熱視線
とある週末、大学の友人とドライブに出かけた。
ドライブと言っても、暇にあかせて
友人が買ったばかりの中古車を自慢したいが為の
ドライブだった。
「暑くなって来たよな」
「明日か明後日には梅雨明けだってさ」
「お前もこれで、あの電車通学から脱出か?」
「車買ったからって、即車通学って訳にはいかないよ。
こうガソリンが上がるとさ...バイト増やさにゃあ」
「だけど、駐車場だって馬鹿にならんだろう?
通学にしようしないんだったら、宝の持ち腐れってやつ?」
「あー駐車場は大丈夫。今住んでるアパートそうだけどさ、
不動産やってる叔父さんのつてで、ただで置かせてもらえるところあんのよ」
「いいなあ...持つべきは金持ちの親戚か」
「ばーろー、俺だって頼み込んでやっとだよ。この車だって、格安なのを探して買ったんだからさ」
「ああ、この車さ年式もグレードも悪くないけど、100万だっけ?ありえなくね」
「だろう?飛びついた俺の気持ちもわかってよ」
車は、国産ミニバンでスポーティなスタイルの人気車だ。
2007年式の物で、市場では中古車でも180万からが相場だった。
色も人気の黒。内装もナビETCまで付いていたそうだ。
「いわゆる、いわく付きとか?」
「いやなこと言うね〜俺も気にしたさ、聞いたけど事故歴無しだって。
おまけにワンオーナー車だっていうからさ」
「余計、うさんくさい!」
「まーまー運のよかった俺を妬みなさい」
いわく付きとは、事故車に良くあることで
乗ってみたら、見ただけではわからない故障やエンジントラブルも
含まれる。都市伝説によくある幽霊付きもいわく付きですな
「で、どこ向かってるの?」
「とりあえず新潟、海みたいっていってたじゃん」
「海、いいね〜途中女の子も引っ掛ければ最高だね」
江ノ島、湘南の方がメッカだがこの時期の週末は
混雑の方が恐ろしい。男二人で、渋滞ドライブなど最悪である。
だから、友人は海とは言いながら車の流れを見て
海にも山にも即対応出来る方面を選んだのだった。
というわけで、とりあえずなのである。
カーオーディオからは、夏をイメージした音楽。
中古車とはいえ、新しい車の匂い
悪くはないドライブだった。
海に着いて、適当にはしゃいで
帰るときには、深夜になっていた。
週末と言うこともあり、国道は混んでいたので
ナビを頼りに裏道を目指した。
どのくらい走っていたのだろう、いつの間にか俺は寝ていた。
カーオーディオから流れる音が遠くに聞こえる。
その音に混じって、鳴き声聞いた。
「ミー....ミー....」と微かに聞こえる声は、子猫かな?っと
そのうち、寝ながら暑苦しさを感じた。
まとわりつく熱気に目が覚めた。
じっとりと背中といい、首筋にも汗をかいている。
「おい、クーラー止めたのか?」
運転する友人に聞いた。
「....」だが、黙ったまま前を見て運転している。
エアコン表示を見ると、クーラー設定は変わっていなかった。
「何か暑くね?」
いいながら、CDを変えた。
俺は、再び友人に聞いたが答えはない。
なんだよって思いながら横を見ると、どうも様子がおかしかった。
顔を引きつったまま、まっすぐ前を見て運転しているのだ。
俺は、今どの辺かとナビを確認しが
ナビは、真っ暗な画面になっていた。
「おい、ナビ壊れたんか?少し休もう。お前も疲れたろう」
言って、肩をぽんと叩いた。するとまるでスイッチでも入ったかのように
「う..ううう...うわあ...」と友人は叫んで、ブレーキーを踏んだ。
急ブレーキに、全身が前に弾かれそうになりながら、
シートベルトの力もあって、かろうじてシートまで戻された。
「なっ、なんだよいったい!?」
言う俺の声が聞こえないのか、友人は引きつった顔のままあわてて
シートベルトを外して、外へ飛び出した。
俺もシートベルトを外して、外に出た。
地面に腰を落として、まるでしりもちでも着いたような姿勢で
友人は、車を震えて見ていた。
「どうしたんだよ?」
俺は、訳を聞いた。
友人は、車を指差してがたがたと震えている。
ガチガチと歯はなるが、声にならないようだ。
「なんだよ、幽霊でも見たってか?」
俺は、半ばからかうつもりで言ったが
友人は、その言葉にうんうんっと激しくうなずいた。
友人が言うには、初めはナビの異常からだった。
画面が乱れ、雑音が響いて切った。
隣にいる俺を起こそうと、手を伸ばした時
その手を止めるものがあったという
足元の暗い所から伸びる白い細い手が
グッと掴み、身体が金縛りにあっていたという
俺が、友人にタッチするまでその状態だったという
耳には、子供それも幼い赤ん坊のような鳴き声が
耳もとで耳鳴りのように続き、運転が続けられたことは奇跡だったらしい。
話を聞いて、これからどうするかと相談した。
