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英雄王、その未来は  作者: ねむねむ
四章 覇者たるもの
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二話

続きです。

 護国五天将。

 それはアインス大帝国における大将軍の地位のことだ。皇帝から直接任命され、その名の由来たる護国五神器を下賜された武官。軍事国家であるアインス大帝国では尊敬、畏敬の対象であり、国家守護の最後の砦と呼ばれている。

 永久名誉職である“帝釈天”シュバルツを除いた四人の大将軍たちは、東西南北の四領域にある鎮台という大砦に駐留することで他国へにらみを利かせていた。

 その名誉ある役職に――、

 (僕が――皇族が就くっていうのか!?)

 第三皇子である蓮を任命するというのだ。

 驚愕に包まれ言葉を発せられないでいると、皇帝が続けて言ってきた。

 「護国五神器はないためそなたに下賜することはできぬが……聞くところによればそなたは神器らしき武器を所持しているらしいな。それはまことか?」

 「…………は、はい。事実です」

 蓮はなんとかといった様子で言葉を返した。

 すると皇帝は安堵したそぶりを見せてくる。

 「そうか……ならば問題はないな。しかし、今は戦時下。ヴァルト王国を征伐した後にそなたの特進を世間にむけて公表しようと思う」

 「……陛下、お言葉ですが僕は皇族です。皇族が大将軍を兼任するなど貴族諸侯たちが黙ってはいないでしょう」

 蓮は皇族――それも皇位継承権を持ったままなのだ。そんな存在が栄えある護国五天将に任命されたと知れれば、敵対する貴族諸侯が黙ってはいないだろう。最悪、皇帝の采配が問題視されかねない。

 だが、皇帝はそんな蓮の危惧を一蹴した。

 「先ほども言ったであろう。問題はないと。既に五大貴族の賛同は得ておる」

 と、皇帝は玉座の間を見渡す。

 つられて蓮も視線を向ければ、そこには五人の貴族の姿があった。

 (そうか、その為に五大貴族だけがいるのか……!)

 普段通り貴族諸侯を集めてしまえば、騒ぎになることは間違いない。しかし、事前に各領域を代表する五大貴族に話を通し、更に公表を先延ばしにすることで貴族諸侯を説得する時間を皇帝は稼いだ。

 (なるほどね……しかしよく五大貴族たちを説得できたな)

 蓮は東域貴族の支持を取り付けている。であれば、他の皇位継承者を支持している五大貴族からの反発は必定というもの。

 (まあ、しぶしぶといった様子だけど……)

 見れば、蓮の支持者である東域の五大貴族フィンガー家の現当主であるバルト以外は一様に表情を険しくさせていた。それを見るに今回の決定について不承不承といった様子なのが分かる。

 (それでも“北域天”を喪ったことで生じた国家守護の穴を見過ごせなかったってところか)

 先日のエーデルシュタインとの戦争で、“北域天”ユリウス大将軍は討ち死にしている。北域には武力軍略共に優れたブラン第二皇子がいるし、接している国家はどれも協定を結んでいるためそれほど危険があるというわけではない。ないが、それでも常に敵対国家と戦争をしているこの国はおよそ盤石とはいいがたい為、早急に北域守護を決めておきたかったのだと蓮は推測した。

 (僕にとって大将軍という地位は非常に役に立つ。断る理由もないかな)

 蓮は気持ちを落ち着かせると、口を開いた。

 「喜んでお受けいたします。アインス大帝国の為、ひいては民の為にこの力を振いたいと思います」

 「そうか、よく受け入れてくれたな。……では早速命じよう。レン・シュバルツ大将軍、総軍を率いて東に向かえ。ヴァルト王国を征伐せよ」

 その言葉に、蓮は驚いて顔を上げた。

 「陛下、二つほどお聞きしてもよろしいですか?」

 「かまわんぞ、言ってみるがよい」

 「まず……今回陛下は出立なさらないのですか?」

 てっきりルフト公国を征伐した時のように皇帝自身が出張るものだと思っていたのだが。

 という蓮の疑問に、皇帝は僅かに顔を歪めた。

 「……専属医師に止められたのだ。余の身体を心配してのことでもあり、またその医師は余の長年の友人でもある故、無下にもできんのだ」

 (やはりせまる年には勝てないか)

 皇帝は今年で六十一歳。この世界の平均寿命が五十だということを踏まえると、そう長くはないことがわかるというものだ。

 「……そうでしたか。ではもう一つ、ルナ第五皇女の件です」

 蓮は本命を切り出す。すると皇帝は唸るように荒い息を吐き出した。

 「ルナ第五皇女か……。そなたはどこまで把握しておる?」

 「僕が知っているのは拠点であるライト砦にいること。そこでヴァルト王国別働隊に包囲されているということだけですね」

 「……その情報は欠けておる。ルナ第五皇女はライト砦に入る前に襲撃を受け、兵を守るべく殿を務めた結果、敵に捕らわれてしまったのだ」

 (…………は?)

