3-9:警告
陸酔いのようなものを感じながら、車に乗り込んで日本支部にまで走らせる。移動と頭脳戦の連続に疲れたらしいシードとリリィはウトウトと寝始めた。
寝静まったことをバックミラーで確認していると、ノアが話しかけてくる。
「最後、譲られちゃったね」
「……ああ」
最後のニコライの手札の変更はおかしなものだった。わざと弱くしたような交換で……それがなければニコライが勝っていただろう。
悔しさに歯を噛むが、ノアの考えは別らしい。
「それだけ僕等を買ってくれているってことだよ」
「そういう考え方もあるか」
励まされたな、などと思っていると、鼻につく表情でノアは笑いながら俺の頭をポンポンと撫でる。
「勝ちには変わらないよ。相手の場で挑んで、相手の策を破って、相手に認められて勝った。それ以上の勝利があるかい? それに、ちゃんと交換していても勝っていたかもしれないしね」
「……ああ。ノア」
「なんだい?」
「ありがとう」
ノアは満足そうに頷き、彼は窓を開けて外に向けて息を吐き出す。
「勝とう、これからも」
頷いて、駐車場に車を止める。ノアは欠伸をしながらフラフラと車から出て行き、寝ているシードとリリィが残った。
……どうしろと。
軽く起こすが、深く寝ていて起きそうにない。放ったらかしていくわけにもいかないと思っていると、赤い髪の女性が来て手を上げる。
「お疲れ様、やったわね。おめでとう」
「……本当に疲れた。こいつらを運ぶから、どちらか持ってくれ」
「わかったわ。……大変だったようね?」
「まぁ、疲れのほとんどは移動が長かったからだけどな」
ロスヴィータはシードを背負って、俺はリリィを抱き上げる。見た目よりも軽く、少しだけ頼りなく感じてしまう。
「どうしたの? 興奮しちゃった?」
「いや、こんなに軽いのに、よく頑張っていたと感心していた」
「リリィちゃんは特に頑張り屋よね。シードちゃんも」
「……寝ているところを運ぶぐらいはしてやるか」
「送り狼になったらダメよ?」
誰がするか。ロスヴィータに鍵を借り、リリィの私室に入る。
一時的に生活するためだけの部屋なので簡素なものだが、それでも何故か少女らしい匂いがする。
ベッドにゆっくりとリリィを降ろそうとして、突然リリィの脚がパタリと動き、体勢が崩れてしまう。リリィが落ちないように片手を背に回しながら、ベッドに手をついて体勢を整え──リリィが「ん……」と言いながら目を開ける。
目の前には俺の顔で、背には手が回されていて、ベッドに倒されている。
不可抗力である。
間違いなく善意のみの行動であったが、リリィはそんなことを知る由もなく、認識できるのは寝ている間に押し倒されているということだけだろう。
見るみるうちにリリィの顔が赤くなり、真っ赤な顔で俺を見る。
「不可抗力だ」
「ば、バカぁ! 出ていって!」
急いでリリィから離れると、彼女は白い顔を赤くしながら俺を睨み、少しだけ乱れてしまっている服を隠すように毛布を手繰り寄せる。
「い、いや、俺は運んだだけだ」
「じゃあ、なんであんなに顔を近づけてたのよっ!」
「こけたんだよ」
「前もお風呂覗いたし……」
「あれも故意ではない」
「その後、セーラと変な話をしてたし……」
「……まぁ、それは悪かった」
「やっぱり変な目で見てるじゃない!」と、彼女の大声で部屋を追い出されて、明日誤解を解けばいいと思いながら廊下を歩く。
自室に戻り、疲れからベッドに倒れ込むと、クシャと紙が潰れる音を聞き、ニコライに渡された紙のことを思い出した。読めなくなっては困るのでポケットから取り出す。
書いてあったのは聞いた通りの連絡先が複数と、ロシア支部の場所。それに加えて……一文。
『シード・ディ・イリジウム・レオナルドは裏切りものである。警戒すべし』