4-7:太陽が呼んでいる
工場の跡地に辿り着き、巨大なゴーレムに乗っている男を見上げる。
「やあ、有栖川ヨミヒト。君が足止めのために一人でくることも知っていたが、現実になるとやはり、少々、人並みには苛立つものだ。……私を相手取り、数分であっても一人でどうにかなるなど……舐めすぎだ」
巨大なゴーレムが動き始める。その巨体から想像できる通りの鈍重な動き。不恰好な人型のそれは立ち上がり、優雅に肩に座る男はそこいらの家よりも高い場所から俺を見下ろし、夜の静けさの中、ゆっくりと口を開く。
「私はルドルフ・フォン・ハプスブルク。悪いが、実力の差は明確だ」
ルドルフと名乗った男は懐から妙な本を取り出し、それを俺に向けながら宣言する。
「戦闘にはなり得ない、蹂躙だ」
暗い夜の中、せめてもの光源に懐中電灯を点けて、手足が塞がらないように口に咥える。
男を見上げ、能力によりレーザーを放とうとするが、見透かされたような目に中断してしまう。
「防がれると理解しているか、懸命だ。だが、やはり愚かだ。私に時間を寄越したのだからな」
ルドルフが本を開くと、地面が揺れ始める。地震の揺れとは違う震え。
土の中から這い出てくる音がして、周りを見れば人型の何かがB級映画の化け物のように蠢いていた。
「……ゴーレムを作り、操る能力……か」
動きは遅いが、どうにも数が多く厄介そうだ。襲いかかってきた小型のゴーレムを蹴るが、思ったよりも硬く、見た目以上に重い。
見かけ倒しの中身がスカスカなものを期待したが、そう簡単にはいかないらしい。
ルドルフの乗っている大型は無理として、それ以外の俺と同じぐらいの大きさしかない小型のゴーレム一体ぐらいならどうにでもなるが、光源がほとんどない停電した夜中だと能力が大きく制限されてしまう。
小型のゴーレムは十数体。それにルドルフの乗っている巨大なゴーレム、ルドルフ本人。 ……確かに一対一では分が悪そうだ。
近くにいたゴーレムの腕を掴み、脚をかけてひっくり返して地面に叩きつける。人ならばこの一撃で戦闘不能だろうが、相手は能力で生み出された土の人形だ。
形が崩れたが土が寄り集まるように戻り、元の姿を取り戻す。
また揺れを感じ、地面を蹴り跳ねて後退する。少し遅れてさっきまで立っていた地面から手が生え、何かを掴もうとしているのが見えた。
「ははっ、能力もなしによく動ける!」
「どうもっ!」
下がったところにいたゴーレムが伸ばしてきた手を下に払いのけ、体勢を崩したところでその手を足場にして身体を登り、ゴーレムの群団の頭の上を跳ねて移動する。
ゴーレムの頭の上からルドルフに目掛けて十分に集めた光を放とうとするが、不意に足を取られる。ゴーレムかと思ったが、ゴーレムの頭が割れて、蔓のようなものが伸びて俺の脚に絡みついた。
二つ目の能力──!
予想外のそれに引き摺り下ろされ、手元がブレてレーザーは見当はずれの場所に飛んでいく。俺はそれをすぐに解除し、下の蔓を焼くために再度スコープを展開する。
もう一人いるのかと思ったが、見渡しても見つけられない。蔓のようなもので土を操っているにしては、最初に潰したゴーレムにはそのようなものがなかったので、別の能力だろう。
再び光を溜め込みながら、ルドルフを睨む。
「ほら、ちゃんと踊れ」
足元から生えてきた手を瞬時に躱すと、その手からまた蔓が現れて、浮いた脚では躱しきれないと判断し、レーザーで焼き切る。真後ろに現れたゴーレムを空気の動きで察知し、伸びてきた腕を掴み投げ飛ばそうとすると、掴んだ腕から蔓が伸びて俺の腕を搦めとる。
ゴーレムを投げた勢いも合わせて引きちぎったが、さすがに何度も出来るものではない。
能力を強く発動させて、周囲の光を全て吸収する。地上付近を見えないようにして、俺も見えないが記憶を頼りにゴーレムの間をすり抜け、ルドルフのいた場所に数本のレーザーを放ち能力を解除して様子を確かめる。
記憶の違いはなかった。だがルドルフに当たるはずのレーザーは右手に持っていた紙片に阻まれたらしく、彼に怪我はない。ゴーレムの上、左手には古ぼけた本が開かれており、余裕の表情を浮かべている。
「……その本」
ルドルフは頷く。
「ああ、異端書だ。尤も、破壊の異端書よりも幾分も格の低い、昔の争議典時のものだがな」
複数の能力の正体はこれかと考えていると、ルドルフはおもむろに異端書を掲げた。
「なぁ、リリィ・アダムズ」
俺の能力で見えないようにしていた、ルドルフにまで続く水の階段とリリィ。彼女は見破られたことに驚愕しながらも、手に持っていた水風船を投げつける。
「……ッ! 爆ぜ凍てつきなさい!」
水風船が爆ぜたと思った瞬間、蔓草が巨大なゴーレムから伸びてルドルフを覆う。同時に俺もレーザーを放ったが、見ることもなく手に持つ紙片により阻んだ。
「……冗談じゃない」
何故防げる。銃と違い、引き金を引くなんて所作は要らず、より正確で速い。放った時点で決着が付いてもおかしくないはずが、ことごとく防がれ、リリィの不意の一撃さえも通じなかった。
巨大なゴーレムの手がリリィに迫り、リリィは咄嗟に足場にしていた水をゴーレムの手にぶつけて爆発させ、その腕を吹き飛ばす。だが足場を失ったリリィは落下し、俺はそこに飛び込んで受け止めた。
「っ、無茶をする!」
「無茶じゃない。ヨミヒトがいるんだから」
「……馬鹿か」




