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英雄王、その未来は  作者: ねむねむ
四章 覇者たるもの
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五話

続きです。

 ライト砦内では、第五皇軍の兵士たちがせわしなく動き回っていた。誰もが焦燥しきった顔をしている。

 そんな砦の中央塔にある指令室には重苦しい空気が漂っていた。

 「これからどうするべきか……決断の時ではないか?」

 そう切り出したのはルナ第五皇女の護衛としてつい最近第五皇軍と行動を共にし始めた青髪の女傑――ティアナだ。

 「ティアナ殿……しかし先の襲撃に度重なる攻撃で、こちらの兵数は既に一万を切っています。決断もなにもないのではありませんか?」

 ルナ第五皇女の副官アロイスが苦しげに息を吐く。

 「それはそうだが……しかしこのままではじり貧もいい所だ。指揮官を敵方にみすみす捕らえられるという失態を犯した我々に救援がくるとは思えない」

 皇族を――それも覇彩剣五帝所持者を守りきれなかったのだ。皇帝の怒りは確実に買っているだろう。そんな中で援軍を期待するのは楽観的すぎるというものだ。

 司令室に重苦しい静寂が訪れる。仰ぐべき主を守りきれなかったという不甲斐なさと、自分たちが置かれている情勢の絶望さからくるものだ。

 不意に、扉が軽く叩かれる。アロイスが「どうぞ」と許可をだすと、入ってきたのはルナ第五皇女の侍女であるシエルだった。

 ティアナよりも濃い色合いの青髪に、まだ幼さの抜けきっていない顔立ちの侍女に幕僚たちは自然と微笑みを浮かべる。シエルは清涼剤の如く室内の雰囲気を和らげた。

 彼女は手にしていたトレイから、この場に集った面々に珈琲の入ったカップを渡していく。

 ティアナもそれを受け取り、話しかけた。

 「ありがとう……シエル殿、大丈夫か?」

 「……はい、大丈夫ですよ。それよりもティアナさんは自分自身を心配すべきです」

 シエルは憔悴しきった顔で、それでも懸命に笑みを返してくる。

 「……私は別に問題ないさ。そういえば……砦内の様子はどうだ?」

 強制的に話題を切り替えたが、シエルは嫌な顔一つせずに応じてくれた。

 「みなさん、お疲れのようです。それと糧食はまだ余裕がありますが、治療に使う包帯等が不足し始めています。このままだと今後治療することができなくなるかと」

 「そんなにか……不味いな」

 時間が経つにつれて悪くなっていく状況を聞かされた面々の顔は次第に重々しいものに戻って行く。

 そこに――、

 『ほ、報告いたします!援軍が――援軍が到着しました!』

 扉を荒々しく開け放ちながら、息も絶え絶えといった様子で一人の兵士が大声を上げた。

 アロイスが席を立ちながら兵士に問いかける。

 「援軍……それは本当か!?」

 『は、はいっ!大帝都方面からこちらに駆けてきたようでして――』

 「直接見た方が早いな。案内してくれるか」

 ティアナが遮っていえば、兵士は敬礼を持って応えた。

 「アロイス卿、他の方々も来られよ」

 ティアナは言うや否や兵士の後に続いて駆けだしていく。その後に続くシエルの背を見たアロイスたち幕僚は、慌てて付いていった。

 胸壁までたどり着いた一同の視界の先には――希望が待っていた。

 「あれは……!」

 ティアナが驚愕に打ち震える。アロイスを含む幕僚たちは唖然としていた。

 「馬鹿な……彼らは北東にいるのではなかったのか!?」

 ライト砦を取り囲むヴァルト王国の軍勢の背後。天を泳ぐ三つ首の黒竜は王者の御旗。極めつけは日光を反射して輝いている白銀の鎧だ。

 シエルは口に手を当て、瞳を潤わせながら呟いた。

 「“天軍”……レンさんっ!」

 援軍として駆け付けた軍勢の名は“天軍”。千年前、英雄王に率いられて世界を救った伝説の軍だ。率いるのは現代に蘇った生ける伝説。

 “軍神”の末裔――レン・シュバルツ・フォン・アインスその人だった。


 *


 蓮は張り終えた天幕の中にいた。他にもキールを始め、各部隊長がそろっている。

 「敵に動きはありましたか?」

 陣地を構築してから既に一刻。敵が動き出してもおかしくはなかった。

 『はっ、敵は包囲は崩さずにこちらを迎撃する部隊を編制。鶴翼の陣で待ち構えています』

 一人の部隊長が立ち上がって報告してきた。

 「数はどれほどですか?」

 『半分――五千ほどです。左右に二千、中央に一千です』

 (鶴翼か……数で勝っているから当然ではあるけど)

