三十五話
続きです。
その頃、アリア率いる別働隊は苦戦を強いられていた。
「ちっ、目障りな!」
悪態をつきながら飛来してくる矢を打ち払う。
「確かに面倒くせぇな。俺が潰してこようか?」
キールがそう進言してきたが、アリアはかぶりを振った。
「いや、貴様は地上部隊を蹴散らしておけ。目障りな連中は私がやろう」
「一人でやれんのか?」
「ふっ……私を誰だと思っている」
アリアはそう言うなり手にしていた無銘の神器を構えて――一気に駆けだした。
強化された脚力で地を蹴って城壁上に降り立つと、居並ぶ弓兵を睨みつける。
たったそれだけの動作。されど放たれた覇気は常人をはるかに上回っていた。
硬直する敵兵たちに、己の神器たる剣の切っ先を向けて、
「私も主殿と同じでな……無辜の民を害する者共は許せんのだっ!」
裂帛の気勢を発して飛びかかった。
「おうおうやるじゃねぇか。これは俺も負けてらんねぇな」
桜色の髪をたなびかせながら、修羅のごとく敵を切り伏せているアリアに感嘆の声を上げるキール。
『隙あ――がはぁ』
「隙だと?そんなもんどこにあるんだ?」
視線を上に上げていたキールに向かってきた敵兵だったが、一蹴されてしまう。
興が冷めたとばかりに視線を正面に戻せば、視界を埋め尽くす敵の姿。
「多いな……けど、俺にとっては好都合だ」
大剣を肩に担いで、声を張り上げた。
「ここに大将首があるぞッ!我こそはって奴はかかってきやがれ!」
その声に多くの敵兵が反応したが、一瞬で気圧されてしまう。
何故なら――キールが嗤っていたからだ。
凄まじい覇気を放ちながらも立ち姿は隙だらけ。なのに見る者全てに勝てないと思わせる。
「なんだ、来ないのか?……だったら――こっちから往くぜ!」
そう言った直後――キールの姿が掻き消える。
『え?……おい、どこいった――ッ!?』
疑問の声を上げた兵士の首が刎ね飛ぶ。巨体に見合わない俊敏な動きで、キールは動いていたのだ。
「はっはー!!おら、どうしたっ!かかってこいや」
小枝を振るが如く、担いだ大剣を軽々と振り回して敵を蹴散らす元将軍。
まさに鎧袖一触。抵抗など児戯に等しい。
羅刹を思わせるその姿は“戦狂い”という名がふさわしい。名に恥じぬ武力であった。
キールとアリア。地上の羅刹に、天空の修羅。尋常ならぬ武力を持った二人の武人に、フクス軍は瞬く間にその数を減らしていく。
恐れをなしたフクス兵たちがゆっくりと後退していく中、二人の武人は合流した。
「邪魔な弓兵どもはあらかた片付けた。このまま殲滅するぞ」
「おうよ。まかせ――!?」
キールの声が不意に途切れる。なぜならば、正面の敵兵の後ろにあった城門から白光が突き抜けてきたからだ。
白光は城門を貫通して敵兵を蒸発させ、司令塔の壁にぶつかって収まった。
「な、なんだってんだ今のは……?」
驚愕するキールに、アリアが答えを示した。
「おそらく……主殿の外套だろう」
「はぁ?外套って……あの白銀の軍服とセットになってるやつのことか?」
「そうだ。主殿が説明されたことがないから絶対とは言い切れんが……あの外套は“天銀皇”だと思われる」
“天銀皇”。
神話伝承にも登場する伝説の衣だ。英雄王シュバルツの身を護り、最後まで寄り添った存在として知られている。
「伝承によれば竜王族の“天銀竜”の遺体から出来ているとのことだが……」
とアリアが言えば、キールが納得したようにうなずいた。
「なるほどな。それならさっきの光の奔流みたいなのにも説明がつく」
「というと?」
「あれは竜の吐息だってことだよ」
竜王族は人型になれた竜だったと伝えられている。そんな存在が、いかようにして外套になったのかは不明だが……人型にもなれたのだから外套にもなれるのではと、この時の二人は結論づけた。 思案を打ち切って正面を向けば、混乱に陥っているフクス軍が見て取れた。
「ふむ……今が好機といったところか」
呟いたアリアは、自軍に命令を下そうと振り返った。
――異変はその時訪れた。
唐突に、アリアの立っていた地面が鋭く尖って体を貫いたのだ。
「ぐ……あ……?」
「嬢ちゃん!?」
体を貫かれ、倒れ込むアリアを咄嗟に抱きかかえるキール。
直後、再び地面が蠢くのを見たキールは、その場から飛び去った。
「なかなかに感の良い奴じゃねぇか」
聞く者を不快にさせる笑い声と共に現れたのは眼鏡が特徴の男。
「……誰だ、お前」
警戒心を顕わにキールが問えば、男は奇妙な粒子を放つ剣をこちらに向けながら笑みを湛えた。
「ソロ・フクスだ。ついでにこっちは“討土剣”っていうんだが……討神五魔器って言えば分かるか?」
「討神五魔器……確か護国五神器に対抗するために魔族が生み出したっていう魔器、だったか……」
魔器とは魔族が持つ特殊な力である魔力によって作られた武器防具だ。討神五魔器はその魔器の中でもとりわけ強力な部類に入る代物。
つまり何が言いたいのかといえば……キールやアリアが持つ無銘の神器では対抗できないということだ。
「キール、部隊を下がらせろ……」
「嬢ちゃん……?」
疑問の声を上げるキールを振り払って、剣を支えに立ち上がったアリアが言った。
