表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

短編集

父さんのカレー

作者: 葵れい
掲載日:2016/12/14


 父さんのカレーを食べたのは、それが生まれて初めてだった。

 次の日、父さんは旅に出た。

 僕の父さんは勇者と呼ばれていた。

 父さんは魔王を倒すために旅立ち。

 そして、二度と帰らぬ人となった。




 それから世界はどうなったのか。

 僕にはよくわからない。

 父さんが果たせなかった事によって、現実の目に見える何かが闇に覆われて。

 現実の何かが無残に壊れて。

 誰かが不幸になり、誰かが悲しんだ。

 勇者も魔王もまったくわからない。どう違うのかもわからない。

 ただ、父さんは誰かのために戦いたいとだけ言っていた。

 ……よく言っていた。誰かの希望でありたいと。

 胸を張って生きたいと。

 ……僕には、何でも良かった。

 ただ、父さんのカレーは。

 ……忘れたくても忘れられない味になった。




 あれから10年以上が経った。

 新しい父さん……母さんにも……慣れたと思う。

 だけど忘れられない人がいる。忘れられるわけがない。

 僕はあの頃まだまだ幼くて。世界の何一つわかっていなかった。

 いいや、今だってそう。何にもわからない。

 でも。

 ……父さんの事、忘れない。言葉を忘れない。

 胸を張って生きたいと。

 ……僕も心に刻んでいる。




 ある日、知らない人が家にやってきた。

 僕に用がある?

 背の高い男の人――高すぎて、見上げてもよく見えない。

 でも声が似ていた。

 父さんの声に似ている。

 ねぇ、誰も何も思わないの? この人父さんに似てるって。

 ……この人は何?

 その人と一緒に、昔父さんと住んでいた家に向かった。

 一緒に歩いてますます思った。

 父さんに似ている――父さんのにおいだ。

 日差しのにおいに似ている。

 晴れた草原のにおいに似ている。

 走り出した風に似ている。

 笑い方が。

 …………忘れていた、父さんの笑い方と。

 ……僕は泣かない。

 泣かないと、約束している。

 誰と?

 神様だ。




 父さんと住んでいた家には、古い剣があった。

 その人のお目当てはその剣だった。僕だけが知っている、父さんの秘密の剣。

 教えるか迷ったけれども……いいや、教えるより先にその人は自分で見つけてしまった。

「ありがとうな」

 頭をクシャクシャされた。

 僕は何にもしていないよと言ったけれども、その人はやっぱり嬉しそうに僕の頭をクシャクシャした。

 その時チラっとその人の顔を見たら。

 意外と顔は、父さんには似てなくて。

 ……ごめん、父さん。父さんよりもイケメンだった。

 でも僕はこの人が好きだと思った。

 父さんに(顔以外が)似ているこの人が、たまらなく好きだと思った。




 剣を手に入れ、その人はまた旅に出ると言った。

 目指しているのは魔王の城だと。

 ……父さんが果たせなかった事をするのだと。

 彼は言った。名誉のためではないと。

 だが無謀でも自棄でもないのだと。

 誰かのために戦いたいなどと、嘘くさい事は言いたくない。

 だけど生まれた以上、人の役に立ちたいとは思う。

 けれどもそれだけで戦えるほど、自分は人間ができてはいない。

 ならばなんのために戦うのか。

 ――胸を張って、生きていたいから。

 他の道もあっただろう。もっと容易い道は幾らでもある。

 でも選んだのだから。選んだ以上は。

 迷うまいと。

 貫きたいと。




 旅立ちの朝。

 ……僕は、家を飛び出した。

 僕が行くと、その人はびっくりした。家に帰れと言われた。

 でも僕は揺るがなかった。

 僕にだって、貫きたいものがあるんだ。

 僕にだって――。

「行きたい」

 僕の気持ちが通じたかはわからないけれども。

 その人はまた、僕の頭をクシャクシャと撫でた。




 旅立ちの朝。

 その人がくれたご飯は、カレーライスだった。

 ……二度目のカレーは、やっぱり、忘れられない味になった。

 最初のカレーから10数年。

 ……足に唱える、最後まで、ひたむきに歩けと。







 ――後の世に、身を挺して勇者を守った名犬として。

 ……語り継がれる未来を、僕は知らない。

 知っているのは、よくわからない、カレーという食べ物の味だけ。




   

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[良い点] タイトルからは全く想像できない作品でした(W まさかの展開とまさかのオチ。 完全にやられました……
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