 鶴翼の陣とは、両翼を前方に張り出し、中央を下げて包囲殲滅を狙う構えだ。大鷲陣と似てはいるが、大鷲陣が両翼を緩やかな曲線にしているのに対し、鶴翼はV字というより尖った形にするのが特徴だ。

 両翼が包囲を完了するまで中央が耐えなければならない性質故に、相手よりも数で勝っている時に使われる。

 (間違ってはいない。けど……“天軍”相手にたった(、、)五千程度で迎え撃とうとは、舐められたものだな)

 蓮は報告を終えた部隊長を座らせてから立ち上がった。

 「聞いての通り、敵は鶴翼の陣で待ち構えている。相手は総数一万、迎撃には五千しか使ってこないみたいだけど、こちらは二千しかいない。勝つ方法は色々あるけど、こちらには時間がない」

 総軍に合流しなければならないので、早急に終わらせる必要があった。それに――、

 (密偵からの報告ではここには既にルナはいない。東に運ばれたみたいだ)

 人質として使われる心配がなくなったのであれば、多少強引な手段でも問題はない。

 「数で劣っているし、時間もない。となれば答えは一つだ」

 その言葉に、キールが反応する。

 「どんなに数が多くても、頭を失えば烏合の衆ってことか?」

 蓮は満足げに首肯した。

 「その通り。僕たちは敵将の首だけを狙うよ」

 左眼を抑えて、笑みを深める。

 「包囲殲滅――誰を相手にそんな真似をしようとしているのか……身の程をわきまえさせてやるとしよう」

 殺気に満ちたその言葉に、部隊長らは体を震えさせた。



 一刻後、両軍は向かい合った。

 ヴァルト王国軍は当初の報告通り、鶴翼の構えの五千。対する“天軍”二千は雁行の陣――部隊を斜めに配する陣形を取った。

 先頭の部隊にいた蓮とキールは緊張など感じさせない会話をしていた。

 「旦那は大胆だな。敵さん、動揺しているみたいだぜ?」

 雁行の陣は味方の後詰がある時に先鋒部隊が使う陣形だ。全部隊が即戦力として動けるという利点があるが、消耗戦に弱く、長時間の戦闘はできない。

 “天軍”に後詰はない。だというのにこの陣形を取ったということで、敵は混乱している。なにを考えているのか、どんな思惑があるのかを読み切れていないが故に。

 だが――それすらも布石に過ぎない。

 「まあ、この兵力で雁行の陣だからね。正気を疑うだろうよ」

 「しかもそれすらも本命じゃないってんだからな……旦那は敵に回したくない存在だよ、まったく」

 キールは呆れたように肩をすくめて見せた。蓮は朗らかに笑って返す。

 「あの時、僕の手を取って正解だったろう?それに約束は守るし」

 「ああ……そうだな。お陰さまで戦いには困らない日々を過ごせているよ」

 そんな二人に声が掛かった。

 『レン殿下、キール副官。敵が動き始めました』

 兵士の報告に視線を正面にむければ、鼓膜を揺らすほどの大音が敵陣から上がった。太鼓の音が空気を震わせ、軍靴を踏み鳴らす音が大地を鳴動させる。

 自軍の士気を上げ、敵軍を威圧するためだ。だが、最強の軍たる自負を持っている“天軍”にとっては無意味なものだ。

 蓮は“白帝”(ブリューナク)を右手に、左手を振った。

 その合図に旗手が応え、“天軍”が掲げる御旗が天を席巻した。白地に三つ首の黒竜の紋章旗は英雄の証。千年前、世界にその名を轟かせた覇者の神旗だ。 

 旗手が旗を左に振れば、各部隊が前進を開始する。戦の始まりだ。

 (敵は……変わらず包囲を狙っているか)