 蓮は僅かな時間思考停止し――慌てて声を上げた。

 「ルナ第五皇女は既に敵の手に落ちたと?では何故敵は未だライト砦を包囲しているのですか?」

 「……分からぬ。密偵からの報告では、敵は何かを探している様子だったらしいが……具体的には不明だ」

 「ルナ第五皇女に関して、敵から要求などは無かったのですか?」

 生かして捕らえたのであれば、身代金や領土割譲などといった身柄引き渡しに関する要求があるはずなのだが……。

 「……何もない。現時点ではな」

 「…………そうですか。それは残念(、、)です」

 蓮は顔を伏せて表情を悟られないようにする。その表情は怒りに満ちていた。

 (要求が無いはずがない。おそらく不利益な要求だったために、隠しているのだろう)

 決定的。これで完全に皇帝と蓮はたもとを分かつことになる。

 蓮は努めて感情を消すと、平坦な声色で言う。

 「ルナ第五皇女を先に助けるべきです。彼女は覇彩剣五帝所持者であり、皇族でもありますから」

 それに、と蓮は反論を挟まれる隙なく続ける。

 「後顧の憂いは絶つべきでしょう。ライト砦は東域鎮台よりも内側にあります。それを無視して進軍すれば、背後を取られ、結果挟撃されかねません」

 「しかし、その間に東域鎮台が落とされはせぬか?そうなれば勝利するのは難しくなる」

 「いえ、別働隊を殲滅する時間くらいは稼げるでしょう。東域鎮台にいる“東域天”は頼りになりますから」

 “東域天”レオン・トロイア・フォン・フィンガー(、、、、、)

 その名の通り、五大貴族フィンガー家の者だ。その実力や性格は現当主であるバルトから聞き及んでいた。

 (あったことはないけど、信用できる男だ。国家に忠誠を尽くし、民を想う軍人。しかも帝国最強だという)

 長年続くヴァルト王国との戦いで、アインス大帝国が戦線を維持できた最大の理由とも言われた彼はいつしか“アインスの剣”と兵士たちに称えられた。敵であるヴァルト王国からは“雷光”として恐れられている。

 そして何より――彼は皇帝から絶大な信頼を置かれていた。

 「ふむ、確かにレオンがいればその程度の時間は稼げるか……」

 思案し始めた皇帝に、傍に控えていたホルスト宰相が耳打ちする。

 常人であれば聞き取れないが、あいにくと蓮は超人の類だ。

 「陛下、ここはレン第三皇子の意見を聞くべきかと。ルナ第五皇女は我が国にとって貴重な覇彩剣五帝所持者でありますし、民衆からの支持も絶大です。ここで陛下が見殺しにしたと噂されれば、今後の統治に影響するかと」

 と、ホルスト宰相は言っている。

 (同意見だな。ここで見殺しにすれば、民衆からの非難は免れない)

 ルナは“月姫”や“戦乙女”といった名をつけられるほど、国民や兵士たちから人気がある。それは皇族でありながら威張らず、驕らない性格にこれまでの戦歴が良いといった理由などがあげられる。それになにより容姿が良い。滑らかな銀髪は夜空に輝く月を連想させ、陶磁のように滑らかな白肌は見る者全てに感嘆の息を吐かせることだろう。整った顔立ちに、万人を魅了する虹彩異色の瞳。右眼は皇家特有の蒼だが、左眼は対照的な紅だった。

 (そんなルナを失うのは得策とは言い難い。さて、どうする?)

 ホルスト宰相の意見に考え込んでいた皇帝だったが、やがて重々しい口調で言ってきた。

 「……レン・シュバルツ大将軍。そなたの意見を採用しよう。先にルナ第五皇女の救援に向かうがよい」

 その言葉にほっとする蓮だったが、次なる言葉に体を固くした。

 「しかし総軍の使用は認めん。そなたの私軍である“天軍”を使うがよい」

 (……まあ、仕方がないか。却下されなかっただけましだと思うべきだろう)

 ここで総軍を疲弊させればその後に控えているヴァルト本軍との決戦に影響しかねない。皇帝はそれを危惧しているのだろう。

 そう結論づけた蓮は、

 「かしこまりました。そういたします」

 と言ってのける。

 「総軍に関しては明日出撃させる。十万という大軍故、進軍速度は緩やかなものとなるだろう。……期待しておるぞ」

 皇帝の言葉に込められた意味を正しく理解した蓮は返答する。

 「はっ、必ずや」

 首肯した皇帝はホルスト宰相を伴って、玉座の間を後にした。

 それを見届けた蓮もまた、玉座の間から退出するのだった。

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