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人はみな幾ばくかのシナプスを犠牲にしている

 週末に時間ができた僕は、飯田橋へと出かけた。

 この辺りは母校があることもあり、やはり落ち着く。

 線路を挟んだ反対側の川沿いの道は、景観が良いこともありよく歩いたもんだ。

 そう言えばあそこの道は何かの小説に出たんだっけ。

 何だったかな。

 直子だか言う子がヒロインの……。

 一頻り考えてどうしてもタイトルが思いつかなかったので、僕はシナプスと引き換えにその事を忘れることにした(人はみな何かを思い出せなかった時に幾ばくかのシナプスを犠牲にしている)。

 今日飯田橋に来た理由、それは郷愁ではなく、家を探す為だ。

 メテムが住む住まないは置いておいて、僕自身のために可能な限り早めに引っ越したいと考えている。

 六本木という街は夜の街なもんで、刺激にありふれている。

 深夜三時になろうと、フォアグラが乗ったトリュフチーズリゾットだろうが、ブラックパスタだろうが、何でも食べれる。

 望むならフランス料理のフルコースですら食べれる(誇張ではない)。

 深夜零時を過ぎると街が活性化し、外国人がひしめき、とにかく全体的に「起きる」のだ。

 そんなもんだから夜型の僕にとっては最高で、夜な夜な遊び呆けた。

 が、一転して落ち着くという事を第一優先に考えると、およそおそらく対極にある街だ。

 ここまで落ち着けないのは、日本広しと言えど、六本木とあとは歌舞伎町ぐらいなもんだろう。

 そんな雰囲気に疲れた僕は、仕事部屋が欲しくなったこともあり、引っ越しを決意したのだ。

 その場所に選んだのが母校近くのエリア、というわけ。

 街をぶらつきはじめると、すぐに不動産屋が目についた。

 不動産屋だけはどんな街だろうとあるから不思議だ。

 まあ衣食住だけは人間切っても切れないということか。

 入り口に飾られているサンプルには目もくれず、僕は中へ入った。


--


「いらっしゃいませ」


 僕が入るとほぼ条件反射のように中にいたスタッフが皆僕へ挨拶をした。

 軽く会釈をし、導かれるままカウンターの椅子に腰をかける。

 それから、引っ越しを希望したいこと、部屋はリビングと寝室とは別にもう一部屋欲しいこと、家賃は若干高くなっても良いから駅チカが良いこと、を簡潔に伝えた。

 すると担当についたスタッフ(目元に青いアイシャドーをつけていた瑞々しい雰囲気の若い女性だ。しかし青色というのは不動産屋としてはどうなんだろうか)は、軽快にコンピューターを操作し始めた。

 それから何度かマウスをカチッカチッとクリックすると、後ろにあったコピー機がスムーズに動き出した。

 僕は最近コピー機を見ることはなかったので知らなかったのだけれど、最新のものは本当に静かに、滑らかに動くものだ。

 それはまるで溶けかかっているアイスクリームを熱したスプーンですくい取ってる様な雰囲気だった。

 僕がコンサルをしている間にも、世界は日々進んでいるわけだ。

 なんとか意識化における時間軸を調整しながら座っていると、スタッフが後ろのコピー機から出ていた(本当にいつの間にかコピー機から出ていた)紙を何枚か僕の手元へ持ってきた。


「幾つか条件通りの物件があったのでお持ちしました」


「条件通り?」


「はい、コンピューターに条件を入れると、結果が出るんです」


「そうなの?」


「はい、最近は皆そうなってるんですよ」


 皆そうなってる。

 皆というシステムの中には僕は確実に入っていないな。

 そんな事を思いながら、僕は紙に目を通し、パラパラとめくった。

 コンピューターがはじき出したそれは、流石に条件に沿った物件ばかりだった。

 個人的に注文を付けすぎたかと思っていたが、この分ならもう少し難しいことを言っても良かったような気がする。

 幾つかの物件に目を通すと、一つ間取り図が分かれている物があった。

 よくよく見てみると部屋の端には階段のようなものが見える。


「こちらの物件は大変オススメですよ。最上階をメゾネットでご用意しています」


 メゾネット。

 確かにリビングと寝室が階で分かれているならそれに越したことは無いな。

 僕が間取り図を見ているとスタッフはこう続けた。


「環境もとても良いんです。御茶ノ水駅から歩いて数分で、医科歯科大学附属病院の隣にあります。一階はコンビニになってるのでとても便利ですよ」


 熱く語るスタッフの言葉を耳にしながら、確かに便利そうだなと、僕は思った。

 家賃が高いのがネックだったが、この金額ならばなんとか出せないことはない。

 そう判断し、僕は早速内覧の申し込みをした。

 スタッフはすぐにテキパキとコンピューターに何かを打ち込むと、後日を指定して、内覧が可能だと告げた。

 僕としても問題ない日だったので、スタッフ(最後まで青いアイシャドーが映えていた)にお礼を告げ、その日は不動産屋を後にした。

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