 敵両翼はこちらの背後を取ろうと全速で駆けている。既に蓮からみて横側にいるという状況だ。つまり――今中央と両翼は完全に離れてしまっているということ。直ぐには駆け付けられないだろう。

 「……始めるとしよう」

 蓮は再び左手を振る。ただし今度は右に。

 そうすれば、旗手は傍を右に傾けた。すると斜めに展開していた各部隊が前進しながらも徐々に中央に集まり始める。

 そして――“天軍”二千はほぼ縦に一列に並んだ。雁行の陣から長蛇の陣へ早変わり。

 「最初から大将首しか狙ってないことぐらい見抜いてみせろよ」

 あきれたように言って、蓮はクロに背後を向かせ“白帝”を天高く掲げた。

 「狙うは敵将の首のみ……全軍、我に続けッ!」

 翻ってクロの手綱を軽く引っ張れば、黒馬は猛然と駆けだした。

 その背に続くのは二千の精鋭たち――皆精悍な顔つきで、恐れなど知らないといった様子だ。

 ゆっくりと前進していた“天軍”が、突如として一列ですばやく駆けだしたことで敵両翼は完全に置いてけぼりをくらった形となった。わざわざ包囲網の中に突っ込んでくるなど正気の沙汰ではないと、敵兵たちの表情が物語っている。

 しかし、蓮はそれらを鼻で笑って傲然と言う。

 「それで守るべき主を失ったら、包囲なんて簡単に崩れるだろうが」

 指揮を執る人間がいなくなった軍勢など、烏合の衆でしかない。頭を失った獅子など恐れるに足らず。

 蓮の視線の先には驚愕の表情を浮かべる敵兵たちがいた。彼らに寒気を覚えさせる狂的な笑みを向けた蓮は、黄金の剣を馬上から振って首を次々と刈り取っていく。

 そのまま進撃すれば、見えてくる敵将らしき男。それなりの覇気は持ち合わせているようだが、キールどころかラインの足元にすら及ばないほど脆弱だ。

 『我が名は――』

 「名乗りは必要ない。あなたは直ぐに――死ぬ」

 敵将の名乗りを遮ってクロの背から跳躍した蓮は、獣の如く襲いかかる。主を守ろうと敵兵たちが進路を遮ってくるが――全て無駄の一言に尽きた。

 突き出された槍を“白帝”で軽く弾いて逸らして首を刎ねる。地面に着地した瞬間を狙った攻撃には屈むことで回避する。身を起すついでに槍を拾って投擲すれば、三人ほどまとめて貫く死の一撃となった。ならば弓だと、放たれた矢は全て“天銀皇”(アガートラム)によって防がれた。そればかりかお返しだと言わんばかりに白銀の外套の裾が竜の咢を形どり、極光を放って心の臓を貫き絶命させた。

 鎧袖一触――圧倒的な武力を見せつけられた敵将は――それでも逃げなかった。

 『十二円卓(ラウンズ)の名に懸けて、貴様を討つ!』

 「その心意気は買おう。実に見事だ」

 絶対的強者を前にしても退かない敵将の姿勢に敬意を表して全力で。

 蓮は“白帝”の天恵である“光輝”(フォトンレイ)を発動させた。光速で敵将に迫り――首を一息に刎ねる。

 次いで周辺を掃除(、、)すべく闘気を滾らせた。大気が軋み、空間が圧迫されて悲鳴を上げる。蓮が一歩、前に踏み出せば、地面が圧に耐え切れずに爆ぜた。

 

 ――覇光白夜(リヒトブランシュ)

 

 世界が黄金の光に支配される。その暴力的なまでの光量は敵味方関係なく手を止めさせた。聞こえてくるのは風切り音と断末魔の悲鳴だけ。

 永遠にも似た一瞬が終わりを告げ、黄金の光の中から出てきたのは黒髪の少年だ。その手には黄金の剣と――敵将の首が掴まれている。

 「敵将、討ち取ったり!角笛を鳴らせ、戦場全体に伝えよ。我らの――“天軍”の勝利だと。投降すれば命は奪わぬと」

 蓮は声を張り上げて告げた。

 すると“天軍”から歓声が上がる。ヴァルト中軍は武器を地面に落として降伏の姿勢をみせた。その背後から遅れてやってきた両翼はしばし呆然とし――同じく降伏するのだった。

 

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