4-8:太陽が呼んでいる
リリィは「守ってね」と笑ってから目を閉じて能力に集中する。能力により、辺りから水分を集めているのか、唇が乾く感覚がしてきて、近くに生えていた蔓草からも水分が抜けて萎れ始める。
襲いかかってくるゴーレムにしても、水分が奪われているからか蔓草は失われており、明確に戦力は落ちているのが分かった。体勢を崩させて頭を踏み砕き、近寄ってくるゴーレムから順に倒し……不意に気がつく。
複数のゴーレムを操れても、所詮は人の頭だ。一歩前に踏み込み、近くのゴーレムを軽く蹴って押し倒す。
「──ああ、なるほど」
ルドルフを見上げる。
「複雑な動きをさせられるのは一体が限度で、その他は意識から離れているから単調な動きになるのか。見掛け倒しで、実際に相対するのは一体ずつってことだな」
種が知れてしまえば対処は容易い。上手く操れていない鈍重な動きのやつを倒していき、周りの数を減らす。
気がつけばリリィが大量の水を集め終えており、周りの土や空気には水気がなく乾いていて、蔓草が伸びてくることもなくなっていた。
動きが緩慢になったゴーレムに違和感を抱いていると、「ヨミヒト! 上!」というリリィの声が聞こえ、即座に対応する。
巨大なゴーレムが動き出したのを見て、リリィの身体を掴んで跳ねて回避する。その跳ねた先に待ち構えていた小型のゴーレムに、腕の中の少女が集めていた水をぶつけ、凍らせて動きを封じた。それを俺の蹴りで砕く。
ゴーレムの上にいるルドルフに多量かつ乱雑なレーザーを放って反撃するが、彼は最小限の動きで回避し、回避しきれない数本だけを紙片で塞いで止める。
「嘘だろ、光速なんだぞ……」
「現実だ。さて、ヨミヒトくん。君はいつまで動ける」
「……これぐらいなら、夜明けまででも」
一番疲れているのでも、懐中電灯を咥えている顎だ。
それよりも、ロスヴィータとノアがなかなか来ないことが気になる。もう到着してもおかしくない時間だが……。
そんな俺の考えを察したのか、ルドルフは愉快そうに笑う。
「あの二人なら来ない。別件の用事が出来たみたいだからな」
「……解せないな。参加者なら共闘した方が良かっただろうに、非参加者ならそれはルール違反だ」
「そう思うなら、そう思えばいい」
恐らくは勝負を急かし、隙を生み出すための虚言だろう。ルドルフは笑い、巨大なゴーレムを動かして、俺とリリィに馬鹿でかい拳を振るわせた。
鈍重な動きではあるが巨大なだけあり、避けるのは案外難しい。俺よりも幾分も身体能力に劣っているリリィは避けられないだろうと、抱きかかえたまま地面を駆けて、ポケットに入れていたライターで蔓草に火を付ける。
水分のないこの状況のおかげで瞬く間に燃え広がり、十二分な光源を確保できた。それを溜め込む。
腕の中にいるリリィの耳元で、ルドルフに聞こえないように小さく話す。
「足場を崩せ、俺が空中で仕留める」
彼女は頷く代わりに指でトントンと俺の手を叩き、大仰に水の塊を放った。唸る水流自体に力がありそうだが、それ以上に優秀なのは急激な気化による凍爆。鈍重なゴーレムに避ける術はなく、真っ直ぐに向かった水の塊が爆ぜて、ルドルフの乗っている肩ごと吹き飛ばした。
ついでにルドルフにもダメージが入れば良かったのだが、寸前で飛んでいたらしく弱った様子は見られない。だがどちらにせよ、回避も出来ず視点も定まらない空中において、俺の能力を防ぐことは出来ない。
火によって得た光を連続して解き放ち、一部を途中で屈折するようにして防ぐ方法を失くす。
「やった!」
リリィは腕の中で声をあげて──大量の紙片が舞っているのを見る。ルドルフが持っていた紙片その全てが、的確に俺のレーザーを防ぎ、ルドルフと共に落ちていく。
続け様に放ち続けるが、ひらりと舞う紙片が風に揺られてルドルフを守るように動き、一度たりともレーザーが届くことなく、ルドルフは萎れた蔓草の上に落ちる。
運がいいどころか……奇跡と呼んでも過言ではない状況。ルドルフは紙片を集めて、腰のブックホルダーに収める。
「運がいい」
分かりやすい嘘をルドルフが口にして、リリィが目を見開く。
「嘘でしょ。そんなの、“未来”でも見ていない限り……」
「……割と本気で疑わざるを得ないな」
残り少ない光でルドルフのいる蔓草を焼くが、燃え広がる炎の下から巨大なゴーレムが再び現れて、ルドルフは火傷一つないまま最初の状況に戻る。
「直ぐに用意したものには見えないな。偶々そこに作って隠していたというにも出来すぎている。このままじゃまずい」
「……二人も来ないね」
手の平の上で転がされているような状況。蔓草もそろそろ燃え尽き始めていて、仕方なくスマホを光源にしようと取り出した瞬間、地面から蔓草が伸びてそれを絡め取り、続けざまにゴーレムが襲ってきて、仕方なく手を離して後ろに下がる。
「水分は奪ったのに……」
蔓草の元を見れば、水筒のようなものが土の中から露出しており、それから水が出てきているようだ。恐らく、蔓草を伸ばすのに必要なものを入れて置いておいたのだろう。
「まるで能力が分かりきっているようだな」
俺の能力も停電と夜中という状況で対策されていたが、今思うと妙だ。俺の能力はここ最近になって使い始めているので、知っている人物は限られている。
ほとんどの場合能力も使わずに済ませているので尚更のことだ。
「……本当にそうかもな。“未来予知”」
リリィは腕の中で頰を引きつらせながら頷き、水を集め直す。
「なら、防ぐ方法のない攻撃をしたらいいってことね」
「……端的に言えば、それで済むな」
煩雑に考えながら戦う必要は無い。リリィの能力は全力で使えば、相手は抵抗することも出来ずに倒れるしかない。
俺がゴーレムからリリィを守り、彼女は工場の上に水を集め、俺の手を握る。
「喰らえ!」
リリィの意思に従って、巨大な氷の塊がルドルフへと落下を始めた。氷の上部から気化しているらしく、落下速度は自由落下よりも速い。
が、命中する寸前。黒い影が走り、ルドルフの姿が消える。
「なっ!?」
「嘘でしょ!?」
影の方を見れば、ルドルフは女性に抱えられて愉快そうに表情を歪める。
「一人に対して二人掛かり、フェアとは言い難いですね。突然で申し訳ないですが、助太刀させていただきます」
仲間かと思うが、口ぶりからして全くの他人に思える。後ろで一つにまとめられた黒い髪が、氷塊が落ちた風に煽られて揺れ、ツリ目がちな目を向けて俺たちに頭を下げる。
ルドルフをおろすと、片足はベタ足、もう片方はボクサーのような動きでトントンと地面を蹴り始める。両脚で別のことをしている独特な脚使いに警戒心を強めていると、彼女は刃の付いたメリケンサックのような武器を取り出しながら話し始める。
「横入り失礼します。私だけがあなた達の能力を見ているというのは勝負事の道理に反しているので、名乗りついでに語らせていただきます」
両手にそれを構えながら彼女はその場で踊るように格闘技の動きをした。
「張芳。名前の通り中国からきました。争議典は修行のために参加させていただいております。能力は、単純な筋力の増強と、感覚の鋭敏化。近接戦闘が得意です」
「……律儀にどうも」




