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カニの入ってないカニクリームコロッケだなんて

 夕暮れの街を階段の上から見下ろす形で眺める。

 街灯のランプはオレンジ色で、辺りを温もりのある色で照らしていた。

 ここは谷中銀座。

 日暮里の近くにある、いわゆる「谷根千」というやつだ。

 仕事に疲れた僕は、気分転換する為に少し気の利いた街を歩こうと思い、ここに足を運んだ。

 階段から眺めると、そこはもう昭和レトロな光景が広がっている。

 僕のいる位置にはインド料理屋「ダージリン」があった。


「インドと言えば食事は美味しかったな。メテムとよくカレーを食べたっけ」


 そんな思いが頭をよぎる。

 同時に、幸せそうなメテムの顔が浮かんだ。

 ガンジス川に落ちたり、汚物を投げつけられたりと散々な旅だったが、今となっては良い思い出だ。

 そんな風に思い出を美化し一頻りニヤニヤした後、僕は階段を降りていった。

 そこから先は、谷中銀座商店街だ。

 手前には幸せランチで有名なザクロがあるし、その奥には焼き鳥屋や、バングラデシュで有名なMOTHER HOUSEがある。

 僕もセカセカと歩くのではなく、一歩一歩ゆっくり歩きながら街に姿を溶け込ませた。

 谷中銀座ではなぜか皆食べ歩きをしている。

 手に持つのは、有名なメンチカツだったり、ドーナツだったりと様々だが、歩きながら食べるというスタンスだけは変わらないようだ。

 僕もそういう行為に抵抗はなく、むしろ大好きなので、正直嬉しい。

 小腹が空いていたのでまずは惣菜屋で焼き鳥を頼む。

 カニクリームコロッケと鶏皮を買う。

 これで〆て160円。

 昔ながらの価格設定には感謝という他ない。

 素朴な味わいは、取り立てて奇を衒ったものではなく、むしろ懐かしい味だ。

 こういうのをメテムに言っても伝わらないんだろうな。

 そんな事を考えるとメテムの顔が再びよぎった。


「おい、このカニクリームコロッケ、カニが入ってないぞ」


 心の底からそう思って発言しているであろうメテム。

 それに対して僕が返答に窮すと「大体日本人はかっぱ巻きとかなんとかネーミングセンスを疑うんだよ。なんだよ、かっぱ巻きって。かっぱ入ってないだろ」とか続けてきそうだ。

 なんとなくメテムが何を言うのか分かってきたから、自分でも不思議なもんだ。

 カニの入っていないカニクリームコロッケを食べながら、少し歩く。

 MOTHER HOUSEはいつものように賑わっている。

 上品で、それでいて下町にも馴染む親しみやすさを兼ね揃えたブランディングは、見事という他はない。

 そう言えば最近はインドネシア産のアクセサリーも取り扱ってるんだっけ。

 思い出し、僕は店内へと足を運んだ。

 中に入ると店員がこちらに顔を向け、それからすぐに柔らかな笑みを作った。

 夕暮れの街に溶け込むような、温かく素敵な笑みだ。

 僕も軽く会釈を返す。

 店内にはバングラデシュのジュートを使ったカバンや、ネパールのスカーフなどがあり、探していたアクセサリーはカウンター前に少しだけ並んでいた。

 金のイヤリングや、ネックレス、それから指輪が幾つかある。


「すいません、アクセサリーはこの店舗ではあまり取り扱っていないんです。秋葉原の本店の近くに、アクセサリー専門店があるんです」


 先程の店員が、本当に申し訳なさそうに僕に答えた。

 その顔を見ると、何だか僕が彼女の私生活に関わる大きな過ちを犯してしまったような気がしてきた。

 私生活に関わる大きな過ち。

 例えば彼女の大切な領域に土足で入ってしまった様な。

 まあとにかくすぐにでも返事をした方が良さそうだ。


「大丈夫です、少し寄っただけですから。それにあの辺りはよく行きますし、今度また伺います」


 そう言うと彼女の顔がみるみる晴れていくのが分かる。

 場の雰囲気が和やかになったのを感じると、僕は彼女にお礼を行って店外へ出た。

 MOTHER HOUSEを少し歩くとスティック型の焼き菓子やら、栗専門店が続く。

 栗専門店はモンブランが美味しそうだから、いつか食べてみたいと思っているが、なかなか機会が無い。

 今は一人だから入ろうと思えば入れるのだけれど、何故か二の足を踏んでしまう。

 それから向かいにあるフロランタンの専門店も見過ごせない。

 様々な味があり、何度か食べたことはあるが、オススメは断然「塩」だ。

 甘じょっぱいこのテイストが、僕はとてもお気に入りだ。

 量も小さいので、もし誰かと来たのならば、買っても困ることは無いだろう。

 その先は途中途中惣菜屋が広がる。

 看板料理の谷中メンチは先程から見かける歩き食べの代表だ。

 それからあとは酒屋がチョロチョロと続く。

 もう良い時間だからか、カップを片手に路上まで出て盛り上がっている地元の人が見えた。

 僕はあまりお酒を飲まないので分からないが、この場にメテムがいたらさぞかし歓迎されるんだろう。

 メテムのような明るくて特徴のある外国人はどこに行っても映える。

 一緒に連れてきたら連れてきたで、いらぬ気苦労をすることになるけれど。

 酒屋を抜けた奥はT字路になっていて、谷中銀座商店街はここで終わる。

 これから南へ抜ければ上野公園へ続く。

 途中途中素敵なカフェや雑貨屋もあり、まだしばらくは歩くのに飽きない。

 北へ向かうと六義園だ。

 今日はどうしようか、そう思ってふと商店街を振り向くと、上から眺めていたのとはまた違った顔が見えた。

 柔らかな灯り、酒を片手に騒ぐ人々、カップルで歩く若い二人。

 よし、今度はメテムを連れてこよう。

 なんだかんだ言いながら楽しんでくれるだろう。

 メテムの幸せそうな顔を思い出しながら、僕は来た道を戻った。

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