「アイツは別格だ。これまで相手にしてきた雑兵とは比べものにもならん。主殿でもなければ勝てないだろう」
腹を貫かれた痛みから乱れた息を整えるように深く息を吐いて続ける。
「撤退の時間は私が稼ぐ。この通り負傷している身では足手まといにしかならんしな」
というアリアの身体に視線を送れば、鎧を貫いてわき腹が大きく傷ついているのが分かった。
戦場ではえてしてこういった切り捨てが必要になる場面というものがある。勝利のための礎、あるいは犠牲といったところか。
だが――、
「やなこった。俺は嬢ちゃんを見捨てねぇよ」
「聞き分けのないことを言うなっ!これは命れ――」
「嬢ちゃん、周りをみな」
怒声を遮ったキールの言葉に、アリアが首を巡らすと――そこには精悍な顔つきの部下たちがいた。
『我々は最後までお供します』
『副官を見捨てて逃げるなんて不名誉、負いたくありませんしね』
『ていうか、そんなことしたらレン殿下に顔向けできませんよ』
『あー、確かにそれはあるな』
司令官が姿を現したことで、士気を取り戻した敵軍が包囲を狭めてきている状況であるにも関わらず、“天軍”の面々の表情は明るいものだった。
「お前たち……」
呆然とするアリアに、キールが苦笑を向ける。
「分かったろ?俺を含めて馬鹿ばっかりなんだよ。……でも――最高だろ?」
絶望的な状況であるにも関わらず上機嫌な笑みを浮かべるキールに、アリアはやれやれといった表情になった。
「まったく、貴様らは……分かった。最後まで抗うとしようか」
言って、二本の足でしっかりと大地を踏みしめ剣をソロに向け、空いていた手で三つ首の黒竜の旗を掲げて声を張り上げた。
「全軍、方円陣を組め。レン殿下到着まで時間を稼ぐぞ!」
『オオォォォ!!』
士気が爆発的に上昇し、力強い声が大気を震わせる。刀剣を盾に打ち付け地面を踏み鳴らせば、敵軍は怯んだかのように後ずさった。
それを静観していたソロは舌打ちを一つ。
「ちっ、うぜぇな……だが、それでこそ壊し甲斐があるってもんだ」
打って変わって、“討土剣”を構えて余裕たっぷりの笑みを浮かべる。
「てめぇらの副官……なかなかの上物じゃねぇか。目の前で俺に犯されるのを見せてやるぜ」
情欲を多分に含んだ視線にさらされたアリアは――動じなかった。
「貴様のような下種の戯言などに踊らされるほど、“天軍”は安くはないぞ」
神器たる剣を構えて、隣にいるキールに声を掛けた。
「一人では勝てんだろうが……二人でならばあるいは」
「おうよ、いっちょやってやろうぜ」
生ける伝説の軍の副官と、一国の武官の頂点――将軍まで上り詰めた男。一組の男女は同時に地を蹴った。
****
同時刻、蓮は一人アース砦の廊下を歩いていた。
第二陣騎馬隊はラインに任せてあるし、第一陣重装歩兵隊は打って出てきた敵軍――否、残党をメール軍と共に殲滅している。
自身がその場を離れても問題ないと判断した蓮は、目的を遂行するべく一人砦内部へと潜入したのだ。
“天眼”で砦内部を“視”て、目的の場所を把握しながら歩いていると、背後から大声が聞こえてくる。
『なんだ、貴様は――』
「うるさいよ」
蓮は背後を見もせずに“天銀皇”に敵を討てと命じる。極光が廊下を照らしたかと思えば、声を上げた兵士は蒸発していた。
そんな轟音を立てれば、敵が気がつかないハズもなく――次々と集まってきた。
「はぁ……キミたち程度で僕を止められるとでも?」
ため息交じりにそう告げれば、敵兵は数で優位であるにも関わらず恐怖に顔をゆがませる。
当然だ。先の城門を破壊し、打って出た騎馬隊を情け容赦なく討ち滅ぼした所業はこの場にいる者全てが知るところ。加えて今しがた行われた一方的な殺人もある。フクス兵からすれば、眼前にいる少年は化け物でしかない。
「どいてくれれば生かしておいてあげるけど……どうする?」
黒髪の少年の言葉に、フクス兵たちは動揺した。
通常であればそのような言葉など一蹴に伏したのだが、今回は例外だった。
天地がひっくり返っても勝てない。天災にも似た脅威が見逃してくれると言うのだ。考えてしまうのも無理がないといえよう。
だが彼らは直後、絶望することとなった。
「嘘だよ……無辜の民を傷つけたキミたちを見逃すわけがないじゃないか」
それは死刑宣告。言葉を発した少年の顔を見た兵士は――恐慌に陥った。
何故なら――少年が嗤っていたからだ。
『あ……ああ……や、やめ――』
「キミたちに殺された民たちもそう言っただろうね。それでキミたちは見逃したかい?……違うだろ」
蓮が指を鳴らすと、兵士たちの背後に光剣が現出――体を貫いた。
『ごっ……あがぁ――……』
『ひぐっ……た、助け――ッッ!』
逃げようとしても予備動作無く眼前に現れる光剣に貫かれる。慈悲などなかった。
しばらくは悲鳴が響き渡っていたが、やがて静寂が訪れた。
静まり返った廊下。血が壁に飛び散り、床に死体が転がる地獄絵図の中――少年は呟く。
「殺すか、殺されるか……戦争とは結局のところこれに尽きる」
そして目的地へと向かうべく、その場を後にするのだった。




