4-2:太陽が呼んでいる
結局、リリィもゼミ室に来ることになり、空調の効いた部屋でリリィと向かいあって座り、赤木がコーヒーと紅茶を淹れるのを待つ。
「ヨミヨミは薄めにして、砂糖一つで良かったよね? リリィちゃんはどうする?」
「ヨミヒトと同じのでいいわよ、細かく変えるのは手間でしょ」
「僕、こういうの好きだから大丈夫だよ?」
リリィは赤木から受け取ったカップを口元にはこび、少し顔を顰める。
「はい、ミルク」
「……ありがとう」
赤木は紅茶を持ちながら俺の隣に座り、リリィは口を尖らせながら俺に言う。
「そっちに二人座るのね、そっちの方が狭いのに」
「あ、ごめんね。あまり話したことないから隣に座ったら嫌かなって」
「何絡んでいるんだ」
「絡んでないっ! ……まったくデレデレして緊張感のないっ」
デレデレはしていないだろう。
買ってきたプリンを二人の前に置いて、赤木から受け取ったノートに目を通す。四年生で受講している講義は少ないとは言え、二週間も放置していたせいで取り返すのには時間がかかりそうだ。
まぁ、暦史書管理機構にいるから就職の必要がない分、他の人よりかは時間に余裕があるが。
「多分分からないところとかあるから、後で教えてあげるね」
「助かる。赤木は三限目取っていなかったよな」
「ん、そうだよ」
「その時に頼めるか?」
「任せときなさい、この赤木大先生が教えて差し上げましょう。っと、プリン、ヨミヨミが食べなよ。せっかく並んだんだし」
「いや、俺が食べたかったわけではないから赤木が食べればいい。そんなに食に関心がないのは知ってるだろ」
赤木を説得してから目をノートに戻し、ところどころにあるデフォルメされた猫の絵を見て「こいつ大学生活も終わるのに大丈夫なのか」と心配する。
「ヨミヨミ、これ、すごく美味しいよ! 甘さ控え目とか、甘すぎないとか言うのが褒め称えられる昨今のスイーツ情勢を一切無視した圧倒的甘さっ……! 喉の奥にガツンときてすごく喉が乾く感じっ!」
「それは美味いのか?」
「美味しいよ。ひとくちどーぞ、あーんして?」
口の前にスプーンを突き出されたので仕方なく食べる。
甘い、一瞬で口内を甘いという味覚で埋め尽くされる。圧倒的な甘さは不思議と不快ではないけれど、とにかく喉が乾く感覚が強かった。
「……赤木さん、だったよね。ヨミヒトは駄目よ」
「何が駄目なの?」
「酷い男だから。お風呂は覗くし、夜中には押し倒そうとするし、最低の男だから、恋人にしたり仲良くするのは駄目」
「いや、それは両方とも不可抗力だった」
俺が否定すると、赤木は今までで見たこともない冷たい表情で俺を見る。
「したことは否定しないんだ」
「いや、だからワザとではなく……」
「ヨミヨミがそういう人じゃないのは知ってるけど、リリィちゃんって僕達より大分歳下だよね? その子がお風呂入る時とか、夜中に一緒にいること自体どうかと思うよ」
ぐうの音も出ないような正論である。そりゃそうだと一度納得しかけたが、やはり理不尽だと思い直す。
俺が連れ回しているわけでもないのだから、それを責められても困る。そう言おうと口を開くと、突如口の中に柔らかいものが入ってきて、口内で甘さが爆発する。
いきなり口にプリンを突っ込まれたらしい。
「歳なんて関係ないけどね。それに本当にワザとだったかどうかも分からないわよ。私を見て変な気持ちになってたみたいだしね」
突然のリリィの行動に抗議しようとするが、口を開けた瞬間赤木にプリンを突っ込まれて口が塞がれた。
「ヨミヨミはそういうことする人じゃないもん。それに僕だって、講義の時は一緒に座るし、レポートとか一緒にすることもあるから」
口の中の甘さが大変なことになり、抗議する前に喉を潤そうとコーヒーを飲もうとすると、リリィのスプーンが口にねじ込まれる。歯茎に当たって痛い。
「毎日ご飯を一緒に食べて、任務も一緒にする」
今度は赤木のスプーンが喉奥にくる。
「遊びに行ったりするし、ゼミも一緒で、四年前から知り合いだもんね」
リリィのスプーンが俺の内頰に刺さった。
「うぐぅ……よくふとももを見られている気がする」
それは妄想だ。
「むぅ、頻繁に夢の中に出てくる」
それはただの夢だろ。
「背中を預け合える仲よ!」
「料理作ってあげること何回もあるもんっ」
「勇気があるって褒めてもらったっ!」
「よくふとももを見られている気がするっ!」
何が原因か分からないが、突然よく分からない言い合いになり、プリンがなくなったこともあり、口いっぱいのプリンを飲み込んで自由になる。
「……いい加減にしろ! 何を喧嘩……喧嘩か? 喧嘩ではないかもしれないが、言い合いをしているんだ」
俺が言うと、二人は顔を赤くして、トスンと深く座り直す。
「……ん、ごめん。ちょっとムキになって」
「私も、ごめんなさい」
「リリィちゃん、ヨミヨミすぐに危ないことするから、任務とかよく分からないけど、危ないことしそうだったら止めてあげてね」
「……うん。そうね、頑張る」
仲良くなったのか、それ以上言い合うことはなくなった。それどころか、簡単な自己紹介をしたと思えば、長い時間二人で話し続けた。
手持ち無沙汰になったので、赤木にもらったノートを読みながら話し終わるのを待つが、一向に終わらない。
もう諦めて帰ることにした。
大学から出て、喉に残る強い甘さに溜息を吐き出す。溜息すら甘い気がする。なんだかんだでほとんどのプリンを俺が食べたこともあり、甘すぎて気持ち悪くなってきた。
口直しにチキンでも買おうと考え、大学近くのコンビニに寄って購入する。コンビニから出たあと、どこで食べようかと考えていると聞き慣れない音、破砕音とでも言うような音が聞こえて食欲が失せる。
交通事故ではないだろう。突然の轟音だが、その正体が定かではなく、脳裏に能力のことが浮かび上がる。
異端書のことに関わらずとも能力者はいるはずで、場合によっては見過ごしてはならないこともあるため、急いで音のした方に向かう。
細い路地に入って曲がると、血の海。下半身だけの男の死体が転がっており、その前には様子のおかしな女の子が立っていた。




