1-14 酔い人は
鏡を覗き込む。美しい顔が己を見つめ返してくるのを認識。いつもと同じ。変わりがない。
安堵する。
安堵して、マリアはそうして思い出す。
『はい、おしまい』。
そんな言葉だった。
無駄がそぎ落とされた科白ではあったのだろう。
声の主は彼女の気にいるところではなかったのが落第点。
――殺し屋の仲介人。闇のブローカー。情報屋。裏社会の『蜘蛛』。いろんな呼び名のある男。
けれど確かに、その男はマリアを『【B】の殺し屋』へとつなげた仕事人だった。
その情報網は折り紙付き。
無造作な茶髪。ゴールドに近いブラウンの瞳は片方だけ。
口元には葉巻。次から次へ、絶えることのないチェーンスモーカー。肺の色は腹と同じ黒なのだろう。
美しいとは言い難い。嫌悪する。マリアの感想。彼女にとってその男はいっそ醜悪。
彼女の世界においてはそれが真実。
だから名前は知らない。
知る気も起きない。
そもそもそんなものは些末なことだ。
都会に埋もれた事務所、寂れた隠れ家。訪問したのは三日前。報酬を振り込んだのは昨日。そうしてその結果としての答えを、仲介人の男から聞いたのはつい先ほど、ライブの最終打ち合わせの終了後。
甘い愛を歌ったその口で、転がすように死を求める。
滑稽な話だ。
彼女が微笑みと共に受け取った、言葉は単純。
『おしまい』と。
影のように現れて、影のままに消えていった仲介人。何か見えたわけではない。見ようともしなかった。それでも、彼もおそらく笑んでいた。
わざわざここまで足を運んだ、その酔狂。
つながりなど求めてはいなかった。けれどそう、結果を知らせるのならば適任だったと理解はしている。
喜ばしくはない。
なぜなら彼はマリアの世界に相応しくない。
美しいものが好きな彼女は美しい自分が大好きで、自分が認めた美しさで自分の世界を形作る。
『醜さ』は必要ないのだ。他者の言う『美しさ』さえも、自分が認めないならば無意味。価値観の違いなどというのは戯言だ。
己を越えることも基準を下回ることも許さない。
世界の間違いは正さなければ。
次の『お願い』が決まったことでほくそ笑む。
笑んだまま、また思い出す。
抱いていた疑念。
『【B】の殺し屋』は高名。裏社会の実力者。
けれどマリアは、『シルバーブレッド』の力を知っている。
残酷に清々しく、どこまでもどこまでも、命を刈り取る二人の男。その様を知っている。その光景を見てきた。
『【B】の殺し屋』に『シルバーブレッド』が、本当に殺せる?
いったいどちらの実力が上?
確信に欠ける。
確実を求める彼女はその意味でも完璧主義者。
しかし、つてをたどり金を使い、辿り着いた先でかの仲介人は言ったのだ。
「あいつが殺すといったならそれは死ぬよ」と。
当然のような声。
それが真理であるかのように。
信じたことはないけれど、そそられた。醜悪さは彼女にとって罪。けれど確かに、その男は有能だ。
だから仕事を任せてみた。
引き金を引いて奪う簡単なお仕事。
そしてもたらされた結果は「おしまい」。
三日。たった三日で、幕が引かれた。
誰がそんなことを予想する?
予想外は、嫌いじゃないけど。
一週間、期間内なら報酬は上乗せ。
やってくれたものだ。期待以上。想像というのは何時でも上書きされるもの。
――マリアは『シルバーブレッド』を好ましいと思っていた。
その生き方が愚かしいほど快楽的で、盲目さに己と類似を見出したから。
美しいと、思っていた。
――ああそう、それは嘘ではないのだ。