携帯も圏外の山の中、助けも呼べそうになかった。
しかし友人は頑として車に戻ることを拒んだので、
仕方なく俺が車で麓まで行き助けを呼んで来ることで納得した。
怖くないと言えば、嘘になるが直接幽霊を見たわけではないし、
動けるのは自分だけだ。
車に乗るとどこといって変な所はない。
山道も小一時間ほどで麓に着き、圏外を脱して友人の家族に連絡をした。
すぐに彼の兄が迎えに来てくれることになり、
俺はわかりやすい場所に駐車して、友人の兄を待った。
思っていたよりも帰り道近かったのかさほど待たずして友人の兄が到着した。
そして友人の所まで戻り、友人は兄の車へ
俺は、そのまま友人の車を運転して帰ることになった。
ドライブしていた時のはしゃいだ気持ちはすっかりと冷めて
前を走る友人の兄の車を意識して山道を走った。
クーラーを入れているはずなのに、妙に暑い気がして
クーラーを見ると、かなり低温設定にしてある。
「おかしいな」思っていてもどんどんと気温は上がって行くようだ。
暑さに、じっとりと汗が全身にじむ
窓を開けようとスイッチを入れたが、窓はロックされているように
動かなかった。「故障か?」
前の車に合図して、駐車しようと思い
クラクションを押そうとしたが、手が動かなかった。
いや、手だけではない。足も身体の向きさえも変えられない。
「な、なんだよ...」
友人の言葉を思い出して、そっと暗い足元を見た。
だが、別段変わった所はなかった。
白い細い手など見当たらない。
「ち、違うよな...ちょっと疲れて、筋肉痙攣。きっとそうさ」
自分で自分に言い訳して、再び手を動かしてみた。
しっかりとハンドルを握る両手
だが、右手も左手も人の手のように俺の意識を無視して
ハンドルから手を離してくれなかった。
暑い室内のせいで、汗がだらだらと額を流れている。
目に入りしみるが、それを拭うことも出来ない。
気付くと、俺の車は友人の車を見失っていた。
真っ暗な街灯もない道を走っている。
「なんなんだよ!」言う俺の声にまじって
「ミー....ミー...」と猫の鳴き声のような音がした。
後部座席の座席の方から音がする。
バックミラーに目がいったが真っ暗なまま
それはだんだんと室内に鳴り響き、子供いや赤ん坊の鳴き声だとわかった。
そして、足元から這い上がってくる感覚に
唯一動く頭を下に向けると、
無数の白い細い手が足を覆うようにうごめいていた。
その数本が俺の足元に力をこめた。
「やめろ!やめろよ!!」
抗えない力は、車の速度を増して行く
赤ん坊の鳴き声は、俺の叫びをかき消してさらに大きく耳もとで聞こえた。
「やめろ!やめろ!やめろ!〜止めてくれ!!!!」
俺は、めいいっぱいの声でやめろ!止めてくれ!っと叫んだ。
声が聞こえたのか、足を掴んでいる力ふっと弛んで
俺は、力一杯ブレーキを踏んだ。
だが、木かなにかにぶつかったのか全面に衝撃を感じて
ハンドルに胸をぶつけ、反動で後ろへもどった。
頭がくらくらしたが、車が止まった感触にほっとした。
手も動く。シートベルトを外して、シートを倒した。
暑さとも冷や汗ともとれる汗をぬぐり、上をみた。
車の天井いっぱいの赤ん坊の顔が俺を覗き込んでいた。
「うわあああああ........」
気が着いた時
俺は、病院のベットの上だった。
心配そうにしている俺の家族
そして、俺の意識が戻ったことが知らされて
友人が病室に彼の兄と共に入って来た。
「大丈夫か?」
全身が筋肉痛のように痛みがひどい。
しかし、骨は折れてはいないようだった。
「あれからさ、車売った所にいったよ」
「車...どうだった?」
「売った車屋に今回の事を言って、かなり言ってみたわけよ」
「ああ...そしたら?」
「白状したさ、ワンオーナーで無事故車なのは嘘じゃないって
でもさ、売ったやつが知り合いらしくてさ
前の持ち主の名前こそ出さなかったけど、あの車でさ
子供が死んでるんだって...両親が若いやつだったらしくて、
パチンコで遊んでる間に車に置き去りにした
生後6ヶ月の赤ん坊が熱射病で死んだんだって」
「そうか...やっぱりな」
俺も友人もその話で納得した。
気絶していた間、耳の奥に赤ん坊の鳴き声がずっと響き
行き詰まる程の暑さと自由の効かない体
苦しかったんだろうなと合点がいった。
あの車に染み付いた赤ん坊の悔しさが
今回の事故を引き起こしたんだと思った。
「どうせなら親のところへ行けばいいのにさ」
「まったくな」
友人は、言いながら病室の窓を開けた。
さわやかな風が病室へ流れ込んでくる。
空の日射しが高く、風の向こうに夏の訪れを感じた。
暑い中、よくある事故を連想してこの話を書きました。車という箱の中は快適なようで、逃げ場のない密室は、一つ間違えれば地獄のような状況になります。本当に...