1-9 幼女は紡ぐ
にこり、ミリアは笑った。
「お久しぶりです、マスター」
そしてそのままレオの隣へ。
「首尾は?」
「上々」
ぼそり、レオの問いに返された答えは簡潔。
仕事が速いのは彼女の特徴。有能なことこの上ない。
よくできた相棒だ。
そのよくできた相棒はレオなど一瞥のみであとは見向きもせずに、マスターと談笑しているのだけれども。
ひどく狭い彼女の『好き』。
そこに滑り込んだ数えるほどの人間、その一人がこの老人。
得体はしれないのに、分っていることの方が少ないのに。
それでもレオにもミリアにも、警戒心を抱かせないなんて、神に似ている彼は悪魔にもきっと似ている。
ああ、例えば全てが計算だったとして、やっぱりみんなが騙されるのだろうなと思うから手遅れだ。
ひどく狭い『好き』。
それを選ぶ基準なんてあってないようなもので、しいて言うなら本能だ。
生きる上で最も原始的なそれ。
原始だからこそ、鋭いもの。
それが騙されているとしたら仕方がない。
転がされるならいくらでも。
踊ってあげよう。
「あら」
ふと、ミリアが挙げた声が耳に入る。視線は老人から外れて壁。レオはその方向にあるものを知っているから、目ざといことだと肩をすくめる。
ミリアは笑んだ。
「どなたのお願い?」
楽しそうな声で尋ねる。
極彩色のポスター一枚。
マスターは苦笑。
「知りてえの?」
老人に替わる形で、レオが返したのは質問。
答えなんて知っているけど。
「親切心よ」
ころころと、笑声は鈴のよう。
単純でわがまま。
それを可愛らしいといえばそう思う者もいるのだろう。
「教えてあげるの、趣味が悪いって」
――優しいでしょう?
彼女のそれは無邪気で。
子供のよう。
何て彼女に似つかわしい。
だってそうだろう、いつだって、子供というのは無邪気で純粋で。
残酷。
とてもかの『歌姫』が嫌いなのだと、全身で訴えている。
正直だ。
「『趣味が悪い』な」
喉の奥でわずか笑えば、ミリアは片眉を上げて応えた。
それきり彼女は興味をなくす。
唐突。彼の老人と違って読みやすいけれど。
でもああ、身勝手。命拾いしたポスターの依頼主。可愛らしい傍らの相棒は、幼女のように気まぐれだ。
でもお互い様過ぎて、何も言いはしない。
レオにとってもマスターにとっても、身勝手だろうが気まぐれだろうが、日常だ。
呼吸に似ている。
だってほら、生き物はすべからく身勝手なものだろう。
そのまま沈黙二秒。
水を呷ればどこか向こうでコール音。瞬間お辞儀も優雅さを忘れずに、マスターが奥へと消える。
コールは三回。
間の良いことだ。
いつも、いつだって。
なぜわかるのだろう、問うてもきりはないのだけれども。
席はまだ二つの空白。
予感がするから、口を開いた。
「『お姫様』はどうなった?」
マイナーなクラシックを背景に、何でもない質問を。
単純なお仕事のお話を、ほら、聞かなくては。