1-11 子供は夜に戯れる
「旦那、ミリアさん」
音もなく戻ってきたマスターの声。
気遣いは最高。話の邪魔をしない。
けれどこちらを呼んだ声音に交じるのは苦笑。困った子供を見るような。
目線だけで先を促す。
「お電話が」
一瞬、マスターの目線は空白の席へ。
なるほど、子供は『あちら』かとミリアと目を見合わせる。
「お二人とも、『北』でお待ちだそうです」
続けられた伝言に、ミリアはこめかみを押さえ、レオはため息を一つ。
「……勝手」
「今に始まったことじゃねえけどな」
眉をひそめ不機嫌な彼女に返す。
「過ぎてるわ。それも、」
「『北』、な」
面倒なことを言いやがる、とレオも舌打ち。
『北』。端的な言葉。連絡事項には十分。
その場所はもちろん知っている。
苦いのはその移動。わざとらしい遠方指定。
用があるのはこちらだが、そもそも関係があるから呼んだのだ。その上でこの店で落ち合うことにしたこちらの意図が分かっていないはずはないだろうに。
まったく気ままなことだ。
幼子のよう。
マスターの苦笑が良く表している。
いつだって困るのは大人で、怒るのは子供だ。
大人が一人と大人のなりをした子供が四人。
苦労を掛ける。
それこそ、今に始まったことではないけれど。
そんな意味のないことを考えてみる。
考えるという行為自体が既に無駄でも。
だって行かなければもっと面倒なことになるのはあちらではなくて此方なのだから、質が悪い。
そんなところばかり計算高い。
利己的だ。
可愛くない。
可愛さなど求めたことはないけれど。
生来レオは面倒事は嫌いだ。
『面倒臭い』が口癖なのだ。それだって彼らも知っているくせに。
人を不機嫌にするのが上手で困る。
ああそう言えば、彼等は人を困らせるのが趣味だったか。
見慣れた嫌な笑みが脳裏に浮かんだ。
瞬間かき消す。
面白くもない。
「……車」
「ええ」
無表情なレオのつぶやき。同様、不機嫌を継続したミリアはしゃらり、キーを取り出す。それを突き出して一言。
「行くわよ」
無言で受け取り、腰を上げる。
機嫌を取れるほど此方も愉快な気分ではない。
ああ、わがままな人間があふれてる。
二人背を向けざま、結局何も注文しないままと気付く。取次に利用しただけ。ここでもわがままは健在。
それでも笑って腰を折るマスターはよくできた大人なのだろう。
「行ってらっしゃいませ。またのご来店を、お待ちしております」
言葉にも表情にも、嘘がないから好ましい。
少し気分が上昇。
次来るときはプライベート。
もっと馬鹿馬鹿しい話をしよう。
「ああ、また」
次を約束するなんてこの老人くらいのものだと、彼は知らなくていい。
知っていそうな気はするけれど。