1-10 蜜蜂に愛を囁いた、
「お姫様は『お姫様』だわ」
グラスの淵に指を滑らせながらのミリアの言葉。
マスターも言っていた、歌姫の周囲の『騒がしさ』。
「『お姫様』のわがままか?」
「ええ。――単純ね。『お薬』だったわ」
笑って聞けば笑って返される。
だってほら、なんて滑稽な話。
『それ』に何の夢を見たのだろうか。
お姫様自身にそれを使った様子は見られなかった。そんなことをするほどに飢えてもいないだろう。
だとすれば。
「金か?」
転売から利益を得る。
一番あり得そうで、あのお姫様にはあり得ないことを、聞いてみる。
もちろん返ってきた答えは否だ。
「まさか。――『お姫様』はわがままで、理想家なのよ」
彼女は小首をかしげる。
金色の髪がふわり、揺れた。
「美しいものが大好きなのよ。そして自分が一番かわいいの」
わかるでしょうと目線で問われる。
僅か、目を細めることでそれに応えた。
――なるほど確かに『わがまま』だ。
「許せなかったって?」
「完璧主義者なんでしょう」
レオの言葉に、ミリアがお道化る。
陳腐な話だ。
美しい自分が大切で大好きだったお姫様は、自分よりも『美しい』ものをいらないと判じた。
単純な理屈。
いらないのなら壊せばいい。
行き着いた先が『薬』だっただけ。
稚いほどに欲望に忠実。
「運び屋は?」
聞いてみる。
ミリアはとん、と卓を叩いた。
「土の中。『彼等』の仕事よ」
答えは簡潔。レオは眉を上げてわずか口端を歪める。
案外と抜かりがない。
そしてそう、これで『お姫様』のご所望の理由が透けた。
殺し屋『シルバーブレッド』。
薬を『誰か』に運ばせたお姫様は、その後始末を『シルバーブレッド』に頼んだのだろう。
彼女は美しいものが好き。
そしてきっと最上のものも好んでいる。
ならば妥当な選択だ。
そうして『シルバーブレッド』を、今度はレオたちに消させればそう、綺麗に片付いて何もなかったことになるという計算。
傲慢だ。
似合いすぎて滑稽なほど。
おかげさまでああ、なんてこの状況は面倒臭い。
「まったく、面倒くせえ」
言葉にして呟けば、ミリアが片目を伏せてため息。
「仕方ないでしょ。あっちもこっちも『お仕事』よ。たとえどうせあの人たちが――」
「『面白そうだからって理由で動いたとしても』?」
言葉尻を引き取れば、彼女はその通りだと頷いた。
『仕事』と言いながら『遊び』と同列。
勝手な話だ。
知っていたけれど。
『シルバーブレッド』。同業者。厄介な相手だ。
楽しいことが大好きで、仕事をえり好みするなんて話は結構有名。
迷惑なことだ。
眉を寄せる。けれど隣の相方は鼻で笑った。
「人の事なんて言えないくせに」
よくわかっている。
だからこちらも皮肉に返した。
「かわいい『わがまま』だろう?」
彼も彼女も、この世界の人間は誰だって。
だからそう、他人の身勝手がたまらないのだ。
――それさえも『わがまま』だとしても。