない。彼女は彼女にとって、彼女が美しいと思える道を行く。
それが正しい。
正しい。
だから終わりにしましょう。
そう思った。彼らは歯車。勝手に回りだす不良品。遊びながら彼女を殺しに来たんだろう。
それならばさあ、受け入れよう。
最後まで己の信じた美しさを。
狂った歯車に、それでも最後のお仕事を与えてあげよう。
目を、閉じて、マリアは。
「……私は、――――」
その声は、聞こえたはずもない。
彼女は愛されていた。
彼女がただ自分だけを愛していたとしても。
飽和するほどに与えられて、彼女はそれを陳腐と評価する。
だから、そんなものは欲さない。
彼女の世界の中心は彼女で、彼女の世界で彼女は何時だって正しい絶対者。
けれど彼女だって知っているのだ。
理解できない世界が時に多く重なって、生み出された条理や通念は、彼女の正しさを間違いだと声高に糾弾するのだろう。
判っている。
彼女にとっては彼女だけがただひたすらに正しいけれど、それぞれの見たい世界を生きる他人にとって、それは唯一の正義じゃない。
そんなのは当たり前だ。
人は身勝手。
彼女も含めて。
自覚があるかは、知らないけど。
だから彼女は、望んでいる。
稚いほどに夢を見ている。
そんな者はいないと知っている。
知っていてそれでも望み続けている。
だって見たい世界を見たいでしょう。生きたい世界で生きたいでしょう。
それが人という生き物でしょう。
これが最期ならば。
望む。美しさだけが絶対の世界で。それしかもっていない彼女は。
己の全てを知って、それでも、……――、
彼女が正しい、と、
言ってくれる誰かが、欲しかったのだ。
……ただ、欲しかったのだ。
瞼の向こう、声がした。
黒い、男の、
何でもない、血色の瞳をして、
「……あんたにとって、あんたの世界は正しいんだろう」
――ああ、隻眼の『蜘蛛』。醜悪な仲介人。許容できない彼に共感しよう。……耳聡いこの黒に、
多分、己は殺されたいのだ。
それを愛とは、呼ばないけれど。