1-22 もしもで未来を織り綴る
突きつけられる銃身。彼女は笑う。
笑えと己に命じ続ける。無様は許さない。許せない。彼女にとって彼女が、最後まで美しいと信じ生きていたいのだ。
たとえそれで死ぬとしても。
目の前の、今なお名は知らない二人の男。
ひどく美しい、と思った。
その銀色も。仕草も。
この場にそぐわない、好奇心いっぱいに笑う無邪気ささえも。
ああそれは、怖気がするほどの悪辣さと紙一重だけれど。
『楽しいことをしようか』。
シルバーブレッド、彼等を使うことを決めたマリアに彼らが言い放った最初の言葉。
『そうね、遊びましょう』。
玩具を欲しがる赤子をあやすように、答えた彼女の言葉。
彼等はいい歯車だった。楽しいことを楽しいままに。欲望に忠実に。それでも仕事を違えない。
ただやりすぎた。
仕事に付随する、戯れが過ぎる。
――消さなくていいモノさえ消してしまっては、彼女の世界は正しく構築されないのだから。
だから彼女は彼女の世界の正しさのために、そう彼女にとってのひどく正しい理論で動いただけ。
契約は契約。
その為した言葉が戯れだとしても、取引は成立したのだから。
彼女の世界の中で彼女の思う通りに動かない歯車は不良品だ。
……だけどそう、彼女は知っている。
知っていた、彼女の世界の唯一が、他者の世界の真理ではないことなどは。
シルバーブレッド。【B】の殺し屋。仲介人。
何が間違いで何が嘘?
考えていた。
『遊びましょう』。
その言葉でつながった。
『いい仕事を約束する』と言った女も。『あいつが殺すといったならそれは死ぬ』と答えた、男も。
『おしまい』の言葉も。
「……遊んでいたのね」
吐息のように言ったそれ。くすくすと、笑う目の前の男たち、その片割れ。
「いつだって、僕たちは楽しいことを探しているよ」
それはなんて無垢な瞳だろう。
言葉遊びだ。
誰も何も明言しない。紡がれた言葉から勝手に先を予想する。
『いい仕事』がなんなのか、『あいつ』が誰であったのか、何が『おしまい』だったのか。
だって人は、見たい世界を見たいのだから。
唯一絶対の正しさなんてどこにもなくて、誰かにとっての正しさは、きっとどこにでもあるのでしょう。
遊びに負けた、彼女は敗者。
あまた重なる他人の世界の真実に、彼女の絶対が押しのけられただけの話。
此処で散りたいとは思わない。
けれど彼女に打てる手は、小さな自分の世界の正しさを、己で体現するだけ。美しさだけを唯一にして、信じる正しさで立ち続けるだけ。
逃げることも諦めることも請うことも。
そんな醜さは認めない。
それを誰かが愚かと評し壊れていると蔑んでも。
人なんてすべからく壊れているのだ。
――ふるえてなどいない。恐れることに意味はない。
此処で散ることを厭うのは只己の願う未来と違うからだ。
一番をいつだって求めている。それが自分に相応しいと知っている。だからかつてなら、此の銀色を迷いなく認めていたけれど。
口の端をマリアは吊り上げる。
ああ、そう。醜悪な『蜘蛛』、酔狂な情報屋、隻眼の仲介人。
マリアは彼を許容しない。
他人の価値観など理解できない。しようとも思わない。今ここに至っても。
けれど理解できない世界は、誰かの正しさを曲げながら時に重なることがあるから、人は共存できるのだろう。
――そう、分ってしまったから。
銀色も確かに美しい。
けれどそう、殺されるならあの黒がいい。
だって、何より綺麗でしょう?
目を逸らさないまま、彼女は黒と赤の夢を視て、
――引鉄は、引かれた。