エピローグ
「礼ぐらい言わせてくれればいいのに」
やっと目が覚めたときにはニコライやルドルフ、張達はおらず、今も何処かで活動しているらしい。
リリィにりんごの皮を剥いてもらいながらひとりごちる。彼女は少しだけ笑って、俺に言う。
「ニコライ、ヨミヒトにありがとうってさ、伝言」
「……一方的に言われたな。クソ、負けた」
俺がそう言えば、リリィはまた笑みを浮かべて紙を俺に渡す。
「なんだこれ」
そう言いながら手紙を開くと「今回は私の勝ちのようだな」などと書かれていたので丸めてゴミ箱に捨てる。
「負けたの?」
「負けてない。後で礼をしに行ってやる。盛大にな」
剥かれたりんごに口を付ける。シャクシャクとした音が響くが、あまり味は感じられなかった。
「なぁ、ノアは……」
「……お葬式は、故郷でするみたい」
ロスヴィータが生きていたから、と無為な期待をしてしまっていた。あの気に入らない笑顔が今にも扉から入ってきそうに感じるのに、その気配はなかった。
「ロスヴィータはまだ生きてたから……サナムが能力で治療したみたい。ヨミヒトよりは十倍はマシだけど、それでも重体だから、しばらくは会えないかも」
「また会えるなら……なんでもいい」
自分で“また会えるなら”などと苦しくなる言葉を言ってしまった。リリィは悲しそうな表情をしながら、続ける。
「サナムはセーラが預かってる。ヨミヒトに会いたがってたから、多分検査とかが終われば一緒にくると思う」
「そうか」
「あ、張って女優だったらしいよ。ハリウッドの」
「……すごいな」
アクションなど、スタントマンどころではない行動が出来そうだ。
「シードはよく分からないけど、いつの間にかいなかったな……」
「……ああ」
セイレスに紙片を渡していた姿が思い出されてしまう。恨みがないとも言えないが、感謝もあり、非常に表現しづらい感情になる。
「私は、まだヨミヒトといるよ」
「……助かる。一人だと、どうしても思い出す」
リリィは頷いて言葉を止めた。彼女の顔色も優れないなと思いながら続きを尋ねる。
「……あいつは?」
「あいつって、ルドルフのこと? 何してるかは分からないけど」
「いや……」
白髪の男のことを思い出して、首を横に振る。……いや、ああなって生きているはずもないだろう。
一通り聞き終わって、話題がなくなって口を閉じると、リリィが代わりに口を開く。
「ノアは、お金が目的で協力してくれていたの」
「……金? あいつがか? まさか」
「孤児院だって。いろんなところに資金援助とか色々していて、お金が幾らあっても足りない。そこで腕を見込まれて、多くの金銭の代わりに手伝いをしてくれてたの。そうでなくても、手伝ってくれただろうけど」
「似合わないな」
そう言いながら、手で顔を抑える。泣いている姿などリリィに見せられるはずもない。
「ヨミヒトの身体が治ったら、見にいくつもり。ノアの守りたかったものをちゃんと見て、継いでいかないとダメ……いや、継いでいきたいから」
「……俺も行かせてもらう」
「うん」
窓の外を見る。太陽の光が暖かく、涙を乾かせてくれるようだった。
大学の卒業研究が進んでいないことに気がついたのは、ノアの故郷に行ってしばらく経ってからのことだった。
べったりと俺にくっついて離れないサナムと、何故か大学にまで着いてくるつもりらしいリリィと共に赤木に会う。
「ヨミヨミ、二股はダメだよ」
「いや、違う。こいつらはそういう仲じゃない」
「……へー、そう」
リリィに脚を踏まれ、サナムがそれを瞬時に治す。そのせいでもう一度強く踏まれ、それもすぐに治される。いっそのこと治さずにいてほしかった。
「……罪作りだね」
「いや……まぁ、なんというか」
赤木は俺の様子を見て微笑みながら、温くなったラムネを三つ俺たちに渡す。太陽の光で美味しくなっている(赤木談)をいただき、やっと日常に戻ってきた実感が湧いてくる。
望んでいた元の日常、とは言い難い。失ったものもあれば、得たものもあった。
けれど、それは元の日常よりも良いものであることは間違いなかった。
これからも俺は、できる限り正しくあろうと思う。




