3-6:警告
リリィがクルーザーに戻るのを見ながら、ノアは首を傾げて俺を見る。
「別行動って、なにをするのかな」
「家探しだ。ニコライが出した分だけが持っている紙片全てとは限らない。リリィがプレイしている以上は出てこれないからな。そういうルールにした」
「……案外小賢しいね。……暴力と盗むのはなしだけどさ、例えば紙片をゲーム中に他の人に渡したりしたら被害なくて済むんじゃない?」
「紙片を失った時点でゲームが終わりになり、そのゲームで使用した紙片は勝者のものになる。一時的には自分の物に出来ても返さないといけないな」
「……それは隠しているのは入らないのか」
「抜け道のないルールなんて作るわけないな。ニコライもわかっていて作っているだろう」
何せ本気で遊びたいと言っていたぐらいだ。あの手この手と考えて良い勝負をしようとしているのだろう。
「うーん、それって結局力尽くがありになるんじゃない? 僕らもあっちも予備の紙片があるんだから、ゲーム後に殴ったらいいだけじゃん」
「暴力行為は期限の指定がなく禁止されているからな。多分交互にならゲーム終了後も続く。ルールを破れば所有権が変わって、争議典自体のルールで俺たちが争議典から除外されることになる。何せ不正の方のルールはゲームに使用している紙片という文がないからな」
「じゃあ、どちらも隠し持ってる状態だからゲームに勝ってもあんまり意味ないのかな?」
「いや、賭けられるカードがある限りは続くから、見つければいいだけだな」
つまり、隠し持ってる紙片を見つけた上でイカサマを見破って勝てばいい。恐らくは能力によるものだから、証明は難しいが、対処さえ出来たらいい。
「なるほどねー」
「まぁ、俺たちは不正さえしなければ紙片の予備が日本支部にあるから問題ないわけだ」
ニコライにとってはそれも『ハンデ』のつもりなのかもしれず、なんとなく不愉快な気分になる。まぁ、勝てばいい話だ。
多少リリィのことが心配ではあるが、あちらはあちらでどうにかしていると考える他ない。
館の方を見ながら、使用人が一人いたので侵入経路を考える必要があることを思い、開いている扉や窓がないかを探す。
「二階から入るか」
「登れるのかい?」
「ああ、昔取った杵柄ってやつだ」
軽い取っ掛かりを使ってベランダのような場所に登り、手を下に降ろしてノアを引っ張り上げる。
ベランダに来たはいいが、ガラスを割れば見つかるだろうし、そうでなければ侵入出来ない。テープでもあれば音が立たないように割ることも出来るが……。
そう考えているとノアが背からレイピアを取り出す。
「いや、待て、割ったら音が出るだろ」
「まぁ見てなよ」
ノアはそう言いながら慣れた手付きでガラスにレイピアを振るい、突き刺さる。
「……は?」
「酷いな、伊達や酔狂でこんなの持ってるわけじゃないよ。何でも貫くレイピアってところかな。まぁ、紙片は流石に無理だったけどね」
音もなくガラスを貫くという異様な光景が何度も繰り返されて、ついにガラスをくり抜いて穴を作り、その穴から手を伸ばして解錠する。
「威力を上げるわけではないのか」
「そうだね、レイピアを媒体にして無理矢理穴を開ける能力って言ったら分かりやすいかも」
「いい能力だな」
「知っているよ。まぁ、戦いに向いている能力に見えるけど、実際人なら能力なしに突いても倒せるから、こういう使い道がメインになっちゃうんだよね」
確かに普通に拳銃などの方がよほど強そうだ。
「とりあえず、家探しをするにしても、見つけるの難しくないかな。紙片なんて小さいものだし、本に挟まれたりしたら見つからないよね」
「ニコライの性格を考えると、勝ち目のない戦いをさせることはないだろうから、分かりやすいところにあるか、ヒントがあるかと思う」
「……何でこのルールで引き受けたの?」
「殺し合いは避けたいだろ。それに、相手には勝ち目がなくこちらにはあるというのは有利だ」
