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短編集

父さんのカレー

作者: 葵れい


 父さんのカレーを食べたのは、それが生まれて初めてだった。

 次の日、父さんは旅に出た。

 僕の父さんは勇者と呼ばれていた。

 父さんは魔王を倒すために旅立ち。

 そして、二度と帰らぬ人となった。




 それから世界はどうなったのか。

 僕にはよくわからない。

 父さんが果たせなかった事によって、現実の目に見える何かが闇に覆われて。

 現実の何かが無残に壊れて。

 誰かが不幸になり、誰かが悲しんだ。

 勇者も魔王もまったくわからない。どう違うのかもわからない。

 ただ、父さんは誰かのために戦いたいとだけ言っていた。

 ……よく言っていた。誰かの希望でありたいと。

 胸を張って生きたいと。

 ……僕には、何でも良かった。

 ただ、父さんのカレーは。

 ……忘れたくても忘れられない味になった。




 あれから10年以上が経った。

 新しい父さん……母さんにも……慣れたと思う。

 だけど忘れられない人がいる。忘れられるわけがない。

 僕はあの頃まだまだ幼くて。世界の何一つわかっていなかった。

 いいや、今だってそう。何にもわからない。

 でも。

 ……父さんの事、忘れない。言葉を忘れない。

 胸を張って生きたいと。

 ……僕も心に刻んでいる。




 ある日、知らない人が家にやってきた。

 僕に用がある?

 背の高い男の人――高すぎて、見上げてもよく見えない。

 でも声が似ていた。

 父さんの声に似ている。

 ねぇ、誰も何も思わないの? この人父さんに似てるって。

 ……この人は何?

 その人と一緒に、昔父さんと住んでいた家に向かった。

 一緒に歩いてますます思った。

 父さんに似ている――父さんのにおいだ。

 日差しのにおいに似ている。

 晴れた草原のにおいに似ている。

 走り出した風に似ている。

 笑い方が。

 …………忘れていた、父さんの笑い方と。

 ……僕は泣かない。

 泣かないと、約束している。

 誰と?

 神様だ。




 父さんと住んでいた家には、古い剣があった。

 その人のお目当てはその剣だった。僕だけが知っている、父さんの秘密の剣。

 教えるか迷ったけれども……いいや、教えるより先にその人は自分で見つけてしまった。

「ありがとうな」

 頭をクシャクシャされた。

 僕は何にもしていないよと言ったけれども、その人はやっぱり嬉しそうに僕の頭をクシャクシャした。

 その時チラっとその人の顔を見たら。

 意外と顔は、父さんには似てなくて。

 ……ごめん、父さん。父さんよりもイケメンだった。

 でも僕はこの人が好きだと思った。

 父さんに(顔以外が)似ているこの人が、たまらなく好きだと思った。




 剣を手に入れ、その人はまた旅に出ると言った。

 目指しているのは魔王の城だと。

 ……父さんが果たせなかった事をするのだと。

 彼は言った。名誉のためではないと。

 だが無謀でも自棄でもないのだと。

 誰かのために戦いたいなどと、嘘くさい事は言いたくない。

 だけど生まれた以上、人の役に立ちたいとは思う。

 けれどもそれだけで戦えるほど、自分は人間ができてはいない。

 ならばなんのために戦うのか。

 ――胸を張って、生きていたいから。

 他の道もあっただろう。もっと容易い道は幾らでもある。

 でも選んだのだから。選んだ以上は。

 迷うまいと。

 貫きたいと。




 旅立ちの朝。

 ……僕は、家を飛び出した。

 僕が行くと、その人はびっくりした。家に帰れと言われた。

 でも僕は揺るがなかった。

 僕にだって、貫きたいものがあるんだ。

 僕にだって――。

「行きたい」

 僕の気持ちが通じたかはわからないけれども。

 その人はまた、僕の頭をクシャクシャと撫でた。




 旅立ちの朝。

 その人がくれたご飯は、カレーライスだった。

 ……二度目のカレーは、やっぱり、忘れられない味になった。

 最初のカレーから10数年。

 ……足に唱える、最後まで、ひたむきに歩けと。







 ――後の世に、身を挺して勇者を守った名犬として。

 ……語り継がれる未来を、僕は知らない。

 知っているのは、よくわからない、カレーという食べ物の味だけ。




   

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― 新着の感想 ―
[良い点] タイトルからは全く想像できない作品でした(W まさかの展開とまさかのオチ。 完全にやられました……
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