とりあえず入った部屋を見てみるが、特に変わった様子はない。足音もないので静かに扉を開けようとして、鍵がかかっていることに気がつき、すぐにそれを捻って開ける。
「もういいのかい?」
「時間があるわけでもないからな」
「それにしても、厳格そうな人なのに結構掃除は杜撰だね」
ノアは指を窓の淵に這わせながら言う。確かに少し埃っぽく、長く放ったかされているような感じがする。
人に見つかりやすい廊下は極力長居したくなかったが、部屋には鍵がかかっていて入ることが出来ない。
「能力で鍵を壊そうか?」
「いや、待て」
対照的に廊下は綺麗に掃除されており、妙な歪さを感じる。ドアノブの一つがチカリと光ったように見え、近寄って覗き込むと、錠のシリンダーに真新しい格子状の傷があることに気がつく。
「何だろ、これ」
「ピッキングの跡だな」
「紙片を盗みに入られたってことかな?」
「可能性はあるが……船でしか来られないような場所だからな。船が来た瞬間バレるだろ」
「前にも僕等みたいな人が来たということは考えられない?」
「それにしては一箇所というのは妙だな」
違和感を覚えながらも館を動き回るが、ピッキングの跡があるのはそこぐらいだ。
調理場のようなところを見つけ、中に入る。
「おなか空いたのかい?」
「……戻るぞ」
調理場にはマトモな食料がなかった。孤島においてそこに暮らしている、あるいは別荘にしているのならば食料がないということは考えにくい。
掃除の行き届いていない部屋も合わされば、ニコライがこの館をほとんど使っていないことが分かる。
そして真新しいピッキングの跡は侵入者の残したものではないと思われる。近い間にこの館に入ってきた人物……俺達四人ではない。
つまり──。
「何か分かったの?」
「ニコライだ」
「そりゃニコライさんのとこだからね」
「あの扉をピッキングした奴がだ」
「え?」
さっきの部屋の前に戻ってきてから、ノアが扉の鍵を壊し中に入る。
そこは書斎のような部屋だった。大量の本の中から紙片を見つけるのは、大変を通り越してゲームが終わっても見つからないだろう。
「ニコライがピッキングっておかしくない? 自分の家なのに」
「そうじゃなかったってことだ。少なくともピッキングをしたのがニコライである以上、ニコライがここの鍵を持っていないということは間違いない。つまり彼は勝手に使っているってだけだな」
「……分からなくはないけど」
ノアが机の棚を漁っている間に本棚を見ていくが、埃がなくなっているところはなく、巧妙に埃を乗せているのか別のところに隠しているのかが分からない。
「まぁ、時間があった以上、中に入るのにピッキングをしたのはヒント代わりだろうな。おそらく何かしらルールを自分の中で決めていたんだろう。一日以内に仕掛けを終えておく、とかな」
わざとらしく動いている時計が壁にかかっていることに気がついてそれを取り外す。
紙片がテープで時計の裏に貼り付けられており、それを引っぺがす。
「あったな。……六枚か」
「何で時計を動かしてたのかな」
「それはたまたまこの部屋に侵入してきた時のためだろうな。ある程度推理を進めていたら不自然だが、何もなしに入った部屋で時計が動いているからおかしいなどと思わないだろ。それより隠しやすい本棚や机に目がいく」
「……何と言うか……ゲームをさせられている感じだね」
事実その通りだろう。ニコライにとってこんな所々にヒントを示すようなやり方をする必要はなかった。
そこらの人間が適当に考えて隠したようなレベルで、もっと紙片を見つけられないように隠すことは出来るはずだ。
ピッキングが出来るならピッキングの傷跡も知っているだろうから、それをわざと付けてもいい。
「じゃあ、戻ろうかヨミヒトくん」
「ああ」
これ以上用がなく、窓を開けて二人で飛び降りる。何だかんだと言いながらも時間が経ってしまったので、急いだ方がいいだろう。